彼は相手が私だと気が付くと、いつもの妖艶な笑みを浮かべて立ち上がると、礼をする。
「嬉しいですよ。私からの贈り物を着て戴けて」
想像通りだ。
レゴラスの足許から上に向かって、視線を滑らす。
衣装の布に織り込まれた孔雀の尾羽根模様が、艶やかにレゴラスを彩る。まるで雌を誘う雄鳥の様だ。
彼の手を取り、恭しくその甲に口付ける。
私に手を差し出しているその所作だけでも、上のエルフに劣らぬエルフの王族の風格を醸し出している。
手を取ったまま、彼を椅子に据わらせる。すると給仕が私の椅子とグラスを新たに用意し、二人のグラスにワインを注いだ。
互いにそのグラスを手に取る。
「あなたとの再会に…」
私がそう言うと、レゴラスは目を細めて微笑み、グラスを合わせた。
隣りにはスランドゥイル殿が歓談している為、失礼に当たらぬ様、彼にもグラスを掲げる。それ故、話の中心が私を挟んだエルフ王とその取り巻きと、レゴラスに移ってしまった。しかし、そこは宴好きのスランドゥイル殿の事。酔いも相俟って、上機嫌で交わされる会話はやがて王が中心のものへとなって行った。
王には悪いが。
「これであなたと二人でゆっくり話す事が出来る」
そう耳元で囁くと、彼はフフと笑った。
「――あなたにお逢いしたかった」
「本当に?」
上目遣いで私を見つめて来る。その悪戯っ子の様な視線は、私の内なる欲情をそそる。
「勿論。その衣装を着たあなたを」
内緒話をする様に、レゴラスの耳元で声を潜める。
「――この腕に抱く為にね」
レゴラスは再びフフと笑った。
「そんな事仰って…、私を口説いているおつもりですか?」
「口説く?」
おやおや、まだ若いですね。
私は思わず失笑してしまった。
「――その姿で贈り主の前に現れたという事は、了承の証と取られても、否応は出来ませんよ?」
レゴラスは一瞬その目を見開いたが、すぐに口許に笑みを浮かべた。
「そう来られるとは…、予想だにしていませんでした」
私だって、あなたを手に入れる為に、色々考えているのですよ。
「私は片時も、あなたを忘れた事等有りませんよ」
「それは光栄です」
レゴラスは裂け谷で見せた様に、肩を私に擦り寄せ、微笑んだ。
それから私達は、お互いの近況等を話し合った。
一番驚いたのは、レゴラスが人間に得意の弓を教えている、という事だった。他人と、闇の森と交易を持っているとは言え、まして人間と親しくしているとは思いも寄らなかったからだ。
「私は人間が羨しい…」
レゴラスはそう言ってグラスに口を付けると、じっと正面を見据えた。
私はどうしたものか、戸惑う。
「何故――」
「あーー! グロールフィンデル様!!」
この声は裂け谷の双子のどちらかの物だ。
「またレゴラスを独り占めしてる!」
「エルラダンにエルロヒア」
笑みを浮かべて双子に向けられたレゴラスの表情は、いつものものに戻っていた。
邪魔が再び入ったところで、私は退散する事にしよう。
「…さて、私はそろそろ行きますよ。ではレゴラス、また後程」
彼の両肩に手を乗せ、額にキスを落とす。そして――。
「回廊下のマルローン樹の前でお待ちしていますよ」
素早くそう耳打ちをした。
彼の返事も聞かず、スランドゥイル殿と双子にも暇(いとま)の挨拶をすると、宴会場のフレトを降りた。
宴の催されているフレトでは、音楽が流れ、時折笑い声が上がっている。
人気(ひとけ)の無いここは、隔離された別世界の錯覚を覚える。
愛しの君が現れるのを今か今かと待ち焦がれる。
あなたを抱き、その唇を吸い、白い肌を月明りに晒し、熱と羞恥で赤く染め上げよう。
『グロールフィンデル様が個人的に、どなたかに贈り物をされるなんて、初耳ですもの』
リンディアの言葉が甦る。
私が誰かに贈り物をするのは、妻を亡くして以来の事だった。
ここはどうやら私を感傷的にさせるらしい。
レゴラスを待つ間、妻と過ごした日々が、走馬灯の様に浮かんでは消えて行く。
(未だに彼女がマンドスの館から戻らないのは、彼女の心を疑った私に与えられた罰なのか…)
マンドスの館から戻った私は、エルロンドから妻が私の死を悲しみ、亡くなった事を聞いた。
エルロンドに誘われ、それ以来、裂け谷に住む事になった私は、妻の陰を探る様に、享楽に耽って行った。
彼に出会うまでは……。
ふと顔を上げると、我が愛しの君がこちらへ歩いて来ていた。
「お待たせしました」