運命の流れが一巡りした時
〜グロールフィンデル〜
恋 人-13-


 翌日からのレゴラスは、他人を避ける様に部屋に引き籠もっていた以前とは全く違い、――いや、必要以上に外へは出ず、一日の大半は、私の部屋で過ごしていたのだが、少なくとも、他人を避ける感じでは無かった――私とよくイムラドリスを散策したり、お茶を飲んだり、遠乗りに出掛けたり、そして夜の官能の時間を過ごしたりしていた。
 それは良いのだが、人前にも拘らず、猫の様に私に身体を擦り寄せ、甘える仕種を見せる様になったのだ。
 正直、これには頭を抱えた。
 エルロンドや双子の前でも、そうして来るのだ。
 エルロンドは何も言わないのだが、双子、特にエルロヒアは面白がって、私をからかって来るのである。
 抜ける様な青空の下。双子と私とレゴラスと、この日は珍しくエレストールが一緒に、午後のお茶を楽しんでいた。
「レゴラスは、余程グロールフィンデル様の事を気に入ってしまった様だね」
 何気ないエルロヒアの言葉に、レゴラスは肩を私の胸に擦り寄せ、顔を向けると、フフと嬉しそうに笑った。
「お気を付けなさいませ、レゴラス殿」
 ティーポットからお茶を注ぎ、それを啜りながら、口を挟んで来たのはエレストールだった。
「――この男は、無類の女性好き。それともグロールフィンデル。女性だけに飽き足らず、殿方にも手を出し始めたのですか?」
 私は額に手をやり、頭を抱えた。
 当然の事ながら、レゴラスとの関係は、皆には内緒にしているのである。
「グロールフィンデル様は、私を愛して下さっているのですよ」
 レゴラスはそう言って、同意を求めて小首を傾げた。
 この状況を、私がどう切り抜けるか、レゴラスは試しているのである。
「私は皆を愛していますよ。お二方もレゴラスも、そしてエレストールあなたの事もね」
 私はレゴラスの求めに応じ、その額に軽く唇を落とす。他の者には判らない様に、彼の腰を抱いて。
 裂け谷の主に、負けず劣らぬ堅物の顧問官の長は、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らし、再びカップを口に運んだ。
「レゴラスはどうなのです? グロールフィンデル様の事どう思ってるのですか?」
 今まで黙っていたエルラダンが、遠慮がちに聞く。
 私の心臓はドキリとした。やはりエルラダンもレゴラスに心寄せる輩の内の一人なのか、という疑いと、レゴラスがどう答えるのかという不安と。
「フン! バカバカしい」
 色恋沙汰には全く無関心のエレストールが、再び口を挟む。私には救いの手、他ならなかった。
「――誰が誰に惚れたはれた等、実に下らない!」
「エレストール…。私は他人を愛する事が、そんなにいけない事とは思いませんよ?」
 エレストールが口を挟んだ事で、ここぞとばかり話題を逸らす。が――。
「あなたに“愛”を語る資格があるとは思えませんよ、グロールフィンデル」
 ギロリと睨まれて、少々たじろぐ。
 双子はハラハラしながら行く末を見守り、レゴラスは何処となく楽しそうだ。
 エレストールは不機嫌そうに、尚も続ける。
「――最近は為りを潜めているみたいですが、あなたはご婦人と見たら、ベッドを共にしないと気が済まないと来ている」
「私はね、女性を美しいものとして、敬愛しているのですよ」
 救いの手は、あっさり振り解かれてしまっていた。再び、窮地に追い込まれる。
「――ほ…ほら! ねぇ、レゴラス。スランドゥイル殿も美しい宝石を収集なさっていますし。美しいものを嫌いな方は居ないでしょう」
 背中に嫌な汗が流れる。
 同意を求めたレゴラスは、完全無視を決め込んだらしく、素知らぬ顔をしてお茶を飲んでいる。
「そういう屁理屈を言うのはお止めなさい。上のエルフともあろう方が、情けない! 金華家の宗主の名が泣きますよ」
 堅物エルフはそう言い捨てて、席を立ってしまった。
「ご存じでしたか? グロールフィンデル様」
 エレストールの姿が見えなくなると、エルロヒアが何処か楽しそうに話を切り出した。
「何を?」
「あんな事をおっしゃってますけど、エレストール様にも想い人がいらっしゃる事ですよ」
 彼との付き合いは、それなりに長いが、そんな話は初耳だった。
 エルロンドから聞いたというその話は、『エレストールの想い人』なるその人物は、先の大戦で亡くなり、彼はそれ以来、恋人がマンドスの館から帰って来るのを待ち続けているのだそうだ。
「それは知りませんでしたよ。彼は自分の事を、あまり話したがりませんからね」


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