今迄、一途に神の教えに従い、仕え、禁欲生活を送っていた彼に、堪えて来た性的欲求をぶつけてしまった。優しくすると言ったのに、結果的にはカールを傷付けただけだった。
カールの事になると、冷静でいられなくなる自分に嫌気が差してくる。
彼が仲の良い修道僧と話し、笑い合っているだけで、嫉妬の炎が燃え上がり、カールを連れ去りたくなる衝動に駆られる。
(俺って、こんな風だったかな)
過去を遡ってはみたものの、無くした記憶では、無駄に終わった。
カールは今日も、朝から文書館に入り浸っていた。
ここには、絶対にヴァン・ヘルシングが来ない事を知っているからだった。ただ、余計なちょっかいを掛けて来る、悪友は居るが。
それでもヴァン・ヘルシングと顔を合わすより、遥かにマシだった。
「はぁ……」
腰の鈍痛は無くなったが、あの日以来、ヴァン・ヘルシングとの行為を思い出しては、自己嫌悪に陥り、溜め息を繰り返していた。
それを今思い出してしまい、触れられた箇所が熱を帯びる。
(ダメだダメだ!)
淫らな思考を振り払う様に、頭を勢い良く振る。
禁欲生活には、平穏と安泰があった。武器開発にだけ没頭し、他の事など考えなくて良かった。
戻れる事なら、あの頃に戻りたい。
「あー! 居た居た。カール、ラボに居ないと思ったら…、やっぱり此処だったのか」
ドキリとして顔を上げると、話し掛けながら小走りにやって来たのは、例の悪友だった。
カールの横まで来ると、膝に手を付き、切らしている息を整える。
「はぁーー、疲れたー。カール、ヴァン・ヘルシングには会ったかい?」
「…いや、会ってないけど」
バツの悪そうに、カールはジョルジオの顔をチラリと見ただけで、すぐに目を書物に戻す。
「何ノンビリしてるんだよ! ヴァン・ヘルシングの次の赴任先が決まったんだぞ!」
その言葉を聞いて、カールは一瞬驚いた顔をしたが、浮かしかけた腰を落ち着け、無関心の振りをする。
「ふーん、そう」
いつもと違うカールの反応に、ジョルジオは目を丸くする。が、カールの顔が一瞬曇り、小さく溜め息を吐いたのを見逃さなかった。
「ヴァン・ヘルシングと喧嘩でもしたのかい?」
あの記憶喪失の男がカールと組む事になって二年。一度もそんな所は見た事無かったのに。と、言うより、いつも一方的に捲し立てるカールの言葉をヴァン・ヘルシングはニヤニヤ笑いながら軽く受け流すか、宥めるだけで、全く相手にしていない(様に見える)為、喧嘩にならないのだが。
「う〜ん、そんなトコ!」
一人にして欲しくて、カールは左肘を付き、腕で頭を抱える様にして、ジョルジオに背を向ける。
「なぁ、カール」
折角教えに来てやったのに!と思わないではないが、目の前の友人は、あのモンスター・ハンターのパートナーとして仕事をしている以上、任務を全うする義務がある。
「――ヴァン・ヘルシングの出発は明日だってさ。早く仲直りしろよ」
それだけ言うと、ジョルジオはその場から立ち去った。
明日…。
明日なんて、いくらなんでも急過ぎる。一度任務に出掛けてしまえば、暫く逢えない。
一週間? それとも一か月? 否、もしかしたらもう二度と……。
そう思ったら居ても立ってもいられなかった。
カールはスクッと書見台から立ち上がると、早足でヴァン・ヘルシングの元へと向かった。
(やれやれ、世話が焼けるなぁ)
その様子を、ジョルジオは陰でこっそり覗いていた。
神は人の為になる嘘なら、きっと許して下さる。
カールの跳ね上がった寝癖頭の後姿を見送りながら、十字を切り、神に贖罪した。
「ヴァン・ヘルシング!?」
息を切らして飛び込んだヴァン・ヘルシングの部屋は静まり返り、主が居る気配は無い。
一歩進み、もう一度名を呼ぶ。
「ヴァン・ヘルシング?」
それでも返事が返って来る事は無かった。
カールは身を翻して、勢い良く部屋を飛び出す。
ヴァチカンの教会内部の、ヴァン・ヘルシングが行きそうな場所を、思い付く限り訪ねたが、何処にも彼の姿は無かった。
突如、教会内に鳴り響く鐘の音で我に返ると、既に晩課を迎えていた。
(あー、参った…)
苦渋に満ちた顔でヴァン・ヘルシングは、帽子を被り直した。深夜のヴァチカンの廊下は、自分の歩く足音だけが響いていた。
(何でバレたんだ?)