■body & soul-1-■ 十二月の風が吹いた。
屋外のバルコニーに置かれた木製の長椅子に横に長く身体を預けて、レゴラスは矢の点検と修繕をしていた。
レゴラスの長くサラサラの金髪とエルフの衣装の長い裾が、その風に乗って揺れる。
その金髪の持ち主は、手にした矢をテーブルに置き、満月に近い月を仰ぎ見た。
「今宵の月も霞んでしまう麗しき緑葉の君は、いつまで私の部屋(ここ)にいるつもりかな?」
この部屋の主は、レゴラスの後ろから、そっと両肩に手を添え、屈んで心地よいテノールで囁いた。
「いけませんか? グロールフィンデル様」
白い月から目を離し、肩越しに背後の人物に視線を移す。
グロールフィンデルの長い指が、レゴラスの白い首から顎をなぞる。
「いや、私は構わないよ。むしろ――」
レゴラスは一度目を閉じ、そしてゆっくりと瞼を上げた。
「このまま、あなたを腕に抱き、エルダマールへさらってしまいたい」
「それが適わぬ夢なのは、あなたが一番よくご存じのはず…」
真上から覗き込む様な形のグロールフィンデルと、どちらからともなく、唇を合わせる。
「今宵は…アラゴルンの所へ行くのかと思った」
音を立てて、啄むようにキスを繰り返す。
「彼は…彼と夕星の姫が共に過ごす…最後の夜ですよ?」
「おやおや。あなたが素直に彼女に宝物を渡すとは」
急にキスを止め、レゴラスはグロールフィンデルの下からするりと抜け、上体を起こし、座り直した。
「明日から四六時中、彼と共に居れるのですよ? 次に彼女がアラゴルンに逢う時は、彼は私のものです」
グロールフィンデルは顔に掛かった髪を掻き揚げ、溜め息を吐いた。
「あなたが旅の仲間に入りたいと申し出たのは、やはりそれですか」
レゴラスは裂け谷のエルフに目をやり、僅かに口端を上げて笑った。
「でも良かった」
グロールフィンデルはそう言いながらレゴラスの横に座り、愛しい人の肩を抱いた。レゴラスは彼に身体を預ける。
「あなたの事だから、もしや死地を求めて旅立つのではないかと、心配していたのだよ」
腕の中のレゴラスは、グロールフィンデルの頬や首筋に口付けをしていたのを止め、彼の唇に己の唇を押し付けた。
「オーク共にむざむざと、この命くれてやる気はありませんよ。殺されるなら――」
レゴラスはグロールフィンデルの手を取り、自分の左胸にあてがう。
心臓の刻む規則正しい鼓動が伝わって来た。
「私はあなたに殺されたい…」
驚いてグロールフィンデルは手を離す。
「アラゴルンでなく、この私に?」
「えぇ」
レゴラスは穏やかに微笑む。
「あなたは私を、愛して下さっているんでしょう?」
肩を抱く腕に力が加えられ、抱き締められる。
「勿論。今こうしている間でも、私はあなたと一つになりたい」
「では、なりますか? 未来のゴンドールの王と王妃の様に…」
レゴラスは腕をグロールフィンデルの首に絡め、深く口付けた。
旅立ちの早朝。
裂け谷には一面の霧が立ち込めていた。
グロールフィンデルの腕の中で目覚めたレゴラスは、愛人の腕から擦り抜け、静かに寝台から降りた。
穏やかに寝息を立てて眠る上のエルフを、申し訳なさそうに見る。
そして彼に背を向け、シルクで織られた上着に腕を通し、旅支度を始める。
「本当に行ってしまうのですね」
その声に驚き、声の主の方へ振り返ると、グロールフィンデルが枕に肘を付きこちらを見ていた。
「黙って見ていたのですか?」
レゴラスはいつもの流し目を作ると、グロールフィンデルに向け、口許だけで笑った。
グロールフィンデルは諦めた様に、軽く首を左右に振ると、大きな溜め息を吐いた。
そして起き上がり、寝台を降りると、素肌に裾の長い上着を羽織り、レゴラスを背後から抱き締める。
「レゴラス、あなたは一度も私を愛していると、言ってくれないのですね」
生きるか死ぬかの旅に出る直前でも、と小さく呟いた。
一呼吸置いて、レゴラスはグロールフィンデルの腕の中で反転し、肩に腕を掛ける。
「それを言ってしまったら、私はあなたに何の興味も無くしてしまいますから」