evidence2 -6- By-Toshimi.H
窓の外を、何台もの車が行き交う。
喫茶店の窓から、その様子をツォンはぼんやりと眺めていた。
運ばれて来たアイスコーヒーの氷は既に半分近くが溶けており、表面に透明の層を作っていた。
一人の黒髪の女性に目を止める。
その女と目が合った。
すると女はニコリと笑い、小走りで店の中へ入って来る。
店内を見回し、ツォンの姿を見付けると、手を振って向かいの席に据わった。
「お待たせ、兄さん」
水を持って来た店員に、アイスティーを頼む。
「いや、そんなに待ってないよ――これを…先に渡しておくよ」
ツォンは鞄の中から、厚めの封筒を取り出し、妹に差し出した。
「いつもごめんなさい」
そう言って、恥ずかしそうに封筒をバッグにしまった。その左手の薬指に嵌められた結婚指輪が、緩くなっているのを、ツォンは見逃さなかった。
ウータイの軍人の家に嫁いだ下の妹は、戦後、職を探しに来た旦那に付いて、ミッドガルに来ていた。
ウータイではそれなりの生活をしていたのだが、敗戦し軍が解体されてからの生活は次第に苦しくなり、敵国での職探しを余儀無くされた。しかし元来の“元軍人”というプライドが原因で、折角見付けた仕事も長く続かず、職を転々としていたのだった。
店員が妹の前に、アイスティーのグラスを置く。
「――でも、これで終わりにして」
「どうして?」
ツォンは空かさず質問を返す。
「あの人、やっと定職に就いてくれたの。もう大丈夫よ」
「そうか…それなら良いが」
そう言われたのは、もう何度目だ?、とツォンは思った。
しかしツォンに、義弟を責める権利は無い。
ミッドガルで妹と出会ったのは、古代種の娘と接触する為、彼女を探している時の事だった。血腥い仕事の最中でなかったのは幸いだった。
この時、酷く罵られたのは、今でも忘れられない出来事だ。
『国を裏切るなんて!!』
『私や母さんがどんな思いでいたと思ってるのよ! 姉さんだって!』
働き手を失った家は、衰退して行くばかりだった。しかも売国奴を出したとなれば、世間の風当たりも酷く、財産も没収された。
「他に何かいる物はあるか?」
彼女は黙って首を振り、アイスティーを口にした。
「俺にしてやれる事なら、何でも言ってくれ」
この言葉が彼女にとって、重しになっている事も充分判っていた。しかし、家族と国を裏切った償いをするには、こう言う事しか出来なかった。
「えぇ、ありがとう。でも本当に、今度こそ大丈夫よ」
女は努めて明るく笑った。
どんな職に就いたのか聞こうと思ったが、自分も明ら様に出来る仕事をしている訳ではない為、ここは言葉を飲み込んだ。
「母さんは?」
妹は小さく溜め息を吐くと、黙って首を振った。
「まだ判らない」
「…そうか」
ツォンは薄くなったコーヒーを一口飲んだ。
終戦後、母は何も言わず姿を眩ましていた。それを知ったのは、やはり目の前にいる妹の口からだった。
伴侶の戦死、長男の暗殺、次男の殉職、敗戦、その後もたらされた次男の売国行為、家財の没収…。
母には耐え切れない出来事ばかりだ。
更に実の兄をこの手で殺した事を知ったら…。
「来月に一度、主人とウータイに帰るの。その時に姉さんと探してみるわ」
「あぁ、よろしく頼むよ」
そう言いつつも、密かに母が見つからないでいる事を、願っている自分が居る事を認めざるを得なかった。
店を出ると、午後の太陽が目を射る。
「ここは明るいわね」
「あぁ、二十四時間眠る事もない」
スラムに住む妹は、プレート上の陽の光に、手を翳すと目を細めた。
国の為に最後まで戦った者が、陽の当たらないスラムで暮らし、裏切った者がプレート上に住む。
皮肉なものだ、と思った。
「ねぇ、また逢ってくれるでしょ?」
「勿論」
ツォンは現在、連絡の取れる唯一の肉親に、笑い掛けた。
「……ぁ」
妹に今の自分の身分を明かそうかと、言葉を発しようとして、グッと飲み込む。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
女は小首を傾げて兄に問うが、ツォンは首を振った。
「また連絡するわ」
女は嬉しそうに笑って、ツォンの前から立ち去る。
妹の後姿を見送りながら、ツォンは長居をし過ぎたな、と思った。
仕事柄、一カ所にしかもこんな人通りの激しく、何処に敵の目が潜んで居るか判らない街中で、長時間滞在する事は、死に一歩近付く事を意味していた。
妹の姿が人込みに消えると、ツォンは足早にその場を立ち去った。
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