Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






放課後の職員室で長い長いお説教が終わって、漸く解放された俺は、廊下に出て大きく背伸びをした。






教室に戻ると、夕焼け色に染まった教室の中で、金の髪が赤く輝く一人の少女がいた。






「シロウ」






そして俺の気配に振り返った、夕日を背にした彼女の姿が―――あの日の彼女に重なった。






その瞬間、言いようのない不安が俺の手を足を無意識に動かして、近寄りアルトリアを抱きしめていた。






「シ、シロウ?」






俺は震えていた、なぜこうも不安になるのか解らなかった。






「シロウ、どうしたのですか、いきなり?」
「あ、すまん……」
「いえ、私としてはその……嬉しいのですが、何かあったのですか?」
「何もない、そう何でもないんだ」
「シロウ」
「アルトリア?」
「貴方の悪い所はそれです、私は信用できませんか?」
「そんな事は無い、アルトリアを信じないわけがない」
「それならば話してください、今更隠し事をする仲ではないでしょう」
「そうだな…うん、ごめんアルトリア」

彼女に諭されて落ち着いた俺は、抱きしめていた腕の力を緩めて向かい合う。
アルトリアの頬が赤く見えたけど、夕日の所為じゃないと思う。
俺を見つめる優しい碧眼は、見守るように何も言わずに言葉を待っている。
なんて言うかこう言う時の彼女の表情は、凄く年上の様に感じてしまうわけで。
素直に話したくなると思ったりする。

「今さ、教室に入ってきた時、夕日を浴びてこっちを見ていたアルトリアの姿が、あの時と重なって見えて……」
「シロウ」
「そうしたらさ、また消えちゃうのかと思ったら、そのまま……」
「シロウ……馬鹿ですね」
「へ?」
「今の私は英霊では無いのです、貴方と同じ一人の人間なのですよ」
「あ……」
「そう思ったのは致し方ないのですが、消えたりしません」
「そうだよな……忘れてた」
「むっ、これはシロウに罰を与えなければいけないようですね」
「な、なんでそうなるんだ!?」
「そんな風に思うなんて、私の誓いを信じていない証拠です」
「いや、それは違うっ」
「言い訳は結構です、それよりも罰を与えます」
「ううっ」

狼狽えて動けないでいる俺に、アルトリアは少し背伸びをして唇を重ねる。
すぐに離れるとじっと見つめて、呟く。

「シロウ、愛していています」

真っ赤になったけど、俯かず微笑み掛けてくれたアルトリアは、本当に綺麗だった。
暫く、お互い何も言わないまま時が少し進んだら、彼女のお腹が可愛く鳴ったので俺はつい吹き出してしまった。
それで安心したって言うのは可笑しいけれど、大丈夫だと思った。






Stay Re-birth Night 10





大きな荷物を持って歩いている俺の前を、アルトリアは頬を膨らませて怒っていたりする。
まあ、あんなに大きな声で笑ってしまった俺が悪いんだけど、あのタイミングでそうなるなんて予想できなかったぞ。
だけどそんな言い訳は彼女に通用しないので、お詫びの意味もかねて夕飯のリクエストを受ける事にした。
美味しい牛肉、新鮮な野菜、活きの良い魚、デザートも忘れずに、アルトリアの望む物を買い占めた。
懐が寂しくなったからまたバイトしないとなと、密かに考えている。

「まったく、シロウは笑いすぎです」
「だからごめんって謝っただろ」
「謝ればいいというものでは有りません」
「ああ、だからこうしてお詫びしようとしています」
「当然です、誠意を見せて頂けなければ私はエクスカリバーも辞さない覚悟です」
「それは死ぬって」
「大丈夫です」
「なんで?」
「シロウはこんな事ぐらいでは死にません、それに私を一人にする事は無いのでしょう?」
「あ、ああ、そうだな、約束したもんな」
「はい」

やっと機嫌が直ってきたのか、俺の横に来て腕を絡めて少し躊躇しながらも頭をすり寄せる。
こんな仕草で、アルトリアが英霊とは違うって感じる。
アルトリアとして、一人の少女として、人生を謳歌している。
ならば、俺はこの幸せな時間を守る正義の味方を目指す、アルトリアがいつも微笑んでいる日常を……。
だが、やはりこの身はまだまだ未熟、だって家の門の前にあかいあくまが仁王立ちして睨んでいる。
正直言うと腰が抜けそうです、怖すぎるぞ遠坂。
親父、当面の目標はこのあくまに打ち勝つ事だと思うのは間違いじゃないよな。

「遅かったわね衛宮くん、仲良くデートかしら?」
「ばか、そんなんじゃないって」
「ええそうです凛、デートの後に夕食の買い物をしてきました」
「「なっ」」
「恋人同士ですから」
「くっ」
「ア、アルトリア」
「さあシロウ、夕食を楽しみにしています」
「お、おうっ」
「……ふん、言ってくれるじゃない」

言うだけ言って笑顔と共に先に家の中へ行ってしまったアルトリア。
置いてきぼりにされた俺は慌てて中に入ると、遠坂も続いてきた。
それにしても、なんで玄関じゃなくて門の所にいたんだろう。

「なあ、遠坂」
「なによ?」
「どうして門の所で待っていたんだ、家の中でもいいと思うんだが……」
「ちょっとね、居間にいたくなかったから」
「え?」
「あー、今お客さんが来てるのよ、それも衛宮くんにね」
「お客?」
「そう……とっても綺麗で美人で誰かさんによく似た人なんだけどね……」
「遠坂、何で俺を睨むんだよ」
「別に」
「別にって顔じゃないだろ」
「あーもー、いいから早く行きなさいよ!」

なかば強引に背中を押されて荷物を持って居間に行くと、その入り口でアルトリアが呆然と立っていた。
何だろうと思うって背中越しに覗くと、そこには一人の女性が優雅にお茶を飲んでいた。
長い艶やかな金髪、上品なスーツ姿に赤い唇が印象的な、それはもう凄い美人だけど、何か引っかかった。
誰かに似ていた……いや、俺の前にいる彼女を成長させた姿その物だった。
そして俺を見て口からこぼれた声もアルトリアによく似ていた。

「こんにちは、アルトリアがお世話になってるわね」
「あ、いえ、そのあなたは……」
「な、なぜ姉上が?」
「え、お姉さんなのか?」
「はい……」
「なによ、その迷惑そうな顔は?」
「そのような笑顔で姉上が来るときは、いつもよからぬ事しか考えていません」
「ほー、なかなか言うようになったわね、それに……」
「それになんですか?」
「ふーん」
「姉上?」
「……ふふっ、女の顔になったじゃない、さしずめ彼に可愛がって貰ったのね」
「ぶっ」
「な、なななんてこと言うんですか!?」
「あらあら、冗談のつもりだったんだけど、図星なのね」
「ぐっ」

俺は真っ赤になりながらも、この人から目が離せなかった。
アルトリアをからかいながらも、俺を見ている気がしたからだ。
いつの間にか後ろに立っている遠坂も、魔術師の表情になっていた。

「はいはい、解ったからそれぐらいにして」
「はぁ……まったく、姉上はいつもそうです」
「あと一言だけいい?」
「なんでしょうか」
「わたしはまだおばさんになりたくないから、気をつけなさい」
「姉上!!」
「あはははっ」
「あ、あの」
「なにかしら?」
「お名前は?」
「わたしは……そうね、フェイって呼んでね、未来の弟くん」
「え、あ、それは」
「無いとは思うけど、もしこの娘を捨ててそこの気が強そうな彼女にいっちゃったら……呪うっちゃうから♪」
「は、はい」

目の前の美女の頷く以外許されない笑顔が怖かったけど、本心もそうだったから素直に声が出てよかった。
ちなみに、何か言いたそうに自分の姉を睨むアルトリアの顔が嬉しいような怒っているような顔をしていた。
アルトリアには悪いけどそんな表情も、俺は見られて嬉しかった。
反対に遠坂の顔を見ようとしたら、背中っから思いっきり腎臓を殴られて悶絶しかけた。
崩れ落ちる瞬間、アルトリアに負けないぐらい赤かったと、記憶の片隅に残っている。
まあそんなわけで予定外のお客さんの登場だけど、多めに買ってきた食材のおかげで虎が暴れることもなく
普段以上に賑やかな夕食は楽しかった。

「美味しかったわ、今すぐ連れて帰って専属の料理人にしたいぐらいだわ」
「そこまで誉めて貰うと正直照れくさいです」
「掛け値なしに誉めているんだから、素直に受け取りなさい」
「ありがとうです」
「うん、いい答えね」
「姉上、いったいどうやってここが解ったんですか?」
「祖父さんが教えてくれたわよ、親切丁寧に」
「くっ」
「と、そろそろお迎えが来るから帰るわね……今日は」
「今日はって!?」
「本当は泊まっていこうかと思ったけど、いろいろと面倒なことになりそうだから帰るわ」
「そのままイギリスに帰ってください」
「も〜大丈夫よ、愛しい彼との逢瀬を邪魔したりしないから」
「姉上!」

フェイさんって誰かに似てるって思ったけど、これってアルトリアよりもっと似ている人がいる。
そう、例えるのなら優雅にお茶を飲んで、じっと二人を見ているあくまとか。
そんなことを思った直後、遠坂が俺を睨んでいた。

「衛宮くん、言いたいことがあるならはっきり言ってもいいのよ」
「いや、別に」
「ほらほら、わたしに構っていると彼女が彼を獲っちゃうわよ」
「むっ」
「あのですね、お二人の争いにわたしを巻き込まないでください」
「またまた、あなたも彼が好きなくせにそうやって意地はっているとチャンスを無くしちゃうわよ」
「チャ、チャンスってなんですかっ!?」
「凛……あなたは」
「ちょっと待ちなさいアルトリア、今は……」
「大体、凛はシロウに近づき過ぎですと何度も言ったはずです、それなのに……」
「それは友達として……」
「建前は……」
「こ、この頑固……」
「あなたこそ……」

アルトリアと遠坂の言い争うのを見て、当事者だったフェイさんはニコニコして見ている。
まあ仕方がないか、アルトリアの姉というのなら、俺たちでも分が悪い。
なにせあの屈指の妖術使いとまで言われた人だから、一筋縄ではいかないだろうし。
無論、半人前の俺なら子供扱いだろう。
そんな俺に声を掛けて居間を抜け出すと、土蔵の方に連れて行かれた。

「あー、面白かったわ」
「ほどほどにしてください、とばっちりはみんな俺に来るんですから」
「諦めなさい、あなたには女難の相がばっちり顔に出ているわ」
「はぁ……それで、何か話があるんじゃないですか?」
「ええ、本当はこっちが目的だったんだけど、面白くってつい……」
「いいですけど、それで?」

フェイさんがすっと微笑みを消して、真面目な表情で俺を見つめる。
それはアルトリアに良く似ていたけど、意識を切り替える。

「あの娘が持っている聖剣は見た?」
「はい」
「それじゃ足りない物がなんだか解るわね」
「それって鞘の事ですか」
「そう、湖に返した時も鞘はなかった、本当は聖剣よりも鞘の方が大事なんだけどね」
「どんな名剣でも、収まる鞘がなければ自分を傷つけるからですか?」
「そうよ、そして失った鞘は……あなたの中にあった」
「はい」
「なら、言わなくても解るでしょう」

俺は頷くと、内面に意識を集中し始める。
フェイさんも邪魔はしないで、見守るように一歩下がる。
体の中にある魔術回路に魔力が流れる、そして求める物がこの手の中に現れる。
それは俺の半身だったもの、そして失われた彼女の鞘だった物。
『アヴァロン―全て遠き理想郷―』
これだけは完全に投影できる物だった、何もかもが俺自身だったからだ。

「見事ね、それをあの娘に渡して上げて」
「はい……うっ」
「大丈夫?」
「ちょっとふらつきますが、平気です」
「ふむ……」
「え、あの、ちょっと……」
「しっ、静かにしなさい、今補給して上げるから」
「あ……んんっ!?」

久しぶりの投影で少し目眩がしてふらついて、そのままフェイさんに抱き留められてキスされています。
そのこれが魔力の補給だって解ってるんだけど、成長したアルトリアに似ているわけで、
妙に複雑で困ってしまった。

「……ん、どう落ち着いたかしら」
「あ、はい……」
「シロウくん」
「はい?」
「キスしている時に、ほかの女性の事を考えるなんて失礼よ」
「え、ええっ!?」
「まあいいわ、今のは魔力の補給だし見逃して上げる」
「むむっ」
「―――シロウに何をしていたんですか、姉上?」
「ア、アルトリア!?」
「ふふっ、秘密よ」

土蔵の入り口で仁王立ちするアルトリアの鎧姿は、まさにアーサー王のように威風堂々としていた。
一歩一歩近づいてくる度に増してくる風王結界の風がだんだんと強くなっていく。
だけど、俺の手の中に有った物を見て、アルトリアの表情が変わる。

「シロウ、それは……」
「ああ、俺も間抜けだよな、これを渡さないといけないんだって、フェイさんに怒られていたんだ」
「ですがそんなことしてシロウは……」
「大丈夫だ、だから受け取ってくれないか」
「シロウ」
「受け取りなさいアルトリア、あなたが彼の側にいるように、聖剣にも鞘が必要なのよ」
「姉上……」
「さあ、こんどは無くすなよ」
「……ありがとうシロウ」

そして聖剣の風王結界を解いたアルトリアは、千年の時を超えて再びその刀身を鞘に収めた。
俺はフェイさんに指摘されるまで、英雄王との最後の戦いで彼女が鞘を失っていた事に気づかなかった。
そのことをわざわざ教えてくれた事に感謝しつつフェイさんに頭を下げると、ウィンクで応えた。
この時、これでアルトリアは本当に大丈夫と言える、そんな気がした。
鞘に収められたエクスカリバーが俺たちの姿と重なって、それが誇らしくて嬉しかった。

「ところでシロウくん」
「はい?」
「キス、上手ね」
「ええっ!?」
「シロウ、それはどういう事ですか!?」
「ま、まてアルトリア」
「じゃあね、今度はムードのあるところでゆっくりしましょうね」
「フェ、フェイさん!?」
「シロウ、話があります」
「アルトリア、今は……」
「ええ、今はシロウが姉上と何をしていたのか知ることが重要だと思います」






俺にアルトリアを押しつけて逃げたと気づいた時には、フェイさんの姿は土蔵から消えていた。






その後、包み隠さず話した後、誠心誠意お詫びを含めていろいろとした結果、ようやく機嫌を直してくれたのは
それから1時間以上経っての事だった。






土蔵の中で何があったのか……それは俺とアルトリアだけの秘密だ。






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