Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






俺は衛宮士郎、今日は高校三年生になって初めて体験した事を、教えてよう。






それは俺が心の中で望んでいた事と思いこめば、こうされているのも何とか納得出来ると思い込みたい。






しかしだ、なぜ俺だけこんな事になっているのか、いくらなんでもこの仕打ちはあんまりだろう。






親父―――バケツを持たされたに留まらず、首には『この者ケダモノにつき反省中』なんて札下げて、廊下に立たされた事はあるか?






朝の校門前で起こった事で、担任でもある藤ねえに有無も言わさない迫力に押され、朝のHRから現在こうしている俺なのである。
ハッキリ言って原因の全てを俺と決めつけるのは、如何なものだろう。
どちらかというと俺は被害者じゃないのか、だって唇奪われたのは俺の方だし……。
いや、まあ確かにアルトリアだけに責任を押しつけるのは嫌だけど、一言も弁明を聞かないタイガーに問題が無いとは言えまい。
そう言えば前に天津丼作るとか言って出来たのはお好み焼き丼だったし、人の話をきちんと聞かないのは確認済みだったな。
いい加減落ち着かないと、本当に孤高に生きる虎になるって、自覚して欲しい。
しかしあれか、俺は今日一日中立ちっぱなしか?
そんな事を考えていたら、午前中の授業が終わるチャイムが鳴った。
次々と教室を出てくる生徒達が、俺の事を見ながらくすくす笑っているのが、かなりきつい。
その中でも最高の、そして意地悪い笑顔をして、あかいあくまこと遠坂凛がゆっくりと近づいてきた。

「あら、衛宮くん、楽しそうね」
「これが楽しそうに見えるのか、遠坂」
「うん、とっても」
「くっ」
「わたし、今日の事は高校時代の忘れられない、本当に楽しい思い出になりそうだわ」
「忘れてくれ、今すぐに」
「どうしよう困ったなー、そう言われてもねー」
「弁当一週間でどうだ」
「契約成立ね」

笑ってくれよ親父、正義に味方を目指している俺は、このあかいあくまに負けた。
でもいつか必ず勝ってみせるから、こんな事で立ち止まっているわけにはいかないよな。
と、勝利の余韻に浸ってニヤニヤする遠坂の後ろから、女の子らしく走ってきた桜がその勢いのまま、俺と遠坂の間に割り込んできた。
強引に一歩引く形になった遠坂が、優等生の仮面を捨てて、桜を睨む。
だが、そんな事を気にしないのか俺にくっつくぐらい近づいて、爽やかに笑う。

「せ、先輩、大丈夫でしたか?」
「う、うん、大丈夫だぞ、これぐらい」
「はぁ……よかった、遠坂先輩の魔の手に襲われる前に救う事が出来て」
「は?」
「ちょっと、ま……桜、どう言う意味よ、それ!」
「姉さん、人の弱みにつけ込むなんて、女の子らしくありません!」
「なっ!?」
「お、おい、遠坂、桜……」
「士郎は黙っていて」
「先輩は黙っていてください」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「ふーん、こうなるとは衛宮が廊下で立たされたのは、無駄ではなかったという事か」
「見たか衛宮、あれがあの女の本性だ、これで目が覚めただろう」
「美綴、一成……見ているだけじゃなくて、止めてくれないか」
「いやだね、こんな面白い見せ物、黙ってみているに限る」
「このまま全校生徒に遠坂の正体を知らしめる絶好の機会を止めようとは思わんぞ」
「むー……あ、アルトリア!」
「なんですかシロウ」
「頼む、あの二人……」
「お断りします」

そうニッコリ笑う彼女の笑顔に、俺の背中を滝のように流れる汗が、これ以上一言も話すなと告げていた。
良く見ると、アルトリアのこめかみ辺りに、漫画チックな怒りのマークが見えたのは気のせいだと思いたい。
ああ、半人前の魔術師にも目の前の騎士王様がかなりご立腹のは、理解出来ました。






Stay Re-birth Night 9






「なあ、アルトリア」
「しりません、シロウは凛や桜と話している方が楽しいようですから」
「そんな事……」
「無いと言えますか?」
「うっ」
「ええ、シロウが楽しい事を私が止める権利など、有りはしないのですから」
「ア、アルトリア」
「どうぞ私の事は気にせず、イリヤと、楽しく話をしてください」
「む」

藤ねえからお許しを頂いて屋上に来てお弁当を食べながら話す俺の言い訳を聞かないで、アルトリアはもくもくと、
おにぎりを頬張る。
すでに4個目なのだが、いつもより速いペースで食べている。
ちなみに俺はまだ1個目の半分ぐらいで、全然進んでいない。
それにしてもわざわざ、これ見よがしに名前を強調することは無いだろう、でもそれがなんなのか彼女は気がついていない。
いくら鈍感と言われている俺でも、これは何となく解る。
つまりアルトリアは―――。

「シロウ」
「な、なんだ」
「今は食事の時間です、話はその後で」
「ああ、解った」
「あんたたち、すぐに二人の世界を作らないでよ」
「はい、先輩、お茶です」
「あーうん、すまん遠坂、それとありがとう桜」
「シロウ、おにぎりが余っているようなので頂きますね」
「え、これから食べよう……」
「なんですかシロウ」
「何でもありません」
「情けないわね士郎、あんたそれでも男?」
「ほっといてくれ」
「先輩、良かったらわたしのどうぞ」
「ああ、ありがとう桜、その気持ちだけ受け取っておくよ」
「まったく、一皮むけばアルトリアもただの女の子だったってことね」
「ぐっ、けほっ……り、凛!」
「そうですね、いつもと違ってアルトリアさんが、可愛く見えます」
「さ、桜っ」
「でもねアルトリア、士郎は鈍感だからそれぐらいじゃ伝わらないわよ」
「何か酷い言われようだぞ、遠坂」
「あら、じゃあ衛宮くんには彼女の気持ちが解っているのかしら?」
「まーなんて言うか、つまりアルトリアはし―――むぐぅ!?」

真実を話そうとした俺の口に、おにぎりが目一杯詰められて、一瞬窒息しそうになった。
誰の攻撃かは説明する事もなく、真っ赤に俯いて両手を突き出して、そのまま俺の口を塞いでいる彼女しかいなかった。
どうやら俺の思惑は当たっていたようだが、迂闊に真実を言ってしまう口癖を直さないといけないな。
つまり『口は災いの元』ってやつを、命がけで実践し体験している俺は、かなりの間抜けとしか言いようがない。
しかし、現実は厳しく俺は一生懸命口を動かし、飲み込んで呼吸を再開することに成功した。

「せ、先輩、お茶です!」
「んぐんぐっ……ぷはーっ、はぁはぁ……死ぬかと思ったぞ」
「ご、ごめんなさい、シロウ」
「いいじゃない、別に」
「なんて事言うんですか、姉さん!」
「そうです凛、私は別にそんなつもりは、つい……」
「ふーん、でも士郎はいいのよね」
「なんでだよ、遠坂?」
「あら、だって士郎は彼女のためならいつでもこう思っているんでしょ―――君のためなら死ねる、ってね」
「う、それはっ……」
「それは?」
「違います凛、シロウはそんな事を思っていません」
「やけにはっきり言うけど、その根拠は?」
「シロウは言いました、私と共に歩んでくれると」
「ほほう、つまりそれはプロポーズされたと言っているのかしら」
「そ、その様に取っても一向に構いません、凛」
「む」
「先輩、プロポーズしたって本当なんですか!」
「え、いや、ずっと一緒にいようとは言ったけど―――あ、確かにそう言えなくもないな」
「そ、そんな……」
「やるわね、士郎にそこまで言わせるなんて……」
「ですから凛、桜、貴方達に最近知った有る言葉を教えて上げます、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて―――」
「ストップ!」
「むぐっ」
「何よ士郎、最後まで言わせなさいよ、ふふふ……」
「そうですよ先輩、わたしもはっきりと聞きたいです」

いや、そんな怖い笑顔がまさに二人が姉妹だなーなんて納得している場合じゃないけど、現実逃避したくなる。
片や袖を捲って魔術刻印を輝かせながら、片や笑顔のまま黒いモノが足元から広がり始めて。
その瞬間、俺はアルトリアの口を塞いだまま抱き上げると、一目散に屋上から逃げ出した。
後から思えばそれはサーヴァントに匹敵するぐらいの機敏さと、素早さだったと自慢出来るほど素晴らしかった。
屋上に通じる扉を締めながら魔法で強化した瞬間、扉が凄い音を立てて歪んだけど気にせず、とにかくひたすら階段を駆け下り、
弓道場まで走り抜けた。
で、その間口を塞がれていたアルトリアは、実は大きな俺の手で鼻まで塞がれていたため、酸欠ぎりぎりで気絶していた。
有る意味、おあいこと言えるのかな、これは。
そんな俺たちを出迎えたのは、弓道場で昼食を食べ終えて、お茶を飲んでいる美綴だった。
座布団を並べてそこに彼女を寝かせると、お茶を入れてくれた美綴りと向かい合う。
彼女を抱えてきた理由説明してくれと言われ、魔術云々は伏せて事のあらましを話したら、お腹を抱えてケタケタと笑いながら
転がりだした。

「あーっはっはっはっ、最高だよあんたたち!」
「笑い事じゃないっての、被害を受ける身にもなってくれよ」
「それはきけないね、あたしにしてみれば単なる惚気としか言いようがないからね」
「むー」
「しっかしあの遠坂が間桐と本気で男の取り合いを見せるなんて、衛宮をからかっていると思っていたんだけど、
いやーその場にいたかったぞ」
「もしいたら、止めてくれるのか?」
「するわけ無いだろう、そんな面白いモノ一生にそう何度も見られるわけ無いし、くっくっくっ……それに、彼女にしたんだろう―――プロポーズ」
「げほっ……」
「うわっ、ちょっと衛宮っ、汚いなぁ……」
「美綴が、急に変な事言うからっ」
「変な事か?」
「う、いや、確かにそう言えなくもないけど、今すぐ結婚するとかって意味じゃ……」
「同じだよ、だってずっと一緒にいるんだろう、それともその場だけの言葉だったのか?」
「違う、あれは間違いなく俺の本心だ」
「じゃあ問題ない、衛宮は彼女にプロポーズしたと言われたって恥ずかしがる理由なんてないだろ」
「うん、そうだな」
「―――だってさ、良かったねアルトリアさん」
「え?」

そこで初めてニンマリとしてやったりした顔の美綴の視線が、俺を通り越して後ろで寝ていたはずの彼女に向いていると
気がついた。
謀ったな美綴と思ったが、振り向いた俺の目にはきちんと正座して両手を胸元で組んで、首まで真っ赤に染めて見つめている
アルトリアが入り込んだ。

「シ、シロウ」
「あ、うん」
「ありがとうシロウ、とても嬉しいです」
「うん」
「私も、この胸の中に在る思いは、常にシロウと同じ気持ちです」
「あ、ありがとうアルトリア、俺も嬉しい」
「シロウ……」
「はいはい、とりあえずその先は二人っきりの時にしてくれないか」
「「あうっ」」
「ところでだ衛宮、これで貸し一つな」
「な、なんだよそれっ」
「お互いの気持ちが分かり合って、一層絆が深くなったんだ、感謝してくれとは言わないから貸し一つだ」
「くっ……それで要求はなんだ、弓道部に戻れって事か」
「いや、自発的に戻ってこないと意味がないだろう」
「む、じゃあなんだ」
「そうだなここは一つ見せて貰おうじゃないか―――」

そう言って人差し指を立てて美綴りが口にした言葉は、予想していたより単純な事だった。
とにかく、その言葉に頷いてしまった以上、日本人は姿からとか何とか言われて、懐かしい袴姿に着替えさせられた。
俺にとっては久しぶりだけど、身につけると違和感なく、身が引き締まる感じが気持ちよかった。
支度をして二人が待っている射場に現れると、美綴はにやっと笑ったがアルトリアはなんかぼーっとして俺を見つめていた。

「なんかおかしいかな、アルトリア」
「あ、いえ、その……よく、似合っています、シロウ」
「そっか」
「満更でもないんだろう、衛宮」
「む、なんか嫌な言い方だな」
「さて、時間もない事だし始めて貰うかな」
「解った」

俺が頷くと同時に、しんと静まりかえった射場は、今までの和やかな雰囲気が一変する。
本座(ほんざ)の位置に立つと揖(ゆう)をして、二人に始める事を伝える。
静かに膝を曲げずに土踏まずで歩くと、射位(しゃい)の位置に移動する。
そして射法八節―――「射を行う方法」を始める。

足踏み(あしぶみ)、左足を前に半歩広げ、次に右足を一旦左足に寄せてから右に扇形の軌道で一足踏み開く。
胴造り(どうづくり)、重心を体の中心に定めると同時に、目を弦に沿わせて弓の下方まで見て弓の上方まで調べる。
弓構え(ゆがまえ)、弦を右手の親指の固い所で引っかけ 左手は弓をしっかり握り手の内側を整えそして頭を的に向ける。
打起し(うちおこし)、顔を的に向けたまま肩に力を入れずに大きく円を描いて、矢を平行に保ちつつ頭の少し上辺りまで上げる。
引分け(ひきわけ)、そのまま矢を水平に保ちつつ弦を引き絞り、軌道を流れるように弓を左右均等に引き分ける。
会(かい)、このまま矢を放つまで引き分けた状態で、気を弛めずにこのまま数秒保つ。
離れ(はなれ)、そして矢を放つと、その流れの中で弓も手の中でくるりと回転する。
残身(ざんしん)、矢が放たれた後、的をじっと睨む。

そして構えを解き、足も閉じて射位から本座に戻って揖で終わる。
もちろん矢は的の真ん中に中っている、俺は昔っから弓を引く前から的に中る事が解っているので、今回はアルトリアが見ているし
基本に則ってしてみた。
息を吐いて気を抜いてから二人を見ると、美綴は頷きアルトリアは視線が少し虚ろで表情も惚けていた。

「さすがだね」
「…………」
「さて感想は、アルトリアさん」
「……その、綺麗でした、とても」
「あ、ああ、ありがとうアルトリア」
「ふむ、惚れ直しちゃったかな」
「はい……あっ、え、えっと…………はい」
「うっ」
「そっかそっかうんうん、これで衛宮にまた貸し一つだな、ふふっ」
「な、ちょっとまて美綴!」
「普段見られない衛宮の姿を見せて、彼女を惚れ直させたあたしに、何か文句があるとでも?」
「ぐぐっ」






まんまと美綴の思惑に乗ってしまった迂闊な自分が情けないと思う反面、俺を見つめるアルトリアの微笑みが嬉しかった事も
悪くなかったと思う事にした。






奇しくもそんな俺たちの和んだ空気をぶち壊すように、弓道場に現れたあかいあくまとくろっぽいさくらが俺の姿を見て何が在ったのか
一瞬で理解し、狡いと詰め寄るその様子をからかって赤面させる美綴の姿は、よく知っている誰かさんと同じだった。






一人、至福の表情でさっきの様子を思い出しているアルトリアに、小さな声でまた見せてくださいねと言われ、これも美綴の
思惑通りだと思うとやっぱり侮れないと思うしかなかった。






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