Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






朝、それは一日の始まり、毎日来るもの。






俺の朝は朝食を作る事から始まる、これからも変わらないと思いたかった。






―――そう、変わった事と言えば、エンゲル係数が通常の倍以上になった事ぐらいである。






あくびを噛み殺しながら、あさつきを刻む。
これは食べる直前に、大根のお味噌汁に浮かべる。
和食と言ったらこれがないと文句が出るだし巻き卵も、イリヤがいるので甘めにふっくらと作った。
そうそう、最近作り始めた漬け物から、白菜ときゅうりも忘れずに小鉢に盛る。
メインのおかずは鮭の切り身、アジも有るけど骨が細かくない分こちらの方が食べやすい。
うん、自分でもいい出来だと思う。
それにしてもあれだ、この時間まで起きてこないのは、みんな夜遅くまで騒いでいたからか―――。
と、思ったらきちんと制服に身を包んだ彼女が、居間に来て笑顔で挨拶をしてくれる。

「おはようシロウ、今朝もいい天気ですね」
「おはようアルトリア、もう用意出来てるから座ってくれ」
「はい、あ、あのシロウ……その手伝いをしてもいいですか」
「ああ、じゃあ俺が盛りつけるからテーブルに運んでくれるかな」
「はい」

手際よく食器を運ぶアルトリアの横顔を見ると、昨夜の取り乱した事が嘘のように思える、うん、そう思いたい。
いきなりエクスカリバー振り回すなんて、今までの彼女からは想像出来なかった。
だけど、それを嬉しく感じてしまう俺がいるわけで、知らなかった彼女を見せてくれるようで、自然に顔が笑ってくる。
それを見逃す彼女でもない事は、自分がよく知っている、だからすぐにむっとした顔で睨んでくる。

「シロウ、人の顔を見て笑うなんて不謹慎です」
「あー、いやごめん」
「謝っているのに、まだ顔が笑ったままなのはどういう事ですか?」
「うん、その……嬉しかったんだ」
「む、どういう意味ですか?」
「つまり、俺が知らなかったアルトリアが見られたからさ」
「あ……昨夜の事はその、私とした事が取り乱して……」
「いいんだ、これからもっと素のアルトリアを見せてくれると、俺も嬉しい」
「あ、あれが本当の私では有りませんからね、シロウ」
「解ってるよ、アルトリア」
「いいえ、解っていたらその様な笑顔でいるわけがありません!」
「そう言われてもなぁ……」
「シロウ、貴方という人は―――」
「アルトリア」
「あっ……ん……」

すいません、もう我慢出来ませんでした。
間近でがーっと抗議するアルトリアがメチャクチャ可愛くて、衛宮士郎は本能に負けました、完全敗北です。
だって仕方が無いじゃないか……昨日はあの騒ぎでその……まあ察して欲しいし、男なら解ると思う。
俺たち以外いない朝の台所で、遅くなった朝の挨拶を不意打ち気味に、その小さな唇を奪う。
決して黙らせようとした訳じゃないけど、たぶん彼女はこう思っている―――シロウ、貴方は卑怯だ、と。
おずおずと背中に腕を回して抱きしめてくるアルトリアを、壊さないように抱きしめたところまでは良かった、うん。
しかし俺は失念していた、今この家にいる住人達の事を、だるま落としのように綺麗さっぱり抜けていました。
そう、奴が来た―――赤いあくまと呼ばれるあの猫かぶり優等生がっ。

「朝から見せつけてくれるわね、衛宮くん、アルトリア」
「お、おおはっ、おはよう遠坂っ」
「お、おおはっ、おはよう凛っ」
「息ぴったりね……」

慌てて離れた俺たちの間を、わざとらしくゆっくりと歩いて、目的の場所にくる。
毎朝見る幽鬼の表情で冷蔵庫から牛乳を取り出すと、コップに牛乳を注いで一気に飲み干した。
そのまま居間にどっかりと腰を下ろしてぷはーっと息つく姿は正にあれだな、うん。
隣でアルトリアも呆れている、俺も全く同じに思って軽くため息をつく。
ただし言葉にしない、この赤いあくま、そう言う事に関してはもの凄く鋭いと解ってる。
何か嫌な事だけに敏感になっていく自分を喜んでいいのかどうか、迷うな。
ほらっ、もう胡散臭そうに俺を睨んでいるって……俺だけかっ!?

「そこのバカップル、今何を考えたか当ててみましょうか、それとも言って上げましょうか」
「だ、だだ誰がバカップルだっ!」
「そ、そそそうですよ、私とシロウはただ、朝の挨拶を……その……」
「どこからどー見ても、誰がじーっと見ても満場一致であんたたちをバカップルって認定するわよ!」
「「うっ」」
「ほらっ、またぴったり」
「「だ、だからっ」」
「熱々ぶりはもうお腹一杯だから、早く朝ご飯にしてくれないかしら、衛宮くん」
「朝は食わないんじゃなかったか遠坂―――」
「何かしら衛宮くん、言いたい事が有ればハッキリ言っても良いのよ、ん?」
「む、もう出来てるからおとなしく座っててくれ」

あのな遠坂、にこやかに袖を捲って刻印光らせて言う言葉じゃないだろう、はぁ……。






Stay Re-birth Night 8






もう一度言おう、衛宮家の食卓は現在進行形でエンゲル係数が上昇し続けている。
それも目に見えて解るなんて、体験した人は少ないだろう。
確かによく食べるって言う事は健康的だろう、俺も美味しい物を沢山食べる事に意義はない。
だが、だがしかし、家主でもあり男の俺が一番少ない量しか食べないって事はどうだろう。
もう一度、今の現状を確かめるために、俺は食卓を見回した、そして愕然とした。

「誰だっ、俺のおかずまで食べたのはーっ!」
「大河、お醤油をお願いします」
「アルトリアちゃん、その代わりにそのお新香をわたしに……いえ、ごめんなさい」
「桜、それでお代わり何杯目?」
「ね、姉さん、いちいち数えないでください」
「もうみんな食いしん坊なんだからー、太ってもしらないよー」
「おいっ、人の話を聞けって!」
「ふむ、今日の卵焼きは甘めですがこれもいいですね」
「うんうん、お姉ちゃんも甘いの大好きー」
「でもいいわねー、桜は食べた分がぜ〜んぶ胸に栄養がいって」
「だから姉さんっ、そう言う事を先輩の前で言わないでください!」
「―――無視ですか、そうですか……くそうっ」

親父、涙が止まらないよ。
これが女の子の正体だってどうして教えてくれなかったんだ。
ふと閉じた瞼の裏に、髪の長い綺麗な女性に首を絞められ息も絶えそうなくせにいい笑顔の親父が、
俺に向かって親指を立てていた。
って言うかその人誰だよ、親父。
親父もあの世でいろいろピンチらしい。
泣きながら食べた朝食は、少し塩味が聞いて、それがもの凄く切なくなって、もうどうでも良かった。
でも、そんなこんなのばたばたした朝食は久しぶりで、懐かしく感じられた。
これもここアルトリアがいる事が正しい事だと、みんなが言っているような気がした。

「もう最初から言ってくれれば良かったのに、案外水くさいのねアルトリアは……」
「あの、凛、それについては申し訳ありません、深く反省しています」
「い、いいのよ、別に責めている訳じゃないんだから」
「そうですよ、姉さん口は悪いですけど、心の中では喜んでいるんですから」
「凛……」
「さ、桜っ、あなたね―――」
「ね、素直じゃないでしょう」
「ふふっ、そうですね、桜の言っているようですね」
「あんたたち、いつの間にそんなに仲良くなっているのよ」
「そうですね、何か不思議ですねー」
「ええ、何となく気が合うような……」
「むー」

三人が仲良く並んで歩いている後ろを、俺はその様子を眺めながらついて行く。
その俺の横にはイリヤが手を繋いで一緒に歩いている。
まあ、何となく仲間外れかなと場違いな事を思ってみたりするが、イリヤが話し掛けてくるから
すぐに現実に戻る。

「もうシロウ、わたしと一緒にいるのがつまらないの?」
「ごめんイリヤ、ちょっと考え事してた」
「ふーん、さしずめ前の三人が気になるってとこかしら」
「うん、ほら昨日の今日であれだろ、気にならない方がおかしいだろ?」
「そうねー、まあわたしとしてはシロウを独り占め出来るからいいんだけどねー」
「理由になってないぞイリヤ」
「いーの、シロウは気にしなくても、あくまでもわたしたちの問題だから」
「むむ、なんか仲間外れみたいだぞ、俺」
「あのねシロウ、間違ってもそんな事無いんだから、今度言ったら怒るからね」
「うっ、そうします」

バーサーカーを従えて俺に向かってきた時のように、真剣に睨んできたイリヤの迫力に、
思わず頷いてしまった。
情けないぞ最近の俺、負けっ放しな気がするが、主に女の子に。
親父、正義の味方って女の子に弱いって弱点はありなのか?
空を見上げると青空にニカっと笑っている親父の姿が、そしてそれがお約束だと言わんばかりに似合わないウィンクを
決めていた気がした。
そんな俺を引きずるように、みんなの後を引っ張っていくイリヤに連れられて学校に到着した。
むむっ、何故か昨日より校門の周りに生徒が多いのは気のせいじゃないよな。

「それじゃねシロウ、早く帰ってきてねー」
「ああ、イリヤも気をつけて帰るんだぞ……って、な、なんだ!?」
「うん、って何してるの、三人とも?」

俺の右腕を遠坂、左腕を桜、そしてアルトリアは背中から抱きしめている。
慌てている俺が頭を振った時に、周りにいたみんなと目が合うが、好奇心に彩られていた。
そしてヒソヒソな話し声が、俺に精神的なプレッシャーを与えてくる。
俺が何をしたー!
この状況に狼狽えている俺をおいといて、イリヤはにやーっと微笑む。

「今日は朝からシロウと二人っきりで手を繋いでいられたから、キスはまた今度だよ」
「な、なんですかそれはっ!」
「くっ、迂闊だったわ」
「こ、今度もその次もダメです!」
「どうして?」
「「「えっ?」」」
「だって昨日シロウが言ってたでしょ、好きな人にはキスしたっていいって」
「イ、イリヤ、そうじゃなくて俺が言いたかったのは―――のわっ!?」
「きゃっ」
「あうっ」

その時だった、もの凄い力で俺を振り回し、両腕に掴まっていた遠坂と桜を引きはがした。
もう誰かなんて説明する暇もなく、そのままくるりと体を回されて、背中にいたはずのアルトリアと
向かい合う。

「シロウ」
「ア、アルトリア」

そして俺の腕を掴んで強引に屈ませると、彼女も踵を浮かして背伸びをして―――唇を重ねた。
えっと、あれ……。
ここ学校、朝の校門前、登校してる生徒多数。
イリヤがいて遠坂がいて桜がいて、みんな驚いた顔して。
そして目の前にはアルトリアが、耳が真っ赤だけど何でだろうって。
いつの間にか俺の首に腕を回してキスして……って!!
ええーーーーーーーっ!?
頭の中が真っ白になっている俺の唇から、名残惜しそうに自分の唇を離すアルトリアは、
そのまま大きな碧眼で俺を見つめたまま、真っ赤な顔で呟く。

「……っん、はぁ……シロウ」
「あ、う、え」
「これからも、キスしていいのは、わ、私だけですからね」
「え、アルトリア……」
「約束ですよ、シロウ」
「う、うん」
「信じていますから」
「うん、俺も信じている」
「シロウ」

あー、そこでやっと俺は周りから注がれる視線に気がついた。
男子からは嫉妬と羨望と殺気、女子からは興味津々のきらきらした目とひそひそ話に歓声。
その中でも本当に殺気を含んだ視線を送ってくるのが、仲良きかな二人の姉妹。
もう怖くて振り向く勇気がどこかに行ってしまった。
俺は助けを求めてせわしなく辺りを見回した。
早くしないと俺の体に密着しているアルトリアの柔らかい感触に、理性の限界がきてしまいそうだ。
ああ、落ち着け俺ーっ!

「どうした衛宮、朝から熱々じゃないか」
「衛宮、公衆の面前で何をやっとるんだ」
「美綴、一成」
「ふーん、どうだ衛宮、弁当で手を打とうじゃないか?」
「その人はセイバーさんじゃないと言ってなかったか?」

その援軍と思われた友人たちは、どうやら期待出来そうにない。
元気よく走り去っていくイリヤの後ろ姿がその向こうに見える。
実に頭の回転がいいイリヤらしい撤退の仕方だ、俺も見習いたいって言うか、教えてくれ。

「は、離れなさいよアルトリア!」
「先輩、いつまで抱きしめているんですか!」

切れまくった遠坂と桜が、抱き合っていた俺とアルトリアを引きはがそうとするが、俺よりも力強く締め付けて
離さない彼女の腕に徐々に気が遠くなる俺がいて。
だから、暴走気味の彼女を止める事が出来なくて―――。
またしても恥ずかしい事を、だけどちょっぴり嬉しい事をみんなに宣言してくれました






「シロウは私のものです、そして私もシロウのものです、すでにこの身も心も一つになったのですから―――」






この日、俺は放課後に職員室に呼び出されて、必死に誤魔化すために思いつく限り言い訳を作っていた。






つまりこれはあれだ―――Unlimited Scenario Works(無限の創話)―――






俺はまた一つ、意味のない新しい固有結界を得る事になった、有る意味貴重な一日だった。






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