Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






嘘だ、これもまた夢なんだ―――。






俺が、勝手に、無意識に作り上げている、心の中にある彼女の姿をおも―――。






「シロウ、今度ばかりは貴方の鈍さに、ほとほと呆れました」






そう言いながら伸ばした彼女の指先は、俺の頬を一撫でしてから―――抓った。






遠慮のない、攻撃だった。
だから俺は情けない声で悲鳴を上げるしかできなかった。
それでも気が済まないのか、目の前の彼女はまだ睨んでいる。
それを思えば、剣で無いだけマシなのかもしれない。
ばっさり一撃で終わらなかった幸運に感謝しよう。
そしてこの頬にある痛みが、夢じゃなくて現実だと、俺に教えてくれた。
いる、確かにここにいるんだ。
ううっ、聞きたい事が一杯で何から来たらいいのか、言葉が出ない。

「シロウ」
「う、あ……」
「聞いていますか、シロウ?」
「う、うん、聞いてる」
「……本当に?」
「うん、頭の中ぐちゃぐちゃだけど聞いてる」
「言っている事が意味不明です、シロウ」
「うん、だね」
「はぁ……」

夢の中だと思っていた事が言えたのに―――って!?
夢じゃなかったんだよなぁ、そうすると俺はべらべら喋っていたのか?
うわー、恥ずかしい!!
お、落ち着け、まずは深呼吸、そうだ、鍛錬と同じだ。
呼吸を整えて、意識を集中―――できるかー!!
俺は腕を伸ばして、彼女を抱きしめた。

「セイバー」
「シ、シロウ!?」
「セイバー……」
「と、突然なんですか、シロウ?」
「セイバーだよな、幻じゃないんだよな」
「肯定です、貴方の剣になると誓った私です」
「くっ……」
「シロウ……あ、苦しいです」

彼女の体から伝わる温もりが、腕の中に収まって俺を見上げている戸惑った顔を見て、
夢から覚めた現実を実感していた。






Stay Re-birth Night 4






深夜、誰もいない屋敷にある土蔵の中で、俺はセイバーを抱きしめたまま動かない。
セイバーもおずおずと俺の背中に手を回して、抱きしめ返してくれる。
無言で、お互いを確かめるように、離さない。
それからどのくらい時間が経っただろう、俺は腕の力を緩めると、
暖めて向かい合う。
そしてまだ言ってなかった言葉を伝える。

「お帰り、セイバー」
「ただいま、シロウ」
「でも、どうして……」
「む、シロウは私が帰ってきて何か不都合でもあるんですか?」
「そんなもん、有るわけ無いだろっ」
「そうでしょうか」
「むむっ、それってどう言う意味だよ?」
「今朝、校門の所でイリヤスフィールにキ、キスされて喜んでいなかたっと、シロウは言うのですね」
「は?」
「ふぅ……以前にも、イリヤスフィールには注意するよう言った筈ですが」
「セ、セ、セイバー!?」
「それに……その前の日は、凛と仲良く授業さぼって放課後まで屋上で寝ていましたね」
「ま、まてまてまてっ!!」
「なんですか、言い訳なんて男らしくないですよ、シロウ」
「やっぱりあの転校生はセイバーだったのか!?」
「いえ、他人のそら似でしょう、タイガもそう言ってましたから……」
「このばかっ!」
「な、なんて事言うんですかシロウ……」
「黙れ、人の気も知らないでっ……俺がどんなにっ……うっ」
「―――っ、シロウ?」

セイバーの顔がゆがんで見える。
なんでだろうと思ったら、俺は泣いていた。
彼女を初めて見た時、俺がどんなに嬉しかったか。
彼女の笑顔を見た時、俺がどんなにお前を好きだったか。
彼女の声を聞いた時、俺がどんなにお前を愛していたか。
でも、彼女はセイバーとは違うんだと自分に言い聞かせていたことが。
今の話で全部吹っ飛んだ―――。
嬉しくて悲しくて悔しくて、いろんな思いが溢れだたら、それが俺の頬を濡らしていた。

「シロウ……」

セイバーの声に、俺の涙を拭う指先の感触に、俺は改めて彼女を見つめる。
鎧姿だった彼女は、いつの間にか学校の制服姿になっていた。
ああ、教室で見た姿だ、間違いない。
この時、俺が望んでいた、自分のために生きている姿だと思った。

「ごめんなさい、シロウ」
「セイバー?」
「その……興が過ぎました」
「あ、ごめん、男が泣くなんてみっともなかったな」
「いえ、前もその……見ましたから……えっと」
「あー、うん」
「と、とにかく、貴方を泣かせてしまった事を許してください」
「…………」
「シ、シロウ?」
「セイバー!!」
「シ、シロウ……あっ」

その潤んだ瞳が、俺に残っていた理性のカケラを、きれいさっぱり消してしまった。
もう押さえる必要なんて無い。
ぎゅっと抱きしめると、そのままセイバーを抱き上げて、土蔵から自分の部屋に向かう。
お姫様抱っこされて真っ赤になって抗議をするけど無視して、息を止めて足を動かす。
乱暴に襖を足で開けると、中に入ってセイバーを下ろし、襖をきちんと閉める。
振り返ってセイバーを見つめると、俺が何を求めているのか解ったらしく、真っ赤な顔は俯いていた。
それを見ないふりして、用意をした。

「セイバー」
「……はい」
「あの日の―――お前の言葉に応えてなかったから、今言うな」
「待ってください、シロウ」
「うん?」
「名前で……名前で呼んでくれますか」
「あ、うん」

そうだ、もうセイバーはサーヴァントじゃないだ、一人の女の子なんだ。
なら、そう呼ぶのは間違いだった。
俺はセイバーの肩に手を掛けると、彼女の体がびくっと震えた。
軽く深呼吸して、その碧眼を見つめる。






「アルトリア―――君を、愛している」






言えなかった言葉。
伝えたかった言葉。
その姿を焼き付けようと、黙って見つめていたあの永遠の黄金。
あの別れは無駄じゃなかった、間違っていなかったと、お互いに誇れる選択をしたんだと。
だから今が在るんだと、胸を張って言える気がした。

「シロウ」
「アルトリア」

お互いがお互いの頬に手を添えると、静かに唇を重ねる。
触れるだけのキス、でもそれだけで鼓動が激しくなる。
一度離れて、もう一度重ねる。
今度は深く息をするのももどかしいぐらいに、お互いを抱きしめる。
そして、ゆっくりと体を横にしていく―――。






俺たちの逢瀬は、鳥の囀りが聞こえるまで、終わる事がなかった。






玄関の方から、挨拶が聞こえて、桜がやって来た。
その時、俺はキッチンで最後の仕上げをしている最中だった。
久しぶりに彼女のリクエストにそった朝食が出来た、うん。
徹夜だから出るあくびをかみ殺して、火を止める。

「おはようございます、先輩」
「おはよう桜」
「あれ、もう準備終わっているんですか?」
「ん、ああ、今朝は早く目が覚めちゃってさ」
「そうですか、じゃあわたしが運んでおきますね」
「うん、任せた」
「おはようー、シロウ」
「おはようイリヤ、藤ねえは?」
「しらなーい、わたしは起こしたもん」
「おはよう、衛宮くん」
「おはよう、遠坂」
「んー、何か良い事でもあったの?」
「どうして?」
「あなたね、鏡見てきなさい、にやけてるわよ、顔」
「そ、そうかなぁ……」

うん、そう言われても仕方がない。
だってなぁ……うっ、いかん、思い出したら顔が赤くなってきた。
今日はきっとダメなんだろうな、ずっとこのままか。
ふと、気が付いたらみんなの視線が集まっていた。

「先輩、顔真っ赤ですけど……大丈夫ですか?」
「シロウ、無理しちゃだめだよー」
「まったく、わたしたちの前で無理するんじゃないわよ」
「いや……その、病気って訳じゃなくて……」
「「「?」」」
「ちょっと、連れてくる!」

そのまま自分の部屋に行くと、制服姿に着替えた彼女がいた。
きちんと布団もたたんであって、俺と目が合うと顔を真っ赤に染めた。
俯いてもじもじする仕草が破壊力抜群である。
でも、ぐっとこらえて側に近づくと、その手を取る。

「シロウ?」
「行こう、みんなに紹介するよ」
「まってシロウ……」
「?」
「あ、あの、もしよければその……」

そう呟いて、胸に手を組んで目を閉じ顔を上げる彼女が何をして欲しいか解った。
期待に応えて、俺はそっと口づけをする。
惚ける彼女は更に赤くなるけど、嬉しそうに微笑んだ。

「おはよう、アルトリア」
「おはよう、シロウ」

これからずっと一緒だと言う気持ちを込めて、そっと手を握りしめ居間に向かった。






「うわーーーん!! 士郎が男になっちゃったよーーー!!」






朝から大寝坊でやって来たタイガーの大声が、静かな町内に響き渡った。






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