Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






――――何を聞いたのか、何を伝えたのか覚えていない。






でも、彼女の怒った顔も拗ねた顔も、そして微笑む顔も、






この胸の中に残っている――――。






「……先輩」
「ん〜……あ、桜?」
「はい、おはようございます」
「あっ、もうそんな時間か!?」
「今朝はわたしが朝食を作りましたから……」
「すまん、寝過ごした」
「あ、いいんです、それよりもみんな待っているので」
「うん、顔洗ったら行くよ」
「はい」

うー、どうやら土蔵で眠ってしまったらしい。
桜に起こされるなんて久しぶりだったから、新鮮な気がした。
出て行く前に振り返ると、そこには誰もいない。
それだけ、ただそれだけ。
俺は足早に家に戻り、藤ねえに食い尽くされる前にと、居間に向かった。






Stay Re-birth Night 3






「もうっサクラのひきょう者ー!!」
「な、なんでわたしが卑怯者なんですか!?」
「いっつもいっつも抜け駆けしてー!」
「抜け駆けってなんですか? 先輩を起こすのはいつもの事です」
「シロウを起こすのはわたしなんだから、サクラは余計なことしないで!」
「先輩はあなたのものではありません!」

そこで目にしたのは両手を上げて、朝から元気一杯のイリヤだった。
しかも桜も負けじと抗議している。
どうでも良い事なんだけど、あっさり無視された俺は、ちょっとさびしいかも。
まあ、嘆いていても食べ物が無くなるので、遠坂の横に腰を下ろす。

「おはよう、遠坂、藤ねえ」
「おはよう、衛宮くん」
「おはよー、士郎」
「「あー!!」」
「?」

何故か座った瞬間、桜とイリヤがユニゾンして俺を睨む、いや、微妙に俺の隣に視線が……。
しかも、横目で見ると、遠坂がふふんと半目でニヤニヤしている。
なんだか解らないが、本能が命の危険を訴えている。
朝からライブでサヨウナラ、みたいな。

「お、おはよう、桜、イリヤ」
「…………」
「むー」
「ど、どうした二人とも、早く食べないと冷めちゃうぞ?」
「そうよ、桜もイリヤも早く食べなさい」
「何勝ち誇った微笑みを浮かべているのですか、遠坂先輩!」
「そうよー、シロウはわたしのなんだからねー!!」
「はい、士郎」
「サンキュー」
「って、無視しないでください、先輩!」
「ふーんだ、リンのばかー!」
「ふっ」

だから何故そこで勝ち誇るように笑う、遠坂。
ワザとか、ワザだな、ワザとだろっ!
今、こっちを見ただろ、おのれ赤いあくまめ。
衛宮家は着々とこいつに侵略されているようだ。
ちなみに、頼みにしてたっぽいタイガーは、満腹状態でだめだめだー。

「…………(俺)」
「…………(遠坂)」
「…………(桜)」
「…………(イリヤ)」
「あ、あのさ……」
「なに士郎?」
「なんですか、先輩?」
「なになに、シロウ?」
「き、今日も良い天気だなって……ははっ」
「…………(遠坂)」
「…………(桜)」
「…………(イリヤ)」

ううっ、怖い。
視線も痛い。
俺が何したんだよー。
仲良く登校――――イリヤは違うけど、一緒に学校に向かっている。
それはいい、でもこうプレッシャーが掛かる登校なんて初めてだ。
これはこれで貴重な経験で……って、こんなの嫌だー!
何とか耐えつつ校門までたどり着いた時、解放される安心感に包まれる。
だが、その油断が俺を地獄に引きずり込む。

「さあイリヤ、貴方はここまでよ」
「そうね、それじゃシロウ」
「うん、気をつけてな」
「あ、シロウ、ちょっと……」
「うん?」

遠坂の言葉に、あっさり頷くと俺の側に近寄る。
手招きをするイリヤに身をかがめると、いきなりイリヤが俺に飛びつき、頬にキスをした。
ちなみにここは校門で、朝の登校時間で、周りには沢山の学生がいて、みんなが見ている。
時間が止まった。
世界求まった。
俺の心臓もとま―――るどころか、激しく鼓動する。

「イ、イリヤ!?」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」

そう爆弾発言をして、ぱたぱた駆けていった。
呆然とする俺とは反対に、止まっていた物が急速に動き出す。
それは……。

「な、なにものー!?」
「せ、先輩になんて事を!?」

この二人はまだ言い、後で何とか出来るかもしれないから。
だが、周りの大勢はどうにも出来ない。
ひそひそ声で話す生徒達の中を俺は足早に教室を目指した。
後から追いかけてくる遠坂と桜を待たずに。
衛宮士郎の静かな学園生活が終わりを告げた、ちょっぴり切ないそんな春の日でした。

「おはよう衛宮」
「ああ、おはよう一成」
「一言良いか?」
「うん?」
「良心は有るか?」
「……勘弁してくれよ」
「ふむ、友人として信じていたぞ」
「ホントか?」
「もちろんだ」

疑わしいが、もうどうでもいいや。
と、席に座ろうとして、なにやら視線を感じてそっちを向くと。
アルトリアさんが俺を睨んでいた、なぜ?
その事で首を捻っていると、ぷいと顔を背けてしまった。
う〜ん、何かしたかな、俺。
悩んだけど解らずしかたないと思ってたら、校門の件で突撃してきたタイガーに首締められたので、
すっかり頭から抜け落ちた。
まったく、手加減を知らない獣に、普通人間は勝てないって。
そんな俺に優しくないクラスメイト達は、休み時間ごとにイリヤの事を根ほり葉ほり聞きにくる。
頼むから藤ねえからのダメージが回復する時間をくれ。
この日は放課後まで、休まる時間がなかったと、いつか思い出すだろう。

「はぁ……後は、キャベツに挽肉に……よしっ」

夕方の商店街に逃げ延びた―――家に帰れば、遠坂たちに捕まるから問題を先延ばしって事もあるけど。
今は一人自由の時間を満喫した。
ちなみに今夜の夕食は、藤村の爺さんと出かけていて来られなかったイリヤの為に、
ロールキャベツを作ろうと思ったり。
素直に美味しいって言ってくれるイリヤは、年相応の笑顔を見せてくれる。
実に可愛い妹だ、うん。
そうだ、せっかくだからケーキでも買っていこう、バイト代もあるしなんとかなるだろう。
意外に大荷物になったけど、足取りは軽かった。

「シロウ、おいしいよー!」
「そっかそっか、うんうん」
「むっ」
「むー」
「士郎、おかわりー」
「うんうん……って藤ねえまだ皿に有るじゃないか!」

思ってた以上に好評で、洋食の自信がレベルアップした感じだ。
遠坂も微妙に悔しそうな顔しているし、桜も喜んでいるし。
でも、イリヤの頭を撫でた瞬間、二人の視線がきつくなった気がするが、
ついでに買ってきたデザートが全てを丸く収めた事で、明日の朝日が見られる。
たまには思いつきで買ってみるもんだなぁ。
お腹が落ち着いた順番から、それぞれ帰っていく。
イリヤが泊まるとごねたけど、遠坂を筆頭に桜と藤ねえに遭えなく阻止された。
さっきまでの喧噪が嘘のように静まりかえったけど、寂しいなんて思わない。
だから、日課の鍛錬を始める為に土蔵に向かう。






でも、今日は彼女はいない―――。






当然だ、俺は都合の良い夢を見ていただけなんだから。






落胆もないし、悲しむ事もない、彼女は俺のここに―――、






「シロウ」






「え?」






振り向くと、そこにいるはずのない、腰に手を当てて怒っている彼女が、俺を睨んでいた。






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