Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






「シロウ―――貴方を、愛している」






いつか薄れていく、彼女の声もその顔も。
でも、この言葉は忘れずに俺の中に残っていく。






今日から高校生活最後の一年が始まる。
途中、早起きしてきたらしい遠坂と校門をくぐる。
会話の途中から妙に嬉しそうにしているこの赤いあくまが気になったけど、
触らぬ悪魔に祟りなしなので追求はしない。

「衛宮!」
「おはよう、一成」
「おはよう、柳洞くん」
「貴様っ、衛宮の側から離れんかーっ!」
「あのね柳洞くん、わたしが誰と登校してきたって自由でしょう?」
「だまれっ、衛宮を騙せても俺は騙されんぞ!」
「……だって、衛宮くん?」
「…………」
「ふっ、衛宮が無言なのは肯定と受け取って差し支えないようだな、遠坂」
「む……ちょっと衛宮くん!」
「あ、ああ、悪い遠坂、聞いてなかった」
「と、とにかく教室に行くぞ衛宮っ」
「また後でね衛宮くん、今日は一緒に帰りましょう」
「二度と衛宮に近寄るなっ!」

一成の言葉をいつもの笑顔で軽くかわすと、遠坂はそのまま自分の教室に行ってしまった。
隣でぶつぶつ言っている一成に、もう三年生だから落ち着いた方が良いぞと思ったりした。
なんにせよ、がんばらないと……あいつに負けていられないからな。
と、依然と変わらぬ日常が始まると思っていた俺の思いはあっさりと終わりを告げた。






……一人の転校生によって。







Stay Re-birth Night 1






「なっ……」

俺は驚いて立ち上がりそうになったけど、なんとか自分を押さえた。
藤ねえも両手を振っている事から、戸惑っているみたいだ。
それもそのはず……彼女はそれだけそっくりだった。

「アルトリア=ペンドラゴンです、日本は初めてなので皆さんよろしくお願いします」

流暢な日本語で挨拶する声までも、俺の知っている彼女に瓜二つだった。
しかし自分に言い聞かせる、そんな事があるわけ無いと。
でも、目が離せなかった。

「はい、そうです」

休み時間ごとに、入れ替わり立ち替わり、他のクラスの男子まで彼女の周りに集まる。
嫌がる顔をせず、丁寧に応えていく彼女の姿は、誠実だった。
俺は机に伏せて見ないように目を閉じる。
違う、彼女はセイバーとは違うんだと心の中で何回も繰り返した。
彼女にセイバーを重ねるのは、失礼だしそんな事はしちゃいけない。
だから俺は見ない……見る事が出来ない。

「はぁ……」

昼休みになると、購買でパンを買ってそのまま屋上に行く。
温かい日差しの下で、幾分気分が落ち着いた気がした。
食べ終わり寝転がると目を閉じると、すぐに眠くなってきた。
このまま眠ってしまっても良いと思う自分がいた、いや彼女を見ている事が出来なかったからだ。
そう思いこんでいたから、近づいてくる赤いあくまに気が付かなかった。

「ここにいたんだ」
「ん……遠坂?」
「もう昼休み終わるわよ」
「そっか、でも遠坂はいいのか?」
「エスケープって憧れてたのよ」
「ふ〜ん」

それっきり黙り込んだ遠坂は俺の隣に腰を下ろして、なんとなく前を見ている。
すぐにチャイムが鳴ったけど、俺たちは動こうとはしなかった。
俺は瞼を閉じてそのまま眠り込む。
風もなく、静かな屋上で遠坂と二人きりで……。
たぶん、遠坂も彼女を見たんだろう、そう無言で言っている気がした。

「んっ……う〜ん、あれもう夕方か……って!?」
「ん〜……」
「と、遠坂?」

何故か俺の腕にしがみついて寝ている遠坂の寝顔から目が離せなかった。
学校のアイドルで、憧れていたのもあって、なんて言うか得した気分だけど。
一応気を遣って小声で話し掛けたけど、完璧に熟睡しているよ、おい。
どうでもいいけど……いや、いくないけど無防備すぎるぞ遠坂。
それから何度も揺すったんだけど、起きやしない。
四苦八苦しながら何とか抱き上げて屋上を後にすると、ひとまず遠坂の教室に向かった。
ちなみに思ったほど重くなかった。

「悪かったわ」
「まったくだ」

俺は痛む頬を押さえながらとぼとぼ歩く。
確かに不用意の遠坂の体を触った事は認めるし、悪かったと思う。
だけどあんまりだろ、殴るなんて……しかも拳だぞ?
起こさないように教室まで運んだお礼がベアナックルか?
もう、次からは無視してやる。

「で、でもわたしの寝顔見たんだからっ……」
「だからどうだって言うんだ」
「む……じゃあ責任取ってくれるの?」
「なんだよ責任って!?」
「当たり前でしょ、女の子の寝顔見たのよ!」
「不可抗力だ、大体俺の腕にしがみついて寝てたのは誰だよ?」
「そ、それはっ……いいでしょもうっ、謝ったんだから」
「ああ、遠坂だしな……」
「む」

それっきりだった。
お互いつかず離れず家に向かう。
春とはいえ、日が落ちる直前は少し肌寒い。
だから、その分俺たちの空気を寒くしたままだと、寂しいし。

「なあ……」
「なに?」
「夕飯は鍋にしようか?」
「そうね」

そんな考えが通じたのか、俺の横に並んだ顔はいつもの遠坂だった。
思わず笑ってしまう。

「何笑ってるのよ?」
「別に……」
「ふん」
「さて、藤ねえがお腹空かせて暴れる前に帰るか」
「それ、賛成」

途中で商店街によりあれ入れろこれはダメと、それなりに楽しい感じで材料を買うと
飢えた虎を一人で相手している桜を援護するために家に向かった。
なんだかんだで両手一杯の荷物を持っているのは俺だけど。

「ふ〜、食べた食べた〜」
「藤ねえ、そのまま寝転がると虎になるぞってもうなってるか」
「虎って言うなーっ!」
「もう先輩、言い過ぎです」
「いやいや、たまにはこう言って危機感を煽らないとだめなんだ」
「はあ……」
「そこで納得しちゃダメよ桜、そう言う本人が一番ダメなんだから」
「あのな遠坂……」
「ふふっ」
「あ、桜に笑われちゃったじゃんか」
「衛宮くん、自業自得って言葉知ってる?」
「ほっとけ」

たわいもない会話、そんな風に時間は過ぎていく。
そしてみんながいなくなった屋敷の中庭で、俺は夜空を見上げる。
何も変わらない、こんな毎日がこれからも続いていくはずだ。
さあ、いつもの鍛錬をしよう。
だけど、土蔵の中に足を踏み入れた俺を待っていたのは、新しい物語だった。





そこに、あの夜と同じこの場所に―――彼女がたたずんでいた。






声が出ない。
足も動かない。
心臓まで止まったように、鼓動を止めた。






月明かりに照らされた金色の髪が、鈍く光る銀色の鎧が、思考を停止させた。






「―――問おう。貴方が、私のマスターか」






出会った時と同じ、俺を見つめる宝石のような瞳と凛とした言葉。






でもただ一つ違うとすれば―――






俺が好きだった、俺が望んだ微笑みを浮かべていた。






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