体中を赤く染めて、小さな女の子が泣いている。
ただ、目を閉じて涙を流して大きな声を上げて泣いている。
周りは剣の形をした物が無造作に瓦礫の山に突き刺さり、所々では炎が上がっている。
そして女の子の目の前には、半壊して崩れ落ちた時計の文字盤が、転がっていた。
ここは英国の象徴でもある倫敦の時計塔、魔術協会が在った場所のなれの果てだと誰が解るのだろう。
綺麗な金の髪も、白く透き通るような肌も、全身を血の色に染めたままいつまでも女の子は泣きやまない。
やがて、現れた何人かの大人たちが女の子に近づき、髪の赤い男が女の子を背中から抱きしめる。
でも、それでも、女の子は声を上げ悲しみが止まらないのか、泣きやまない。

「大丈夫、もう大丈夫だから……」

そう言って傷だらけの大きな手で何度も女の子を髪を優しく撫でるが、泣きやむことはない。

「終わったのです、もう泣かないで……」

金の髪をした女は、男と同じように手を伸ばし、優しい光を含んだ碧眼で見つめながら
子供に言い聞かせるように話しかけ頭を撫でるが、女の子は泣き続ける。
その様子を少し離れた場所から見ていた黒髪の女性は、目を細めて女の子を見つめていた。

「…………」

確かな殺意を含んだ視線を向けていたが、ため息をつくと視線は暖かい物に変わっていた。
七色に輝く刀身の剣を手の中で転がしながら彼女の横にいる赤い外套を纏った騎士は、
周りを見渡しながら独り言のように呟く。

「とことん甘いな、でもそれでこそ君なのだが」
「ふん」
「しかしこれ程とはな……確かにあの娘は二人の力を受け継いでいる」
「知ってる? 奇跡ってたまにしか起こらないから奇跡って言うのよ」
「だが、あの娘に取ってそれは意味をなさない」
「そうよ、だって当たり前なんだから……まったく、これじゃウチの娘も心配だわ」
「むっ……」
「確かめた方がいいわね」
「ああ、それよりも目の前の問題を片づけなければな」
「協会には手を引かせたわ、これ以上の被害は百害あって一利なしって理解したから問題無いわよ」
「封印指定の件もかね?」
「当然じゃない、今回はたまたま執行部と時計塔だけの被害で済んだのよ。もっともそのお陰で協会の上層部は
びびっちゃったのよ。次はわたしも止めないしね」
「つまり、君の脅しを加えてかね?」
「あなたも一緒にね」
「ふっ……仕方有るまい、あの娘には罪はないからな……」

辺りを見回してため息をつく弓兵は、隣にいる女性の肩を抱き寄せる。

「ちょ、ちょっとっ」
「ところで彼女はどうした?」
「執行者の事を言ってるなら、まだ生きてるわよ」
「そうか」
「未熟だったのが幸いだったわ、でなければ即死よ」
「だろうな、だがどうするつもりだ」
「何とかするしかないでしょう、まったくあんたたちはとことん迷惑掛けるんだからっ」
「まてっ、私とアイツを一緒にするなと……」
「元は同じよ」
「むぅ……」

後の記録によると、蒼の魔法使いと時の翁による調停も入り、これ以降は封印指定がほとんど行われなかった。
そして奇跡の先に夢見た結晶たちは、畏怖と敬意と共に末永く時計塔で語り継がれる。






Kaleidoscopes Chronicle Vol.3 〜with IN MY DREAM EXTRA another






「ん〜、おはよ〜」
「おはようございます、まだ眠そうですね」
「あー、小凛は凛さんと違って寝起きが良いのね〜」
「お父様もそうだし、それに早起きは三文の得って言葉もありますから」
「うん、小凛が言うと納得できちゃうなぁ……ふぁ〜」
「顔を洗ってくれば、目が覚めますよ」
「んー、そうする」

小凛はおじさま似だからなぁ、わたしの方が凛さん似になっちゃったよ。
これも師弟の関係なのかなと働かない頭で洗面所に行くと、おじさまがいた。

「おはよ〜です」
「まったく、その顔で寝起きの凛みたいな行動を見ると、何とも言えないんだが」
「気にしない気にしない〜、それよりも凛さんに納得して貰えました?」
「ああ、ガンドは遠慮したいからな」
「いいガンドでしたね♪」
「英霊を気絶させるとは、正直驚きだがな……まあ、理解はして貰えたが、言ってない事もあるから
納得は無理そうだ」
「……まいっか、被害はおじさまだけだしね」
「そう言う考えは凛に似すぎだ」

うん、心の中のメモ帳に今のおじさまの言葉を忘れずに書き足しておかないと。
師匠から自分に対しての言葉は覚えて起きなさいと言われているし、それで何をするつもりなのか知らないけどね。
顔を洗って気分もさっぱりしたのでリビングに戻ると、エプロン姿の小凛が出来上がった料理を並べていた。
それにしても張り切ったわね〜、そんなにおじさまに会えたのが嬉しかったのね。

「おはようございます、お父様」
「う、うむ」
「今朝は無理を言って私が作らせて頂きました」
「そうか、では楽しみだな」
「はい」
「……凛、なんで睨むのかな?」
「別に」

朝の爽やかな親娘の会話を牛乳パック片手にジト目で睨まないでくださいよう。
気持ちは解らなくもないけど、これは別の世界のお話なんですから……って説明されても納得してないから無理か。

「まあまあ凛さん、爽やかな朝なんですから、笑顔で始めましょうよ」
「……それじゃあなたの正体を説明しなさい」
「いえいえ、女の過去はミステリアスな方が魅力的だと、小さい頃に魔法使いのお姉さんに言われた事があって」
「魔法使いって、ええっ!?」
「びっくりしましたよ、いきなり目の前で相手を拳で殴り倒しておいて『私は魔法使いよ』ってその人に言われても、
でも師匠もよく誰かを殴り倒していたのでそうなのかって思いましたけど」
「違うから、それ絶対に違うから」
「魔法使いって……ああ、青子さんの事ですか?」
「そうよ、でも小凛も強かったわよね」
「はい、稽古をして頂きましたから……お陰で勉強になりました」
「……ちょっと、それってどういう意味?」
「つまりだな、小凛は見かけによらず舞踏に秀でていてな、八極拳の使い手なんだ」
「お父様ったら、恥ずかしいです」

自慢されて照れる娘をにこにこしながら見つめる父親に、凛さんはがくっと力が抜けてテーブルの上に
崩れ落ちた。
しかし、がばっと起きあがると、自分そっくりの小凛に顔を近づける。

「そうよ、あなたに聞きたい事があるのよ」
「なんでしょうか、お母様」
「そ、それは止めてっ。名前で呼んで良いからっ」
「では……凛さんで宜しいでしょうか?」
「いい、それで聞きたい事なんだけど、あなたはどこまで魔術が使えるの?」
「えっと、たぶん凛さんと同じかと思います」
「同じねぇ……本当に同じ?」
「さすがです、それだけじゃありませんけど、秘密にしておきますね。トリアちゃんもそう言ってましたから」
「むぅ」
「でもたぶん、凛さんの想像通りだと思います」
「そっか、やっぱりそうなんだ……」
「どういう事なんだ、遠坂?」

そこで黙って朝食を食べていた二人の内、自分の知っている事が話題に出たので話に加わってきた。
さすがは元祖、パパらしい……ママの説明なんて今更よね。

「いい衛宮くん、こちらの世界はともかくこの娘たちがいる世界では、あなたと同じ投影魔術が使える人間が複数いるのよ?」
「そうれがどうしたんだ?」
「だから、前にも言ったけど衛宮くんの投影魔術は異質なのよ? それが複数存在するなんて天文学的数字な確率
なんだから、本当はあり得ないよ」
「凛、私たちの世界ではそこがもう違うのだよ」
「どういう意味よ、アーチャー?」
「どこかの馬鹿が世界相手に喧嘩を売ってな、お陰で世界はそいつのを認めるしかできなくなったのだ」
「なによそれ?」
「世界も本当の馬鹿には勝てないという事だ、故にこの「アルトリア」も小凛も存在している」
「何をしたか言えない?」
「すまん、出来ればこれ以上はこちらに干渉しかねないし望まぬ事だ」
「そう……それじゃ最後に宝石剣の事を聞いてもいいかしら?」
「ああ、それは構わないが……」
「単刀直入に聞くわ、わたしにも出来るかしら?」

凛さんの問いかけに答えようとしたおじさまより先に、小凛が口を開いた。

「解っていて聞くのは本当に凛さんらしいです。だからこう答えましょう……娘の私が保証します」
「そ、そう、ならもういいわ」
「いいか小僧、すべてはお前次第だ。凛の弟子ならそれぐらいして見せろ」
「くっ……言いたい事いいやがって」
「当たり前だ、それぐらいできないようなら、帰る前に私が始末してやる」
「お前に言われるまでもない、やってやるさ」
「お父様、朝食の席で喧嘩なんてしないでください、せっかくの料理がつまらなくなります」
「す、すまん」
「……なによ、アーチャーって娘に弱いんだ、へー」
「お母様にはもっと弱いですよ、何でもわがまま聞いちゃうぐらいですから……」
「小凛っ、余計な事は言わなくていい」
「うん、興味はあるけど止めて、なんだかこっちも恥ずかしくなってくる」
「そうですか、とっても残念です」

小凛、その笑顔をみるとやっぱり凛さんの娘だなってわかるわ、すっごい楽しそうなんだもん。
でもまあそれぐらいにしておいた方が良いともうよ、だって凛さん真っ赤だし。
そこまで会話してたら、ようやく心ゆくまで食べていたママがごちそうさまと箸を置いた。
んー、前に英霊時代の話をパパに聞いたけど、こうしてみると確かにもの凄い量を食べているなぁ。

「大変美味でした、凛とシロウに勝るとも劣らない出来映えでした」
「ありがとうございます、セイバーさん」
「凛」
「なに?」
「彼女は間違いなくあなたの血筋ですね」
「料理で判断するなんてセイバーらしいけど、確かに納得させるだけの料理だったわ」
「凄く嬉しいです、お母様はまだまだだと厳しいお言葉が多いので……」
「ははっ、それも遠坂らしいな」
「衛宮くん、今日の放課後に体育館裏でずっと待ってるから早く来てね」
「なんでさっ?」
「ふん、貴様など何度でも締められてこい」
「お父様」
「む、むぅ」
「はいはい、微妙なそっくりさん家族会議はその辺で止めましょう♪」
「へ、変な事言わないでよ」

と、凛さんが顔を赤くして慌てている間に、食器を運んで洗い出す。
小凛が作ったんだから、食器ぐらいわたしが洗わないと居候としては肩身が狭くなるわ。
すぐ横ではおじさまが薬缶に水を張り火に掛けて、食後のお茶の用意を始める。
今朝は日本茶みたいね、となるとママに必要なお茶請けは羊羹かなぁ。
そして冷蔵庫を開けてみたら、本当に虎屋の羊羹がそこにあって、真面目に驚いた。

「なんで虎屋の羊羹が?」
「ああ、桜がね送ってくれるのよ」
「なるほど……てっきり藤村先生からと思っちゃった」
「送るより先に食べるのが、あの人だろう」
「それもそうね」

藤ねえの話になったら、パパがわたしに話しかけてきた。

「藤ねえって……その、元気なのか?」
「うん、もう朝からリズさんと良い勝負してるし、学校でも生徒より張っちゃけてるよ」
「リズさんって?」
「ああ、イリヤさんのメイドさんだよ」

その言葉に、パパより先に凛さんが反応した。

「ちょっとまって、イリヤってイリヤスフィール・フォン・アインツベルンよね?」
「うん、リズさんとセラさんと一緒に藤村組に住んでますよ」
「そっか……そうよね。そう言う事もあるのよね」
「はい、あ、と言う事はもしかしてライダーさんって知ってます?」
「何でライダーまでっ!?」
「んー、それはまあいろいろあって……いつも桜さんの側にいますよ♪」
「さ、桜が……そうなんだ」

わたしの話をどこか嬉しそうに、凛さんは戸惑いながらも喜んでいる気がした。
例えそれが自分たちとは違った世界の出来事でも、やっぱり大事な妹には変わらないみたい。

「毎日、家に遊びに来てくれますが、最近妖艶さんが増して士郎さんも微妙に腰が引けているのがアレなんですが〜」
「な、なんだよそれはっ?」
「ライダーさんも桜さんと息もぴったりに士郎さんに迫るから、どこの誰とは言いませんが嫉妬で毎回宝具を解放して
屋敷が半壊なんて日常茶飯事でした♪」
「な、なんですかその目はっ、凛もシロウも何故私を見つめるのですかっ!?」
「君しかいないだろう、セイバー」
「ア、アーチャーっ」
「そうよね、間違ってもアーチャーやライダーが宝具を使うなんてないでしょう」
「凛っ」
「その度に、全身包帯だらけになる士郎さんが不憫で……ううっ」
「なんでさっ!?」

お約束だからとは口に出せなかったけど、みんなは理解しているぽかった。
今、凄く楽しく感じていた、みんなが笑っている事が嬉しかった。
だけど、これが嵐の前の静けさだなんて思いもしなかった。
そう、忘れさせられていた記憶を呼び覚ます、最低で最悪の再会が共にやってくるまでの一時の安らぎだった。

「時計塔から呼び出し?」
「ええ」

もうじき日付が変わるという時間に、凛さん個人に協会からの使者がやってきた。
しかも理由も言わずただ時計塔への来るようにという事だった。

「無視するわけにも行かないから、行ってくるわ」
「……私も行こう」
「アーチャー?」
「なに、霊体になっていくから目立たないだろう」
「それはそうだけど、なんで?」
「強いて言えば感と言う所だ」
「ふーん、まあいいけどね」
「小凛」

着替えに行った凛さんを横目に、小凛の所に行ったおじさまは、耳元で何かを囁いていた。

「解りました、お父様」
「頼むぞ」

それから上着を着た凛さんが戻ってきて、みんなでそのまま玄関まで見送る。

「後はよろしくね、士郎」
「ああ、いってらっしゃい」
「セイバーといちゃいちゃしても良いから、留守番はきちっとね」
「り、凛っ!?」
「あ、あのなぁ……」
「ふふっ、冗談よ」

なかなか楽しい凛さんらしいその会話を遮るように、おじさまがパパに話しかける。

「……衛宮士郎」
「なんだよ?」
「セイバーが無理だったからと、トリアに手を出すんじゃないぞ」
「だすかよっ!」
「えー」
「君も煽るんじゃない、トリア」
「はーい」

わたしたちに見送られて凛さんとおじさまは時計塔に向かった。
おじさまには釘を刺されたけど、さすがにね……ここのパパはパパじゃないしね。
でもでもっ、禁断の愛ってフレーズは、どきどきするんだけどね。
そんなわたしをママが怖い目で睨んでいるけど、からかう意味でせまってみてもいいかもしれない。

「それじゃ士郎さん、お背中流します?」
「うえっ!?」
「言われた側からそれですか、あなたはっ!」
「それじゃセイバーさん、お先にどうぞ」
「は……」
「凛さんも言ってたし、士郎さんと仲良くお風呂でいちゃいちゃしてください」
「だ、だだだれが私がしたいと言いましたかっ!?」
「小凛、お風呂の周辺に遮蔽の魔術、よろしくね」
「はい」
「はいじゃありませんっ、何故止めないのですっ!?」
「えーっと……トリアちゃんが楽しそうだから?」
「……っ、あなたが凛の娘だと言うのは、よく理解しましたっ」
「ほらほらっ、士郎さんが待ってますよ♪」
「せ、背中を押すのは止めなさいっ」
「ははっ……一人ではいるからさ」

そう呟いて見慣れたいつもの苦笑いで、パパは一人お風呂に行ってしまった。
意識してるくせに妙な所で弱気なのはこっちのママも変わらないので、わたしはあえて苦言を呈したい。

「もうっ、せっかくのチャンスなのに、セイバーさんの意気地なし」
「知りませんっ!」
「こんなんじゃいつまで経っても士郎さんに抱いて貰えませんよ?」
「だっ……」
「ふぅ、もう少し積極的に行動すれば、剣だけじゃなくて身も心も捧げられるのに」
「け、結構です」
「しかたないなぁ……じゃあ小凛、セイバーさんが行かないって言うからあなたが……」
「待ちなさい、なんでそうなるんですかっ!?」
「あれもだめこれもだめって、セイバーさんは我が儘過ぎますよ」
「非常識な事を言っているのは誰ですかっ!」
「さあ?」
「こ、このっ……」

あー、この感じは久しぶりだなぁ……やっぱりママは怒らせるのが楽しい♪
隣で小凛が苦笑いしているけど、こればっかりは止められない止まらないのなんとかだし。
そしてわたしの笑っている顔が癪に触ったのか、とうとうママが切れた。

「もう我慢なりません、あなたとは一度話を付ける必要がありますっ!」
「わたしはないけど?」
「そのような言葉で誤魔化されません、さああなたの真名を言いなさいっ!」
「言っても良いの?」
「は……」
「わたしは別にいいんだけど、アーチャーさんに一応止められているからなぁ〜」
「この際、アーチャーなんてどうでも良いですっ!」
「酷い、ねえ聞いた小凛? おじさまなんてどうでもいいって」
「くすん、あんまりです。セイバーさんがそんな事を言うなんて……ぐすっ」
「あ、え……」
「あー、小凛を泣かしちゃった〜。よしよし、泣かないで小凛」
「ううっ……」
「アーチャーさんに言いつけちゃおう、セイバーさんが小凛を泣かしたって」
「ま、待ちなさい、私はそんなつもりで……」
「見たまんま親馬鹿だからね〜、特に小凛を泣かしたと聞いたらもう大変なんだから。わたし、し〜らないっと♪」
「あ、う、ち、違うのですっ」

ふふふ、物の見事に話がそれたけど、今のママにはわたしの事より泣いている小凛の方が気になるわよね。
ちなみに演劇部からスカウトが来るほど、小凛は演技が上手なのはママには秘密にしておきましょう♪
そうやって騒いでいると、お風呂から戻ってきたパパにわたしが背中に隠れるようにしてから
現状を説明すると、ママはもっとおろおろしだして情けない姿を見せてくれた。
わたしも、小凛も、パパも、ママはからかわれていると解って拗ねていたけど、楽しい時間だった。
でも、それはドアをノックする音と共に、唐突に終わりを告げた。

「はい?」

玄関のドアを開けて来客を出迎えるのはパパ……その後ろ姿が忘れている何かと重なった。
そう、これは既視感と錯覚するぐらい、わたしがどこかで見た光景その物だった。

「衛宮士郎くんですね」
「はい。そうですが、あなたは?」
「わたしはバゼット・フラガ・マクレミッツと言います。あなたと同じく、協会に属する魔術師です」

―――バゼット・フラガ・マクレミッツ。

「どうかしましたか、トリアちゃん?」

その名前に、わたしの思考が止まった。
心配そうに問い掛ける小凛に応える事が出来ず、視点も定まらず呆然とパパの向こうに見える女の顔を見つめる。
脳裏に忘れていたはずの映像が、フラッシュバックしながら浮かび上がる。
忘れていた? 何でそんな風に思うんだろう?
自分でも意味不明な事だって解るのに、そう思った方が正しいと感じていたからだった。
わたし、知っているんだ。あの女とどこかで出会っているんだ……でも、どこで?
出口を求めてループする思考の中に意識が集中していたけど、あの女が言った言葉で頭の中で何かが割れる音がした。

「協会の指示により、本日あなたに封印指定の決定が下されました」
「え?」

―――封印指定。
確かに言った、あの女が『また』言った。
また? そう……また言ったんだ、またパパにそんな事をしようとこりずにやって来たんだ。

「大人しく従って頂けますか、なるべくなら手荒な事をしたくはありません」
「ま、待ってください、この事は遠坂も知っているんですか?」
「いえ、知りません」
「シロウ、下がってくださいっ」
「セイバー?」

そう、あの時と同じ……パパを庇うようにママがあの女なの前に立ちふさがったんだ。
でもだめ、今のママではあの女には勝てない。
だってあの女の武器は相手が強ければ強いほど、必殺の威力を持つ■■■■な武器だから……また怪我しちゃうよ。

「およしなさいセイバー、わたしの目的は彼だけなのだから、無駄な戦闘は好みません」
「だからと言って、素直に渡すわけにはいきません」
「セイバー、遠坂凛が何処にいるのか理解していますか?」
「貴様っ」

ぎりっと歯ぎしりをするママは、あの女の顔を睨み付ける。
そうだ、協会と言うのは、魔術師と言うのは、騎士道精神なんて綺麗な考えは持っていない。
自分さえよければそれで良いんだ、凛さんだってよく言っていた……正々堂々なんて無縁なのよって。

「マスターの身を危険にさらすなんて、サーヴァントなあなたには出来ないでしょう」
「ぐっ」
「おい、遠坂が人質だって言いたいのかっ!?」
「解釈は自由ですが、そう考えるのは間違いではありません」
「お前ら……」
「解って頂けたのなら、大人しく着いて来てください」

ああ、パパの背中からどうしようもない、激しい怒りが沸き上がっているのが解る。
同時にわたしは自分の体が同じように震えているのを感じていた。
そうだよね、だってあの女がまたわたしからパパを取り上げようとしているんだから……。
何が封印指定よ、未熟な魔術師が自分たちより先に進んだ事を認める事が出来ない妬みにしか聞こえない。

「トリアちゃん? しっかりして……」

横にいてわたしの手をぎゅっと握る小凛の言葉は、わたしには届かない。
目の前にあの女がいるのに、ママを悲しませてパパを奪おうとしたあの女を黙って見ているなんて出来るわけがない。

「……許さない」
「トリアちゃん?」
「今度こそ……今度こそ、消してやるっ」
「だ、だめっ……」

そう口にした時、忘れさせられていた記憶が蘇っていた。
あの日も確かに『ここ』だった、あの女が幸せな時間を壊しに来たんだ。
ママを泣かせた事を、許せるもんか。
パパを奪おうとした事を、見逃せるもんか。
枷が無くなったわたしを止める物なんて何もない、あるのは止まる事を知らない溢れ出る怒りだけ。
最後の理性で小凛の手をそっと解くと、わたしは左手を掲げあの女に狙いを定める。

「投影・開始―――」
「え?」
「なっ」

その言葉にパパとママが振り返り、その向こうに標的が見えた時、わたしの手の中で捻れた剣が放たれた。
深夜に響き渡る爆発音の中で、わたしはこの世界に来た意味を理解した。
これは必然、これは絶対、ならば迷いも躊躇いも後悔すら無縁なんだ。
さあ、始めましょう……怒りと共に憎悪を込めて、その魂にまで恐怖を刻み込んで上げる。
簡単に楽にはさせない、二度と馬鹿な事が出来ないように思い知るまで、わたしは止まらない。



interlude



お父様の心配が起こりつつあった。ううん、それはもう始まって止められない。
私の目の前で彼女は怒りと殺意を漲らせて爆炎の中に向かって歩いていく。
止められなかった、それが残念で仕方がないけど、彼女の気持ちは痛いほど伝わってくる。
誰だって理不尽な事で幸せを奪われようとしたら、その心は怒りに支配される。
それは自分に当てはめれば容易に想像できて理解するでしょう。
しかし、お母様のお話通り、彼女に施していた術は綻び欠けていた。
おそらくあの女性と封印指定の言葉、それがだめ押しとなってヒビが入っていた術は解けてしまったのでしょう。
だから私は私の出来る事、士郎さんとセイバーさんの側に近づいた。

「……教えてくれないか、小凛」
「説明が必要ですか?」
「やっぱりそうなのか……」
「シロウ?」
「もう解っていますよね、士郎さん」
「ああ、よく知っている。だってあれは同じモノだからな」
「どういう意味ですか、シロウ?」
「彼女と士郎さんの本質、それは紛れもなく同じ物だという事です」
「同じ物……」
「そしてセイバーさん、彼女は貴方の本質と同じ物を持っているという事です」
「わ、私と!?」

驚いて顔を見合わせたお二人は、私の言葉の意味を租借したのか少しだけ顔を赤くして、
それでもこちらを向いている後ろ姿を真剣に見つめる。

「よく見ていてください、お二人のもう一つの未来、奇跡の先に生まれた彼女の姿を……」

煙の晴れた向こう側で封印執行者とそれに付随してきた魔術師を前に立ちつくすその背中に、
私はお父様と同じ少しの悲しさを感じる事が出来た。
そう……彼女は泣いている小さな女の子そのものだった。

「士郎さんの事は心配しないで、私が側にいますから……」

その言葉に、彼女は無言の肯定で応えてくれた。
私に出来る事は、後顧の憂いが無くなるようにする事だけだった。
こんな時に不謹慎かもしれないけど、彼女の姿は美しくて見とれてしまった。
これからどれほどの凄惨な状況になろうとも、それを脅かす存在はあり得ないとそう感じた。
だけど―――気を付けてねと、私は親友の為に目を閉じて祈る。



interlude out



小凛の思いが嬉しかった、それぐらいは感じ取れた。
でも、これからのわたしには一片の慈悲もなく、あるのはただ如何に凄惨にじっくりとその存在を
消し去る事で頭が一杯だった。
ここにいる者は誰一人として逃がさない、懇願して命乞いしようとも、決して許しはしない。
だからわざと外したから、あの女が埃を払いのけながら立ち上がり、わたしを睨む。
そうよ、そう簡単にくたばられたらつまらない。

「あ、あなたは何者です?」
「無意味な事、聞くのね」
「どう言う意味ですか?」
「だってあなた達、この世界から居なくなっちゃうんだから、聞いても無駄でしょ」
「何を言って……」
「安心して、あなた達の次は時計塔も瓦礫に変えて上げるから……」
「馬鹿な事をっ」
「わたしは嘘を付いた事がないわ」
「そうですか、ならば排除するしかありませんね」
「出来るものならね」

慣れた構えで拳を握って戦闘スタイルを取るけど、わたしは特に構えない。
母のように立派な騎士王でもない、父のような真っ直ぐな正義の味方でもない。
わたしが出来る事は、全力を持って目の前にいる敵を排除する術、ただそれだけを教わった。
あくまでも自然体に立つ姿に、静かに間合いを詰めようとしていた女は、怪訝な表情になって口を開く。

「何故、構えないのです?」
「好きなようにどうぞ、どうせあなた達は逃げられないんだから、全力で来なさい」
「余程の自信があるみたいですが、相手を侮ると痛い目に遭いますよ」
「くくっ」
「何が可笑しいのです?」

少しは攻撃を出来る時間を与えて上げたのに、余計なお世話だったみたい。
なら、遠慮無く喰らって貰いましょう……その思いに併せてわたしは腕を上げて投影を開始する。

「なっ!?」
「ふん」

わたしが手にした物を見て、この女は唖然とする。
それは有名な槍、クランの猛犬と言われた勇者が所持していた、刺し穿つ死棘の槍<ゲイボルク>
くるくると手の中で回して槍を斜めに構えて、相手を見据える。

「まさか、投影魔術っ!?」
「この槍の力、知っているでしょう……バゼット・フラガ・マクレミッツ」
「何故それをっ!?」
「……知る必要はないっ」






NEXT EPISODE






止まらない怒り。

沸き上がる憎悪。

あらゆる武器を投影し、誰一人この場から命を持って逃げ出せた者も無く。

その戦う姿に気高さはなく、正義もなく、ただ相手の息の根を止める為に戦う少女。

そして残る一人は必殺の武器を持つ、伝承保菌者の執行者のみ。

その時、介入してきたのは……。







次回、Kaleidoscopes Chronicle Vol.4 「わたしの名前は―――」






わたしの出番をくださいよー by マジカルルビー