「がっ!?」

黒剣の投擲を受けて手足を貫かれた魔術師達は、そのまま地面に縫いつけられる。

「げふっ!?」
「ぎゃふっ!?」
「があぁっ!?」

続けざまに十数本の黒剣が体中に突き刺さり、針山のようになってしまうが誰も死んではいない。
それはバゼットが知る投影魔術とは異質な物だった、少女が作り出した物は確固たる存在を持ち、
いつまで経っても消える事すらない。
しかも少女が作り出すのものは普通じゃない、聖剣魔剣と言う宝具クラスなのである。
だからすこし読み違えていた、時計塔始まって以来の落ちこぼれな魔術師の封印は手順さえ間違えなければ、
彼女に取って難しくない仕事だった。
最初から切り札は手の内にあり、有利な状況は変わらないはずだった。

「こんな、ばかな……」

だが、目の前であっけなく自分以外の魔術師たちが、無惨な姿にされていくのを見せつけられて、
バゼットは戦慄した。
この少女を倒さない限り、任務どころかここから生きて帰れない事が本当なのだと認識させられた。

「ぐえぇ、たすけ……」
「ひいぃぃ……」
「げふぉっ……ああ……」

両手両足どころか体中を切り刻まれて地面でのたうち回る魔術師達は、見上げた先の少女に懇願する。
だが、その顔を見もせずに歩き出すとちょうど目の前に倒れていた一人を、すらりと伸びた足が踏みつける。

「ひぐぅえっ!?」
「……ここからは、誰も、命を、持ち帰れない」

そう言い放つ少女の冷たい瞳は、戦いが始まってからバゼットを捉えたまま動かない。
少女が呟き手をかざすだけで現れる必殺の武器は、衛宮士郎を封印しにきた魔術師たちをこの地から逃がす事を
許さない。

「貴女はいったい、何者ですかっ!?」
「バゼット……あなたは最後よ。それまでそこでがたがた震えていればいい」
「なっ……」
「さあ、次は誰がいいかしら……」

少女は口を歪ませると、瀕死の魔術師達を前に舌先で唇を舐める。
そこでやっと魔術師たちは、わざわざ自ら死刑台に上がっていた事を痛感した。
そして一歩でも動けば、次は自分が同僚と同じになると解って、瞬きすら怖くなり動けない。
だからと言って少女の攻撃が止まる事はない、順番の遅いか早いかの差でしかない。

「ふん……そうしていれば見逃されるなんて思わない事ね」

面白くないと言うか苛立ちと言うか、少女は無造作に投影を繰り返し、次々と魔術師達に向かって投擲する。
一人の魔術師はそれを避けるが、後ろにいた別の魔術師の首に刺さる。
だが、次の瞬間には自分の目に何かが刺さるのを感じて、痛みに悲鳴を上げて泣きわめく。
でもバゼットは動けなかった、なぜならば少女の手には自分がよく知る赤い魔槍が握られているからだった。
あれが放たれたら確実に自分が死ぬと解っているから、例え自分のアレを使っても良い所相打ちでは
任務成功とは言えない。
なにより自分を睨み付ける少女の憎しみが籠もった目に、バゼットは言いしれぬ恐怖を感じていた。

「なぜ、そんな目で私をみる……」
「……協会の犬に話す必要はない」
「くっ」
「くすくすっ、怒った? それならご自慢の武器でも使ったらどう?」
「なにっ!?」
「もしかしたら勝てるかもしれないよ……もしかしたら……ね」
「貴様っ」
「ほらほら、お仲間達がハリネズミになっちゃうよ、くくくっ」

バゼットは肌で感じていた、膨れ上がる殺気と狂気を放ち、自分を睨み付けたまま魔術師達を葬っていくその姿に、
勝てるなんて口に出せない。
しかし、手をこまねいて見ているのはもう出来ないと、バゼットは拳を握りボクシングスタイルを取ると、
一歩前に踏み出した。






Kaleidoscopes Chronicle Vol.4 〜with IN MY DREAM EXTRA another






interlude






「凛……」
「なによ?」
「言わなくても解っているだろう」
「と言うより解っていたのはあんたでしょ、アーチャー?」
「まあな」
「ふん、せこいったらありゃしない」
「君は人質だからな、こうなれば衛宮士郎はおとなしくするしかないだろう」

時計塔へ呼び出されていた凛は、待たされていた部屋で軟禁状態だった。
外には見張りが立ち、部屋の扉には魔術による鍵が掛けられていた。
アーチャーは霊体のまま着いてきたので、今も実体化せずに凛の側に控えていた。

「まさかこうも早く封印指定が降りるとはね……」
「確かに早いな……」
「アーチャー、そっちではどうだったの?」
「そうだな、少なくても後数年は先だったが、それを言ってもはじまらん」
「良いから教えて、その時はどうなったの?」
「……時計塔は瓦礫になり、倫敦市内は辺り一面火の海だった、冬木の火災と変わらぬ程のな」
「なっ……」
「その時、衛宮士郎の封印執行に関わった物は、一人を除いて皆殺しだった」
「一人って?」
「バゼット・フラガ・マクレミッツだ、生きてるのが不思議なぐらいの体たらくだったが」
「そう、そこまでセイバーが……」
「違うぞ、凛」
「なにが違うのよ?」
「倫敦を火の海にしたのは、たった一人の五歳の少女だ」
「ま、まさかっ!?」
「むっ……小凛から知らせだ、どうやらここも火の海になるぞ」
「なんですってっ!?」

そこまでひそひそ声で話していた凛は、大きな声で叫ぶと椅子を蹴って立ち上がった。
すると同時に部屋の扉が開き、ルヴィアが部屋に入ってきた。

「どういう事ですの、リン?」
「うっさいわね、こっちは忙しいんだから後にしてよ」
「わたくしが聞きたいのは、どうしてシェロに封印指定が降りるのを黙っていたのか
聞いているのです」
「そんなの他の奴に聞きなさいよ、こっちはこれから急いで帰らないといけないのよ」
「お待ちなさい、今更行っても間に合うはずがありません」
「そうとも言えん」

そこで霊体化を解いたアーチャーは、落ち着くようにルヴィアに話しかけた。

「……あ、あなたは、アーチャー?」
「いろいろと説明したいのだが、生憎と時間がない。このままだと倫敦が火の海になる」
「どういうことですの?」
「ああもうっ、あんたも来い。それですべて解るわよ」
「ですがリン、貴女はここに軟禁されているのでは?」
「ふん、軟禁されて上げていただけよ」
「でしょうね、大人しくするなんてトオサカらしくありませんわね」
「そっくりそのまま返して上げる、もしアンタが同じ立場なら解るし」
「そこでいがみ合っている場合じゃないぞ、今の衛宮士郎がどの程度なのかわからんから、奴には期待できん」
「へっぽこだしね……でも、アンタが言いたいのはそうじゃないんでしょ?」
「ああ、小凛がいるからな」
「親馬鹿ねぇ〜」
「言っておくがな凛……小凛は私とあの娘の母親が手塩に掛けて育てた娘だぞ、この意味がわかるな?」
「え、ええっ!?」
「ここで一つ問題だ、へっぽこじゃない『衛宮士郎』がいたらどうなると思う?」
「まさかっ、そんなことっ!?」






interlude out & interlude U






「なんだよあれ……」
「…………」
「教えてくれ、あれは一体なんだなよっ!?」
「見て解りませんか? 敵を倒している、それだけです」
「敵って……」
「バゼットと言う女性が言っていましたね……衛宮士郎を封印しにきた、と?」
「それは聞いたけど、俺が言いたいのはそうじゃないっ」
「何か不満でも?」
「いくら何でもあれはやり過ぎだろっ!」
「どうしてですか?」
「えっ……」
「士郎さん、あなたは封印指定の意味を凛さんから聞いていますよね?」
「あ、ああ……」
「そうなってもいいんですか? 大人しく脳髄だけにされてホルマリン漬けになりたいんですか?」
「いや、それはっ……」
「もしかして話し合いでどうにかなると? 協会始まって以来のへっぽこなあなたの意見を聞いてくれると
思っているんですか?」
「だ、だけどっ」
「師匠の凛さんが優秀な魔術師だから、協会の決定がそう簡単に覆るなんて安易な考えなんですか?」
「そんな事は思ってない、だけどあんな事しなくてもっ……」

そこまで言って私は士郎さんと正面で向き合う。
そこにいるのは親友の父親でなく、お母様がよく言っている半人前以下の魔術師だった。
だから私は教えなければならない……遠坂凛の娘として、一人前の魔術師として。

「それじゃどうしますか?」
「どうって……」
「止めてどうします? 大人しくあの女性が引きますか? 封印指定が無かった事になりますか?」
「でも、あんなのは正義じゃ……」
「正義ですか……そんな事を口にする割には、何も出来ずにただ喚いているだけのあなたが?」
「なっ……」
「理不尽で勝手な思惑で拘束されて標本にしてしまう事は、あなたの正義は黙認するのですか?」
「そんな事は言ってないっ!」
「それでは具体的な意見を提示してください、それならば私も手助けしましょう」
「そ、それは……」
「さあ、あなたの正義でこの争いを止める方法はなんですか? 誰も傷つかず誰も死なず、すべてが綺麗に収まる
理想的な解決策を言ってください」
「うぐっ……」
「倫敦まで来て遠坂凛に師事して、あなたは何を学んだのですか? 自分はへっぽこだからと甘えて、自分の考えを
明確化をしようとしていなかったのですか? ならば魔術師も正義の味方も止めて、日本に帰って普通に暮らしなさい。
それが出来なければ……理想に溺れて溺死しなさい」

ああ、お母様の気持ちがよく解る……そしてお父様の苦しみも今なら解る気がする。
それでも理想を貫いてたどり着いたお父様の方が、私には誇らしく思う。
時間は待ってくれない、なのに何も考えられず自分の理想じゃない事柄を否定する事しかできないこの人を見れば、
お父様じゃなくても怒りが沸いてくる。
だから思わず口に出てしまった、私もまだまだ未熟なのでしょう。

「さあ、どうしたのですか? 誰もが納得する素晴らしい正義の味方の行動を示してください」
「お、俺は……」
「小娘一人程度の言葉で揺らぐようなあなたの理想なんて、ただの幻想です」
「それでもっ、俺はその理想を貫いてみせるっ!」
「そしてあなたも最後には理想に裏切られて……お父様と同じになるんですか?」
「ならない、俺はアイツに言ったんだ…絶対に後悔しないって」
「……似ていますね、そっくりです」
「へっ?」
「あの娘にです、さすが親娘です。ですが今のあなたでは力不足です」
「ぐっ、そんなの言われなくたって……」
「まあ、この先はお母様……凛さんにお任せするので、私はもう何も言いません」
「な、なんだよ、それ……」
「そう言う訳なので、士郎さんの事はよろしくお願いします」
「言われなくたってきっちり仕付けてやるわよっ」
「と、遠坂っ!?」
「無事でしたか、凛っ!?」

やっと来てくれましたか、どうも悪役っぽいのは苦手です。
お父様も苦笑いしていますから、似合ってないんだろうなって思いました。

「早かったですね、お父様」
「うむ、だけど言いつけは守ってくれたようだな」
「もちろんです、お父様の信頼を裏切りたくありません」
「よし、良い娘だ」
「こらそこっ、和んでいる場合じゃないでしょっ」
「むっ……」
「それに何を言ったの、その娘に?」
「なに、そこのへっぽこが余計な手出しをしないように、諭しておけと言っただけだ」
「正解ね、どうせまた考えもせずに飛び出そうとしていたでしょ、セイバー?」
「は、はぁ、その通りですが……」
「なんだよ、それは……」
「五月蠅いへっぽこ、黙ってなさい。それで状況はあれなのね?」
「はい」
「何とか間に合ったようね、一安心だわ」
「……それならば、そちらの方を紹介して頂けますか、ミストオサカ?」

そこにルヴィアさんがいらいらした表情で、話しに割り込んできたのですが……お母様と同じく
若いです。
そして士郎さんに惚れているのは同じみたいですね、さりげなくその手を取って心配しています。

「あ、あー、これ? わたしの娘……って何やってんのよルヴィアっ!?」
「初めまして、遠坂小凛です」
「はあっ!?」
「いいからその手を離しなさいっ」
「む、娘っ!? それじゃミストオサカはミセスでかなりの若作りだったと言うのですかっ!?」
「こらっ、誰が若作りなのよっ!!」
「で、ですがどうみてもこの娘はあなたと同じぐらいでは……」
「あーもー、五月蠅いっ、今はどうでもいい事よっ。問題はあっちでしょ?」
「落ち着け凛、君もだルヴィア。コントなら後でゆっくり見せてくれればいい」
「「見せ(ません)るかっ!!」」

うわ〜、これが協会で伝説となっているお母様とルヴィアさんのコントですか……新鮮です。
お父様が懐かしい物を見た感じで、肩を振るわせて笑っています。
ですが、表情を引き締めると私に問いかけます。

「ところで小凛、彼女はどうなんだ?」
「意識ははっきりしています、明確な意志を持って戦っています」
「死人は出ていないようだな……」
「はい、的確に急所を外して生かさず殺さずの状態を作り出しています」
「……凛の影響か」
「否定は出来ません、なにしろ笑っていましたから……」
「怖すぎるな、だが暴走してないのなら、手立てはあるか」
「ちょっと待てそこ親娘っ、今誰の性格を話していたっ!」
「それは内緒だ」
「それは秘密です」
「あ、あ、あんたらねぇ〜」
「落ち着け、遠坂……今はそれどころじゃないんだろうっ」
「解ってるわよ、なんだかもうちくしょーっ!」
「……お母様、それはキャラが違います」
「むっ、いかんっ……」
「お父様?」

そして私たちが話している間に、おろかにもあの女性が自分の武器を用意して彼女の前に立ち塞がりました。
絶対の威力を持つ武器に対して私の親友は、手にした赤い槍を放り投げて、無手のまま悠然と立ちつくす。
これから何が起きるのか……私とお父様だけが知っていた。






interlude U out






ああ、パパに側に凛さんが戻ってきた……おじさまもいるし、ルヴィアさんはおまけかな?
そんなことはどうでもいい、これでパパは大丈夫だ。
だから後はわたしの前に出てきたこの愚か者をどうやって苦しめてやろうか……それだけだった。

「……なんのつもり?」
「これ以上は手出しさせませんっ」
「みんなハリネズミだから、これ以上何も出来ないけど?」
「くっ、巫山戯ているんですか、貴女はっ」
「ううん、凄く真面目だよ……一生苦しみ抜いて後悔いし続けて貰うだけだし」
「なっ……」
「だからあなたも殺さないでいて上げる、苦しんで苦しんで命乞いしても許さず、生きながら地獄を味わって貰うの」
「貴様っ」
「さあ、まずは最初にそれよね? 使いたいでしょ? わたしを倒したいでしょ?」
「知っているのですね、これを……」
「知っているわよ、凄くね……」
「ならば、なぜ槍を捨てたのです?」
「だって、あれを使ったらあなた死んじゃうでしょ? それじゃダメだからね……くくっ」
「しかしこれで貴女に勝利はありませんよっ」
「どうかなぁ……本当にそれで勝てるか、試して上げるわ……投影・開始っ」

やっぱり同じだ、このままじゃパパがどうなるか考えなくても解る。
ならば最初の絶望を教えて上げないといけない、自分が勝てるなんて思っている哀れな使いっ走りに……。
そして右手に現れたのは光り輝く黄金の剣、約束された勝利の剣、ママから譲り受けた聖剣に迫るニセモノ。

「さあ、最初の絶望を味わいなさい、バゼット・フラガ・マクレミッツ……エクスカリバーっ!!」
「ふんっ、フラガラックッ!」

その瞬間、わたしの攻撃はキャンセルされて、衝撃が胸を貫いて吹き飛ばされて地面に転がる。
これがあれか……魔剣アンサラーか……これでママを傷つけたのか……これが……。
絶対的なカウンターで正確に心臓を貫かれたわたしは、倒れた状態でそんなことを思う。
普通ならこれで終わり、あの時も終わったはずだった……そう、終わるはずだったんだ。

「ふぅ、威勢の良さは認めますが、所詮はそれまでです」

そう言ってわたしに背を向けてパパの方に歩き出すバゼットは、気が付かない。

「さあ衛宮士郎、私と来て貰いましょう。それとも邪魔をしますか、遠坂凛?」
「くっ……」
「言ってくれるわね、ハイそうですかと弟子を差し出す程、わたしはお人好しじゃないわよ」
「虚勢は張らなくてもいいです、ですが協会の決定に逆らうのは得策ではないでしょう」
「ふん、勝手に決めつけないで欲しいわね」

そう、何を勝手に決めつけているの? いつ、あなたが、この戦いの、勝利者になったの……?

「そうだな、勝手に決めつけるのは納得出来ない」
「貴方は遠坂凛の使い魔と聞いていますが、貴方が相手でも彼女の様になります」
「ほう、相手の実力を見抜けない程、君は愚かなのか?」
「どう言う意味でしょうか?」
「ふん、私が相手をするまでも無いと言う事だ」
「アーチャー、あなたっ……」
「凛、早とちりするな。バゼットの相手をするのは決まっているという事だ」

そうだよ、おじさまの言う通りだよ……こんなの相手におじさまや凛さんでは勿体ないもの……。

「どういう事よ、だってあの娘だって……」
「おちつけ凛、ならばどうして私や小凛があの娘の側に行こうとしないのか、疑問に思わないのかね?」
「え、あっ……」
「バゼット・フラガ・マクレミッツ、君は何時勝利者になったのかな?」
「意味不明ですね、現に彼女はああして死んだわけです。まさか急所を貫かれて死なないとでも言うつもりですか?」

うんうん、それが解ってなんでわたしに背を向けるのかなぁ……あんた馬鹿でしょう……?
バゼット……いい加減にしないと、わたしも退屈になってきたんだけどなぁ……。

「さあな、でも確かめたのかな、彼女の生死を?」
「な、なにっ!?」
「凛、あの娘をよく見るんだ……君なら解ると思うが?」
「えっ……ま、まさかっ!?」
「そしてセイバー……君にも解るはずだ」
「あ、あれは、まさかっ!?」
「衛宮士郎、小凛から話を聞いてないか?」
「話って何だよっ」
「この愚か者、あの娘は誰の娘だ?」
「えっ……」

小凛の話から解っていたくせに……でも、それこそ衛宮士郎なんだね……ママの愛した正義の味方……。

「何の話しか解りませんが、結構です。さあ……」

ドクン!

「えっ……」

ドクン!

「な、なにっ!?」

ドクン!

「これはっ!?」

ドクン!

「なんですのっ!?」

ドクン!

「始まりです」

ドクン!

「バゼット、君の相手がお待ちかねだ」
「そんなばかなっ!?」

ドクンっ!!

ゆっくりとわたしは立ち上がる……力の入らない体が操り人形のようにゆらゆらと揺れる。
だけど、胸から聞こえる鼓動は世界を揺らす程、力強く鳴り続ける。
やがてしっかりと両足に力が戻ると揺れていた上半身も動きを止めて、わたしの右腕を左腕が支えてバゼットに向かって
突き出す。
バゼットが恐ろしいモノを見た表情でわたしを見ているのを見て、血の跡が残る唇が楽しそうに歪む。
そう……その表情が始まり……まだこれからなんだよ……バゼット・フラガ・マクレミッツ……。

「なんなのあの魔力はっ!?」
「凛、解っているだろうが彼女は誰の娘だ?」
「まさかそんな事が……ううん、だけどそれならありえる」
「何を驚いているのですか、凛?」
「セイバー、あんた先祖は何の血を引いているのだったかしら?」
「竜ですね……えっ」
「なるほど、たしかにあれじゃ心臓を貫いただけじゃ死ぬ訳無いわね」
「どう言う意味だよ遠坂、それじゃあの娘は心臓が二つあるって言いたいのか?」
「解っているじゃない士郎、その通りよ」
「だってあの娘は人間だぞ、普通あり得ないぞっ」
「あのね、ぶっちゃけて言えばあの娘はセイバーの娘でしょ、と言う事は竜の血を引いているのならその可能性はあるのよ。
と言っても生身の心臓じゃなくって魔力炉と言った方が正しいかしら」
「正解だ凛、だけどそれだけじゃないぞ……これから起きる事をよく見てるがいい」
「これからが本領発揮ですね」

虚ろだったわたしの碧眼に光が戻ってくる、やっと意識が落ち着いてきて、意志を込めてバゼットを見つめる。

「どうだったバゼット? 少しは勝てた優越感に浸れた?」
「あ、あなたは一体何者なのです……」
「わたし? わたしはどこにでもいる、ちょっと可愛い女の子だよ」
「くっ」
「それじゃあ次の絶望を与えて上げるわ……」

パパが口にするあの言葉、物心着く前に教えてとねだったわたしの心を振るわす言葉。

「―――I am the bone of my sword.」
「―――Steel is my body,and fire is my blood.」
「―――I have created over a thousand blades.」
「――― Un aware of loss,」
「――― Nor aware of gain.」
「―――With stood pain to create weapons. waiting for one's arrival.」
「―――I have no regrets. This is the only path」
「―――My whole life was "unlimited blade works"」

わたしたちの周りを灼熱の炎が走り、世界がわたしの心を現した物に塗り替えられていく。
ここはわたしが作りだした世界、すべてを支配するのはわたしの意志、故にここを犯せる者は居ない。

「なっ!?」
「えっ……」
「これは……」
「転移、いえ違う……」
「なるほど、これがそうか……」
「はい、前と変わらず綺麗です」

夜だった空は蒼天に、ゆったりと白い雲が流れて、どこかで雲雀の鳴く声が聞こえる。
そして大地はどこまでも広がる草原で、走り回ったり転がったりして遊びたいぐらい穏やかな風で気持ちがいい。
それは衛宮士郎の心だった。
それはエミヤシロウの心だった。
そしてこれが受け継がれたわたしの心だった。

「声も出ないの、バゼット?」
「こ、これはまさか……」
「魔術師なんでしょ? だったら解るわよね……」
「まさか固有結界っ!?」
「そう……これこそが協会が封印指定した理由、衛宮士郎の本当の力……固有結界『アンリミテッド・ブレード・ワークス』」
「何故あなたがこれを使えるのですかっ!?」」
「ふふん」

こんどはわたしがバゼットに背を向けて、少し小高い丘を歩いていく。
丘の上には眩しい光を背にこちらを見つめている二人の姿があった。
よく知っている二人は何も言わず、ただわたしを受け入れるように手を差し出す。
そしてわたしはその光をこの手に掴むと振り返り、元の場所にゆっくりと歩き出す。

「そんなに知りたいのなら教えて上げる……」

わたしの体を手にした光が包み込むように輝き出すと、傷口が着ている物ごと修復していく。

「かつてこの国を守った偉大なる騎士王は、夢の続きにたどり着いた……」

着ている服が光と共にその姿を変えていく……それは金の刺繍に縁取られた真紅のドレス。

「正義の味方を夢見た少年は、歪な心に収まる光を見つけて、運命すら超えてたどり着いた……」

そのドレスを覆うように光が集まると、金色の甲冑に形を変えて装着されていく。

「母の名はアルトリア・ペンドラゴン……」

光が消えてわたしの手にしていた物が、みんなの前に顕現する。

「父の名は衛宮士郎……」

それは鞘に収められた最強の聖剣、パパとママを現した理想の剣、そしてわたしが受け継いだ最高の剣。
剣を抜き放つと鞘は粒子となってわたしと同化する、それは何者にも犯されぬ究極の守り……全て遠き理想郷。
がっと地面に突き刺した剣を、光り輝く黄金の剣を前にわたしは静かな口調で言葉を紡ぐ。






「わたしは衛宮優姫、父と母の思いを受け継ぐ者、我が思いの前に立ち塞がるのなら覚悟するがいいっ」






ママのポーズを真似てちょっと格好付けてみたけど、内心凄く恥ずかしかったのは内緒だよ。
さあ、バゼット・フラガ・マクレミッツ……ここからが本番よ。






NEXT EPISODE






遂に振るわれ始めた圧倒的な力。

少女の憎悪はなりを潜め、あるのは純粋な殺意。

手にしたそれは最高の剣、身に纏うそれは究極の守り。

その姿は千年以上も前に、この地で戦った騎士王その物。

一人残された封印執行者は、絶望的な戦いを強いられる。

そして戦いの行き着く先は……。







次回、Kaleidoscopes Chronicle Vol.5 「それは完全なる勝利の剣」






「そろそろわたしの出番ねー、行ってくるわね、リズ、セラ♪」