「…はぁ」
「なによ、のっけからため息なんて失礼しちゃうわね」
「やっぱり狐ですか」
「何か問題でもあるの?」
「いや、気にしてないのならいいんですけど…」
「それよりどうだった、気に入ったの有った?」
「気に入るも何も付けているのは速瀬中尉だけですよ」
「つまんないわね、まりもや月詠中尉の分だって用意したのに」
「霞だけで十分ですよ」
「やっぱりウサ耳が鉄板なのね? じゃあ霞の強化服はバニーガールで…」
「くだらない事に脳を使うとリソースが減るんじゃなかったんですか?」
「だって使ってないから有り余ってるし〜」
「使ってくださいよ、もっと真面目な事で」
「解ったわ、じゃあアンタの機体に装着するドリルなんだけど…」
「それのどこが真面目って言うかまだ諦めてなかったのかーっ!?」
「男の浪漫でしょ」
「そこから離れてくださいっ」
「ドリルと言えば…そうだっ、鑑が言ってたんだけどアンタの…」
「わーっ!」
「ふふん、アンタの態度次第でリアルな形で再現しちゃうわよ♪」
「夕呼先生、アンタって人は…」
「まあ、南の島でどれだけサービスしてくれるのか期待しているから」
「理不尽だーっ!!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... 112 −2000.10 It knocks against−




2000年 10月18日 11:16 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

ヴァルキリーズの水月を相手にシミュレーターと実機による模擬戦を織り交ぜた訓練は、概ね好調に進んでいた。
無論すべての者達が素直に受け入れた訳でもないが、それでも言葉より実体験を行わせた事により少しずつではあるが、意識の改変が
始まっていた。
中でも整備兵はおろかオペレーター等の非戦闘員までも乗せて『XM3』を実体験させた行動には、皆驚きを隠せないでいた。
その理由を聞かれた武は少年らしい表情できっぱり言う。

「んー、その方が面白いだろ?」

真面目な軍人から見れば不謹慎な発言かもしれないが、この発想が白銀武だと理解している者達は一様に笑うしかできない。
だが、これにより新しい意見や見方を見いだす為だと気づかせる事に一役買っていた。
立場や視点の違いから思いつかない事が訓練の合間に出始め、それに対して意見の交換が行われる等の良い意味で人の繋がりが
生まれ広がり始めていた。

「うへー、疲れた〜」
「中尉! 次は勝ちますよ!」
「勝ったらキスよろしく」
「おととい来なさいってーのっ」

ハンガーに格納された機体から降りてきたパイロット達と会話を交わした後、水月は髪をかき上げながら空いている椅子にどかっと
腰を下ろした。

「ふー、さすがに連戦は疲れるわ〜」
「お疲れ様デス」
「ふん、アンタの所為でしょーが、アンタのっ」
「はははっ、まあまあ」

今日の武は戦術機に乗らず、『XM3』を知った者達から出た意見を纏めた物を眺めていた。
この世界の人間から見ればおかしな話になりそうな言葉でも、武にしてみれば馴染み深い感じの物が多くて自然と笑みが浮かんで
しまう。
それを横からのぞき込むように水月が顔を出す。

「そんなに面白い話でも出たの?」
「ええ、これが欲しかったんですよ」
「狙い通りって訳ね」
「じゃなきゃ意味無いし、これならやった甲斐が有ったってもんですよ」
「ねえ白銀」
「はい?」
「あたしとはいつやるの?」
「そんな…昼間っからやるだなんて、それに孝之さんに悪いし…」
「だ、だだだ誰がエッチの話をしてんのよ!」
「冗談っす」
「むっきーっ!」

からかわれた仕返しに武の頭にヘッドロック掛けて振り回す様子に、側にいる月詠は小さくため息をつくだけで何も言わない。
ただ、水月の豊かな胸に顔を潰されて若干にやけ気味な武の表情は忘れないと、じーっと見つめているだけである。
また、同じような気持ちで見ているもう一人の女性は、そんな二人の背後にそっと近づくとぼそりと呟く。

「…楽しそうだな、速瀬」
「にゃっ!?」

ちなみに未だに猫耳尻尾を付けさせられているので、逆立ち耳と尻尾と共に反射的に猫語になってしまう水月である。
おそるおそる振り返った水月の目には、とっても優しい近所のお姉さんではなく元鬼軍曹で教官様なまりもが写った。
けれど視線は武に向いており、口から出た言葉も水月に向いてない。

「…鼻の下伸びてるわよ、白銀」
「の、伸びてないって」
「その顔で言われても説得力無いわ。それで速瀬…いつまでそうしているつもりだ?」
「あ、あわわっ、ス、スススイマセンっ」
「まあいい…そうだ速瀬、そろそろ猫耳も飽きただろう? 次は犬か? それともウサギか? うん?」
「こ、こここのままでいいであります、にゃーっ!」

すでに猫手で敬礼がデフォになりつつある水月を横目に、まりもが付けるのならやっぱり犬耳なんだろうかと思ったが口には出さない。
だけどこのまま見捨てるのも孝之に悪いかなと思った武は、話題をそらす為にあえて口を開く。

「まあまあそのぐらいで…ところでまりもちゃん。暁の事で気になる事はありますか?」
「え、そうね、実戦で試してないから解らないけど、あの対レーザー塗装の信頼度が気になるわ」
「夕呼先生の実力は認めるけれど、やっぱり不安ですか…」
「軍人としては実証されていないのはちょっとね」
「作戦当日は俺も援護しますから、それにこっちもシールドも試す事になりますし…優先事項を忘れないでください」
「了解」

頷くまりもに武は真剣な表情で頷き返すと、口を挟まなかった水月に顔を近づける。

「それじゃ速瀬中尉…」
「なによ?」
「やりますかっ」
「なっ、なななに言ってるのよっ!?」
「なにってオレと模擬戦したかったんですよね?」
「うっ、そ、そうよっ」
「速瀬中尉って意外にむっつりでしたか…」
「んなぁっ!?」
「くくっ、あはははっ」
「ふふっ」
「うう〜っ」

真っ赤になって焦る水月を見て大笑いをする武に釣られてまりもも笑い出してしまう。
からかわれた事に気づいて文句の一つも言いたかった水月だが、下手な事を言ってまりもの地獄な特訓を受けるのは遠慮したいので
睨み返すしかできなかった。
その分の鬱憤を晴らしてやるぞと意気込んで、水月はF−22Aに乗り込んでいく。

「煽るわね…ところで白銀、あなたの機体は今整備中でしょ?」
「ええ、さすがにメンテナンスフリーじゃないし、この間の補給で斯衛から整備チームを寄越して貰ったので」
「不知火も他で使っているし、それじゃ暁を使うの?」
「いや、吹雪でいきます」
「いくらなんでも練習機じゃ…あなたの実力は解っているけど、F−22Aの速瀬は不満なんじゃないの?」
「実はあの機体、主機が換装されているんですよ。だから練習機じゃなくて実戦配備型と言った方が正しいんです」
「そうなの?」
「はい、だからそのテストも兼ねています。あ、速瀬中尉には内緒という事でよろしく」
「…ふ〜ん、強気な女の子が好きなのね」
「ぶっ、違いますっ!」
「ほら、速瀬が待ってるわよ?」
「解ってます、それにせっかく見せてやる相手を待たせるのも悪いし…」
「えっ?」

武の呟きに何かを言おうとしたまりもだが、足早に機体へ乗り込んでいく後姿を見つめるだけだった。
そして視線の先を見上げると、国連軍カラーに塗装された実戦型と話していた吹雪の装備を見て目を細める。

「何か仕掛けたわね、夕呼の考えかしら…」

おそらくそんな事だろうと思うまりもは、これから始まる戦いがただの模擬戦じゃないと判断する。
頭の片隅で霞を思い出しながら見つめる先で突撃前衛装備の吹雪が動きだし、ハンガーを出て滑走路に着くと同時にNOEで
演習場に向かう。
到着した先では他の機体は周囲には存在せず、水月の望む1対1の構図になっていた。

「きたわね、この時をずっと待っていたわ」
「あれ? こっちが吹雪なのはいいんですか?」
「あんたの変態じみた力を知ってるんだから、機体なんて関係ないわよ」
「そう言う納得は心外なんだけどなぁ〜」
「ごちゃごちゃ言ってないで始めるわよ!」

溜まりに溜まった鬱憤を晴らせる嬉しさか、水月の笑顔はある種の興奮状態で目つきもかなり危ない感じだったが、全力ならば問題
ないと武もニヤリと笑う。
それが合図となって一端距離を取った後に戦闘は開始される。

「始まったか」
「ええ」

その様子をハンガーに設置されたスクリーンで、隣にいるまりもと共に見つめる月詠の目は真剣だった。

「やっぱり何か在るのね…」
「ああ」

それだけで理解したまりもは無言で見つめ続ける。
やがてぞろぞろ集まりだした各国のパイロット達は、映し出されている二人の戦いを見て気がつき始める。
手を抜いていたとは言わないが、自分たちを相手にしていた戦い方とはまるっきり別物だと認識できる程に水月の攻撃は凄まじかった。
いわゆる、イスミ・ヴァルキリーズの突撃前衛長である本領発揮な戦い方である。
その映像はユーコン基地以外の場所に配信され、とある場所で見ていた者達が感嘆の声を上げる。

「これは凄いな、我が国の機体ながらこうまで動きが違うとは…」
「メーカー側も理想的なスペックを引き出していると報告が上がっています」
「これがXM3か…是非とも導入したい所だが…」
「それなのですが、現在導入が決まってないのは我が国だけなのです」
「どういうことだ?」
「先日の襲撃事件以降、対応が不十分だと日本と国連双方から抗議があり、それ以上に開発者の上司でもあり国連極秘計画の香月博士
から許可が貰えないのです」
「ふむ…」

一端含むように言葉を止めた後、同じように映像を見ていた者達に顔を向ける。

「諸君らはどう思う?」
「最強であるべきは我ら…米国で在るべきかと思います」
「うむ」

思っていた通りの返答に満足なのか、見ていた映像を切ると頷いた後に言葉を続ける。
もし、この後の映像を見ていれば誤算の一つが生まれなかったが、気づくはずもない。

「ならば実証してくるしかあるまい、諸君らの力を存分にな…」
「はっ」

立ち上がった部隊の全員が敬礼をするのを目で確かめながら、この力こそ正義であり自分達に相応しいと信じて疑わない。
そう思う彼らの考えが正しいのかどうかはともかく、アラスカでは想像すらしない展開が待っている事になる。
未だ目覚めない眠り姫は、自分がいなくても大切な人を守る為に手を尽くしていたからである。
滅び行く世界で数多の思惑が交錯する同じ時、武と水月の戦いはお互いを高めていく。

「そこっ!」
「ちっ」
「甘いっ、それで避けたつもり?」
「しまっ…」

吹雪より大幅に出力の上回るF−22Aの跳躍ユニットが火を噴き、武を追い詰める。
如何に実戦型に改修されたとは言え、武の力量で機体のスッペク引き出したとしても、『水月』の力がF−22Aを本当の最強に
高めていく。
武器を破壊され右腕と跳躍ユニットに被弾して被害状況が悪化していく中、それを素直に感じた武からは戦闘中なのに感嘆の声が
上がる。

「乗ってる機体を差し引いても腕を上げましたね、速瀬中尉」
「あったりまえでしょ、わたしを誰だと思っているの?」
「そうでしたね」
「だからこれで終わりよ!」
「まだまだっ!」

思いっきり至近距離に近づいた水月のゼロレンジスナイプを目にしても、武は冷静だった。
瀕死の状態と言った機体に鞭を打ち、武は今まで使わなかった装備をここで使う。
それはリディア達と戦った時に使った左腕に残されたアンカーだった。
撃ち出された初弾を避けてお返しとばかりに打ち出されたワイヤーがF−22Aの機体に巻き付いていく。
一瞬何が起こったのか解らなかった水月は、それを見て驚きの声を出す。

「ちょ、なんなのっ!?」
「うおおぉーっ!」

残された力を振り絞る吹雪は武の思い通りに動き、F−22Aの周りを高速で動き周り機体に絡めていくと、ワイヤーを巻き
戻しそのまま地面に押し倒す。

「ぐぅ」

短い悲鳴を上げる水月が一瞬目を閉じて開いた後、そこには模擬短刀を突きつけている吹雪の姿と、モニターの中でしてやったりとした笑いの武がいた。

「残念でしたね、速瀬中尉」
「くう〜、なんなのよそれっ!?」
「新しい装備の一つだけどなにか?」
「こ、この〜、女の子を縛り上げて押し倒すなんて、変態どころか超変態だわっ」
「ちょ、なんてこと言うんですかっ!?」
「ごめん孝之、わたし白銀に縛られて押し倒されちゃった…くすん(にやり)」
「誤解を生むような発言はやめてくれーっ!!」

かなり真剣な戦いの決着が付いたと思えば、オープンチャンネルで交わされる会話はいつのもどたばたで、月詠とまりもは笑顔なん
だがその目は笑っていないし若干黒かったりした。
また、それを見ていた各国のパイロット達からも笑いが零れていたが、数人はじっと画面を見つめたまま何かを思い出しているよう
だった。
つまりF−22Aと水月の組み合わせでも結果として勝ちを取れる武の姿は、自ら発した言葉を実践して見せた事に他ならなかったから
である。
武の思惑通りXM3の力を存分に見せつけた事で、これ以降のパイロット達の『XM3』に対しての姿勢は更に良くなっていく。
それは単に新しい力を手に入れただけではなく、国境も人種も関係なく共に戦う『仲間』としての意識も強く繋がっていく事になった。
数日後、その力を求めてなのか、彼らはやってきた…世界の正義の象徴として。
キース・ブレイザー中尉が率いる合衆国陸軍第65戦闘教導団『インフィニティーズ』である。



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