「せんせー、辞令ならちゃんと渡してくださいよ」
「ついシートのビニールを破った時に、そこに忘れてきちゃったのよ」
「いい加減だなぁ〜」
「いいじゃない、ちょっとしたサプライズになって」
「でも、純夏達の方はいいんですか?」
「良い教官が見つかったから気にしなくても良いわ」
「ならいいんですけど…」
「そうそう、こっちの総合戦闘技術評価演習の件だけど、そろそろやるわよ」
「日にちは?」
「11月に入ったらね、ちょうど寒くなるし南の島でバカンス…じゃなくていい汗流して貰うわ」
「今、本音が零れましたよ?」
「なによー、すんごい水着まで用意したんだから生唾モノなんだから」
「あー、はいはい」
「白銀〜、約束果たして貰うわよ」
「え”?」
「何でも言う事聞くっていったじゃない、忘れたとは言わせないわよ」
「それはっ…」
「じゃあ命令にしてあげましょうか?」
「ああもうっ、すんげー楽しみです、夕呼先生の水着姿っ」
「なんか投げやりだけど、まあいいわ」
「くっ」
「安心しなさい、他にも水着を沢山用意したから、女だらけも水泳大会が現実になるのよ!」
「せんせー、何でそんな事知ってんすかっ!?」
「ふふん♪」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 111 −2000.10 Dog race−




2000年 10月15日 09:05 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18 ハンガー

先日の武から聞かされた話にそれぞれいろんな思いを巡らせながら、いささか緊張した気持ちで朝からここに集まった各国の衛士は
そこにいた水月の姿を見つめてその気持ちが崩壊しかけそうになっていた。

「まずは紹介しましょう、イスミ・ヴァルキリーズの突撃前衛長、速瀬水月中尉です」
「みんな、よろしくにゃん♪」

国連軍の制服は普通なのだが、頭でぴこぴこ動く猫耳とお尻の上辺りでゆらゆら動く尻尾はかなりシュールであった。
顔の横に招き猫よろしく手を当ててポーズを決める水月の顔は笑顔だけれど、引きつっている事については説明不要である。
計画も順調で日々暇人でポンコツ気味な夕呼が特許申請中の動く耳シリーズの試作品でもある猫耳のオプションとして尻尾まで作って
しまい、これを装着して現れた水月から視線をそらした武の心中は呟きと共に口から零れた。

「ううっ、痛々しい…」
「なによっ、もっとよく見て笑えばいいでしょ!」
「俺が見なくてもみんなが見てますよ?」
「うう〜っ」

かなりえげつないお仕置きだと思いながら少し離れた場所でこちらを見ているまりもに視線を送れば、良い笑顔で見つめ返された。
そして自分がまりもの上官にあたる立場で本当に良かったと胸をなで下ろしていた。
そんなまりもから先日の夜、コクピットに有ったと言う夕呼からの書簡を受け取り中を見て武は大きくため息をついた。

『どうしたの、ため息なんてついて?』
『これを』
『うん?』

差し出されたのはもう一通入っていた書簡で、そこにはまりもの階級が正式に変更された事が書かれてあった。
内容的には一端帝国軍へ戻って中尉の階級に戻した後、国連軍へ復帰と同時に大尉へ昇進とヴァルキリーズへの配属が明記されていた。

『え、大尉ってなにこれっ!?』
『少し早いですけれど、まりもちゃんはあの機体と共に正式にヴァルキリーズに配属が決まりました。コールサインはヴァルキリー
0です』
『でも、鑑達の事はどうするつもりなのかしら…』
『こっちの書類には新しい教官で演習までいくみたいですよ』
『もう、夕呼ったら…』
『先生だからなぁ』
『『はああぁぁぁ〜』』

お互い深いため息と共に苦笑いを浮かべた後、しょうがないの一言で納得するしかないと頷き合う事しかできなかった。
それでもちょっとだけ表情を引き締めた武はまりもへ向かっておどけたように敬礼をする。

『改めてよろしくお願いします。神宮司まりも大尉殿』
『ちょっと、白銀?』
『俺の背中、まりもちゃんに預けます』
『白銀…』

武のその言葉を聞いた瞬間、まりもはやっとその信頼をきちんと受け取れる立場になれたんだと理解した。
嬉しくてつい武に手を伸ばしかけたところ、咳払いと共に月詠に邪魔されてしまい、一気に雰囲気が険悪になりかけたのはお約束で
ある。
故にまりもの横に立っている月詠の表情は一見凛としているが、その意識は武へ向いていなかったりする。
乙女二人の水面下で起こっている戦いに、内心では冷や汗を流していた武はXM3の説明に関して集中することにして知らない振りを
した。

「今回、速瀬中尉の乗っていたF−22AにもXM3は搭載されている。実際、最新鋭の先行量産型だけど最強と謳っている機体だ
な納得できる性能だ。だけどもしここに同じF−22Aで既存のOS搭載機が来たならば、XM3を使いこなせるようになっていた
ら第二世代機だとしてもコレに楽勝なんてさせないし、勝つ事だって出来るはずだ」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
「たかがOSが変わっただけで、なんて笑う奴はいるだろう。でも、それを可能にしたのが『XM3』だ。ハードウェアの性能ばかり
上げても人間は極端に実力を上げるなんて出来ない。ならどうするか? 答えは人と戦術機を繋ぐ為のソフトウェア…『XM3』が
必要だって事だ」

そこで武は一端会話を切ると、後ろにあるホワイトボードへ手にしたペンでXM3の特徴を書き上げていく。

『新しい並列演算処理による反応速度の向上』
『先行入力に加えてコンボ・キャンセル等の操作性の柔軟』
『戦闘データの集積による戦術機動パターン認識の蓄積』

大まかに書いた上で再び集まった者達に振り返ると、武は少し大きな声でこの場にいる全員に伝わるように話し出す。

「例えばだ、砲撃でも格闘でも操作する手順がそれなりにある。それが僅かな手順で先行入力でき、変更したい場合は即座にキャ
ンセルして新しい操作を可能にする。そこに新しい並列演算処理による反応速度向上の後押しで、戦術機は生まれ変わったように
鋭く機敏に動く事が出来る」

この話を即座に理解したのが、水月と戦って撃墜された者達だった。
確かに最新鋭のF−22Aとは言え、戦術機の操作が大きく変わる訳じゃないと皆理解している。
だがコンボやキャンセルを使い、従来の操作を超えた入力の動きに追従するのは難しい。
即ち、武の言葉通りならその時点で勝敗の天秤がかなり傾いていると言うのは過言じゃないかもしれない。

「現在、アルゴス試験小隊とイーダル試験小隊の二人、ソビエト陸軍のカレリア中隊でXM3の先行教導を行っているから、時間が
ある者は彼女達に話を聞いてみると良いだろう」
「まあ、一番使いこなしているのはこれを発案した変態…いや、女ったらし…違った、白銀少佐だけどね〜」
「くっ…ああっ、そうだ。ちなみに実戦経験豊富で『XM3』に一番慣れている速瀬中尉には、全試験小隊の相手をしてもらいます」
「こらっ、また逃げる気なの?」
「人聞きの悪い事を言わないでください、俺にもやる事があるんです」
「女の子のお尻を追いかけてるだけじゃない」
「誰がそんな事してるかっ」
「ふふん、香月副司令からいろいろ聞いてるわよ〜。なんでもどこかの中隊ごとハーレムに誘ったとか?」
「そんな事はしてないっ」
「と、白銀少佐は仰ってますが、その辺りは如何なものでしょうか、月詠中尉?」
「そうだな、食事は必ず女性と同伴だな」
「月詠さ〜んっ!?」

自分の事は棚上げでさらっと爆弾を投下する辺り、まりもとの水面下の戦いが如何な物だったかを想像した武はがっくり項垂れた。
そんな武を猫が笑うような表情で見つめる水月だったが、同じように笑顔で見つめているまりもと目が合った瞬間、握った拳から
突き立てていた親指をぐるりと下へ向けられて、己の迂闊さを自覚して表情が固まってしまう。
猫耳尻尾ぐらいでは済まされない未来を想像して、水月は心の中でごめんなさいとまりもに誤り続けるのだった。

「…こほん、白銀少佐」
「あ〜、なにかな篁中尉?」
「本題に戻ってください、このままでは先に進みません」
「そうだった…って何気に厳しいな、篁中尉って」
「任務中です」
「すみません」

そう言った唯依の顔も恥ずかしさのあまり赤くなっていたが、いつまでもこのノリが続きそうだったので任務と言う事で終わらせた。
実際の所はもっと武と水月のコントを見ていたい者が多数いたみたいで、残念そうな顔をしたり声を上げたりしていた人も少なくない。

「えーっと、話がそれたけど要は『XM3』を使いこなせれば、仲間を助けられるし自分も生き延びられるって事だ。それが大きく
なっていけば、その先にあるのは人類が生き延びられるって結果に繋がると俺は思っている。特にH26ハイヴ攻略戦に参加したい
者には是非使いこなして欲しい。ああそうそう、その話だけど数日の内に各国に正式通達される筈だから嘘じゃないぜ」

後日、この話が伝わると共に武の言葉が本当であり、それに加えてその立場が一国連軍兵士ではないと知れ渡る事となる。

「とありあえず、ここに来た者は『XM3』を知りたいと思うので、パイロットや整備兵問わず実体験をさせてから座学に入りたい
から、希望者はこのままハンガーに残って欲しい。それじゃ速瀬中尉、皆さんの相手をよろしくです。思う存分、その力を味合わせ
てください」
「いいわよ、やってやろうじゃない」
「あ、猫耳尻尾はそのままで」
「ちょ、いやよっ」
「だそうですが、神宮司大尉?」
「やれ」
「にゃーっ!」

敬礼が猫手のままだったのは恐怖に押された所為で、だけどお陰で参加者達には大好評でしっかりと写真を撮られていた。
その水月が周囲に集まった人達を相手をしている間、武はまりもと唯依を相手に話をしていた。

「で、まりもちゃん。暁の状態はどうですか?」
「問題はないわ、レールガンの方も実射データが前もって有ったけれど、一応後で試射するわ」
「そうですかか…篁中尉」
「はい?」
「暁のデータは好きにして良い、夕呼先生も了承済みです」
「あ、ありがとうございます。でも…」
「気にしなくていい、実は中尉の戦術機構想を口にしちゃったら『あたしの作った物を超えて見せて』とか言ってたし」
「えっ、じゃあやっぱりあの走り書きは…」
「うん?」
「なんでもないです、有効に使わせて頂きます」

仕様書に書いてあった走り書きが本当なんだと心の中で頷く唯依だが、それよりも貴重なデータを貰える方が嬉しくて、そう言う
ところは巌谷と同じ技術系なのかと思ってしまっていた。
そして最後に側で控えていた月詠に、武は小さな声で囁く。

「来月になったら純夏達の総合戦闘技術評価演習に合わせて霞をつれて横浜基地に戻ります。護衛、お願いします」
「解りました、ですが…」
「その為にまりもちゃんや速瀬中尉に目立って貰っています」
「なるほど、香月博士の…ならば問題有りません」
「あそこなら簡単に手出しできない分、何か仕掛けてくるかもしれません。だからあの三人にもよろしく言っておいてください」
「はい」

武と月詠の話から霞の事を言っているのだと理解したまりもと唯依は、安全な場所に帰れる事に内心安堵していた。
ただ、霞について話している武の落ち着いている様子に、純夏をここへ送った夕呼にもほんのちょっと感謝していた。
その後、唯依がXM3の座学をする為にいなくなり、霞の護衛にと月詠もいってしまい、残った武はまりもを連れてハルトウィック
大佐の元に向かっていた。

「…つまり、伊隅大尉が隊長で、まりもちゃんは大隊長な感じです」
「そう言う事なのね」
「それに伊隅大尉達も俺が命令するより、まりもちゃんの方が嬉しいんじゃないですか?」
「それは嫌みかしら?」
「いや、本心ですよ、鬼軍曹殿」
「し〜ろ〜が〜ね〜?」
「じょ、冗談です」
「もうっ、でも期待に応えてみせるように努力するわ」
「頼みます」

等と今後の事を話していると、ハルトウィック大佐の部屋まで来てノックをすると、副官らしい女性が応対して中に招き入れてくれる。

「時間を作って貰ったのに遅れてすみません」
「いや、こちらにも有益な事ならば問題無い」

そう言いながら頭を下げる武にハルトウィックは、目の前にいる少年とあの日モニター越しに殺気をみなぎらせた人物とが同一に見
えなかった。
だが、間違いなく本人であり気を抜けないと感じてソファーに腰を下ろす。

「早速だが本題に入りたいのだが…」
「大佐から欧州方面にいる知り合いに話を通して貰いたいんです」
「話とは?」
「タイフーンとラファール、それに搭乗しているパイロット、腕はともかくなるべく若いのをここへ呼んで欲しいんです」
「それはまたどうして?」
「欧州戦線へXM3を普及させる為の足がかりとして」
「確かに幾人かの知り合いはいるが、話を通しても時間がかかると思うが?」
「待てません、今すぐにでも来て貰わなければH26ハイヴ攻略戦に間に合わない」
「参加させると言うのかね?」
「もちろん、日本と同じく…いや、激戦が続いている欧州なら普及は早い方が良いと香月副司令と意見が一致しています。ならば
より多くの実戦経験をXM3に、それもまだ未熟なパイロットに使って欲しいんですよ」
「ふむ…」

そこで一端話を切ると、握りしめた拳を見つめながら話し出す。

「とある鬼教官が座学でこう言いました『対BETA戦における新兵の平均的な初陣生存時間はどのくらいだと思う?わずか8分に過ぎ
ない』とね。だがXM3はそれをあっさり塗り替える事が出来る画期的なOSなんです」
「だからこそ未熟な者をかね?」
「そうです、大げさかもしれませんがウチの、横浜基地の訓練兵は最初からXM3の機動を体に覚えさせています。卒業した直後には
並のパイロットより遙かに強いですよ」
「ふむ…」
「無理な上に強引なのは理解しています、香月副司令の話だけで足りなければ煌武院悠陽と同じ立場である俺からの要請と付け加え
ても構いません」

こうまで言われてハルトウィックは少し考え込んだ…話の内容よりも武の姿勢そのものに疑問を感じたからである。
霞の事も有るのにそれを気にしていないように話す武からは真剣な思いが伝わってきたからである。
腑に落ちない所もあるが、それでも霞の事を持ち出さない所から嘘は無いと判断したハルトウィックは、ゆっくりと口を開いた。

「確約は出来ないが、私からの要請と付け加えて申請しておこう」
「ありがとうございます」
「例には及ばない、欧州で戦っている戦友の為にも決して無駄にはならないと私も思う」
「そうですね」

そう答えて笑う武の様子に、これで良かったのだろうと確信するハルトウィックだった。
それから正式な文書を作成してハルトウィックと連名で署名をした後、今頃騒ぎになっている水月達の所へ向かう途中、まりもは呟く。

「ねえ白銀…」
「はい?」
「鬼教官って誰の事かしら?」
「え、えーっと」
「あなたが訓練を受けたのは横浜基地で、その時の教官の『名前』はよく知っているんだけれど…ねぇ?」
「あ、あはは〜」
「し・ろ・が・ね?」

にこやかに微笑むまりもの笑みは、水月達の所に戻っても変わる事が無かったらしい。
終始笑顔のまりもと目が合った水月は、八つ当たりという乙女心に涙を流して命令を実行していた。
そして水月の猫耳尻尾付きの強化服姿が鮮明写った写真が、ユーコン基地内で高値の取引が行われるようになった。



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