「まりもちゃん、凄く機嫌が良さそうなんですけど?」
「そうね、ちょっと速瀬達と遊べるぐらいの権限は持たせたからねぇ〜」
「不憫だなぁ、速瀬中尉」
「もちろん本当の所はアンタに会えて嬉しいんでしょう」
「まあいいですけど」
「で、『本当』の要件はH26の攻略戦でオーダーがあるわ」
「どんな事ですか?」
「持ち帰るのはデータだけで良いわ、他は必要ない」
「G元素も?」
「そう、この先の為にもね」
「了解です」
「あ、そうそう、女の子お持ち帰りは作戦に関係なく許可するわ」
「…なんでそうなるんですか?」
「連れてくる気でしょう、あの二人を?」
「それはっ…」
「嫌とは言わせなかったわ、あの二人にした事を公表してやると言ったら渋々頷いてたけど」
「夕呼先生、それは強引すぎるんじゃっ…」
「リスクは承知の上、その為にまりもと暁をそっちに送ったのよ」
「…気をつけてください、マジで」
「白銀の子供を産むまで死ぬつもりなんか無いわよ」
「なっ、夕呼先生っ!?」
「今更狼狽えるなんて…あんた鑑としかやってないわね?」
「ほ、ほっといてくださいっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 110 −2000.10 Only cat−




2000年 10月14日 15:41 アラスカ州ユーコン陸軍基地 演習場

速瀬水月と言えば、世界でもそれなりに名が通っている戦術機乗りである。
伊隅ヴァルキリーズの突撃前衛長としての実力、広報任務で披露したそのスタイルに美人とくれば男性の目を惹くのも当然である。
だが、今の水月を見たら誰もそんな風には思えないだろう。

「おちろおちろおちろっていってんでしょーがっ!!」

涙目になって必死に戦術機を操り、自分へ向かってくるユウヤ達を弾幕の嵐で近づけさせない。
実際の所、それぞれの機体にはペイント弾が掠って僅かだが被害も有ったりしたが、息の合った動きで牽制しながら対応している
為に軽微だった。

「わたしの未来の為に、さっさと逝ってしまえーっ!」

そう叫ぶみつきの脳裏には、訓練兵時代の悪夢がぐるぐると回りながら浮かび上がっていた。
勝とうが負けようが待っているのは地獄である、ならばせめて勝って終わらせて少しでも穏便にしたい水月だった。
かなり情けない理由で激しい戦いを繰り広げている下では、その原因のひとりでもあるツインテールな彼女が拳を振りかざして叫ぶ。

「ちょっと、それは反則でしょーっ!!」

地面に横たわった全身ペイント弾で染まった機体の上で、コクピットから出てきた亦菲は戦闘を続けている水月達へ怒声を上げるが
スルーされている。
乱入したところまでは良かったが、XM3非搭載の殲撃10型ではFLASH MODEを使用した水月にあっという間に撃墜されて
いた。
そんな亦菲とは違い、XM3に慣れたユウヤとクリスカ達は息の合った二機連携で狙いを分散させながら、攻撃の機会を伺っていた。

「ねえクリスカ…」
「なに?」
「あの人、泣いてるよ?」
「そ、そうね…」
「とっくんって怖いの?」
「さ、さあ」
「まあいっか、それよりも早く墜としてユウヤといちゃいちゃしようね」
「そ、それはっ!?」

そう話すイーニァの言葉に一瞬だけ操作をミスって機体が傾いてしまい、それに気づいたユウヤから声がかかる。

「おいクリスカ、どうした?」
「な、なんでもないっ」
「そうか、とにかく気をつけろ。向こうは遊びなしで来るぞ」
「分かってる、イーニァ」
「うん、がんばる」

そう意志の確認をした三人だったが、水月の猛攻は一段レベルアップしたかのように、鋭さを増した。
今まで避けていた砲撃が機体に当たりはじめ、ステルス性の恩恵を十二分に使い出したF−22の動きはさっきまでのそれとは違っ
ていた。

「ちっ、これがヴァルキリーズの実力かっ」
「クリスカっ」
「避けてる筈なのにっ…うっ」

レーダーから姿を消し、有効射程のギリギリから砲撃をしてくるかと思えば、瞬発力の高い機動性で攻撃を避けて確実に目標を捉える
その動きはまさに戦場を支配していた。
なんとか好機を作り出そうとするユウヤ達だが、武に匹敵する程に力を持っている水月に対して有効な手が打てなくなっていた。
獲物を前に舌なめずりをするぐらい、開き直り据わった目つきの水月は突撃前衛長の実力を見せつける。

「くっくっくっ、所詮は白銀の変態には届いてないわ。なら、もらったー!」

最高出力まで上げた主機とブーストユニットは唸りを上げ、実の所は一番武の変態に近い力を使い全力射撃で一気に攻勢に転じた。
被弾して被害状況が増え始めた時、クリスカは自分たちに与えられた力を解放しようとしたが、イーニァが叫ぶ。

「拙い、こうなれば…」
「だめクリスカっ」
「イーニァ」
「使わないで…スミカがそう言ってたの」
「えっ?」
「こころを壊しちゃうからそれはだめだって、だからっ…負けてもいいから」
「イーニァ…うあっ!?」
「きゃああっ」

イーニァがそこまでスミカと打ち解けているのに驚き、つい止まってしまった操縦は致命的な隙になり一気に損傷が増してしまい、
二人の機体は戦闘不能状態と判断されその場で停止した。

「クリスカっ、イーニァっ…ちっ、このままで終われるかよっ!」

近接戦闘に持ち込ませず紅の姉妹を落とした水月に対して、日本人がどうとかそんな事は意識の外へ吹っ飛んでいた。
あるのは相棒だった二人を落とされた悔しさと、守ってやれなかった自分に対する純粋な怒りだった。
その思いに応えてユウヤの操る不知火弐型はF−22へ肉薄する。

「ふんっ、相方落とされたからってそんな突貫にやられる水月さまじゃないわよっ」

これでとどめと突撃砲の引き金を引いた水月だったが、片腕を犠牲にして向かってきた弐型に舌打ちをする。
だけど冷静さを失わず、この戦いが対人戦闘だと言う事を思い出している水月は、突撃砲をマウントに戻すと近づいてきたユウヤに
向かって小さな物を投げつける。
それが閃光弾だとユウヤが気づき機体を反転させようとしたが、視界が真っ白に染まった時に自分の迂闊さに怒りが増した。

「しまっ…」

硬直した戦術機はただの的に成り下がり、動力部に致命的損傷の判断が下りユウヤの戦闘はここで終了してしまうのであった。

「くそっ」

コクピットの中で壁に拳を叩き付けてユウヤは冷静さを欠いた事を悔やむ。
自分がよく知っている、特に対人戦闘なのだからBETAと違ってそうくると予想して然るべきだったのに、イーニァ達の事で頭に
血が上っていた事を思い出してしまった。

「情けない、これじゃ少佐…タケルに勝つなんてできやしない」

この次は無様な事にならないと拳を握り、目の前で突撃砲を構えて立ち尽くすF−22を睨み付けていた。
そして勝者でありそのコクピットの中にいる水月は、乾いた声で涙を流しながら笑っていた。

「あ、あははっ、あははは〜っ、勝った、勝ったわ、勝ったのよ…そして終わるのよ」

がっくり項垂れる水月は、きっとハンガー辺りで待っているまりもの事を考えると滝のように涙を流した。
だが、そんな元教官なまりもは時間がもったいないと言わんばかりに、通信を繋げてきた。

「とりあえず任務達成かしら、速瀬?」
「さー、いえっさー!」
「どうした速瀬、いつもの元気さはどこにいった?」
「いえそのー、ちょっと疲れたかなーって」
「ほほう、この程度の模擬戦で音を上げるとは…恋愛呆けで鈍っていると言う訳か」
「そ、そそそのような事はっ…」
「まあいい、それではこれからが本番だ」
「へ?」
「この機体、暁の完熟に付き合って貰うぞ…ただし、被弾する度にペナルティが追加されると思え」
「そ、そんな〜」
「では、いくぞ」

まりもの言葉が終わると同時に、現れた暁に水月は嫌な汗が止まらなくなった。
模擬戦が終わって地獄の特訓かと思えば、更に上乗せすると宣言されたこの状況で、水月はまた笑うしかなかった。

「ちなみにだ、その機体のパイロットは誰だか忘れていないだろうな?」
「は、はいっ、あの変態…もといっ、白銀少佐であります」
「…ペナルティ+1だ」
「なんでーっ!?」
「白銀がわたしにとってどんな存在か知っている上に、ここにいないとは言え上官への暴言は見逃せないぞ」
「ひいいぃぃ〜っ」

ニヤリとまりもの唇の端が上がり、水月は息をするのも忘れてしまうぐらい硬直した。

「そうか、そんなにレールガンの的になりたいのか、殊勝な心がけだ」
「い、いい言ってませんからっ」
「では最初に言ったとおり…教導の時間だ」
「機体の完熟じゃないんですかっ!?」

そんな水月の抗議も無駄に終わり、F−22以上の機動性を発揮した暁は順調のデータを更新していく。
また、久しぶりの教導と言う事もあり、まりもの顔には今まで溜め込んでいたストレスを発散した後のような良い笑顔が浮かび
始めていた。
逆に反比例して水月は弄ばれ続け、ひたすら逃げまくりその顔は涙を流して謝り続けていた。

「どうした速瀬、それでもヴァルキリーズの突撃前衛長か?」
「すみませんすみませんっ」
「謝る暇があれば反撃して見せろ…ほらそこっ」
「うひいっ、ごめんなさいごめんなさいっ」
「どうしたどうした、白銀相手に息巻くぐらい、わたしにもやって見せろ」
「無理ムリむり〜っ」
「泣き言言う余裕があるか、なら」

武御雷・零と同等の機動性、そしてパイロットへの負担軽減の為にある慣性制御、それらを限界まで引き出すXM3とFLASH MODEが
暁を最新鋭の第三世代機を凌駕していく機体に仕上げつつあった。
もちろんまりもとしては本気で落とすつもりもなく、水月をからかいながら暁の完熟を優先にこなしていった。
かなりの時間が過ぎて、それでもなんとか対抗していく水月だったが、ここまで連続戦闘してきたツケが一気に襲いかかる。

「げっ、推進剤がっ…弾切れもっ?」
「もう終わりか、情けない」
「いや、そう言う問題と違いますっ」
「上官に口答えか…偉くなったものだな」
「すみませんすみませんっ」
「いいだろう、戦術機ではここまでにしてやろう。機体のデータも良い数字がとれたしな」
「は、はいっ」
「次は生身でお楽しみの時間だ」
「いやあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」

アラスカの大地に水月の叫びが響き渡るが、助けを求める親友は遙か彼方の水平線の向こうであった。
その後、失意の内にハンガーまで戻ってきた水月は、爽やかな笑顔で自分を出迎えた武に向かって、コクピットから飛び出し
いきなりダイブをかましてマウントポジションで詰め寄った。

「みんなアンタの所為よ〜、この責任どうやって取ってくれるのよ?」
「責任って言われても、俺は参加してないし」
「うるさいっ、いいから責任とれーっ!」
「お、落ち着いてください、速瀬中尉…あと、重いっ」
「こ、このっ、死ね〜っ」
「ぐ、ぐるじいっ…ギブギブっ」

多少の自覚は有るにせよ、鈍感指数もエースパイロットな武に、デリカシーを期待しても無駄なのである。
乙女に年齢と体重の話は禁句なのである、だから水月の気持ちがよく分かる女性兵士等は見て見ぬふりをして傍観者に徹していた。
そこに割って入るのは別のハンガーに暁を収納してからやってきたまりもだった、ちなみに額には漫画チックな怒りマークが浮かん
でいたりする。

「速瀬」
「ひっ!?」
「なっていないな、本当に…なにより、人の男に手を出してただで済むと思っているのか?」
「ス、スススキンシップです、そうですよね、白銀…少佐っ」
「えーっと」
「そこで考えるなーっ」
「とりあえず、鳴海には連絡を入れておいてやる。速瀬が白銀を押し倒したとな」
「そっ、そそそれだけは許してくださいっ!!」

武の上からどいた水月はひたすらまりもの前で謝り続けるが、当の本人は武に向かってウィンクして笑っていた。
さすがは水月達の元教官だと感心しながら、初めてBETAがいる世界に来た時の自分を記憶の中に見つけてぎこちない笑顔を浮か
べる武だった。
そんなどたばたを集まってきた各国の実験小隊が見ていたが、周囲に気がついた武は立ち上がり少し大きな声で話し出す。

「この新OS『XM3』を使ってBETAをぶっとばしたい奴はいるかっ?」
『っ!?』
「やりたくない奴なんていないよな? なら、全部教えてやるから着いてこいっ!」
『おおぉぉーーーっ!』

一瞬の静寂の後、衛士以外の兵士も拳を上げて声を上げる。
それは戦った者やそれを間近で触れていた者達にとって希望を実現した力に見えたからなのかもしれない。
収まらない歓声の中、武は手を挙げて夕呼と決めていた事をみんなの前で宣言する。

「2000年12月16日、俺たちヴァルキリーズはH26”エヴェンスクハイヴ”攻略戦を行う! 参加者募集中だが…一緒に
来たい奴は死ぬ気で覚えろ!」
『うおおおおぁぁぁぁーーーーーっ!!』

一際歓声が大きくなり、そのまま武の側に近寄ると、次々とXM3の教導を申し出る声がハンガー内に響き渡る。
もちろん中には国連軍少佐とは言えその発言を怪しむ様な者もいたが、ここにいる連中は各国から集まってきたエースパイロット揃い
なのである。
歴戦の中で培った勘が、武の言葉が嘘ではないと確信した者達に取って、その言葉は熱さを持って体を駆け巡った。
人類の宿敵、BETAの本拠地でもあるハイヴ攻略を自信を込めた表情で口にした武を見つめる者達の顔は、歓喜に彩られていた。
その騒ぎを少し離れていた場所で見ていたまりもは、親友でもある夕呼の言葉を思い出していた。

「ふふっ、本当に救世主なのね…」

足下に踞ってさめざめと泣く水月に構わず、誇らしげにその姿を優しい目で見つめるまりもの呟きは、未だ響く歓声に飲み込まれた。
後にこの余波が海を越えた欧州まで伝わるのだが、明確な形となるのはH26攻略後にだった。



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