「うーん、暇ね」
「香月せんせ〜」
「なによ、鑑?」
「アレってどうなったんですか?」
「アレ…って、アレのことかしら?」
「そうそう、アレって…なんか適当に言ってないですか?」
「気のせいよ、それよりもアレなんだけど、使い捨てになっちゃうけど試作品は出来たわ」
「本当ですかっ?」
「白銀にばれないように作るのは、ちょっと面倒だったけど」
「でも、本当に出来るんですか?」
「そうね、白銀がいない内に試しちゃおうかしら?」
「あ、やるやる〜」
「女の子が昼間っからやるやる言うなんて、鑑ってエッチよね〜」
「えええーっ!? ち、ちちちがいますっ」
「アラスカでキスしかしてないってほんとーなのかしら?」
「キ、キスだけですっ」
「ほんとにぃ?」
「ほんとーですっ」
「ちっ」
「何で舌打ちするんですかー」
「研究が進まないでしょ」
「研究ってもうおわってるんじゃ?」
「何言ってるのよ、恋愛原子核論に決まってるでしょ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 106 −2000.10 AKATSUKI−




2000年 10月9日 08:22 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

勝負に負けたあの日から、武の辛い苦しい羞恥心をえぐる日々が続いていた。
タリサにはXM3に関してさらに詳しいレクチャーを頼まれたぐらいだったが、それがまともだった為にステラの要求は
かなりきつかった。
場所はハンガーで各国のパイロットや整備兵のひしめく中、武はステラの足下にひれ伏していた。
いわゆる、土下座である。
誠心誠意謝る日本の作法として、本場の土下座を是非見たいと言われた武に拒否権はなく、何故かそれを聞きつけた人達が大勢
集まってきたのである。

「さすがです少佐、これが正式な土下座なんですね。感動しました」
「うぐぅ」

それを見て笑顔なステラとしては割と本気で関心していたのだが、どこの羞恥プレイだよと武は心の中で泣いた。
これでも日本のトップにいる悠陽の婚約者で、その立場も同等な武を下僕にしている構図に見える様子はに、周りで見ていた観衆から
ステラへ惜しみない拍手が贈られる。

「あれがジャパニーズドゲザか…」
「さまになってるよなぁ」
「少佐、記念に一枚良いですか?」
「すげーな、ブレーメル少尉」

見ている観衆からも好き勝手な言葉や写真を撮られても、武は頭を床に付けるしかなかった。
これが夕呼の宣言通り、武の土下座は世界標準規格への道を走り始めた記念すべき一日目になったかどうかはまだ分からない。
しかし、勝負に負けた武はひたすら耐えるしか出来ず、ステラの気の済むまで何回も土下座をさせられる羽目になった。
それからPXで月詠と昼食を取っている間も、武の目からは涙が止まらない。

「ううっ、何でこんな目に…」
「自業自得です」
「うっ、月詠さん」
「己を過信した結果がこれだと、重々反省してください」
「はい…」

月詠の身も蓋もない言い方で癒されない状況に、武は涙を流し続けたまま食事を食べ続けるしかなかった。
なにしろまだまだ武には安息の時間は許されていないのである。
次に待っていたのはVGことヴァレリオなのだが、こちらもまた変わった要求だったが、武に取って好意的には解釈が出来ない。

「ようみんな、今日もごきげんかい? ごきげんじゃない奴も今日の放送は見逃せないぜ? まずはスペシャルゲストの登場だ、
ユーコン基地で今一番ホット男と言えばこの人、男のロマンを実践中の白銀武少佐だ」
「そんな紹介やめろーっ」
「ほら少佐、笑顔笑顔です」
「くぅ…」

笑えるかと内心思いながら、このVGの生放送企画は武自身がわざわざハルトウィックに申請して許可を得ているので、その辺りから
ステラよりハードルが高いと心で泣いていた。

「さて、今日は白銀少佐がゲストと言うことで、たくさんの質問メールが来ているから、はっきり答えてもらうから期待してくれ」
「いつの間にそんな事をっ…」
「はい、まずは一つ目は、ペンネームはステキな整備兵さんから。『少佐のプロモーションムービーですが、全部事実でしょうか?』
おおっと、かなり鋭い突っ込みだが、そこのところ?」
「戦闘シーン以外は捏造だっ」
「では、あの映像の中で付き合っている女性はいないと?」
「うっ、それは…全部じゃないが…」
「具体的には?」
「ノ、ノーコメントだっ」
「むむっ、仕方有りません。では次の質問はペンネーム、チョビじゃねーぞさんから。『日本でXM3の教導してた時、女の子を膝に
乗せて楽しんでやってたって本当か?』と言うことですが?」
「あの時は副座の機体がなかったから、仕方なくだ」
「ほうほう、女の子と二人きりで密室にいて、膝の上に載った感触を楽しめた…と言うことですね」
「違うわっ」
「ノリが悪いですよ、少佐。約束約束」
「くぅぅぅ…」
「次の質問は可愛い女の子らしいペンネームだ。小熊のミーシャさんです『タケル、キスってどんな味がするの? スミカは教えてく
れなかったから知りたい』って、どんな味だったんですか?」
「イーニァっ、後で話があるか逃げるなっ」
「少佐、本名はまずいですって」
「ほかに聞くことないのかよ〜」
「はい、次の質問にいきます…ってこれは意外な人かもしれないですね〜。ペンネームは赤い服着たメイドさんからです。『武様、
ここに来た目的を忘れていませんか?』と言うことですが?」

その質問に武はがたがた震えだして、両手を組んで祈るように涙を流し始めた。

「う、うわーん、ごめんなさい月詠さんっ、まだそんなに怒っているなんて知らなかったんですっ。何でも言うこと聞きますから
お仕置きだけは勘弁してくださいっ」
「し、白銀少佐?」
「リディア大尉とはまだ何の関係もないんです。イーニァとクリスカも手を出してないし、篁中尉とだって友達以上にはなってま
せんからっ…」
「武様」
「ひぃっ!?」

いつの間にか武の背後に現れた月詠は、とても良い笑顔でその場に立っていた。
だが、背筋を走る異様な緊張感は武とヴァレリオは椅子に貼り付けられ様に、身動き一つ出来ない。

「つ、月詠さん、まさか見てたんじゃ…」
「武様、少々込み入ったお話がございます、是非こちらへ来ていただけますか?」
「あ…」

有無を言わさず武の手を引き立ち上がらせると、セットの陰に消えていく。
その直後、しばらくお待ちくださいの画面がモニターに映り、回復したときには武の姿は消えていた。

「えー、お楽しみのところすまん、ゲストは重要な話があると言うことで退出してしまった。だから続きはまたな、アディオース」

ヴァレリオの引きつった笑顔が印象的に写っていたが、セットの後ろの方から武をお仕置きする月詠の声が小さく聞こえていたかららしい。
ちなみにこの放送を見ていたリディアはカレリア中隊の仲間から、その辺はどうなんですかと聞かれていたが、大人の女性らしく
のらりくらりと追求を避けていた。
無論、これを見ていたイーニァは武のけちと頬を膨らませ、クリスカに至ってはキスの相手にユウヤを思い浮かべて赤面していた。
そして唯依に関しては武が恋人じゃないと否定したか所為か、お茶やデートに誘う人が増えて困ってしまう状況になったらしい。

「はうあうあ〜」

そんな数日を過ごした後、今日は横浜基地から輸送機が来るので滑走路付近まで来ていたが、奇妙な声を出しながら武は項垂れていた。
勝負に負けて以来、怒濤の公開羞恥プレイに武の心は煤けてしまい、すっかりヘタレらしい雰囲気で立ちつくしていた。
その武の側に控えてた月詠に、どう声をかけて良いか分からない唯依がささやく。

「あの月詠中尉…」
「なんだ?」
「白銀少佐はこのままでいいんですか?」
「気にするな」
「ですが…」
「篁中尉、下手な仏心は身を滅ぼすぞ?」
「うっ」

月詠の言葉に唯依の脳裏には、紋付き袴姿で祝言の用意を宣っていた巌谷の顔が目に浮かび、慌てて頭を振ってそれを追い出す。

「まあ、白銀よりブリッジス少尉の方が都合がいいかもしれないな、篁の家を残すのなら婿養子には打って付けだろう?」
「なっ!?」
「冗談だ、気にするな」
「つ、月詠中尉っ」
「来たぞ」

笑えない冗談に抗議をしようとした唯依だったが、滑走路を降りてくる輸送機に視線を向けてしまった月詠に聞こえない振りを
されてしまう。
仕方ないと小さくため息をついた唯依は、意識を切り替えて表情を引き締めると、誘導に従ってハンガーまで近寄ってきた輸送機を
見つめる。
今回も前回のようにリディア達に警戒を頼んでいたが、問題なく滑走路に降りてくる様子に少しだけ体から力が抜ける。
そして黄昏れていた武は、驚いたように目を見開いて二機の輸送機を見てつぶやく。

「あれ、二機なんて聞いてないぞ?」
「え、少佐…」
「月詠さんは聞いてる?」
「いえ、特には」
「夕呼先生だからおまけでも付けたかなぁ」

そう言いつつ停止した輸送機に近づいていくと、ドアが開きタラップに出てきたのは国連軍の制服を来たまりもだった。
ゆっくりと階段を降りてきて武達の前で姿勢を正すと、綺麗な敬礼を見せて口を開く。

「神宮司まりも軍曹、香月副司令の命令により新型機共に着任しました」
「長旅ご苦労様…で、堅い挨拶はともかく久しぶり、元気でしたかまりもちゃん?」
「任務中なんだけどね…こちらはいつも通りよ、みんなもね。白銀はあまり元気ないみたいだけど、やっぱり霞の…」
「ははは、これは違います、違うんですよ〜」
「何で泣くのよ?」
「泣いてないです、これは心の汗ですっ」
「そ、そう…」

と、本人は言うが背後の二人が苦笑いに近いものを浮かべていたので、何かあったのは明白だったが、哀愁が漂いすぎている武に
それを聞くのは酷かと思うまりもだった。

「と、とにかく、まりもちゃんはこのままH26攻略作戦に参加してもらいます。もちろん、あれの実践テストも含めますが…」
「あれね、性能はともかく派手なのはちょっと」
「文句なら夕呼先生に言ってください。無駄だと思うけど」
「そうね、夕呼だもんね…」
「「はぁ…」」

お互いにため息をついてしまい憂鬱になりそうになるが、先ほどから気になっていたことを武が口にする。

「ところでまりもちゃん、輸送機が二機だなんて聞いてないんだけど?」
「え、まさか夕呼ったら忘れていたのかしら」
「やっぱりそうか、それで一体何を運んで…」
「一応、アンタの機体よ」
「速瀬中尉っ!?」

聞き慣れた声が上から聞こえたので顔を上げると、タラップの上で強化服姿に上着を肩に掛けて自分を見下ろしている水月と目が合う。

「ふふん、手が足りないから泣き言言ってるみたいだから来て上げたわよ。ほれほれ〜、感謝しなさい」
「なんで強化服着てるんすか?」
「アンタと一戦する為によ」
「冗談ですよね?」
「半分本気、もう半分は後で話すわ」

どうやら夕呼が何か理由を付けて水月を寄越したらしいと解った武は、詳しい話は後でと言うまりもの言葉に頷いて、機体と物資の
搬入作業を開始するように唯依に伝える。
その唯依にまりはもは手にしていたファイルを差し出す。

「新型機の件に関しては篁中尉に一任すると香月副司令と白銀少佐から伺っています。よろしくお願いします」
「こちらこそ貴重な機体を預けて頂き感謝します。微力ながら力を尽くしたいと思います」

まりもと唯依は面識はあるが、面と向かって話すのは初めてだったので、少しぎこちないが笑みを浮かべる。
また、反対に月詠に対しては真摯な表情で視線だけで今までの苦労を労っていた。
そこにタラップを降りてきた水月が武に話しかける。

「さて、それじゃ新型のお披露目ね。ほかにギャラリーはいないの?」
「一応、襲撃の件があったから、ほとんどの人は各自室で待機状態になってるんです」
「そっか、まああたしが来たからには任せなさい。BETAだろうがなんだろうが、蹴散らして上げるわ」
「戦争しに来たんじゃないんですけど?」
「解ってるって、喧嘩上等でしょ♪」
「なんだかなぁ、まあ俺も見るのは実機を見るのは初めてですよ」

そう話しながら輸送機上部に設置された再突入殻のハッチが開放されるのを見ていた武達の目に、金色に輝く機体が姿を現した。
それに併せて機体の中からは、同じく金色に輝くシールドに武御雷・零と同じ突撃砲、そして完成されたレールガンを二門装備した
大型フライトユニットが次々とハンガーに運び込まれていく。

「これが暁…」

今までの戦術機とは全く違うデザインは唯依の目を引きつけ、感嘆のため息を漏らさせる。
まるで自分の考えた戦術機が目の前に存在している錯覚に囚われるが、気を引き締めると手にした仕様書に目を通していく。

「これは…少佐の零と同等の機動性に加えて、対レーザー種装備の特殊塗料で全身をコーティング、バックパックのマウントは共通させて
他装備への換装も可能…」
「言ったとおり豪華装備だろ?」
「確かにそうですが、それよりも主機の換装も設計段階で織り込み済みなんて…」
「夕呼先生の話じゃこの機体は宙間戦闘も考慮した物になってるはずさ」
「そこまで考えているとは想像以上です」
「な、面白いだろ?」

楽しそうに笑う武の言葉に唯依は閃きにも似た感覚を感じて、意識が思考の中に入り込む。
このBETA大戦において、戦術機の開発を面白い等と不謹慎に思った人がいるだろうか。
日常が死と隣り合わせの世界でそう思える、その発想こそが武を特別な人だと納得させられてしまう。
だから唯依は武を呆然と見つめる、目を奪われてしまう。
それはまるで恋する乙女のような気持ちと同じだったのかもしれない。

「どうした篁中尉?」
「は、い、いえ、何でもありません」
「夕呼先生の考えは気にしない方がいいぜ、それよりも暁のデータはまだ『ここ』の国連軍には内緒だからよろしく」
「了解です」

その暁の搬入が終わると、次に運び込まれようとした機体は、武が乗っていたF−22Aだった。
だが、少し様子が違うなと水月に聞いてみる。

「あれ? 機体の色、塗り直したんですか?」
「色だけ元に戻しただけで、XM3仕様はそのままのはずよ」

どうやらこれを使ってハイヴ攻略線の前に、第四計画反対派に牽制を仕掛ける夕呼の意図を読みとった武は、やはり怒らせると怖いなと思う。

「夕呼先生、やっぱり根に持ってるのか…」
「やられっぱなしじゃないでしょう、副司令は?」
「速瀬中尉と同じか…」
「面白いこと言うわね、それじゃ早速リターンマッチといきましょうか、し・ろ・が・ねぇ?」
「えー」
「えーじゃないっ、3,2,1、ハイっ、行くわよっ」
「ちょ、ちょっと、離してくれ〜」

反論する暇も与えないで武を引きずっていく水月だが、シミュレータールームが解らず聞こうとした一瞬の隙をつかれて逃走されてしまう。
ユーコン基地の滑走路を逃げる武と追いかける水月の様子は横浜基地での日常を思い出させ、見ているまりもと月詠はやれやれと肩をすくめ
笑みを浮かべるが、真剣な表情で見つめる唯依は一人心の中で何かを思うのだった。






NEXT Episode 107 −2000.10 Storm Vanguard One−