「はぁ……やっぱりそうなりますか」
「悠陽、何がやっぱりなんだよ?」
「それを武様がお聞きになると?」
「だから誤解するなって言ってるだろっ」
「おほほほ、冗談です」
「あ、あのなぁ……」
「愚問でしたわ、本当に武様の魅力は無敵です。妻として誇らしく思いますわ」
「恋愛原子核なんて妙な物を誉められても全然嬉しくないぞって言うかこんなのに誇りを感じるなよ」
「力は力です、それをどう使うか……武様の場合は実に平和的だと思います」
「勘弁してくれ」
「それはそうと武様」
「どうした真面目な顔して、まさか何か有ったのか?」
「鑑さんと閨を共にしたのでしょうか?」
「…………」
「順番を問うつもりはありませんが、鑑さんお一人のと言うのは実に平等さに欠けると思います」
「…………」
「はっ、まさか月詠を交えてとは申さないと思いますが、その辺りは……武様?」
「…………悠陽」
「はい」
「帰ったらお仕置きな、手加減無しの」
「な、何故でございます?」
「それはな……悠陽にはお仕置きが一番似合っているからだっ! あとな……」
「な、なんでしょうか?」
「月詠さんも参加するから覚悟しておけよ」
「そ、そんなっ!?」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 100 −2000.10 Follow−
2000年 10月5日 07:05 アラスカ州ユーコン陸軍基地 ソビエト軍管轄地
イーニァとクリスカが所属するイーダル試験小隊を預かるサンダーク中尉は、目の前の現状を理解するのにどのくらい時間が掛かったのか、
腕時計を見て確かめるぐらいに動揺していた。
なにしろ出かける前と戻ってきた時では状況が180度ぐらい違っているからであった。
一番の大きな事は目の前を歩いている人間であった。
「な、何故我が国の領内に外国人が……一体、何があったのだ?」
多国籍な人達が多数歩いている上に、米国管轄地との境でも警備している兵は止めるどころか気軽に笑って話しているのである。
動揺はした物のなんとか落ち着きを取り戻したサンダークは、自分が預かっていた二人の少女を捜してユーコンHQへ向かった。
その頃武は何をしていたのかと言うと、早めに朝食を取った後にハンガーまで来ていた。
今日は99式の試射があり、その様子を見る為であり一緒に来ていた唯依が整備兵達に指示を出していた。
「どうやらウチの夕呼先生のパーツ、組み込んだみたいだけど問題ないみたいだな」
「はい、それに心臓部は香月副司令から提供された物ですから」
「そうだったなぁ……あ、試射した後のデータは横浜基地に送ってほしい」
「この後日本に帰る雨宮中尉に渡しておきます」
「うん、これでまりもちゃんの機体も装備が整うな……」
「それは例の新型機ですか?」
「ああ、隠す程じゃないんだけど、その新型機にはコレが標準装備されてるんだ。その為にも実射データが必要って事だから」
「やはりそうでしたか」
「あ、ちなみに発案は夕呼先生だけど、あくまでも開発は帝国軍なってるから誤解しないで」
「理解しています」
「だから試射には不知火・弐型を使うし、撃つのはブリッジス少尉だしね」
「白銀少佐……一つ聞いても良いですか?」
そこで唯依は声を抑えると、武に顔を見つめて囁くように話しかける。
「実際に少佐の機体にも仕様は違いますが装備して運用しているのに試射をすると言うこの矛盾、どう思っていますか?」
「ホントに面白いよなぁ……で、篁中尉は知りたいと?」
「教えてくれるのですか?」
「うーん、言っても信じてくれるかどうかなぁ……でもそうすると問題が一つ」
「問題?」
「うん、一応まだ身内しか知らない話だし、それを教えるとなると巌谷中佐の話に肯くしかなくなるんだけどそれでもいいの?」
「あ、あうっ!?」
「まあ、ごめんなさいされている俺としては教えられないと言う事で」
「わ、解りました」
武の言葉を理解して唯依は頬を染めてしまうが、いくらなんでも秘密を知る為にハーレムの仲間入りをする気にはなれなかった。
それに一度深く踏み込んだら戻れない危険な空気を感じて、唯依はほっとしながら手元の書類に視線を戻した。
ある意味それは懸命な判断で、この先に自分を待っている運命を選んだ瞬間なのかも知れなかった。
そんな会話が終わった所に背後から警備兵に案内されて現れた人物が武の名を呼んだ。
「白銀少佐」
「ん?」
武が振り向いた先には厳しい表情で見返すサンダークが立っていた。
「わたしはイーダル試験小隊を指揮するイェジー・サンダーク中尉です。話はハルトウィック大佐から伺いました、早速ですが彼女
たちを引き取らせて頂きっ……がっ!?」
「ふんっ!」
最後まで会話させることなく、武の拳が顔面にめり込み殴り飛ばされてサンダークはハンガーの中を転がっていく。
武の突然の行動に隣にいた唯依は唖然としてしまうが、殺気を漲らせて体を震わせている様子に気が付き、霞の事を思いだした。
そして鼻血を流しながらも上体を起こしたサンダークは、武に向かって口を開く。
「な、何を……」
「てめぇがやらせたのか、ああっ?」
「な、なんの事っ……」
「だからてめぇがやらせたのかって聞いてんだよ……あいつらに俺と霞を襲わせた事だ」
「それは事故だと……」
サンダークの言葉を聞いてこめかみに青筋を浮かび上がらせると、一歩踏み出した武の表情は更に険しくなる。
「巫山戯と事を抜かすなよ、ハイヴに叩き込むぞこの野郎っ」
「ほ、報告ではそうなっている」
「それじゃあ聞くが、あれだけ大騒ぎになっていたのに今頃のこのこ出てきたのはどうしてだ?」
「こちらにも都合があり機密事項なので説明は……」
「面白い事言ってくれるなぁ……マジ殺すぞ?」
そう言ってサンダークの襟首を片手で締め上げると、周りを気にせず武は殺意を込めた瞳で睨み付ける。
「一応、お前の言う『事故』が終わった後にそっちの整備兵と話をしたが、きちんと謝罪した後に自信を持って整備ミスなんて有り
得ないときっぱり言い切っていたぞ」
「し、しかしっ」
「しかしもかかしもねえんだよ、お陰で俺の大事な女が酷い目にあってんだよ。それについてどう思ってんだ?」
「それは申し訳ないと……ぐえっ!?」
今度は至近距離からの一発を腹に食らってしまい、武が手を放すとサンダークは両膝を付いて手を腹に当てて苦悶してしまう。
「だったら先に謝るのが筋だろう、なのにてめぇはいきなりあいつらを返せだと言ったよな? 笑えねぇんだよお前の冗談はよぉ……」
武は見下ろしながら再びサンダークの襟首を掴み持ち上げると、脂汗を流す歪んだ顔を付き合わせて睨み付ける。
「いいか、良く聞け……あいつらはこの俺が貰った。お前の国の一番偉い人も認めている、解ったな?」
「そ、そんな話は聞いて」
「お前の意見は聞いてねえよ、これは決まった事だ。だから返事は『イエス』だけだ」
「こんな馬鹿な事がっ……」
「イエスだって言っただろう、ボケてんじゃねーぞおっさん」
「げふっ!?」
最後に大きく振り抜いた拳で最初に殴られた同じ場所に喰らって、そのまま警備兵が親切にも開けていてくれたドアから叩き出された。
直後、呆然と事の成り行きを見ていた唯依は、見ていた者に箝口令を伝えようとしたが先に武が口を開く。
「あー、仕事中に騒がせて済まなかった。それと今見た事は誰かに聞かれたら話しても良いから気にせず作業に戻ってくれ」
片手を上げて頭を下げる武に整備兵達は妙な感じを受けながらも、自分のすべき事を思いだして持ち場に戻った。
それを見た唯依は小声で武に囁きかける。
「少佐、今のは……」
「半分本気、半分は冗談だけど」
「何が本気で何が冗談なのかはともかく、良かったんですか?」
「ああ、これで奴らが少しでも動きを見せてくれた方がやりやすくなる」
「自ら囮を……」
「それは決まってた事だからさ、だから明確に挑発してやったんだよ」
そこで武はニヤリと笑うが、それを見た唯依はため息を付くしかできない。
「まあ、少なくても99式の試射の邪魔はしないだろう……って事で、よろしく♪」
「そこまで悪い性格だとは気づきませんでした」
「うーむ、夕呼先生に似てきたのかなぁ〜ちょっとイヤかも?」
「今の言葉、香月博士に報告しておきます?」
「ちょ、ちょっと待った、篁中尉っ!?」
「ふふっ、冗談です」
「うお〜、ひでぇよ」
今起きた事を忘れたかのように和んだ空気で会話をしているハンガーの外では、気絶していたサンダークが目を開けよろめきながら
何とか立ち上がった。
「ど、どう言う事だ……私は何も聞いてないぞ……あいつらは計画を潰すつもりなのか?」
誰に問いかける訳でもなく、サンダークは鼻血を拭いふらつきながら自軍の管轄地へ向かって歩き出した。
この、早朝の出来事がイーニァとクリスカの耳に入ったのはPXで朝食を取る時になってであり、しかもかなり脚色された内容に
二人は顔を真っ赤にして硬直していたらしい。
また、それを聞いたタリサは武の悪口を言いながら怒り出し、ステラはやっぱりそれが目的だったのねと納得顔だった。
もちろん、それを聞いてまっさきに怒ったのは純夏だったが、事情はちゃんと解っているので振りだけのはずなのに、やっぱり
例の如く大気圏を突破させられた武だった。
「いててて、まったく手加減しろって」
「ただの突っ込みだよ、漫才であるじゃん」
「何処が突っ込みだよ!?」
「ほらほら、そんな事よりもする事があるんでしょ」
「くっ」
一応、斯衛軍として雨宮中尉と共に来た純夏は悠陽への報告するという事で、武の横で99式の試射に立ち会っていた。
小声で話しているがその内容は近くにいる者達には聞こえていて、朝から惚気としか思えない話に表情が穏やかになり緊張を和らげる
事になったらしい。
その表情で唯依は武に話しかける。
「白銀少佐、そろそろ宜しいでしょうか?」
「あ、ごめん、じゃあ始めましょう」
「はい、CPよりアルゴス1へ、これより99式の試射を行う。準備は良いか?」
『アルゴス1、いつもで撃てる』
「よし、始め!」
唯依の合図と共に射撃体勢を取ったユウヤの操る不知火弐型に装備された99式電磁投射砲が、轟音と共に標的に向かいその圧倒的な
破壊力を注目していた者達に見せつけた。
標的となったのはHSSTや戦術機、戦車とか航空機等の廃棄物で大きさあったのだが、弾倉全て打ち切った後は薙ぎ払われたように
アラスカの渇いた大地だけがそこに晒されていた。
この威力に唖然とする者達の中で唯依は密かに拳を握りしめて成功した事を実感していたがすぐに気を取り直すと、今のデータをチェック
し始める。
また、これを撃ったユウヤもまたコクピットの中で唯依と同じ気持ちになっていた。
「これがレールガンか……」
「おいユウヤ! なんだよそれっ、すっげーなっ」
「なんにも残ってないな、OTHキャノンと違う意味でも凄いとしか言えないぜ」
「ああ、これ程の物とはな……」
『CPよりアルゴス1へ、機体の状態はどうだ?』
「こちらアルゴス1、問題ない」
『了解した、99式も初動は問題なく基準をクリア出来た。続いて第二射に入るがやれるか?』
「誰に言ってんだ中尉、こちとら射撃はお家芸だぜ」
『ふっ、そうだったな……よし、引き続き試射を続行する』
お互いがお互いで軽口をたたき合う会話に、ユウヤも唯依も少し浮かれていたのかも知れない。
しかしそれは二人だけではなく、周りにいる開発に携わってきた者達もまた拳を握りしめたり肯いたりして成功した実感を味わっていた。
それから全てのメニューを消化した結果、実戦投入可能な物に仕上がったと唯依は改めて不知火弐型が構えている99式をモニター越しに
見つめた。
そして残りはユウヤの駆る不知火弐型の仕上げだけになり、唯依自身本来の任務でもある戦術機開発へ意識を向け始める日にもなった。
もっとも夕呼や武との出会いから、こちらもかなりの確信と手応えのある機体になると同時に思っていた。
そして武の方はと言うと、自分の発言が招いた現実と向き合う羽目になる……主に女難に限定されるのがお約束だった。
「えっと、あの……」
「…………」
99式の試射の後、待っていたイーニァとクリスカに呼び止められて武はばつが悪そうな顔で二人と向き合っていた。
照れまくるイーニァとは反対に今にも襲いかかりそうな表情のクリスカを前に動けず、後からは純夏に笑顔で睨まれてその脇にはスケベと
呟き睨むタリサや野次馬のリディア達など事の成り行きを見守っていた。
「まー、そのなんだ……とりあえず深く考えないで部下になったと思ってくれればいいかなーって?」
「なにそれ? ホント、タケルちゃんのヘタレ〜」
「うっさいぞ純夏、さっさと帰れ」
「べーだ」
「くっ」
「ほらほら、相手が違うよタケルちゃん」
「言われなくても解ってるっ……うっ」
本当の事を知っているはずなのにからかう純夏に叫びながら、武は視線を二人に戻すと先にイーニァが口を開く。
「あの、クリスカも一緒?」
「イーニァだけ引き取ったら誰かさんに殺されちゃうだろ」
「なんだとっ」
「じゃあ、いいです」
「イーニァっ!?」
「クリスカはわたしと一緒じゃ、いや?」
「そ、そんなことないっ、イーニァを一人にはさせない……あっ」
「じゃあ、いいよね」
「…………う、うん」
「「「「「「「「「「おおーっ!?」」」」」」」」」」
イーニァに言わされてしまった言葉にクリスカは顔を押さえて赤くなり、前よりきつくなった視線でタケルを睨み返す。
その迫力にはははと渇いた笑顔で有らぬ方向を見てそれから逃げる武の後で、純夏とイーニァはお互いを見つめて小さく頷き合っていた。
武の真意がハーレムにあるのではなく、夢で見たように自分達を救ってくれるんだと……それこそ命がけになるかもしれないのに行動
してくれた事をイーニァは心の中で感謝していた。
でも、暫くはクリスカに本当の事を教えないでいようと、ちょっとだけからかうつもりなのは純夏との秘密らしい。
周りにいた者達がはやし立てる中、それを楽しそうに見ていた唯依の横にリディアが立つ。
「まったくもう、ふふっ」
「楽しそうですね、篁中尉」
「リディア大尉?」
「その顔は事情を知っている、そう見えるけど?」
「さあ、なにしろ我が国の悠陽殿下さえその手にした人ですから……」
「あなたは良いの?」
「わたしは……深くは入り込むつもりはありません」
「そう……」
「でも、戯れであんな事を言う少佐では無い事だけは確かです」
「なるほどね」
二人はそれ以上は口にせず、目の前でタリサにスケベと言われながら首を絞められている武を楽しそうに眺めていた。
そして武の事を知ろうとしていたユウヤもまた、馬鹿騒ぎを見ながらイーニァとクリスカを引き取った意味を表面的には捉えていなかった。
だからユウヤはこの先に自然と二人の少女に深く関わっていく事になるが、それを面白く思わないタリサもまた三人に近づいていく。
もしかしたらタケルちゃんと同じになっちゃうかもしれないね……と、そんな未来が見えたのか武を見る笑顔とは違う微笑みで、純夏が
ユウヤ達の事を見ていたのを本人達は気づかない。
寒さが厳しくなる前のアラスカはユーコン基地で、騒がしいが暖かい話だったのは間違いない出来事であった。
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