「つーんだっ」
「えっと夕呼先生、それはなんですか?」
「拗ねてるのよ」
「まりもちゃん?」
「報告を聞く度にあなたが大勢の女の子に優しいから自分と比較しちゃってね」
「どうせ若くありませんよーだ」
「…………」
「どうしたの白銀?」
「あ、いやっ、なんでもないっす……あのさ夕呼先生」
「他の女の子は呼び捨てだし、まりもはちゃん付けなのにあたしはいつまでも他人行儀な『先生』だしねー」
「ぐっ」
「もう夕呼、大人げないわよ」
「ふんっだ」
「……解りました、プライベートの時は名前だけで呼びますから勘弁してください」
「べ、別に頼んでなんか無いんだからねっ。白銀が呼びたいって言ったんだからねっ!」
「…………」
「白銀?」
「あ、いえ、ちょっとぼーっと……」
「そう、ところでわたしはいつまでちゃんづけなのかしら?」
「え、だってまりもちゃんはまりもちゃんでしょ」
「なによそれは?」
「つまりあんたはいつまでも子供っぽいってことでしょ」
「ちょ、夕呼?」
「そうなんですよー、軍人で教官まで務めているのにすぐに嫉妬するし拗ねるし月詠さんと良い勝負……」
「白銀、明日の午後に訓練校の屋上で待ってるから遅刻しないでね」
「ひいっ!?」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 98 −2000.10 Eligible−




2000年 10月4日 16:14 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

突如泣き出したイーニァを連れて純夏がやってきたのは霞の病室だった。
静かに眠る霞の横で、純夏は項垂れたイーニァの手を握りしめて頭を撫でて上げる。
その様子をイーニァの後で立っていたクリスカは何故か口を挟めず、純夏たちを心配そうに見つめる。

「落ち着いた?」
「…………うん」
「そうそう、女の子はいっつも笑顔じゃないとだめだよ」
「う、うん」

こくんと肯いたが顔は上がらず俯いたままのイーニァを見つめる純夏の目は、霞を見つめる優しさと労りと同じだった。
そして次に純夏の口から出た言葉にも優しい響きが含まれていた。

「あのね、わたしも……きっと霞ちゃんも怒ってないよ」
「え……」
「本当だよ、もし怒ってたら出会った瞬間にさっきのタケルちゃんみたいに叩いてるよ」
「だけど、わたしっ……」
「大丈夫、わたしが保証するよ。だから、ね?」
「あうぅ……」

純夏の言葉に顔を上げたイーニァは、目の前で微笑んでいる純夏の心に触れて、それが本当だと理解した。
ぽろりぽろりと涙が零れて頬はまた濡れ始めるが、優しく指先で拭いながら純夏の手は頭をなで続ける。

「だからもう泣かないで」
「でも、でもっ……」
「タケルちゃんは笑っていたでしょ、だからほんとーに大丈夫だよ」
「う、うん」
「よし」

笑おうとするイーニァの笑顔は強張っていたがそれでもなんとか純夏の顔を見返すことが出来た。
うんうん頷き納得した純夏は、ぎゅっと抱き締めて背中も撫でるとその顔が上を向く。
徐に視線を合わされたクリスカは、その澄んだ瞳に心の中を見透かされている気持ちになってしまう。

「あー、もうタケルちゃんってば……その、ごめんね」
「は?」
「怖かったでしょ、後でお仕置きしておくからタケルちゃんの事、許して上げてね」
「ゆ、許す?」
「もう、しょうがないなぁ〜タケルちゃんは、女の子いじめてどーすんだよぉ……ゆるすまじっ」
「え、あの……」
「だいじょーぶだよ、タケルちゃんみたいなヘタレなんて拳一つでダウンだよ」
「ヘ、ヘタレ?」

拳を握りしめて一人自己完結する純夏に戸惑うクリスカだったが、その言葉に何か心に引っかかっていた物が無くなった気がしていた。
戸惑うクリスカに微笑みを浮かべた純夏は近づき手を伸ばすと、イーニァと同じように優しく撫で始める。
いきなりの行動にただなすがままにされるクリスカは、その手を払いのけることもせずイーニァと一緒に純夏の笑顔に視線を奪われ
続けた。
そんな風に三人が話している頃、話題の武はと言うとハンガー内に有る部屋で唯依と月詠を交えて話をしていた。

「届けられた装備は問題有りませんでした」
「うん」
「OTHキャノンの試射も済みました、明日99式の試射を行います」
「ああ、解った……そうだ篁中尉、一つ伝えることがあったんだ」
「と言うと?」
「もう少し先の話だけど、横浜基地から新型が一機回されるから調整を頼みたい」
「新型ですかっ!?」
「うん、まあ夕呼先生の話だと開発にかなりお金が掛かっているから作戦までにきっちり調整して欲しいって」
「試験導入ではなく、実戦投入すると言うことですね?」
「ああ、仕事増やして済まないがよろしく頼みます」
「はい、了解しました」
「武様、それは例の機体でしょうか?」
「月詠さんも知ってるまりもちゃん専用の機体だよ。量産性をまるっきり無視した完全にワンオフの機体さ」
「白銀少佐、それはどんな機体なんですか?」
「……対レーザー種に特化させた豪華装備の機体だよ。でもそんなことよりあれは絶対に狙ったんだ……」
「狙った?」

言葉を途切れさせた武を不思議そうに見つめていると、言いにくそうにしながらもその顔は赤くなっていく。
それに合わせて月詠の顔もほんの少し面白くなさそうに憮然とした表情になった。

「全身金色なんだよ、まったく……」
「金色ってまさか?」
「篁中尉、その想像はたぶん当たってるよ」
「つまり、年上の女房は金の草鞋を……って事ですか」
「わーっ、そこまで言わないでくれ〜」

唯依の指摘に頭を抱えて唸る武と微妙に睨んでいる月詠の様子から唯依はまさかと思いつつも、とある言葉を口にする夕呼の意地の
悪い笑顔を想像してしまった。
同時にやっぱり夕呼は侮れないと感心しながらも呆れて空いた口が塞がらない唯依だった。
そこで月詠と視線があって先に反らされた感じから、唯依の直感はその感情を見抜いてしまった。

「ああ、なるほど……それで月詠中尉はそんな顔しているんですね」
「なっ!?」
「月詠さん?」
「た、武様、見ないでくださいっ」
「あー」
「……こほん、わたしは整備状況を見てきますので後の話はお二人でどうぞ」
「た、篁中尉っ」
「大丈夫です、殿下に誓って今の話は口外しませんから、ではっ」

わざとらしく気を利かせてにっこり笑ってから部屋から出た唯依は、扉を閉めた直後に笑い声を押さえることが出来なかった。
だが、二人きりになった瞬間に武の表情は引き締まり、雰囲気を一変させる。
声を上げていた月詠も雰囲気ががらりと斯衛の顔になる。

「霞の件だけど、鎧衣課長から裏が取れたって連絡があった」
「ではやはりソビエト内部の……」
「大統領は知らないって言うか、ほぼ無関係さ」
「ハイヴ戦の時にここへ残していくのは危険ですね」
「ああ、だから怪我の状態が良くなった頃に、横浜へ戻す」
「解りました、三人もそのまま冥夜様の護衛に復帰させます」
「そうしてくれ、ただ出来れば横浜までオレの代わりに霞に付き添って欲しい」
「承知しました」
「良かった、月詠さんなら安心して任せられるよ」
「武様の期待は裏切りません」

暫く見つめ合い僅かに肯いた二人は表情を緩ませ、部屋の中を柔らかい空気に戻す。
早速武は先程の話を蒸し返しながら月詠を見つめる。

「ところでさっきの篁中尉の話で……」
「誤解です、何でもありません」
「えー、でもさぁ〜」
「何でもありませんって言ってます」
「顔赤いんだけど?」
「武様っ」
「今度夕呼先生に話しておきますよ、月詠さんにも用意してくれって」
「そ、それは嬉しく……ではなくてっ武様、違いますから誤解しないでください」

あたふたと取り乱す月詠に悪いと思いながら笑ってしまう武だが、知らぬは本人だけと言うことを夕呼から思い知らされるなんて
この時はまだ想像していなかった。
マッドな科学者を舐めないでよと胸を張る姿にがっくり肩を落とす運命を、武はまだ知る由もない。
その後、いくつか話を纏めた後に部屋から出た二人はその場で別れて、武はハンガーにある自分の機体へ向かう。
月詠に任せっきりだった武御雷・零の専用装備の確認だけはしておく為だった。

「あ、少佐、良い所に」
「どうした軍曹?」

近づいてきたヴィンセントが少し興奮気味に書類を差し出すと、それを手に取り目を通していく。
そこに羅列されていた数字は、夕呼が出していたスペックより僅かだけど上回る数値だった。

「いやぁ〜武器とシールドも凄いんだけど、一番凄いのはあの大型バックパックによる機動性の向上ですかね。ホント作った人は
天才ですよ」
「それ、本人の前で口にしないようにな。結構乗りやすいから禄でもないことになる可能性が否定出来ないんで」
「科学者って言うのはそーゆーもんですよ」
「理解があって嬉しいやら悲しいやら」
「いやぁ、ホント一度会ってみたいですよ」
「機会があったら横浜に来てみればいい、いろんな意味で歓迎してくれるかもな」
「是非お願いします」

一応誉められているから嬉しいのだが、それを押さえてしまう夕呼のとんでも理論と突飛な行動を知っている武は素直に喜べない。

「ああそうだ、例の弐型とバックパックの不具合ですが、接続部分の回路に少しだけ負荷が掛かっていただけです」
「解決出来そうか?」
「大丈夫です、あれぐらいなら機体側の調整で済みます」
「任せるって言ったから好きにやってくれ、データもボーニング社に渡しても構わないんで」
「了解っす」

敬礼して整備に戻ったヴィンセントに苦笑いを浮かべ、手に持っていた書類に目を落とした時に話しかけてきた人物が居た。

「白銀少佐」
「ん? ブリッジス少尉か」
「ちょっと良いですか?」

どこか思い詰めた感じがするユウヤの真剣な表情に、武は書類から目を離し向かい合うように姿勢を正す。

「外で話そうか」
「はい」

歩き出し騒がしいハンガーから外に出た二人は改めて向かい合うと、武が先に口を開く。

「いろいろと聞きたそうな顔してるな」
「少佐は何をしにここに来たんですか?」
「ストレートに来たか……もちろん生き延びる為さ」
「じゃあ、あれはなんなんですか?」
「あれって?」
「新型OSや戦術機動はまだ理解出来なくもなかった。なのに未だ開発中の不知火・弐型より先に完成された不知火・改やそれの装備
です。しかも少佐の機体専用の突撃砲は開発中のレールガンの発展型だ。装備にしろ戦術機にしろ弐型のようにそれなりに開発期間が
必要なのにこんなのは有り得ない」
「矛盾に気が付いてそれを口にしたのはブリッジス少尉が初めてだなぁ……」
「白銀少佐っ」

戯けるように肩をすくめた武につい馬鹿にされたと思って語気が荒くなるユウヤに、武自身は穏やかな表情のまま話を続ける。

「ブリッジス少尉、未来は見えているか?」
「えっ」
「その為に自分に何が出来るのか考えたことがあるか?」
「何を言って……」
「オレはある、何度悔し涙を流したか知らない、何度絶望を味わったか解らない、それを繰り返しながらも『オレ』は諦めなかった。
だから望む未来をこの手に引き寄せる為にオレは今ここにいるんだ」
「…………」

そこで不意にハンガーへ向かって視線を移した武が呼びかけるように話し出す。

「そんな所で聞いてないで一緒に聞いても良いぜ」
「え、タリサ、それにお前らまで……」
「あー、なんか真剣顔で二人が出て行ったから気になってさ……」
「右に同じく」
「立ち聞きするようで失礼しました」

現れたのはアルゴス小隊のメンバーで、タリサを筆頭にヴァレリオとステラもどこか気まずそうな表情を浮かべていた。
その様子に思わず笑ってしまう武を怪訝な表情で見つめるみんなに向かって武は口を開く。

「ここで種明かしをしちゃっても良いんだけど、どーっすかなぁ〜」
「タケル?」
「なあタリサ、俺の戦術機搭乗時間ってどのくらいか想像出来るか?」
「へ、ああ、たぶんあたしの倍以上の経験が在ると思う。天才の一言で片づける程馬鹿じゃないぜ」
「そっちの二人は?」
「ちょっと解らないなぁ」
「正直、想像出来ません」
「ブリッジス少尉は?」
「かなりの時間としか」
「正解はオレにも解らない」
「な、なんだよそれ?」

一瞬巫山戯ているののかと思われる武の言葉に声を上げるタリサだったが、笑顔で見つめ返してくるその目は真剣その物だった。

「どのくらいBETAと戦ったかなんてもう覚えていない、だけど心が体がそれを覚えているんだ。何度苦汁を舐めさせられても
足掻き続け諦めない……それが『シロガネタケル』の正体さ」

なんの根拠もなかったが、武の語った言葉が凄く重い言葉だとアルゴス小隊のメンバーは同様に感じていた。
そして武自身の秘密に迫る言葉なのかも知れないと……。

「とゆーわけでブリッジス少尉、とりあえずシミュレーターでいいからオレに勝ったらもう少し話してやるぜ」
「えっ」
「なあタケル、あたしも良いか、それ?」
「んー、勝てるならな」
「よっしゃ、じゃあそん時は聞かせて貰うぜ」
「おお、がんばれよ。ちなみに今のオレに勝てる実力があるのは月詠中尉だけだ、そこんとこ忘れないようにな〜」
「おいおい、タリサじゃ無理じゃねーか?」
「うっせーよVGっ」
「無茶と無謀は若さの特権ね」
「んだよー、ステラまでっ」
「そうそう、オレも昔はそうだったぜ」
「その言い方ジジくせーよ、タケル」
「ぐあっ」

最後は笑い話になっていく中で、ユウヤは武の言葉を心の中で反すうしながら、考えを纏めようとしていた。
一瞬だけど自分より若いはずなのに、明らかに歴戦の勇士の言葉みたいだと思えてならなかった。
まだそこに踏み込めるだけの力が足りないと……タリサ達のように実戦経験が無いからなのかと、来るハイヴ攻略戦を思い地平線の
彼方を見つめていた。






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