「どう、そっちは?」
「概ね順調ですよ」
「こっちは国連軍の方へ根回しは済んだわ、後は実行するだけよ」
「まだまだ練度が低いのですぐには無理ですが、年内には作戦を実行したい所かなぁ……」
「それならまりもの機体は充分間に合うわね」
「もう実戦テストですか?」
「実験レベルでは問題ないわ、あんたが使っているシールドと同じにね」
「夕呼先生の事は信じて言いますが、まりもちゃんに危険な真似をさせるのは嫌な感じです」
「あたしも同じよ、でもね白銀……まりもも納得したんだから解って頂戴」
「はい」
「それと作戦前に鑑達に先に進んで貰おうと思ってるんだけど……」
「それは早すぎじゃないですか?」
「あんたの所為よ」
「へっ?」
「白銀の言い分を聞いて訓練校のカリキュラムの大幅変更したでしょ? それで少しだけど戦術機を動かし始めているのよ」
「そこまで進んじゃってるんですか?」
「車と同じで慣れと言う事を見よう見まねで鑑が動かしちゃった事も大いに刺激になったようよ」
「う、うーん、それはそれで嬉しい誤算だけど……」
「だからこの際に総戦技評価演習を早めに行ってもっと戦術機に乗る時間を増やした方が良いと判断したわ」
「なるほど、解りました」
「それで出来ればあんたに来て欲しいんだけど、アラスカから呼び戻すのもねぇ……」
「時期にも寄りますが……あっ」
「なによ?」
「もしかしたらなんとかなるかもしれません」
「そう、それじゃはっきりしたら教えて頂戴」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 97 −2000.10 Example−




2000年 10月4日 15:22 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

ハンガー脇に設置された大型モニターの前で、タリサ、イーニァ、クリスカの三人は立ちつくしていた。
そこに映し出された映像は武の動きに注目した訳じゃなく、その手にしている武器が初見だったからである。

「なんだありゃ?」
「えっと、ワイヤーかなぁ」
「そうらしいな」
「タケルの奴、なんでそんなもん使ってんだ……」

左腕内側に装備されたそれは戦術機用の装備になった『アンカー』であり、イーニァの指摘通りワイヤーを打ち出す物だった。
なぜか搬入されたリストの中にあったそれを武は積極的に使い、相手の手足に絡ませて引きずり倒したり武器を奪ったりと、
それだけを使ってリディア達相手に戦っていた。
また、初めて見せる武の戦い方にカレリア中隊の全員は戸惑いを隠せない。

「なんて器用なっ……」
「リディア大尉っ、なんですかあれは?」
「ワイヤーなのは間違いなさそうだけど、武器として使用するなんて信じられないわ」
「大尉来ますっ」
「くっ、各機距離を取りなさい」

また一機倒される状況を見て判断したリディアは部下達に離れて攻撃するように指示を出す。
しかし、武御雷・零の機動性を活かして突っ込んでくる武に対して有効とは言えない中、リディアは必死に作戦を考える。
武器としては決定的じゃない物だが、言い様にあしらわれている彼女たちからすればこれもまた異様な戦い方であった。

「ふーん、試作品とか書いてあったけど結構使えるなぁ……ととっ」

武が『知っている』記憶の中にはこうした武器を使って相手を倒したり自由を奪ったりしたゲームのイメージがあり、それを真似して
いるわけだが相手を押さえたり牽制するには使い勝手が良かった。

「でも、これって夕呼先生が使うとしたらあれだよなぁ……うわぁ、似合いすぎて嫌だ」

今、武の脳裏には妖しい格好をした夕呼が鞭を持ってBETAを叩いている姿が浮かんでしまい、その表情はげんなりしてしまう。

「だけどこれなら無闇に相手を殺さずに制する事が出来るかもしれない」

そう呟きワイヤーを振るいながらまた一機地面に引きずり倒すと、撃墜数を伸ばしていく。
つまり相手が人間と想定している今の戦い方その物だった。

「うわっ、また撃墜しやがった」
「手足に絡ませて姿勢を崩すか、武器に絡ませて奪う。凄いねクリスカ」
「ああ」

今まで見たBETAとの膨大な戦闘記録の中でも初めて見るそれを三人の後で見ていた唯依とヴィンセントも感心してしまう。

「やはり発想が違うという事か……」
「ですねぇ、よっくこんな使い方思いつくもんだなぁ〜」
「しかも素材その物に手を加えれば武器としてかなり有効になる」
「やってみますか?」
「それは後だ、今はやるべき事が山積みだ。引き続きデータを収集してくれ」
「了解っす」

ひたすら画面を食い入るように見ている三人の後ろ姿を横目に、ヴィンセントへ指示を出すと唯依は99式の方へ向かった。
本来は弐型に合わせてこっちの開発がメインなのだが、今まで武に付き合ってしてきた事は無駄では無いと唯依自身は感じていた。
新型OS、新しい三次元立体機動、霞の戦闘プログラム等々、全ては戦術機と繋がっている事実は自分に見えていなかった物を
示され刺激される結果となり、知らず知らずに狭まっていた視野が広がったのである。
だから99式の前に立ち、整備状況を見つめている唯依の心は不思議な高揚感で表情が自然と柔らかくなっていた。
もちろん自分で気づく事はないのだが、周りにいた整備兵達には好印象を与えて事も気づかない。
そこに99式の専任整備兵が近寄ってくる。

「篁中尉、届いた回収パーツは問題なく組み込み終了しました」
「そうか」
「それでその……」
「なんだ?」
「実はシミュレーション段階から問題点だった部分がほぼ改修されています。特に一番問題だった砲身の過熱に関しても新しい素材が
使われています。これがその仕様書です」
「やってくれるな……だがこれで実戦で使用出来る」
「はい、我々の努力も無駄になりません」

興奮して喜ぶ整備兵の横で、横浜と言うより元ネタを仕込んでいた夕呼から送られてきたそれらの仕様書を見ていた唯依はそこに走り
書きがあるのに気が付く。

「『文句なら全て終わった後にしてちょーだいね』か、ふふふっ……」

場所と立場を忘れて思わず笑い声を出してしまった唯依をなんだろうと周りにいた人たちは注目したが、本人は笑いが止まらず気にも
ならなかった。
武といい夕呼といい、唯依に取って二人は畏怖と敬意と可笑しさを見せてくれる人だった。
笑い終えた唯依は表情を引き締めると、声を大きくして指示を出す。

「明日、99式の試射を行う。その前に各部の再チェックをするように」
『了解っ』

唯依の言葉を聞いていた整備兵たちは敬礼を返して再度99式の点検を行う。
これを弐型が撃つ日が想像以上に早く現実となった事を心の中で、唯依は横浜基地の主に感謝していた。
その頃、ハンガーには演習を終えたカレリア中隊が戻ってきていたが、気落ちしている彼女たちと違って武は用意されていた
ドリンクを一気に飲み干していた。

「ぷっはー、まったく夕呼先生は本当にマッドだよなぁ……まあ、予想以上に使えたから良いけどさー」
「お見事でしたよ少佐、初めての武器をああまで使えるなんて驚き通り越して感心しちゃいますよ」
「はは、まあ、普段と違った動きをしたから整備よろしく」
「ういっす」

話を終え整備兵達が戦術機の整備に動いている中に戻ったヴィンセントの様子を見ていた武に、リディアが近寄り話しかける。

「また完敗でしたわ」
「でも、前より言い動きでしたよ」
「そう言われてもまたやられちゃったしー」
「そうそう、手も足も出なかったよ〜」
「大体あれなにっ!?」
「あれも新しい武器?」
「わたしも使いたーい、ねーねー?」
「お、おいおい、そんな一度に聞かれてもっ……」

リディアの後から我先にと周りに集まりだしたリディアの部下達に囲まれて、武は女性の甘い匂いに困惑した表情を浮かべてしまい
動くに動けなかった。

「あらあら、ふふっ」
「リディア大尉っ、見てないで助けて欲しいんですが〜」
「満更でもない顔しているようですが?」
「だ、だからですねっ……」
「みんな極東国連軍のエースにあやかりたいのですよ」
「だー、勘弁してくれ〜。もしこんなの純夏に見られたりしたらっ」
「うんうん、見られたらどーなるんだろうねぇ、タケルちゃん?」
「うがっ!?」

その言葉に硬直した武はギギギと音がしそうな感じで首を後ろに向けると、そこには寝ているはずの純夏が立っていた。
顔は笑顔だけど頭には漫画チックな怒りのマークと、笑っていない冷めた目が武の事をじーっと見つめていた。

「す、純夏っ」
「やっぱりこうなってるんだね、タケルちゃん」
「ま、まてまてっ、誤解するなって言うかお前解ってやってるだろっ!」
「タケルちゃんが何を言ってるのか全然解らないよ、それにね……」
「そ、それに?」
「そうやって女の子に囲まれてデレデレしている顔を見て誤解もろっかいもないよっ!」

一歩、また一歩と近づいてくる純夏の迫力にリディアの部下は離れていき、孤立した武の前に笑顔を浮かべたまま仁王立ちした。
ちなみにとばっちりを受けたくないのと、これから何が起きるのか楽しみにしているリディアは黙って見守るらしい。
そこに戻ってきた唯依が人だかりは何事かと前に出た時、奇跡のような瞬間に出会えた。

「ターケールーちゃ〜んのすけべーっ!!」
「ま、まて純夏っ」
「どりるみるきぃぱんーちっ!!」
「ガガーリンっ!!」

まりもにしごかれ鍛えられた体から繰り出された拳は武を衛星軌道まで到達させ、そこで作られていた移民船をその目で見て再び
地上に落ちてきた。

「……地球は青かったって死ぬわっ!」
「ふーんだ、そんなに元気なんだから平気だよ」
「おめー、自分で行ってみろよ」
「嫌だよ、わたし大気圏なんて突破できないもん」
「オレだってしたくねーよっ!」

その光景を見ていた唯依やリディア、タリサやイーニァもクリスカもぽかんとして言い争う二人を見ていた。

「え、今……」
「確か空高く飛んで……」
「タ、タケル、お前……」
「ねえクリスカ、今……」
「さ、錯覚だ、たぶん……」

有り得ない現象を見て思考が停止してしまった彼女たちだが、クリスカの錯覚と言う言葉で納得して何も見なかったと自分を
納得させる事にしたらしい。

「んで、どうしたんだよ?」
「だからタケルちゃんが女の子に囲まれて……」
「それはもういいからっ」
「冗談だよ、目が覚めたらタケルちゃんがいなかったから探してただけだよ」
「そっか、悪かったな」
「ううん、お仕事だんもんね」
「純夏、やっぱり解ってんじゃねーか」
「さーねー」
「くっ、純夏の癖に生意気だっ」
「あーっ、髪の毛ぐしゃぐしゃにするなー」
「わはははっ」

前にPXで見せた以上に笑う武の笑顔は本当に楽しそうで、純夏の困ったよう笑顔も嬉しさが感じられた。
見ている唯依達はその雰囲気に口を出す事が出来なかったが、あっさり割り込んでいく人が強化服姿でここに現れた。

「武様、お話は休憩時間の方が宜しいと思います」
「悪い、つい……」
「あ、ごめんなさい月詠さんっ」
「鑑少尉も少しは周りを気にする事だ、それと武様……」
「はい?」
「彼女たちへの説明はお任せします」
「あっ」

そこでやっと自分達を見つめている唯依達に気が付き、武と純夏は顔を赤くして狼狽えてしまう。
どう純夏を紹介すれば良いのか少し考える武だが、月詠が斯衛軍少尉として扱ったからそのまま行こうと決めて、待っている様子の
唯依達に向き直る。

「えっと、こいつは鑑純夏、以上」
「こいつって酷いよタケルちゃん」
「他にどう言えば?」
「う〜」
「武様、言葉が足りないと思いますが?」
「うっ」
「タケルちゃん……」
「解ったからそんな目で見るなっ……彼女は幼なじみでその……恋人デス」
「語尾が変だよタケルちゃん」
「うっせ」

その瞬間、リディアの部下達は興味津々の表情で純夏を囲んで話しかけるが、少し前からイーニァは純夏を見つめたまま固まっていた。
隣にいたパートナーの様子が変だと気づいたクリスカは小声で囁きかける。

「どうしたの、イーニァ?」
「あの人……そんな事って……」
「イ、イーニァっ!?」
「なのにわたし……それなのに……それでも……」
「イーニァ……」

純夏を見つめたまま、ぽろぽろと涙を零し始めて泣き出してしまったイーニァの体を支えながら、クリスカは困惑した表情で質問攻め
にされている彼女を見つめる。
やれやれと思いながら騒ぎの中、二人の異変に気が付いていた武は静かな目で自分の心で思っていた事が間違いじゃないと確信していた。
そこで純夏の話を聞いていた彼女たちの視線が一斉に唯依へ集中すると、嫌な予感に彼女は体を震わせた。

「な、なんだ?」
「白銀少佐を振ったって本当なんですか?」
「はっ?」
「やっぱりハーレムが嫌だったんですねー」
「ち、違っ……」
「その気持ち解ります、でも少佐程の人はなかなかいないんじゃ……」
「そ、その話はっ……」
「最近PXでも良い雰囲気だし」
「あー、もうラブラブって空気だったもんねー」
「誤解するな、そんなことは……」
「でもでも、それってブリッジス少尉の方が良いとか?」
「なぜそこで少尉が出てくるっ」

みんなの視線が唯依に注目している間に自分の前に立った純夏を見つめるイーニァは、支えていたクリスカの手を解くとそのまま
純夏に縋り付いて泣き始めてしまう。

「ごめんなさい……わたしっ、ごめんなさい……あの娘にっ……」

最初は驚いていたが自分の腕の中で懺悔をする少女の頭をそっと撫で始める純夏の表情は、慈愛に満ちた笑顔だった。
呆然とそれを見つめていたクリスカは、イーニァの行動を不可解に思いながら声が掛けられなかった。
何故だか邪魔をしてはいけないと、今は二人だけにしなければいけないと漠然と思えたからだった。
いつの間にか騒いでいた唯依達も声を潜め、純夏とイーニァの様子に視線だけを向けていた。






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