「まりも〜」
「何よ夕呼、急に呼び出して?」
「んー、誰もいないし暇になったから」
「帰るわ」
「冗談よ」
「あのね……」
「って、本当に呼び出した理由はこれ」
「戦術機の仕様書?」
「良いから頭に叩き込んで置きなさい」
「解ったわ……ん? ちょっと夕呼、これって!?」
「ふふん、凄いでしょ? そのあんたの専用機体のテストも兼ねて白銀の作戦に参加して貰うわ」
「作戦?」
「そ、エヴェンスク・ハイヴ攻略戦」
「まさかっ!?」
「すでに作戦の準備は始まっているわ」
「夕呼、あの娘達も参加させるつもりじゃないでしょうね?」
「そんなこと白銀が許す訳無いでしょう、まあ見学ぐらいはさせるけどね」
「そう……」
「ちなみにあんたの最優先事項はその機体を持ち帰る事よ」
「え?」
「それってさー、すんごいお金掛かってるのよ〜。また作るとなるとお金がねぇ……」
「……はぁ」
「な、なによ」
「別に、今更だし」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 95 −2000.10 Existence−




2000年 10月4日 7:48 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

武と純夏が去った後、搬入された荷物の整理に終われていた唯依は整備兵に呼ばれてそちらの方に向かうと、カーゴルームから出
きた荷物に視線が止まる。
その大きさに驚くがすぐに武から預かっていたリストを見ると、横浜基地からの搬入物だと解る。

「試作1200mmOTHキャノン……超水平線砲っ!?」

リストと一緒に添付されていた仕様書に目を通していく唯依は、その能力を理解して呆れたような表情になる。
なにしろこの大型対戦車ライフルを思わせる銃は、極超長距離からハイヴを直接砲撃するという目的で試作された物なのである。
実際、武が受け継いだ記憶の中ではタマが衛星データリンク間接照準によって、距離500kmで高度60kmから落下してくるHSSTを撃破
している。
それよりもこの超水平線砲は夕呼の指示で砲身の改良が上手くいった物で、見た目にも99式より大きく異様な迫力を出していた。

「あの横浜らしい武器って言えばそうなんだけど……」
「驚いたでしょう、中尉」
「雨宮?」
「受領の際にこれを見た時は本当に驚きましたよ、香月副司令の話では横浜基地から佐渡島ハイヴを狙えると言っていました」
「だろうな、仕様書でも砲弾自体にも弾道補正が可能になっている。それと他にも弾頭に種類があって近い距離でも運用出来るらしい」
「やはり使うと言う事になるんでしょうね」
「当然だろう、その為にここへ搬入されたのだからな」

そう呟きながらハンガー内に運ばれていくOTHキャノンを目で追いつつ手元のリストを改めて見直すと、統合兵装装備が二つに零用の
突撃砲型レールガンに大型シールドがそれぞれ三つずつありそれは武と月詠と唯依用にと書かれていた。

「この装備は零の予備じゃないのか?」
「はい、武御雷・零用の予備ですが現在、斯衛軍用にも生産が始まっています」
「生産するなんて、随分早いな」
「不適切でありますが、例の襲撃事件が量産の決定を後押したようです」
「そうか……」
「それとこの試製00式突撃砲の弾丸に関しては99式の120mmではなく36mm弾を使用しています、弾倉も87式突撃砲と共用にすることで汎用性
を保たせています」
「なるほど、威力よりも安定性と量産性を優先したか」
「はい、それと大型対レーザーシールドは重光線級のレーザーを無効化する加工がなされています。統合兵装装備に関しては基本的に
変更は無いそうです」
「従来の対レーザー蒸散塗膜加工とは違うのか?」
「データからですが無効化は事実のようです。あと出所は横浜だとそう言えば中尉は理解するだろうと中佐は仰っていました」

なるほどと肯いて大型シールドを見ていると、掛けられていたカバーが外されると赤と黄に塗られた本体が照明に照らされる。
わざわざ月詠と自分の色に塗られてきた事にため息をつきながら、脳裏では白衣を着ている女性が自慢げに笑っている顔が浮かんでいた。
だが、話通りの性能ならばこれほど有り難い装備は無い事も確かだと、唯依は少しだけ夕呼に感謝する。
そこにヴィンセントが近づいてきて唯依に話しかける。

「篁中尉、搬入された装備は中尉達の機体に装着させていいんですか?」
「ああ、試作品だから一応テストもしたい」
「了解しました、午後には稼働出来るようにしてみます」
「頼む」

唯依から返事を貰い元の場所に戻るヴィンセントが他の整備兵達にも声を掛けていくと、それぞれ担当の機体に移動していき作業が
始まり出す。
その様子を見てた雨宮は声を潜めて唯依に囁く。

「中尉、米国人に機体を任せているのですか?」
「全てではないがあの者は信用出来る、白銀少佐もいきなり自分の機体をいじらせていたぞ」
「……朱に交われば赤くなるですか」
「なんのことだ?」
「いえ、中佐に良い報告が出来そうです」

そこで見た雨宮の笑顔に唯依は軍人としてではなく、乙女の直感で何を納得しているのか理解した。

「まて雨宮、激しく勘違いをしているぞっ」
「何の事やら解りません、それでは搬入作業を続けます」
「あ、雨宮っ」

かつての上官の狼狽えように大分柔軟になった今の姿がとても楽しく見えた雨宮は、きっと武との出会いが良い方向に唯依を変えたと
感じられて、ここに来た価値は十二分にあると確信して敬礼をしつつ作業に戻っていた。
やがて朝から緊張していた時間が終わりを告げたユーコン基地全体は、お昼の時間という事もありPXも賑わいを見せていた。
その中に武と月詠が向かい合ってお茶を飲んでいたが、そこに純夏の姿が見えない。

「それでは鑑は寝てしまったと?」
「ああ、『霞ちゃんと寝るんだもん』ってそのままベッドに体を預けてぐーすか寝てる」
「なるほど、それは鑑らしいと言うか……」
「すげー気持ちよさそうに寝ているから、オレも起こす気になれなくてさ」
「護衛は付いておりますので大丈夫でしょう」

実際、武と霞の事が心配でここに来るまであまり寝られなかった純夏は、二人に会えた事で緊張の糸が切れて寝ているのである。
それに気づいているからこそ、武は変な事もしないでそのまま毛布を掛けただけで部屋から立ち去っていた。

「それで午後からはどうしますか?」
「月詠さんは届いた装備のテストをしちゃって欲しい、出来たらオレの分も頼みます」
「解りました」
「こっちはそろそろあいつらを遊ばせてやらないとね、機体も直ってきている報告を聞いているからさ」
「女性を泣かせると鑑に殴られますよ?」
「違うな、思いこんだら考えないで殴るのが純夏だ」
「経験者は語る、ですね」
「まったくその通りっス」

武が話ながら困ったような顔でもどこか楽しそうに話す姿に、月詠の顔も自然に穏やかになる。
これでやっといつもの武に戻ったと、それが自分の力で無かったとしても嬉しさは変わらなかった。

「おーい、タケルっ」
「タリサ?」

食事が終わり食器が乗ったトレイを片づけて近づいてきたタリサは、そのままタケルの横にどかっと座る。
後ろからはアルゴス小隊のメンバーも揃っていて、こちらは月詠に頭を下げてから静かに空いている席に腰を下ろした。
ちなみにイーニァは空いていた武の横に座ろうとしたが、クリスカに手を引かれて端の方に座らされて不満顔だった。

「メシは食ったか?」
「ガッツリ食べたぜ」
「じゃあ今日は予定を変更だ」
「えっ?」

聞き返そうとしたタリサからクリスカに視線を移すと、そのまま武は挑戦的な笑顔を見せる。

「あの時の戦いに水を差したからな、お前達でリターンマッチだ」
「えっ」
「なに?」
「ホントかよっ!?」
「嘘は言わない、二人の機体も修理が終わりCPUの換装とOSもXM3になっているはずだ、あの時の再戦をさせてやる」
「よしっ!」
「少しはXM3に慣れただろうし、それぞれ自分の機体だから真剣にやってみろ」

拳を握ってガッツポーズを見せるタリサはともかく、これにびっくりした残りのメンバーの中でユウヤが口を開く。

「少佐、いいんですかあいつらで模擬戦って……」
「好きにやらせるさ、それよりもブリッジス少尉には弐型用に搬入された装備のテストだ。ここにいる月詠中尉と篁中尉と一緒にな」
「装備ですか?」
「元々は不知火・改用の物だけど、弐型とのマッチングを試して欲しいんだ」
「解りました」
「高機動用と砲撃戦用、2タイプがあるからテストパイロットの意見も聞かせてくれ」
「はい」
「ジアコーザ少尉とブレーメル少尉にもテストして貰いたい物があるので、篁中尉の指示に従ってくれ」
「はっ」
「了解です」

ここで視線をタリサとクリスカとイーニァに戻しながら、指を立てて武は有る事を口にする。

「ああ、一つ言い忘れていたが負けた方には罰ゲームが待っている」
「罰ゲームか、いいぜ」
「なんだそれは?」
「それは内緒だ、精々がんばれよ」
「任せろっ」
「クリスカ……」
「大丈夫よイーニァ」
「じゃあ、そう言う事で各員15分後にハンガーへ集合だ。遅れるなよ?」

そう言って笑う武の笑顔は今まで見たことがないほど爽やかで、PXの中にいた人たちの殆どがそれの目を奪われていた。
ただ、本人には自覚がないので狙ってない所が効果的だなと、去っていた武の背中を横目に立ち上がった月詠の口元は笑っていた。

「タケル、あんな風に笑うんだなぁ〜」
「ああ、年相応に見えたのは初めてだ」
「何か良い事があったのかしらね……」

タリサ、ヴァレリオ、ステラの三人は思った事を口にしていたが、見とれてしまったクリスカが自分に嫌悪して顔を顰める横でイーニァは
微笑みながら肯いていた。

「やっぱり、そうなんだ……」
「イーニァ?」
「ねえクリスカ、勝とうね」
「あ、ああ、私達が負ける訳がない」
「うん、でも今度は誉めてくれるよ。わたしみたいに頭撫でてくれるかも?」
「誰が頭を撫でて……ってイ、イーニァっ」
「ふふふっ」

一人納得して笑うイーニァを訝しげに見つめた後、その原因が武だと思ってクリスカの視線はPXの出入り口に向いていた。
でも、不思議と前より嫌な奴と思う気持ちは薄れていた事に、クリスカは自分の心が変化している事に気づかない。
それから強化服姿でハンガーに来た彼らを待っていたのは、慌ただしい整備兵の活気に満ち溢れた動きと声の大きさだった。
武御雷は言うに及ばず不知火弐型、ACTV、F-15E、それにSu-27とSu-37UBも並んでいて、いろんな国の整備兵達が自国以外の機体について
整備をしていた。
この現場レベルで連帯感が武の思惑を現実化しており、後のハイヴ攻略戦で大きな支えとなる。
そんな中で先に来ていた武はヴィンセントを交え月詠と唯依は手にした装備の仕様書を読んでいた。

「言うまでも無いんですが、お二人の機体は少佐の機体と違ってパイロットにかかる負担が大きいと思うので、フルパワーを出す時は
気を付けてください」
「うむ」
「解ったわ」
「それと一つ問題があって、弐型に付けた改用のバックパックなんですがやや反応が悪い感じがします」
「うーん、元は不知火だけど内部パーツは違うからな、不具合の出る事は解ってたさ」
「このテストで問題点をはっきり出来れば多少いじってみますが、その際はこっちのやり方でも?」
「任せる、餅は餅屋って言葉有るように好きにやってくれ。ただし汎用が利くようにしてくれると助かるな」
「了解です、後このデータはボーニング社に渡しても?」
「構わないさ、それとブリッジス少尉と組んで二人で対処したっていいぞ」
「わっかりました」

敬礼をして弐型の方に行くヴィンセントの後ろ姿に苦笑いを浮かべた後、振り返ると近くで待機していたアルゴス小隊とカレリア中隊に
近づき全員の顔を見渡した後、ニヤリと挑戦的な笑顔を見せる。

「待たせたな。それじゃアルゴス小隊は篁中尉の指示に従ってくれ。タリサとイーニァ達はPXで話した通りだ。リディア大尉達はオレを
相手に模擬戦だ」
「おっしゃーっ!」
「がんばろうね、クリスカ」
「うん」

武の指示でタリサを覗いたユウヤ達は唯依のいる場所に行って、詳細なテスト内容を聞き始める。
そして残った三人は自分達の機体に向かって行ってしまうと、真面目な表情をしたリディアは武に一歩詰め寄ると小声で話しかけてくる。

「いいんですか、白銀少佐?」
「なにが?」
「事件の当事者同士を戦わせたりして……」
「オレ個人の感情なんて二の次だよ、今は必要だと思ったからさせるんだ」
「その先の為にですか」
「そーゆー事さ、みんなで生き延びる為には誰かが一人だけ強くてもダメだ」
「確かにそうですね」
「昨日までの大尉たちのシミュレーションのデータは見せて貰ったけど、かなり良い感じじゃないかな?」
「そう言って貰えると頑張った甲斐があります、今日はやっと自分の機体に乗れるので実戦に近い感覚が得られれば嬉しいです」
「がんばってオレを撃墜して見せてくれ、当てた奴にはご褒美ぐらいは上げられるかもな」

そう笑う武の笑顔が昨日までの物と違う事にリディアは見とれていたが、周りにいた部下達がにやにやと見つめていたので視線を外すと
彼女たちに話しかける。

「なにをぼーっとしているの、各自機体のチェックを始めなさい」
『了解〜』
「……そうだわ、一番最初に撃墜された者は私から罰ゲームを与えるからそのつもりで」
『ええ〜っ!』
「少佐、遠慮はいりませんので思いっ切りやってください」
「期待されたら応えないと男じゃないよなぁ〜、解った」
『うええーっ!?』
「そんなに喜んで貰えるなんて嬉しいぞ、健闘を期待する」

つい余計な事を言った為に手痛いしっぺ返しを受けてしまったリディアの部下達は、慌てたように自分の機体へ走り去っていく。
そんな彼女たちを見た後につい視線を合わせて笑い合ってしまった武とリディアはなかなか笑いが止まらなかった。
でも、緊張が取れましたと敬礼を見せてリディアが立ち去り自分の機体へ向かうが、何故か月詠に睨まれてしまい疚しい事が無いのに
内心焦る武だった。
そして一番最初にハンガーから元気よく飛び出したタリサと、続いて出てきたイーニァとクリスカの間でドッグファイトが始まった。






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