「うーん……」
「武様、どうかしましたか?」
「ああ月詠さん、なんかまりもちゃんと話している時に妙な事を言ってたからさ……」
「そうですか」
「あ、あの月詠さん」
「なんでしょうか?」
「何で目を反らすの?」
「いえ、そこの埃が気になったものですから」
「毎日月詠さんが掃除しているここに埃なんて無いけど?」
「ほほほ、気のせいでした」
「月詠さん、何か隠してない?」
「ああ、そう言えば殿下から贈り物が届く事をお伝えするのを忘れていました」
「悠陽からって、まさか悠陽自身が来てるんじゃないよね?」
「流石にそこまではいたしません、殿下もご自身の立場を理解しておられます」
「ならいいんだけどさ……」
「それよりも武様、さっそくお気に入りの女性を口説いてPXで楽しそうにお話ししていたとか?」
「誤解だ、事実無根だ。イーニァが戦術機動の事で説明して欲しいって言うから話をしていただけだ」
「名前で呼ぶ程親しくなったという事ですね」
「月詠さん、そこで曲解しないでくれーっ」
「見て聞いたままを理解しているだけです」
「ねえ月詠さん、もしかして……」
「気にしていませんっ」
「……そっかそっかぁ〜」
「何か仰いましたか、武様?」
「なんでもないぜ〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 94 −2000.10 Tears U−




2000年 10月4日 05:37 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

早朝の基地内は昨日までの雰囲気と違い、どの場所も堅く重い空気が漂っていた。
まもなく日本からの輸送機が到着する時間が近づいてきて、深夜から厳戒態勢が取られていたからである。
前回のような事を起こさない為にも当たり前のように、ハルトウィック大佐からの指示が徹底されていた。
そんな中で武達が使用しているハンガー内では、強化服姿の武と月詠が真剣な表情で話し合っていた。

「データリンクからの情報でお解りと思いますが、現在この空域に飛行許可が出ているの横浜基地からの輸送機のみです」
「解ってる、大佐からも各国の戦術機はハンガーに格納済みで一機も稼働していないと連絡は受けている」
「ですが楽観視は危険です」
「その為に今回はリディア大尉達に出て貰っている」
「ソビエト軍の彼女たちを信用なさるのですか?」
「するさ、それに知らない間に陰謀に加担させられていた事を払拭したいと言ったリディア大尉を信じてみたい」
「解りました、武様がそこまで仰るのなら私も信じましょう」
「ありがとう月詠さん、それで霞の方は?」
「あの三人が付いています」
「よし」
「白銀少佐っ」

そして武と月詠が事前の話を終えた所に、強化服姿の唯依が小走りで近寄ってきた。
一旦踵を返して唯依と向き合うと、彼女の口から白息が零れる。

「機体のシステムチェックを終了しました、全て問題有りません」
「助かるよ、これで安心して動かせる」
「いいえ、私も自分の出来る事をしたままです」
「それじゃ二人は地上から支援してくれ、オレは空に上がる」
「「はっ」」

月詠と唯依が敬礼をするとそれぞれの機体に搭乗するのを見送ってから、武は武御雷・零に乗り込む。
主機が起動した音がハンガー内に響くと、それに合わせて整備兵達も待避スペースまで下がっていく。

「白銀武、武御雷・零、出るぜっ」
「月詠真那、出る」
「篁唯依、出ます」

ハンガーを出る前に壁に有るウェポンラックから87式突撃砲を装備して表に出ると、折りたたまれていた翼を展開させて武御雷・零は
空に舞い上がる。
続いて赤と黄の武御雷が出てくると、そのまま匍匐飛行で滑走路の左右に移動していく。
この様子をHQで見ていたハルトウィックは、改めて各員に通達をする。

「前回の様な不測の事態を起こさせるな、不審な動きが有ればどんな些細な事も見逃すな」
『はっ』
「ふむ、やはり『凄い』の一言しかいえないな……」
「どうかしたか?」
「いえ、白銀少佐の機体、細かく言えばあの飛行能力ですよ。制空権をBETAに奪われた我々は、かつての戦闘機のように空を自由に
飛ぶ事を考えませんでした。ですからあの様に戦術機を飛ばそうなどと我が社の設計部門でさえ発想を止めていたぐらいです」
「なのに少佐は当たり前のように扱うか……」
「はい、実に興味深いです」

ハイネマンの言葉を聞きながらモニターの中で高々度に上がっていく武御雷・零の姿は、ハルトウィックに在りし日の戦闘機を思い出さ
せていた。
優雅に大空を舞う銀色に輝く機体は、またいつの日か自由に大空を飛べる日が来る事を予兆している風に感じられた。
だが今は感傷にに浸っている時ではないと、緩んだ気を引き締めるようにハルトウィックは表情を引き締めると同時に報告が入る。

「大佐、輸送機が予定コースに進入してきます」
「解った、各員は監視を怠るなっ」
『はっ』

そして武もレーダーで輸送機を確認すると、黙視出来る距離まで慎重に近づいていく。
一旦すれ違い背後で旋回すると真横に着くと機体のマーキングが横浜基地の物と違う事に気が付く。

「尾翼の日の丸って、帝国軍のかよ? 聞いてないぜ、夕呼先生〜」

てっきり国連軍の物と思っていた武はこれが帝国軍の協力なのかと納得していたが、何故夕呼がそれを教えなかったのか気になったが
頭からそれを追い出した。

「こちら国連軍の白銀少佐だ、基地まで護衛するので安心して降りてくれ」
「了解した、貴官に感謝する」

輸送機の機長と短い会話の直後、武は意識を零の領域へシフトさせると地上で警戒している月詠達に話しかける。

「各機、輸送機が予定通り着陸コースに入る。気を抜くなよっ」
「了解」
「了解です」
「カレリア中隊も了解です」

こうして厳戒態勢の中、輸送機は何事も起きずに滑走路に降りたが、武達は最後まで気を抜かずしばらく周辺を警戒し続けた。
また、HQのハルトウィック達も前回のような事が起きずオペレーターも緊張を解いて、重くなっていた室内は安堵のため息が零れていた。
それからハンガーに戻り機体から降りてきた武達が輸送機の側に行くと、物資の搬入を指示していた斯衛軍の制服を着た人物が振り返り
敬礼をしてきた。
武達も倣って敬礼を返すが、その中で唯依だけはその人物を見て驚いた表情になっていた。

「帝国斯衛軍の雨宮中尉です。こちらが国連横浜基地より委託された補給物資のリストです、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「それとお久しぶりです、篁中尉」
「雨宮、どうして?」
「巌谷中佐からの指示です、それと改良した99式の予備パーツも一式用意しました」
「もう出来上がったのか」
「試作なので本体同様データの収集をお願いします。それから白銀少佐、殿下から社少尉にと御見舞いの品を預かっています」
「悠陽から?」
「はい……鑑少尉っ」
「えっ?」

その名前に声を上げる武の前に、搬入している人の中を白い斯衛軍の制服を身に纏った少女が花と果物を抱えて歩いてきた。
見間違えるなんて出来ない幼なじみの顔に武はつい声を上げそうになるが、自分の唇に人差し指を当てて黙ってと純夏に止められる。

「すみっ」
「しーっ……こほん、悠陽殿下より御見舞いの品です」
「あ、ああ、解った。ありがとう」
「それでは白銀少佐、社少尉の病室まで運ぶので案内してください」
「じゃあ、こっちに……」
「話は後でっ」

横に並んだ時に小声でぼそっと呟いた純夏になんとか肯いた武は、半ば背中を押されるように霞の居る所へ向かわされる。
それを横目で見送っていた月詠は、雨宮に問いかけるように呟く。

「あれは?」
「殿下も紅蓮閣下も了承済みです、それ以上の事は聞いておりません」
「そうか、とにかくご苦労だった」
「はっ」
「篁中尉、後は任せても良いか?」
「はい、搬入はこちらで済ませておきます」
「頼む」

言うだけ言った月詠が踵を返して武達の後を追って行くのを見計らって、雨宮は唯依に近づいて囁く。

「中尉、巌谷中佐から伝言を預かっています」
「中佐から?」
「はい、『無理はするなよ』だそうです」
「まったく中佐は……」
「ですが中尉、ハイヴに突入する話は本当なのですか?」
「聞いたのか?」
「はい、巌谷中佐が教えてくれましたが……」
「本当だ、XM3の熟練次第だと少佐は言ってたが、間違いなくやる気のようだ」
「新OSの凄さは認めますが、無謀ではありませんか?」

普通に考えてもその疑問はもっともなのだが、武と長くいる唯依は確信を持って有る事を話しだす。

「ここだけの話だが、少佐はハイヴ突入経験があると私は思っている」
「まさかっ!?」
「発案者であるXM3の熟知は当然と納得出来るが、機体に負担を掛けない程に洗練されすぎている動きを見ているとそう思えてなら
ない。現にハイヴ内のシミュレーションの時は必要最低限の攻撃しかせず、ただひたすらに最深部を目指す動きは経験者でなければ無理
だと解る」
「その戦い方が理由ですか……」
「無論、データでも少佐の機体が一番消耗が低く、余力を残している所からも間違いないと思う」
「そうするとあのオリジナルハイヴシミュレーションのデータが正しい事の裏付けでしょうか?」
「おそらくな……でもこれ以上の詮索は無しだ。その先は任務とは関係ない」
「はっ、それでは搬入を続けます」

そのまま敬礼をして輸送機の方に向かう雨宮の言葉に、唯依はその様子を眺め一人物思いに耽る。
自分の言葉を思い出すように、武がオリジナルハイヴに突入した経験が本当であると改めて感じると、振り返り今は見えなくなった
武の後ろ姿を見つめ続けた。
そして案内された部屋中では、純夏が花と果物を置くとすぐに武が事情を聞いてきた。

「どういう事なんだ純夏、なんで斯衛軍の格好してるんだ?」
「あのね、これは香月先生と悠陽さんの案なの」
「二人の?」
「うん、ただの訓練兵がお見舞い来たら変でしょ? だから悠陽さんがこうした方が目眩ましになるからって」
「そう言う事か、まったく……」
「それとね、香月先生が霞ちゃんの様子が気になったから私に行けって……もちろんそんな事言われなくっても来たけどね」
「頼む、オレには無理だけど、純夏なら何か解ると思う」
「任せてよ、じゃあ……」
「純夏っ」
「え、あ……んっ……」

ここに来てからどこか気の張った時間を過ごしていた武は、純夏を見た時から感情の押さえが聞かなくなりその体を抱き寄せると
激しく唇を求めた。
最初は慌てた純夏だが武の心にある悔しさとか悲しみを感じたので、求められるままに自分から受け入れた。
やがて落ち着いた武の唇が離れると、少し俯いた状態で呟く。

「……ごめん」
「もうっ、いきなりでビックリしたけどいいよ」
「純夏……」
「解ってるから、タケルちゃんの気持ち」
「ありがとう、純夏」
「お、お礼なんていいよっ、とにかく霞ちゃんを見るね」
「ああ」

微笑む純夏がそっと自分を抱き締めている武の腕を解いて体を離すと、ゆっくり霞の側に近寄る。
身を乗り出して覆い被さるように寝ている霞を見つめる純夏は、何かを感じたのか体を起こすと武に振り返る。

「純夏?」
「いないの、霞ちゃん……」
「おい純夏っ?」
「いないんだよタケルちゃん、だから目を覚まさないの」
「純夏、どう言う意味だ?」
「分かんない、でもここに霞ちゃんがいないのは本当だよっ」
「いないって……」

霞を見ただけで妙な事を言っている純夏に対して怪訝な表情になる武だが、それに気が付いて笑顔を浮かべると安心させるように
呟く。

「でもね、大丈夫な気がする。霞ちゃんがそんな風に言ってる気がするの」
「そうか、純夏が言うなら信じるよ」
「ごめんねタケルちゃん、役に立てなくて……」
「いや、意識はないけどきっと霞も純夏に会えて喜んでるはずさ」
「そうだといいなぁ……」
「なんだよ〜、純夏の言葉は信じたのに、オレの言葉は信じないのか?」
「そ、そんなことないよっ」
「やっぱり純夏だな、あはははっ」
「むきーっ、笑うな〜」

何とも楽しい様子を廊下で伺っていた月詠は、小さくため息を付くと純夏に感謝していた。
やはり武にとって純夏が特別なんだと寂しさを感じたが、それでも武を思う気持ちに変わりはない。
なにより、霞がああなってしまいこんな風に笑えなかった事を思えば、純夏の存在に素直に感謝していた。
だから月詠は邪魔をせずに暫く部屋の中へ入る事をしなかった。
少し落ち着いたのか純夏がお茶を煎れて武に差し出すと、これからの事を問いかける。

「それで純夏、いつ向こうに帰るんだ?」
「んっと、ホントは暫くいたいんだけどそこだけは香月先生にきつく言われちゃってるから明日かな」
「そっか、でも会えて嬉しいよ」
「わたしだもよ、タケルちゃん」

そこで一旦話が途切れて僅かな沈黙が続くが、武を見つめたまま純夏が呟く。

「ねえタケルちゃん、ハイヴに突入するって本当なの?」
「夕呼先生に聞いたのか?」
「うん……本気なんだ」
「純夏に隠し事はしたくないからはっきり言うよ、オレはハイヴをぶっつぶしてくる」
「タケルちゃん……」
「でもな、オレは必ず帰ってくる。絶対に純夏を悲しませたりしない」
「うん、タケルちゃんって昔から約束はきちんと守ってくれるもん」
「それに霞にだってまだ何も言ってないんだ、だからお前達を残して死んだりしない」
「信じてる、一緒に行けないけどわたし待ってる」
「純夏」
「だから、ちゃんと帰ってきてね」
「ああ、約束だ」

彼女は理解していた、目の前の大好きな人は決して諦めないで前に進む人だと。
彼は感謝していた、目の前で大切な女の子を守れなかった自分を信じ続けてくれる愛しい彼女に。
それから二人は、眠り続ける小さなお姫さまの様な女の子を、ただ静かに見つめ続けていた。
だが、眠り姫との再開にはまだ時間を必要としたが、それが誰の意志なのか二人には解らない。






Next Episode 95 −2000.10 Existence−