「えっと、その元気?」
「どうしたんですかまりもちゃん、なんか改まって」
「そのっ、いきなり夕呼が代わるから……」
「まりもちゃん、今更照れる事ないでしょ」
「そうなんだけどね」
「もうまりもったらねぇ、体が夜泣きして淋しいんだって〜」
「ぶっ」
「ちょ、夕呼っ、変な事言わないでよっ」
「邪魔してごめんねぇ、じゃーねぇー」
「もう、夕呼ったら……」
「あはは、相変わらず苦労してるんですね」
「今更しょうがないわよ、夕呼と知り合った時点で全てが終わってるわ」
「まあまあ、それで純夏達はどうですか?」
「え、鑑……ああ、頑張ってるわよ。霞の事を心配してたけど、自分達のする事は解っているからね」
「そっか」
「で、そっちはどうなのかしら?」
「まあなんとかかなぁ……」
「……ソビエト軍の女の子達と仲良いんですってね」
「げほっ、まさかまりもちゃんまで月詠さんの話を信じちゃってるの?」
「そうよね、白銀って恋愛原子核なんだからしょうがないのよね、はぁ……」
「ま、まりもちゃんっ」
「冗談よ」
「勘弁してください、マジで」
「まあ、今ぐらい優しくしてもいいかしら」
「まりもちゃん、今の発言はどーゆー意味っ!?」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 93 −2000.10 Tears−




2000年 10月3日 14:52 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

「次はなんだ?」
「……はぁ」
「ため息の前に指示を出せ」
「あのなぁ……」

午後になり、再び戦術機に乗り込んだ武達だがその前にひと騒動あったりした。
もちろんそれは武と不知火・改に乗る事になったイーニァとクリスカの話である。

「んで、どっちが先に乗る?」
「あ、あの……」
「わたしが乗る」
「クリスカ?」
「そっか、じゃあ始めるとするか。シェスチナ少尉はモニターで見ててくれ」
「はい、あっ……」
「っ! イーニァに触るなっ」
「おおっ、こえ〜」

一人取り残された淋しそうな顔がなんとなく霞みたいな感じて、つい武はその頭を撫でてしまう。
それを見たクリスカは叫ぶと同時にその手を払いのけようとしたが、先に身を翻した武がリフトに移動してしまったので睨む事しか
出来ない。

「何やってんだ、早く乗れよ」
「くっ」
「クリスカ……」
「あ、うん、解ってる」

イーニァに促されて落ち着いた表情に戻ったクリスカだが、その目は武を睨んだままにリフトに乗り込むと上に上がっていく。
それを目で追っていくイーニァは心配そうな顔で見つめていたけど、これがただの前哨戦だとすぐに知らされる事になった。
最初は武の指示通りに不知火・改を動かしていたし、特に反論する訳でもなく時間が過ぎていったが、段々と武の表情が険しくなり
溜め込んでいた物を吐き出すように話しかける。

「あのなぁ、やる気有るのか?」
「……言われた事はやっている」
「そうじゃねーよ、お前自身にやる気があるのかって聞いてんだよ」
「指示通りに動かしているわたしの何が悪い」
「全部だよ全部、形だけやって見せて何の意味があるんだよ? 巫山戯てんのか、お前?」
「巫山戯てなどいないっ」
「ふーん、じゃあ今すぐハンガーに戻れ」
「なに?」
「降りたら一人でシミュレーターでもなんでもやってろ、その間にオレは『イーニァ』とよろしくやってるからさ」
「貴様、馴れ馴れしくイーニァを名前で呼ぶなっ」
「うるせーよ、オレがどう呼ぼうか勝手だろ? ただの少尉に命令される謂われはないぜ」
「なんだとっ……」

武の挑戦的な表情と共にきっぱり言い切られて激昂したクリスカは、シートから腰を浮かして前席に向かって手を伸ばそうとしたら
機体が傾きよろめいてシートに背中をぶつける。
もちろんそれは武が足下のペダルをけっ飛ばして操作した結果であり、それに気づいたクリスカが何かを言おうとした瞬間、機体が
激しく揺れ始める。

「なあっ!?」
「解ったような事を言ったんだ、耐えて見せろっ」
「かはっ……」

シートに押しつけられしがみついているクリスカの目に映し出された文字は、不知火・改が『FLASH MODE』で動作している事を示していた。
しかもモニター越しに武が歯を食いしばる様子を見て、これが限界領域で動かしている事を理解した。
すなわち、設定されているリミッターを解除しているという事に他ならない。

「ぐうっ……」
「なんだ、もう降参かっ?」
「だ、誰が、そんなっ……」
「どうしたっ、XM3を理解したんなら自分で動かしてみろよっ」
「こ、このっ……」
「無様だな、これじゃ大事な物なんて守れるものかよっ」
「く、がっ」

いきなり狂ったような戦闘機動を見せ始めた不知火・改に、ユウヤ達も動きを止めてその様子に注目してしまう。

「何やってんだ少佐は……あんな動きをしてたら中の奴が持たないぞ」
「もしかしてあれってOSのリミッターを解除してんじゃねえか?」
「まさかっ!?」
「ユウヤも座学で話を聞いてたろ?」
「あれか……でもなんでいきなり」
「へっ、どうせタケルを怒らせるような事をしたんだろ、いい気味だぜ」
「あれだと少佐だってただじゃ済まないだろ?」
「ユウヤ……タケルはそんなに柔じゃねーぞ。見た目に騙されると禄な目にあわねーって」
「タリサが言うと説得力有るな」
「うっせーよVG、ちゃちゃ入れるなよ」
「お前達、無駄口を叩いている暇が有れば今日のカリキュラムを終わらせてからにしろ」

そこに唯依の叱責に近い声が聞こえたが、武達の事に無関心なのに違和感を感じてユウヤは反論する。

「篁中尉、何故止めないんですか?」
「必要がないからだ」
「必要ないってあれじゃ中の奴だって……」
「死ぬ事はない」
「中尉っ」
「そんな事より弐型の事に集中しろ、今の貴様の仕事はそれだ」

そのまま通信を切られてしまい拳を握るユウヤだが、数分にも見たいな時間で急に動きを止めてハンガーに向かいだした不知火・改が
気になり、武への通信を繋げる。

「白銀少佐っ」
「おう、どうした?」」
「どうしてハンガーへ戻るんですか?」
「気絶しちまったからな、こいつの相手は終わりだ」
「えっ」
「そんな訳でこっちは気にせず続けてくれ、今日は篁中尉の仕事を優先してくれ」
「少佐……」

そのまま武も通信を切るとハンガー内に姿を消してしまうが、クリスカが気絶するまで動かし続けた武の真意を理解出来なかった。
機体が固定されると、コクピットハッチが開いて中から出てきた武の腕に抱かれているのはクリスカで、リフトに移動すると下で
待っていたイーニァが心配そうに見上げていた。

「クリスカ……」

すぐにリフトが降りてきて近くのベンチにクリスカの体を横たわらせた武は、何か言いたそうにしているイーニァを見つめ返す。

「あ、あの、クリスカは……」
「悪いな、少しやりすぎた。でも、こいつはまだ解ってねえよ」
「えっ」
「目が覚めたら教えてやれ、オレがどんなに強くたって大事な物を守れなかったんだ。今のお前に何が守れるんだってな」
「あ……」

そのまま立ち去ろうとする武の手を掴んだイーニァは、見た目より強い力で離さないで話しかけてくる。

「の、乗ります、わたし」
「そいつの側にいてやれよ、一人だと不安だろ?」
「ううん、わたしも守られてばかりいるの、いやだから……」
「泣いても知らないぜ?」
「な、泣かないからっ」

意外にはっきり物を言うイーニァに対して初めて笑顔を見せた武は、そのまま頭をくしゃくしゃと撫でるとリフトに向かって歩き出す。
その武の行動に少し呆然としたイーニァだが、慌てて武の後を追い掛けるとリフトに乗り込むその顔から緊張感は消えていた。
すぐにリフトがコクピット付近まで上がると、不知火・改に乗り込み調整をしているイーニァの前で武が呟く。

「それじゃどこまでやるかなぁ……」
「クリスカと同じで」
「え、そこまでしていいのか?」
「がんばるから、クリスカの分まで。だから、そのクリスカの事……」
「別に憎んじゃいねえよ、ただ怒ってるだけだ。あいつはな、いつだって手を伸ばせば力になってくれる者が周りにいるって気が付か
ない馬鹿野郎だ」
「……うん、やっぱり優しい」
「俺が言った事聞いてたか? 大体、優しかったらあんなになるまでしねーよ」
「照れてる?」
「い、いくぞっ」
「あ、はい……」

武が指摘された事を誤魔化すように機体をハンガーから出して演習地まで向かう間、イーニァはクスクスと笑い続けていた。
心の内では自分達に対しての好意的じゃ無い部分が有るはずなのに、口に出した言葉通りに二人に対してきちんと向かい合っている
姿にイーニァは怯える必要はないと感じていた。
また、月詠や唯依と話している時に見せる笑顔を向けてくれた事が、イーニァには一番嬉しかったのかも知れない。
だからいつかクリスカにも武の優しさが伝わると信じて、不知火・改の操縦桿を握りしめた。

「ん……」
「よう、目が覚めたか?」
「……はっ!?」

漸く目覚めたクリスカが最初に目にしたのは横のイスに座って飲み物を口にしているユウヤだった。
続いて辺りを見回してイーニァを探すが見つからず、側にいたユウヤに問いかけようとしたら先に口を開かれた。

「お前の相棒なら少佐と一緒だぜ」
「なっ……」
「お、おいっ」

ユウヤの言葉に立ち上がりかけたクリスカだったが、目眩にふらつき倒れる所を支えられて寝ていたベンチに座らされる。
そのまま俯いてしまう様子に普段の強気が感じられず、ユウヤは気づかうように話かける。

「辛いならまだ寝てろよ」
「………何も、何も出来なかった」
「いきなりあれじゃ誰だってそうなる」
「本当に無様だ……」

ここでクリスカの気持ちとしては、タリサのように貪欲にXM3の熟練や新しい戦術機動を求めていなく、必要最低限の事だけ出来
れば良いぐらいの考えを武に見透かされていた悔しさだった。
そして限界領域で戦術機を扱う武の凄さに、手も足も出なかった恐怖が蘇ってきて瞳が潤み震える自分の体を抱き締める。
まるで泣いているような弱々しさしか感じられないクリスカは、滅多に見せない心情を吐露してしまう。

「悔しいっ……」
「だったらやるしかないだろ」
「え?」

呟くように聞こえた言葉に顔を上げたクリスカは、自分の方を見ないで話すユウヤの横顔を見つめる。
手にしたカップを口につけて冷めたコーヒーを飲み干すと、立ち上がり側にあったポットから熱いコーヒーを二つのカップに注ぐ。
その内一つをクリスカに押しつけるように手渡すと、椅子に座り直して一口飲んでから話し出す。

「このままにしないんだろ? だったら本気出してXM3に慣れた所を見せて少佐を驚かせりゃいいじゃん」
「…………」
「な、なんだよ?」
「お前、変な奴だな」
「そっち程じゃないさ、でも少しは元気出たみたいだな」
「なっ……」

自分気づかっているユウヤの言葉と笑顔に、クリスカは顔が熱くなるのを感じて手にしていたカップを口に付けるが、熱さのあまり
飲み込んだ後に咳き込んでしまう。

「けほっ、あっ……」
「くくくっ」
「わ、笑うなっ」
「いや、悪い、くくっ」
「ふんっ」

なかなか良い雰囲気な空気を作り出していた事に本人達は気づかないが、ハンガー手前で止まった不知火・改から降りてきてクリスカの
元に早足で近寄ったイーニァは立ち止まりそれをじーっと見つめていた。
なにしろここにきて自分以外に楽しそうに話している様子が嬉しくて、その相手がユウヤだと解ってイーニァの表情は穏やかだった。

「クリスカ、楽しそう」
「だなぁ、さっきのオレの言葉、言わなくていいぜ」
「うん」

整備兵に指示を与えてからイーニァの後ろから来た武はその横に立つと同じように見つめていたが、その顔は苦笑いを浮かべていた。
やがてなんとなくこっちを向いたユウヤが武とイーニァに気づき、続いてクリスカが気づくとその頬は赤く染まった。

「何かお邪魔みたいだからオレは退散するぜ」
「あの、もっと聞きたい事があるから、一緒に行ってもいいですか?」
「いいのか?」
「うん、クリスカ楽しそうだから」

こっちは全て解ったような笑顔になると、まだこっちを見て固まっているクリスカに手を振るイーニァとユウヤに親指を立ててニカっと
笑う武たちはそのまま歩き去ろうとした。
そこで漸く我に返ったクリスカが慌てて立ち上がり走り出そうとしたが、躓いて転びそうになる所をユウヤに抱き抱えられて今度は思わず
平手で顔を叩いてしまい、二人はそのまま言い合いになってしまった。

「やれやれ、女っ気が無かったアイツにも漸く彼女が出来そうだな……前途多難っぽいけどな、くくっ」

武の機体を整備しながら一連の様子を横目で見ていたヴィンセントは一人笑うと、久しぶりに見た相棒の楽しそうな感じに心の中で
上手く行くようにエールを送っていた。






Next Episode 94 −2000.10 Tears U−