「ちょっと夕呼っ」
「なによまりも?」
「鑑の姿が見あたらないんだけど?」
「あー、ちょっとお使いよ」
「お使いって、あの娘はまだ……」
「アラスカにね」
「はぁ……あのね、鑑はまだ訓練兵なんだから、一言ぐらいわたしに相談してよ」
「だって早くしろってせがまれたんだもん」
「まったく、もんじゃないでしょう」
「丁度失った武御雷・零の装備を持っていくついでだからね」
「御剣たちになんて言えばいいのかしら……」
「社のお見舞いでいいじゃい」
「……夕呼、そっちが本命なんでしょ?」
「気になるのよ、少しね……」
「解ったわ、なんとか説明しておくから」
「ねえまりも……ホントは自分が行きたかったんでしょう?」
「な、なななんのことよっ!?」
「隠さなくたって解るわよ、何年の付き合いだと思ってるの」
「白銀にあの子達の事を頼まれた以上、信頼は裏切れないわ」
「真面目ねぇ〜、まあそうして貰わないとこっちの予定もあるしね」
「それで鑑なんだけど、危険はないの?」
「大丈夫よ、今度は国連軍だけじゃなくって帝国軍からも支援を受けてるから」
「もしかしなくても殿下が?」
「そうよ、それと今度白銀が通信してきたら代わって上げるから二人きりにしてあげるわ。たっぷり愛を囁き合いなさい」
「ゆ、夕呼っ!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 92 −2000.10 Goddamn−




2000年 10月3日 12:25 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

何処の基地もお昼の時間となれば食事を取りに来るのは同じ様な物で、PXもそれなりに賑わいを見せている。
特にハルトウィックに伝えた要望が伝わっているのか、各国の兵達は今までみたいに自国の人間だけで固まって食べては居ない。
仲の悪かった国も有れば前から話してみたかった者同士もいるのか、同じテーブルで昼食をつつきながら会話をしている。
そんな中でも目を引くのは、夕呼の所為でばらまかれた広報ビデオで顔を知られている武と、綺麗な黒髪のエキゾチック美人である
唯依だったりする。

「それでデータの方は上手く取れた?」
「はい、まさか瑞鶴でもここまでの数字を出せるなんて、正直驚いています」
「F-4のカスタム機としてはかなりの物だったしな、横浜基地で使っている撃震と交換して欲しいぐらいだぜ」
「さすがにそれは……」
「そうだ、今度悠陽か紅蓮のおっさんに相談してみよう」
「しかし斯衛軍で使っていた物をそう簡単には譲渡は難しいと思いますが?」
「だめだなぁ、そうやって最初から諦めたら何も手に入らないぜ? 言うのはタダなんだから言ってみなくちゃ解らないさ」
「まったく、少佐は……」
「そうそう、零用のレールガンがそろそろ届くってウチの夕呼先生から連絡があってさ……」
「聞いています、それと問題点だった部分もこちらの試製99式に転用してもいいと……」

なんて話している二人の顔は楽しんでいるように見えて、それはつまり仲が良いと見えてしまう訳で、唯依が武のお手つきなんだと噂が
広まるのは仕方がなかった。
そして武の食事が終わった頃を見計らって現れたのか、月詠がPXに現れると辺りの視線はそちらへ向いてしまう。
ここユーコン基地に置いて一人だけ帝国斯衛軍の制服を身につけており、しかもその色は鮮やかな赤で凛とした美貌を引き立てていれば
嫌でも人目を引いてしまう。
そのままカウンターに向かうと、差し出されたカップをトレイに乗せるとそのまま武達の方に近づいてくる。

「お疲れ様です、武様」
「ありがとう月詠さん、まあ全然疲れてないけどね」

そう言いトレイに乗せていたカップをテーブルの上に置くと、唯依は慌てて立ち上がろうとするが月詠に手で制される。

「良い、このぐらいの事で大げさにする必要はない」
「は、はい」
「月詠さん」
「暫くは大丈夫です」
「そっか、良かった……」

お茶を飲みながら何でも無いような表情の武と月詠だが、短い言葉で交わした言葉の意味を理解した唯依は霞の安全が確保された事を
理解していた。
数日前に悠陽が発言した事により、武の立場が明確化した事で無闇に手を出せ無くなったんだと言えたが、それで楽観視する月詠では
ない事も感じていた。
それでも当事者として最後まで霞の側にいた唯依は、声を抑えて武に話しかける。

「あの、白銀少佐……」
「霞は大丈夫だ。後は目が覚めれば良いんだけどな」
「そうですね」
「それと武様、香月副司令からのお聞きと思いますが、明朝に補給物資を乗せた輸送機がこちらに到着します」
「ああ、一応オレも零で出迎える。油断は禁物だからな……」
「私もお供します」
「頼む、それと月詠さん……あいつらにありがとうって伝えておいてくれ。感謝してるってな」
「気づいていたのですか?」
「月詠さんがここにいる、じゃあ霞を守るとしたら信頼の置ける者に託すだろ? そう考えたらあの三人しかいない」
「武様のお言葉、伝えておきましょう」

肯く月詠にありがとうと言葉を伝えてから、今度は唯依の方に視線を移して話しかける。

「あ、そうだ。篁中尉に頼みたい事があったんけど、今は忙しいから夜にでも話すよ」
「やってもらいたいことですか?」
「ああ、霞のしていた事でちょっとね……」
「はい、解りました」
「その代わりと言っては何だけど、篁中尉のお願いなら何でも聞いちゃうぜ? 風呂に入って背中を流して欲しいとか添い寝をして欲しい
とか……」
「え、ええーっ!?」
「冗談だって、真面目すぎるのは委員長と良い勝負だなぁ〜」
「白銀少佐っ、そう言う事は冗談でも言わないでくださいっ」
「あははっ、ごめんごめん……って、はっ!?」

真面目な話が終わった途端、ニヤニヤと笑って唯依を見つめる武だったが、この場にいるかなり嫉妬深い誰かさんを忘れて迂闊な行動を
したのは失敗である。

「た・け・る・さ・ま・?」
「は、はひっ」
「開放的なこの国の空気に感化されるのは悪くないと思いますが、本来の任務を忘れて女性に現を抜かす趣味まで露わにするのは品格の
欠けすぎかと思います。その点は如何お考えか武様のお言葉をお聞かせ願えますでしょうか?」
「ハハハ……」
「武様、もの凄い汗を流していますが、どこか具合が悪いのでしょうか?」
「自分は大丈夫でありますっ」
「し、白銀少佐?」
「篁中尉、話は明るくて昼間に話す事にしよう。なんなら霞の部屋でお茶でも飲みながらっ、うんそうしよう」
「はぁ……」
「こ、これでいいかなぁ、月詠さん?」

ガクガクブルブルと震える武はエアコンの効いているPXでだらだらと汗を流していたが、拭う事さえ許されない月詠の微笑みに息を
するのも忘れていた。
それでもなんとか唯依に改めて話があると伝えると、油の切れた機械のようにゆっくりと顔を月詠へ向けると目が離せなくなる。

『何かヤバイって言うか、その笑顔は目が笑ってねーよ月詠さんっ』

何しろ堅さでは唯依以上の実績がある月詠の前でそんな事を言えばどうなるか……セクハラまがいの冗談は禁句なのである。

「……武様、私はその手の冗談は好きでありません。お忘れ無きように……」
「イエスサーっ!」
「それとこの事も殿下に一言一句違わずお伝えしておきます」
「そ、それだけは止めてくれーっ、日本に帰った時に悠陽に何を要求されるかっ……」
「私は存じません、お決めになるのは悠陽様です」
「月詠さ〜ん」

この二人の会話を見ていた唯依も、そして周りの連中の感想はほぼ同じだった……結婚前からもう尻に敷かれているんだなと。
そして立ち上がりPXを後にする月詠の後ろを、武も慌てて席を立つと後を追っていく。
残った唯依は周りの視線が自分に向いていると気づき、こちらも立ち上がると早足で出て行ってしまう。
それからPXの中では今の様子をあちこちで話題にとなっていて、離れた場所でその様子を見ていたアルゴス小隊の三人は肩を振るわせ
て笑っていた。

「なんだよタケルのやつ、ハーレムとは名ばかりかよっ? なっさけねえなぁ〜」
「いやいや、そうじゃないといろいろあるんだろ」
「若いから苦労しているのね」
「戦術機に乗ってる時はあんなに大人びてるのになぁ……」
「確かにな、こっちの方が年齢に合ってる感じはするな」
「ふふっ、可愛いわよね」
「でも、あれがタケルらしいって気がするぜ」

三人と似たような感想があちらこちらで声に上がり、特に年上の女性達には今のやり取りが好感触だったなんて武は知らない。
とにかく、ユーコン基地全体の空気が横浜基地と似た感じになってきている事は間違いないようである。
しかしそれとは別にそれぞれの思惑で行動している者達もいる。

「中央からは何と言ってきた?」
「手出しをするなと言う事だ」
「やはりあの発言が影響しているのか?」
「ああ、中央にしてみれば願ったり叶ったりだからな……」
「それでは我々のしてきた事はどうなるのだっ」
「くっ、まさかこんな事で計画に支障を来すとは予想もしていなかった。まったく余計な色気を出した者の所為で全てが無駄に
なるかもしれんぞ」
「仕方有るまい、まさか横浜から出てこなかった『アレ』が現れると知っては手を出さずにいられまい」
「少なくてもこの地でこれ以上の騒ぎになればこちらの思惑が漏れないとも限らない」
「それもこれも全てはあの白銀武と言う日本人が発端となっている、あいつは何者なんだ?」
「調査はしているが何も出てこない……いや、不自然なぐらいに何も出てこない」
「新OSの発案と新しい戦術機動、それに加えてあの圧倒的な戦闘能力、一兵士にしては異常すぎる」
「それに関しては詳しい事を引き続き調査中だが、横浜基地に向かった者は誰一人戻っては来ない……無論、我々以外の国の者も同様だ」
「やはり何かあるか……」
「そう考えるのは妥当だろう、しかしこれ以上刺激して藪から出てくるのが蛇とはかぎらん」
「中央もそれを懸念していた、だから計画の遅延は致し方有るまい。それに我が国のハイヴを排除してくれるなら喜んで見学させて貰おう
じゃないか」
「今は動く時ではない、その時まで待つのも計画の為に必要だろう」

暗闇の中で数人の男達が会話をしていたが話の終わりと共に気配も消えてしまい、その場所には沈黙だけが残された。
また同じ頃、自室で本社へ報告を終えたハイネマンは、モニターの中にあるデータを憮然とした表情で見つめていた。

「……やはりこれはおかしい、この不知火・改のプランはどうやって考えついたのか。しかもこのバックパックの換装システムはどう
やって発想できたのか釈然としない」

武の持ち込んだ不知火・改とボーニング社が開発している不知火・弐型のプランがどうあっても噛み合わない不自然さに、ハイネマンは
疑念が持ち上がり表情が険しくなる。

「いくら香月博士が天才的と言われていても、専門分野では無い戦術機の強化案をこうも簡単に考えつくとは思えない。加えてあの白銀
少佐の機体だ……あの様な高機動な機体はパイロットが保たない事を理解した上で制作したとすればその意味は一体……」

第二世代最強のF-15を改修させる為に作り出した『フェニックス構想』と、どの機体にも汎用性の聞く不知火・改バックパック仕様のどちらが
有用か、自社の利益を考えれば答えは出ていた。

「だが、我々の構想を追い落とすどころか、新OSにおける問題点と修正案も提出されては文句は言えない。ましてその弐型の実戦が
ハイヴ攻略戦となればそのデータは貴重だ。なら今はその恩恵を受けた方が大きな利益になるか……」

そのままモニターを見つめながら冷めたコーヒーを口にすると、最後にぽつりと呟いた。

「すべては白銀少佐が鍵か……彼は何者なのだろう。だがそれは我が社の利益になるのなら些細な問題にしたいが……」

この様に表舞台以上に影の部分で武は注目をされているが、これこそ夕呼の計画通りに進んでいる事を意味していて、餌に釣られた
自分達が踊らされているとはまだ気づかない。
そしてここにもまた違った意味で武の事を考えている者がいた……それは自室の端末でモニターを見つめているユウヤだった。

「やっぱり公式記録以外は閲覧出来ないか……それにしてもこの強さはなんなんだよ」

ここに来る前にも大まかに武の事を調べたが、その時は米軍という事もありアクセス権も無かったから閲覧レベルの壁が存在していた。
しかし、現在国連軍のテストパイロットに出向と、武の立場が公になった事でその功績を詳しく知れるようになっていた。
なので今ユウヤが見ていたのは武の戦歴の詳細であり、そのデビュー戦となった横浜ハイヴ攻略戦の部分だった。

「一個中隊で支えていた戦線を単機で支えるどころか押し返すなんて有りかよ……しかもこの時で15才って信じられない」

見た目の年齢はそうなのだが、中身は実戦経験を豊富に積んだ歴戦の衛士と代わらない事情を知らないユウヤには解らない。
だからこそ、それ以前の経歴が大人しすぎるのも納得がいかない。

「予備役兵の頃は何もないのに、突然戦場に現れて見せたのは新しい戦術機動と驚異的な戦闘力か……これじゃ何かあるって言ってる
ようだよな……ふぅ」

そこに何か秘密があるのは襲撃の事実からも待ちがないと確信を得ていたが、それ以上は閲覧を止めてモニターの電源を落とす。
別に情報部でも無いしヴィンセントの忠告もあり、ユウヤはこれ以上は無理に調べる気もなかった。
ただ、純粋にその強さに興味を持っていた……それは武だけではなく周りにいる者達にも見せつけられた大きな差からくる意地と言えた。

「アルゴス小隊のみんなやソビエトの二人も実戦経験がある、無いのは俺だけだ……死の八分を生き延びるってそう言う事なのか」

でもそう呟いた次の瞬間、ユウヤの顔には歓喜にも似た表情が浮かんでいた。
そう……武が明言したあの言葉、ハイヴ攻略戦と言うまたとない実戦を経験できる機会が巡ってきた事だった。

「俺も生き延びてみせる、そうすれば少佐やあいつらと同じラインに立てるはずだ」

ユウヤはぎゅっと拳を握りしめて決意を口にすると立ち上がり、午後の訓練が始まる時間となり部屋を後にした。
だがこの時ユウヤは見落としていた、それは武が初めての実戦でその力を見せつけた事実に……。
しかしそれは些細な事だったのかもしれない、ユウヤに取って一番の変化は日本人に対する嫌悪が表面的にとは言え現れなかった事が
本人も気づいていない一番大切な事実だった。
何もかも少しずつだけど変わろうとするこの基地の中で、その影響を与えた張本人が何をしていたかと言うと、霞の病室で食後のお茶を
飲みながら唯依と向かい合っていた。
無論、武の背後には霞の警護をしていると同時に、横目で監視をしている月詠の姿もあった。

「それで私にして欲しい事とは?」
「うん、戦術機開発には直接関係した無いから、拒否しても構わないんだけどさ」
「いえ、社少尉のしていたことは私にとっても意味があります。その代わりと言うならば自分に出来る事で力になりたいと思っています」
「ありがとう、きっと霞も喜んでいると思う」
「少佐、そんなに頭を下げなくてもっ……」
「とにかく、ありがとう」

テーブルに頭をぶつけるぐらいにお辞儀を慌てて止めるが、暫く頭を上げない武だった。
そして顔を上げて話の続きを聞く唯依は、やはりそうかと肯いていた。

「しかし少佐、あのシステムは本来時期OSに合わせて搭載させる物だと社少尉から聞いていますが?」
「そうだ、でも霞が完成させた試作版はオレにしか使えない。だけどハイヴ攻略戦でヴァルキリーズの涼宮中尉にも使える汎用性を持た
せて欲しいんだ」
「確かにアレの操作は複雑ですが、なぜ自分にしか使えないとそう言い切れるんですか?」
「ぶっちゃけて言うと、オレには特殊な力があってさ、瞬時に周りの状況を予測し判断出来るんだ。夕呼先生の話じゃ知覚の限界を超えて
いるって言ってたけど」
「知覚の限界ですか、言葉の意味は解りますが……」
「まあその辺は深く考えないでもいいさ、問題はそんな力が無くても扱えるって事を実戦で示したいんだ」
「なるほど、それで社少尉が目覚めない今、私に協力を求めたのですね」
「そう言う事、ダメかな?」
「否定する理由が見つかりません、寧ろ戦術機の運用に多大な影響を与えるシステムのカスタムなら願ってもない事です」
「それじゃ引き受けてくれるか?」
「はい、是非」
「助かるよ、まあそっちの仕事が進まないので色々言われるかも知れないが……」
「いいえ、先程提出したボーニング社へのXM3に対応させる仕様変更は快く受け取って貰いました。なので自社の利益に繋がると判断
している部分も大きいので問題ないと思っています」
「企業はそんなもんだろうな、まあ邪魔しないって言うなら勝手にやらせて貰うさ」
「ふふっ、言われなくてもするのが少佐じゃないですか」
「ぬがっ」

最後は情けないオチで会話を終わりにした二人だが、自然とベッドに寝ている霞へ視線が注がれる。
自分が不在でも何とかしてくれると信じているのかその寝顔は穏やかで今にも目覚めそうだが、その兆候は見られない。
そんな二人の様子に月詠は少しだけ微笑むと、自分もまた早く目覚めて欲しい気持ちを胸に霞の顔を見つめていた。






Next Episode 93 −2000.10 Tears−