「悠陽殿下、鎧衣課長からの情報ですが、予想は的中でしたわ」
「やはりそうでしたか……」
「まあ、殿下のお陰で上の方は押さえる事も出来ました。後は……」
「その為に月詠達を行かせたので大丈夫でしょう」
「次は無いってソビエトも理解していると思いたいですが油断は出来ません」
「ええ、こちらも出来る限り手を打ちましたので暫くは大きな動きは無いと考えます」
「アレはかなり効果的でしたわ、もちろんいろんな意味を含めてですが」
「ほほほ……それよりも武様が大分落ち着かれたようです」
「まだまだ甘ちゃんですが、やる事は解っているでしょう。その為にアラスカに行ったのです」
「ですがやはり土地柄なのかずいぶんと女性と仲良くなっているのが気になります」
「ですよねぇ、帰ってきた時に子供作ってきたなんて言ったらどうしますか?」
「月詠ならば盛大に歓迎しますが、なにやら未亡人と仲が良いとか……」
「アイツって本当に守備範囲広いわねぇ……じゃあ英国なんて言ったら女王様でも引っかけちゃうんじゃないかしら?」
「実に笑えない話ですわ、現にわたくしの心をここまで捉えて放さないのです」
「うーん、確かに……」
「って二人して何ほのぼのにはなしているんだよーっ!」
「なによ鑑、急に叫んで……」
「う〜、昨日の今日でわたしのお願い忘れちゃったんですかーっ!!」
「忘れておりませんわ純夏さん、実はそろそろ届くと手はずに……ああ、待ってましたわ紅蓮」
「紅蓮のおじさん?」
「はっはっはっ、遅れて済みませぬ。例の物用意出来ましたが……鑑殿は何色がお好きかな?」
「ええっ!?、これって……」
「殿下に感謝しなさいよ、これでもかなり無理を通したんだからね」
「うん、ありがとう悠陽さん」
「よいのです、その代わり……」
「きっちりタケルちゃんにお仕置きしてきますからっ」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 91 −2000.10 Refinement−
2000年 10月2日 22:40 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18
夜遅くになってもハンガー内では整備作業が続いており、その片隅で稼働データを整理していた唯依は霞に倣って各戦術機毎に
戦術機動パターンをライブラリー化をしながら小さくため息をつく。
「ACTVの駆動部分への負担がかなりね、OSの性能が上がった所為で動きすぎるようになったのが原因か……」
この事は在る程度の予想はしていた唯依だが、霞の作り上げたXM3は『前回』より洗練されすぎているとは気づくはずもない。
しかしこれも新型戦術機への糧になると考えて、ラップトップの中にあるファイルを開いて自分の戦術機構想に取り込んでいく。
「夜遅くまでお疲れさん」
「白銀少佐?」
背後から話し声と共に差し出されたマグカップを受け取ると、脇から身を乗り出した武が画面を覗き込む。
「へぇ、良くできてるなぁ……」
「あ、みっ、見ないでくださいっ」
「いいからいいから、ふんふん……なるほど、いいじゃんこれ」
「もう少佐……」
「これはあれか、武御雷・零のバックパックの?」
「はい、とても参考になりました。特に匍匐飛行しか考えていなかった視野の狭さに気づかされました」
「そっか、じゃあ例えば攻めてきた突撃級に対して篁中尉ならどうする?」
「突撃砲で対処するか、避けて背後に回り込んで長刀で斬りつけるか……」
「まあそうだろう、でもオレの知っている奴ならきっと殴る、そして宇宙にまで弾き飛ばす」
「はっ?」
一瞬、武が何を言っているのか理解出来なかった唯依だが、その顔はうんうんと自信を表した表情で話しているのが気になった。
「あの少佐、もしそれを実行したとして、どんな攻撃方法でしょうか?」
「うん、よく聞いてくれた。言葉通り正面から殴りつけるんだ、ちなみにその手にドリルが着いているんだ」
「ド、ドリルですか?」
「まずは『どりるみるきぃぱんち』だ。これは基本で、次は習得が難しい伝説の『どりるみるきぃふぁんとむ』がある。何しろ生身で
経験があるオレはその威力に毎回電離層を突破して……」
「白銀少佐……」
「うん?」
「からかっていますね?」
「凄く真面目なんだが信じて貰えないとは悲しいなぁ〜」
「まったくもう、少佐と言う人は……」
ふふっと笑ってしまう唯依だが、もしかしたら武なりに気を使ってくれているのかと勘違いをしてしまう。
しかしその事実を間もなく知る事になるとは夢にも思わない唯依であった。
そんな二人の良い雰囲気を察知した汗まみれの整備兵達は、何故か悔し涙を流して作業に没頭したと言うが誰にも解って貰えない努力
だった。
その後、部屋に戻る唯依を抱き抱えて送ろうとした武と押し問答が繰り替えれた事も、整備兵達へ拍車を掛けたのは言うまでもない。
「ただいま……」
「お帰りなさい、武様」
あの日から一日の終わりに霞の部屋へ来る武は、横浜基地にある自室へ入る時と同じ挨拶をしていた。
それを出迎える月詠も当たり前のように普通にお帰りなさいと武に返事をする。
「月詠さん」
「大丈夫です、何もありませんでした」
「そっか……」
月詠の言葉にほっとした武は眠っている霞と約束通りただいまと呟いて唇を重ねる。
自分が霞に対して出来る事はこれぐらいしかないと解っているから、せめて約束を守り続けていた。
それから側にあるソファーに体を預けると天井をぼーっと見上げ、武は今日の事をぼんやり考える。
「……整備兵達は良い感じがしてたよ、パイロット達はまだぎこちないけどな……」
「時間は掛かると思いますがきっと横浜基地のようになれるでしょう」
「そうだといいな、特に現場での仲間意識が低いとどうにもならないしね」
「はい」
「まあ上の方は今のオレなら多少の無理は通るだろうし、その辺は悠陽に感謝してる」
「殿下のお話では各国の印象は武様と日本には好意的で多数の支援の話も来ているそうです」
「思惑は色々あるだろうけど、それはそれで歓迎するさ」
会話が一区切りした所で月詠がお茶を煎れて差し出すと、合成品じゃない所に悠陽の気持ちが感じられて心が和んでいく。
純夏と同じで離れていても自分を思い信じてくれる人がいる、それだけで充分以上に勇気づけられている武だった。
そして霞の事をいつもの顔で見つめる武に、月詠は向かい座ると声を低くして呟く。
「武様」
「ん?」
「H26……エヴェンスク・ハイヴ攻略戦の事ですが、本当になさるのですか?」
「ああ、やるさ。ただし帝国軍は参加させない、あくまでも国連軍主体でハイヴを落とす」
「構成は?」
「今の状況だと増えるかもしれないが主に第11軍と第3軍、ハイヴ突入はオレを含めたヴァルキリーズだ。それとここの有志を
連れて行く」
「米国とソビエトは?」
「一応打診したが期待はしてない。それとソビエトは参加してくるが後方支援だからその分貸しを作る」
「霞の事ですね?」
「それだけじゃないさ、あの二人……シェスチナ少尉とビャーチェノワ少尉は霞と同じだ」
「あの二人が?」
「断定じゃないけど、あの目は初めて出会った頃の霞と同じなんだ……」
「救いたいのですね……」
「それぐらいやって見せないと霞に怒られちまうからな」
「武様……」
そんな事を言いながらも無理矢理に笑う武の顔を見つめながら月詠は思う……武は本当に強く在ろうとしていると。
ならば自分も普段通りにしようと決めて、月詠は余計な気遣いをしない。
その後は悠陽にいろんな事を報告したと言って武を狼狽えさせたり、逆に霞の代わりに一緒にシャワー浴びようとか言われて顔を赤く
させられたりと、二人で話していても空気は重くならなかった。
翌日、不知火・改を使ってXM3の熟練者である武の操縦を最初に間近で見たタリサの衝撃は大きかった。
「へぇ、解っていたけどそんな風に入力して平気なんだっ」
「あったり前だろう、昨日も言ったが今までのOSと一緒にすんなよ」
「ああ、なんかこう目の前で動かされるとよく解るよ。やっぱりすげーよっ、これっ」
「既存のOSの癖がまだ出るだろうけど、慣れればXM3の操作が身に付くはずだ。でなけりゃウチの訓練兵に負けちまうぞ」
「ウチのって横浜基地のか?」
「そうだ、あいつらは最初からXM3だからな。これと同じ機体に乗せて頭だけじゃなくて体にも教え込んでる」
「へぇ……じゃあ凄いパイロットになるんだろうなぁ……」
「おしゃべりはこれぐらいにして、次は少尉の番だ。ACTVとの違いを感じて動かしてみろ」
「おうっ」
武と操縦を代わって不知火・改を動かすタリサは、迫ってくるF-15Eから捕まらないように動き回る。
この辺りは飲み込みが早いと言うか、夕呼の言う通り車と同じですぐに慣れたタリサは武の時と代わらない程に操縦する。
補足するならば、元々高機動戦が得意な彼女と武の感覚が近い事もプラスの方向で働いていた。
「やるねぇ、少佐の様に動かしてるじゃないか」
「XM3との相性がいいのね、それとセンスが白銀少佐と似てるんじゃないかしら」
「ああ、言えてるな。しかも乗ってるのは第三世代機のカスタムだし、ACTVと同じ高機動仕様だからな」
「乗り換えたいって言いそうね」
タリサの様子を見て話すヴァレリオとステラと違い、ユウヤは昨日と違って好きではない日本製の第三世代高等練習機の反応に戸惑っ
ていた。
これは今朝一番に唯依に言われた事で、F-15Eからいきなり乗り換えなので多少の抗議はしてみたがあっさり却下されていた。
だから渋々と言うか慣れるだけに時間を費やし、今日の鬼ごっこには参加していなかった。
「これで練習機なのかよ、充分実戦に耐えられるんじゃないか……しかもこの反応はXM3とのマッチングが良い所為なのか?」
などと文句も言いつつもテストパイロットとしての性なのか吹雪の性能を確かめてしまうが、自分でも無意識なのでそれに気づかない。
それでも日本製……日本と感じられる物に気持ちが乗らないのは心の問題らしく、ユウヤの表情は冴えない。
一人みんなから離れて動かしているユウヤに唯依がウィンドウの向こうから話しかけてくる。
「ブリッジス少尉」
「なんでしょうか、中尉」
「吹雪に何か問題があるのか?」
「別に何も……」
「その割には難しい顔をしているな、言いたい事が有ったら遠慮無く言え」
「問題有りません、さすが日本製だなって思っただけです」
「そうか……」
そうぶっきらぼうに答えた自分の言葉に戸惑う表情を見せた唯依の顔を見ていたら、何故か妙な気分になって話を切り上げようとする。
「話はそれだけですか?」
「ん、ああ……」
「それじゃ集中したいので」
「そうか、邪魔して済まなかったな」
「いえ……」
あっさり通信を切った唯依に何故か安堵する自分が居る事に居心地が悪くなるが、軽く頭を振ると吹雪の操作に集中していく。
とにかく日本製とかどうかより、機体自体のスペックを引き出すつもりでユウヤは武の動きを真似てみせる。
一人黙々と動かしている様子をモニターだけしていた唯依はそのデータを見て肯くだけだったが、ユウヤを見ていたのはもう一人
彼女の後ろにいた。
「うん、あの人がんばってる。段々良くなってるよ」
「誰の事、イーニァ?」
「ユウヤ」
「あいつか……気になるの、イーニァ?」
「うん」
「…………」
こちらを向き笑顔で答えるイーニァに内心驚いていたが、クリスカのその目は睨むようにユウヤの操る吹雪に向いていた。
実戦も知らない素人だと思っているクリスカの意識は、何故そんな奴を気のするのかイーニァの気持ちが解らなかった。
だけどイーニァに手を出すようなら許さないと言う気持ちだけは確かな存在として心にあった。
それからお昼近くなったので武の言葉で戻ってくると、不知火・改から降りてきたタリサは笑顔で今の気持ちを表していた。
「すっげー楽しかった」
「そっか、タリサが覚えた今の感覚でACTVを動かせばもっと動けるはずだ」
「うん、ありがとなタケルっ」
「午後からは自分の機体で試してみな」
「おう」
すっかり意気投合したのか名前で呼び合っている事にステラとヴァレリオは少し驚いていたが、ユウヤは難しい顔をして吹雪を見上げ
ていた。
機体は申し分ない、だけど高揚感は無く苛立ちみたいな気持ちがユウヤの心の中で燻っていた。
そこにファイルを手にした唯依が近づいていくと、視線をそっちへ向ける。
「ご苦労、さすがはテストパイロットをしていただけ有って、吹雪の性能を引き出せているな」
「それが仕事だからな」
「なのに表情が冴えないのは何故だ?」
「個人的な問題です」
「……そうか」
ユウヤの言葉にぎこちなく肯く唯依だが、次の命令を与えなければならない立場としては心の内を見せる訳にはいかない。
気を取り直して手にしたファイルをユウヤに差し出すと、受け取って開いて見ている彼に伝える。
「午後からはその機体に搭乗して貰う、その為に吹雪に乗せたのだ」
「いきなり乗り換えなんて……不知火・弐型? これは白銀少佐の不知火・改とは違うのか?」
「あれは……我々の開発した機体ではない」
「えっ」
「今の忘れろ、貴様の乗るこの機体は新設計の米国製パーツを組み込んだ新造試作機だ」
「篁中尉、さっきのは……」
「忘れろと言った、とにかく午後からは弐型に乗るのだから、ファイルに記載されている詳細データに目を通しておくように」
「中尉っ」
ユウヤの問い掛けに答える事もせず、唯依は足を止めずにハンガー内から出て行ってしまう。
だが、唯依の零した言葉に引っかかりを覚えて、その不知火・改を整備しているヴィンセントの側へ早足で近づいていく。
「ヴィンセントっ」
「なんだユウヤ? メシの時間じゃねーのか?」
「意見を聞きたい」
「なんのだ?」
手を止めてユウヤに向き直ると持っていたファイルを無言で渡されて、呆れ顔しつつもその中を読んでいく。
少しの時間が経ち、ファイルを閉じたヴィンセントはそれをユウヤに返して腕を組む。
「それで何を聞きたい?」
「ここに書いてある機体とそこの機体、どう違う?」
「どうって……そうだな、はっきり言って別物だ。このファイルにある機体は元々ここで開発されていた物だ。だけどコイツはな……」
「コイツは?」
「考えた奴は天才だよ、例えばACTVだってそれなりに時間が掛かって作られたもんだろ? なのにこれは急に現れたんだ、しかも禄な
テストも無しにいきなり実戦で使用するなんて普通には考えられないだろ?」
「ああ……」
「それにだ、白銀少佐の機体、武御雷・零だって今年配備されたばかりの最新鋭の第三世代機なんだぜ? それをテストヘッド機に
つかうなんていくら何でも早すぎる」
ヴィンセントの話を聞いてユウヤはさっきの言葉に気づく……唯依が答えなかった意味に。
「じゃあ、これや白銀少佐の機体は何だって言うんだ?」
「知りたければ少佐や唯依姫に張り付くしかないだろう。お前が日本人を嫌いだって知っているが、それを我慢しても二人と仲良く
できるんならな」
「言われなくても解ってるさ……」
「だがなユウヤ、それってやばい事になるかもしれないから気を付けろよ」
「ヴィンセント」
「忘れてるのか? 少佐達は襲撃を受けたんだぞ、そこに探りを入れるって意味を解らないのか?」
「あっ」
「まあ、聞くのなら率直の方が良いけど……っておい、ユウヤっ」
話が終わる前にユウヤはハンガーを飛び出し、衝動に駆られるまま唯依の後を追い掛ける。
しかしその姿は何処にもなく、去っていく後ろ姿を思い出すだけだった。
「あんたたちは何しに来たんだ……」
誰も聞いていないユウヤの呟きは、アラスカの冷たい風に掻き消されていった。
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