「ねー、香月先生〜」
「どうしたの、鑑?」
「アラスカにいきたいよー」
「ダメよ」
「でも霞ちゃんの事も気になるし、タケルちゃんだって辛いと思うから……」
「今はダメよ、こっちの都合もあるし鑑も訓練の途中でしょ」
「それは解ってるんだけどぉ……」
「香月副司令、わたくしからもお願いしますわ」
「殿下のお気持ちも解りますが、こればかりははいそうですかと言えません」
「しかし月詠の報告では武様の周りには女性が集まりだしたとか……」
「ゆ、悠陽さん、その話は本当ですかっ!?」
「はい、月詠の引きつった表情からも確かな情報だと思いますわ」
「香月先生っ、やっぱりアラスカに行かせてーっ!」
「ダメだって言ってるでしょ」
「……香月副司令、もしかして件の恋愛原子核論に含む所があるのでしょうか?」
「な、なんのことかしら〜」
「まさかこれも実験なんてお考えなのでしょうか?」
「さあ、あたしにはなんのことかさっぱり……」
「こ・う・づ・き・せ・ん・せ・いぃ〜」
「お、落ち着きなさい鑑、あたしは白銀じゃないんだから大気圏突破したら死んじゃうわよ」
「うわーん、アラスカに行かせてよー」
「ああもうっ、解ったわよ。今すぐは無理だけど、近い内に何とかするからそれまで我慢しなさい」
「約束ですよ〜」
「はいはい、だから訓練に行きなさい」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 90 −2000.10 a silly fellow−
2000年 10月2日 15:20 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18
シミュレーターの結果を中隊で検討した後、実機演習をしている実験評価部隊の様子を見にやって来たリディア達は唖然として
しまった。
自分達と違って実機でXM3を使用しているからシミュレーターとの違いを感じたかったのだが、目の前で行われているのが鬼ごっこ
だとは想像出来なかった。
「一体これは何をしているのかしら……」
「鬼ごっこです、リディア大尉」
「篁中尉?」
「どうぞ、こちらへ」
出迎えていた唯依に案内されて設営されていた仮設テントの中へ入ると、演習地内に設置されたカメラの映像が様々な角度から武達の
行動を記録していた。
モニターを見ている中にヴィンセントと初めとする整備兵の姿も数人いて、データリンクから流れてくる機体情報を漏らさずチェック
をしている。
その物々しい様子にリディアは唯依に問いかける。
「これは一体?」
「XM3を搭載した戦術機の運用における、初心者と熟練者の機体への負担を計測しています」
「負担?」
「遊びが極端に小さく即応性が上がっている事に気が付けば、当然それに慣れようと操作が変わっていきます。そうすると今まで以上に
機体を早く激しく動かす事になります」
「そう言う事ですか、シミュレーターで体験したからそれは理解出来ます」
「ちなみに、XM3は汎用性を持たせる為にリミッターを設定していますが、これを解除して付随機能の『FLASH MODE』を使用した場合、
機体とパイロット共に多大なダメージを受ける結果もあります」
「……まさか白銀少佐が?」
「詳しい内容は特秘事項なのでお教え出来ませんが、本人は一ヶ月ぐらい入院生活だったそうです」
「そんなにまでして作られたOSなのね……」
「無論、それらはプロトタイプであり、現在使用中のXM3や『FLASH MODE』はパイロットの事を考慮して量産された物です」
「みんな聞いたわね、時間を無駄にせず一日も早く物にして見せなさい」
『はいっ』
ただ発案するだけではなく、自らその限界を引き出した武の思いを理解したリディア達は新たな気持ちでモニターを見つめる。
そんな会話で唯依達がシリアスになっている頃、それとは無縁な状況にいるユウヤ達は本当に必死で武を捕まえようとしていた。
「嘘だろっ、こっちはACTVとF-15Eなのにっ……」
「なにやってんだよタリサっ」
「うっせーよっ、こっちだってやってるよっ!」
「なんて動きをするの、あれでF4の改修機だなんて信じられないわ」
「ほらほら、第二世代最強チームがどうしたんだ〜……おっと」
アルゴス小隊と話していたら背後からイーニァとクリスカの不知火・改の手が触れようとしたが、ぎりぎりの所で回避して距離を取る。
「ああっ、もうちょっとだったのに……」
「またかっ……なぜ触れられない」
「惜しかったな、後少しだったぜ」
「くっ」
「二人とも、ブリッジス少尉達より良い機体に乗ってるのにそれじゃ意味無いぞ」
「は、はいっ」
後少し……、その差がどれほどの有るのかユウヤ達は気づいていないから、武の操る瑞鶴に触れる事が出来ないのである。
即応性の部分ではかなり使いこなしているが、まだまだXM3を熟知しているとは言えない彼らに武はヒントを与える。
「あのさ、今までのOSと違って出来なかった事がやれるようになってるんだぜ? なんでそれをやらないんだ?」
「やれなかったこと……」
「ブリッジス少尉はテストパイロットだからみんなの中で一番解っていると思ったんだけどなぁ……」
「あっ……」
「既存の概念に縛られるなよ、馬鹿な事だと決めつけて何にもしないのならこの先オレを捕まえる事なんて無理だ」
「そう言う事かっ」
かつてグルームレイクでヴィンセントの会話を、そして始まる前に聞いた唯依の言葉を思い出して、ユウヤはF-15Eを瑞鶴に向けて
突っ込ませた。
「そうだ、今までのOSじゃないんだ。ならっ……」
「おっ?」
「これなら……どうだーっ!」
「むっ」
伸ばしたF-15Eの腕が瑞鶴に触れようとして届かないがそのまま終わらず、武の回避行動に合わせてユウヤも付いていく。
ここで初めてユウヤはXM3の使い方を先に進める事が出来たのは、グルームレイクで何度も武の動きを真似ようとしていた体験が
彼を助けていた。
「おい、今のってっ!?」
「おおっ」
「良い感じだったわ」
「みんなっ、今までみたいにアクションが終わるのを待つ必要はないんだっ。どんどん行動入力していけばいいんだっ」
「解ったぜっ、さっすがエースだなっ」
「そう言う事かっ」
「なるほどね、頭では解っていても身に付いた反応がそれをしなかったから……」
ユウヤの言葉を理解したアルゴス小隊のメンバーは次々に武へ襲いかかるが、今までみたいに行動の合間にあったタイムラグが無くなり
逃げる武の動きに追従出来るようになり始めた。
「馬鹿になれってこういう事だろ、中尉っ……」
呟くユウヤの顔に浮かんでいた悔しさは消えて、自然と笑顔が浮かび始めていた。
今までの自分が培ってきた物を捨てて新しい事を取り組むように意識をし始めれば、元々優秀だったアルゴス小隊のメンバーは飲み込み
が早く、戦術機の動きも格段に滑らかになった。
そしてイーニァ達もその後を追い始める中、ユウヤの言葉を理解したのか第三世代の不知火・改は突出し始める。
「そっか、そうなんだ……凄いよね、クリスカっ」
「う、うん、そうね……」
「ほらっ、もっと思い通りに、すいすい動くよ」
「ええ……」
そう言って微笑むイーニァに笑顔で応えるクリスカだったが、内心ではまだ戸惑っていた。
それはクリスカに取って武は自分に畏怖と恐怖を与えた者であり、味方でも仲間でも無い存在が自分たちに力を与える行為が理解出来
なかった。
だけど武は言葉通りの行動を示した事でイーニァが笑い、自分も前より強くなれる確信が生まれてくる。
「……わたしがすべき事、それはイーニァを守る事……」
「え、なにクリスカ?」
「ううん、なんでもないわ」
「そう、じゃあいくよ」
「ええ……」
イーニァの笑顔にクリスカも肯いて、今はこの馬鹿げた鬼ごっこに集中していく。
その変化をモニターしていたヴィンセントはやれやれと言った感じで大きくため息を付いた。
「やっと解ったか、しかし可動部分の消耗度が予想以上だなぁ……おーお、ACTVが一番酷いなこりゃ……」
ヴィンセントの言葉に、機体情報をチェックしていた整備兵も同様に思ったのか、数人はテントを後にしてハンガーへ向かった。
その様子に唯依は前もって各機体に取り付けたセンサーから流れてくる数値を見て目を細める。
「やっぱり不知火・改を除いて稼働部の強化は必要ね、ACTVの姿勢制御も少しプログラムの変更しないと」
「篁中尉、我々の機体……Su-27も同様ですか?」
「ええ、データから解りますが稼働部の熱量が想定値を越えていますので、第二世代機ならばしておいた方が信頼度は上がる筈です」
「どの程度の時間が掛かりますか?」
「そうですね、幸いと言っては失礼ですが大尉達の機体が修理中なので、合わせてやってしまいますから直った時には全力で動かせる
ようになるでしょう」
「ふふっ、不幸中の幸いなのは間違いないわ。それよりも白銀少佐の動きは素晴らしいわね」
「実機でのあの動きを忘れないでください、あれはハイヴ内に置いて有効な動きになります……」
「そう……篁中尉、あの時の少佐の言葉だけど一国連軍兵士の言葉にしては大きすぎると感じらたわ。本当にハイヴ攻略戦の作戦を立案
する事が可能なのかしら?」
「……はぁ、少佐の言葉では説明不足でした。実は……」
そこで唯依はリディアと顔を近づけて公然の秘密である武の立場を小声で話すと、驚きの表情と共にモニターの中で笑っている武の顔
を見つめてしまう。
「まさか、でもっ……」
「白銀少佐がやると口にしたのなら、出来る出来ないと考えるだけ無駄です。そして必ず実現させるでしょう」
「有言実行と言う事ね」
「はい」
武の状況を聞かされ眉唾じゃないハイヴ攻略戦が有ると知ったリディアの部隊は、これ以降休みを惜しんでXM3の熟練度を上げていく。
これが帝国軍に続きソビエト軍を代表するXM3実戦部隊となる事に、武の撒いた種がどんどん根付いていく様子を間近で見ていた唯依
は感心するしかなかった。
そこでなんとなくモニターに映る武へ視線を向けていると、雰囲気を柔らかくしたリディアが話しかける。
「所で篁中尉は少佐の恋人なのかしら?」
「はい?」
「いえ、今朝の事といい今も優しい目で少佐の事を見つめていたからそうなのかと……」
「ち、違いますっ、それは誤解ですっ」
「そうなの、結構お似合いだと思っていましたけど……」
「今朝のアレは少佐の趣味ですっ!」
「趣味、ですか?」
「あっ、いえ、そうじゃなくてっ……」
答えてから自分の言葉に驚いて慌てて否定するが後の祭りだった。
そんな二人の会話を聞いていたリディアの部下達は、ひそひそ声で囁き合う。
「でも、満更でも無い顔してたし……」
「なんでも気に入った女の子はお姫さま抱っこしちゃうらしいよ?」
「うわー、じゃあわたしも気を付けないと」
「よく言うわね、それならあたしだって……」
「でもでもっ、一番危険なのは大尉よね?」
「それは言えてるー」
うんうんと誰かが言った言葉に肯くと、それが聞こえていたのかリディアは後ろに振り向くとニコリと微笑む。
「……あなたたち、私に子供がいる事忘れていない?」
「だからこそチャンスですよ、この出会いでお子さんに新しいお父さんなんていいじゃないですか」
「そうそう、大尉の亡くなった旦那様もきっと許してくれますよ」
「篁中尉もそう思いますよね?」
「え、わ、わたしはっ……」
「それに白銀少佐ってあっちの方も強そうだし」
「きゃー」
もう言いたい放題の彼女たちにリディアは苦笑いを浮かべ、唯依は複雑な顔をしてどう答えていいのか解らなかった。
また、そんな様子を間近で見ていたヴィンセントや整備兵達は、どこかの国連基地の整備兵と同じ表情でモニター越しに武の事を睨んで
いた。
しかし、当の本人はコクピットの中で開いていた通信回線越しに聞こえていたらしくがっくりと項垂れていた。
そしてその隙に四肢を押さえられて鬼ごっこはあっけなく終了してしまったのである。
それに気づいた唯依は慌てて武に話しかける。
「ど、どうしたんですか、少佐っ!?」
「……あのな、通信回線がオープンのままなんだけどな……」
「ああっ!」
「もういいっス、どうせオレが悪いんだからさ、ははっ……」
「あ、あのっ……」
「いいんだ、中尉は悪くないから気にしないでくれ……はははっ、恋愛原子核のばかやろー」
「し、白銀少佐?」
本人に制御出来ない恋愛原子核の力は、世界の何処にいようとも常に異性を惹き付ける力を遺憾なく発揮しているらしい。
はははと力無く笑う武はそのまま項垂れてハンガーまで戻ってくるが、その会話を聞いていたユウヤ達の反応は様々だった。
「なんだよこれ〜、これじゃおもしろくねーよ」
「まあいいじゃないか、一応捕まえたんだしな」
「理由はともかくね」
「なんだかなぁ……」
「ねえクリスカ、どういう意味なのかな?」
「わ、解らないわ……」
それからハンガー内で機体が固定されると、待ってましたと整備兵が一斉に担当する機体へ向かい作業を始める。
その中には米国を始めソビエト軍や各国の整備兵が多く集まっており、これらは武の要請を受けたハルトウィックが指示を出したからで
あった。
まずは現場の人間から垣根を取るつもりで、名ばかりの国連軍ではなく横浜基地のようになればいいと考えていた武だった。
機体から降りてきた武はいろんな国の人間が協力して作業している様子を眺めながら、自分のした事を確かめていた。
そこにアルゴス小隊とイーニァにクリスカ達が集まってきて、武は片手を上げて話しかける。
「よお、おつかれ〜。とりあえず今日は終わりだ」
「えーっ、もう終わりなのかよぉ……」
「最後がしまらなかったけど、捕まったからな……でも少しは理解出来ただろ?」
「ああ、すげーよあんた、あっ……すみませんっ」
「いいって、階級とか気にすんな。大体オレは16才なんだぜ、そっちと同じか年下なんだから敬語とかしなくていいさ」
「で、でもっ……」
「それよりもまだみんなの動きには無駄が多いなぁ……特にマナンダル少尉のACTVは振り回され気味だぞ」
「は……う、うんっ」
「今日は自分の機体だったけど、明日は不知火・改を使ってマンツーマンで操作を教えてやるから……気絶すんなよ」
それだけ話すとタリサの頭を少し乱暴に撫でるがその目は笑っていて、そのまま唯依のいるテントの方へ歩いていく。
その後ろ姿を見送っていたユウヤに整備していたヴィンセントが近寄ってくる。
「よお、どうしたぼーっとして?」
「……なんでもない」
「しっかしこの目で見たけど凄いよな、白銀少佐は……あの若さであの腕前、改めて驚いたぜ」
「ああ……」
「そうだ、これは各機体の稼働部の消耗具合を調べたデータなんだが、少佐の機体が一番低い」
「つまり俺達の扱いに無駄が多いって事だろ」
「そーゆー事だ、まあ初めてXM3を実機で使ったんだからこれも予想の範囲内らしい、篁中尉もそう言ってたな」
「そっか……」
「まあ、明日はその違いを間近で見られるんだからがんばれよ」
再び整備に戻るヴィンセントを見送り、自分の機体へ視線を移すとユウヤは無意識に拳を握っていた。
そこにあるのは僅かな悔しさと嬉しさであり、明日は武の操縦を見られる期待感を胸にハンガーを後にした。
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