「あ、あのさ、悠陽……」
「武様、何も言わないでください、すべては解っております」
「悠陽……」
「霞さんの事を思えば、武様の心情は我が痛みと変わりません」
「すまない」
「いえ、ですがそれでも前を向き歩む事を止めない武様を霞さんは嬉しく思っているはずですわ」
「そうだと良いけどな……」
「ところで武様」
「ん?」
「その気が無いと申していた篁中尉と何やら親しげにしているとか?」
「げっ、いやそれは月詠さんの勘違いでっ……」
「わたくしもされた事のない膝の上で抱き締めながら座学をしているとは……やはり米国という土地は開放的なのでしょうか」
「だから誤解だっ、そんなことしてねーよっ」
「それにソビエトの方々も親しくなられたとか、武様の恋愛原子核は効果絶大でございますか、ほほほ……」
「もしかして悠陽、怒ってる?」
「怒ってなどおりませぬ、香月副司令の申された通り世界征服の覇道を進んでいられる事を喜んでいるのです」
「おいっ、目が笑ってねーよっ」
「霞さんが目覚めた時、どうなるか今から楽しみですわ」
「いやいやいや、だからすべて誤解だって言ってるだろっ」
「タ〜ケ〜ル〜ちゃーん……」
「す、純夏っ……」
「やっぱりタケルちゃんの側にわたしがいないとダメなんだね」
「落ち着けよ純夏、オレはやましい事してないって」
「絶対に、ぜーったいにそっちに行くからねっ!」
「来なくていいから訓練に励めよっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 89 −2000.10 Challenges−




2000年 10月2日 13:05 アラスカ州ユーコン陸軍基地 テストサイト18

午前の座学の後、唯依を自室に送り届けてから昼食を済ませシミュレータールームに武が来ると、すでにリディア達が強化服姿で先に
来ていて待っていた所からやる気が溢れていた。

「早いな、しっかりメシ食ったのか?」
「食べていません、飲み物だけです。そもそも余り食べない方が良いと言ったのは白銀少佐ではありませんでしたか?」
「そう言えばそうだった、オレはがっつり食べてきたけどな」
「さすがXM3の発案者ですね、では早速お願いします」
「ああ、でもシミュレーターの数が少ないから、時間制でどんどん交代して進めるぜ」
「了解です、ではA小隊から搭乗しなさい」

リディアの命令にゾビエト兵はきびきびシミュレーターに乗り込んでいく。
それを見て自分も乗り込もうとした武は、順番を待っているアルゴス小隊とイーニァとクリスカ達へ話しかける。

「アルゴス小隊とそこの二人はシミュレーターじゃなくて、実機で模擬戦をするから先にハンガーへ行ってくれるか」
「えっ?」
「現在、ハンガーでそれぞれの機体にXM3をインストールしている筈だ。オレがシミュレーターを終わらせるまで自由に動かして
いいから、その感触を実感しててくれ」

唐突に実機でいきなりXM3を使えると聞いてユウヤはぽかんとしてしまうが、慌てて武へ向かって一歩踏み出した。

「少佐、いきなり模擬戦って……」
「その方が楽しめるだろ、ブリッジス少尉……特にマナンダル少尉だったな、そこの二人組に勝ちたいだろ?」
「え、えっと」
「勝ちたかったら真剣に取り組んでみろ、そうすればXM3を搭載したACTVはお前の思った通りに動いてくれるはずだ」
「は、はいっ」

低い声で話す武だがその表情は穏やかで、タリサも思わず素直に返事をして何度も肯いていた。
その後に、何か言いたそうなイーニァが口を開こうとしたら、先に武が視線を向けてきたので理由もなく萎縮した彼女に代わって
クリスカが話し出す。

「我々の機体はまだ修理中のはずだ、だから……」
「オレが持ってきた不知火・改が復座型だからそれに乗れ、勝手が違うがそれぐらい慣れて見せろ」
「なっ……」

そこで武は真っ直ぐクリスカへ向き直ると、強い視線で見つめ返す。

「始める前に言っておくが、オレはお前達に良い感情を持っていない。だけどそんなのはBETAを片づけた後に話を付ければ良い
だけだ。だから今は自分が出来る事をするだけだ、お前達もそれぐらいやって見せろ」

面と向かって本音をぶつけられて戸惑うクリスカだったが、個人的感情を抜きにしてXM3の事を教えると言ってる武に、自分が
持っていた苛立ちみたいな気持ちが消えていくのを感じていた。
それを感じ取ったのか、武に向かって顔を上げたイーニァがしゃべり出す。

「が、がんばるから、ちゃんとがんばるからっ……」
「イーニァ……」
「解ったなら先に行け、オレが来るまでに少しでも挙動の違いに慣れていた方が簡単に終わらなくて楽しいぞ」

それだけ言うとシミュレーターに乗り込んでいく武の姿を、残っていたみんなの見る目が少し変わり始めていた。
特にアルゴス小隊のユウヤとタリサは気持ちが高揚してくるのが解っていた。

「実機で少佐の相手か……」
「やるぜ、あたしは必ずXM3を物にして見せるぜっ」
「それじゃハンガーに行くとするか」
「ええ、シミュレーターより大変だけど、これはこれで効果的だわ」

ヴァレリオとステラが歩き出し駆けだしたタリサが二人を追い越し行ってしまうと、残ったユウヤが歩き出そうとするとイーニァがと
目が合った。

「あ、あの、よろしく……」
「ああ」
「いくわよ、イーニァ」
「クリスカ、待って……」

クリスカに手を引かれて歩き出したイーニァは、振り返ってもう一度だけユウヤを見てからそのまま連れて行かれる。
その様子になんだろうと怪訝な表情を浮かべるユウヤだったが、一人置いてきぼりを喰らった事に気が付いて早足で自分もハンガー
を目指した。
やがて物々しい警備兵が守るハンガーへユウヤ達が来ると話が通っているのか、そのまま中へ入れてくれてそこにあるいくつもの
戦術機を見上げる。

「ACTVだけじゃないな、F-4とF-15EにType-94カスタムか……それとあれは?」
「Type-97『吹雪』だ、それと白銀少佐が乗るTYPE82『瑞鶴』だ」
「篁中尉?」
「よおユウヤ、遅かったじゃないか。機体の準備はもう出来てるぜ」
「ヴィンセント」

椅子に座りテーブルの上にある端末を操作している唯依の傍らに松葉杖が有る所から、無理して歩いてきたのが解るがそんな事よりも
ヴィンセントがにたにた笑っている方がユウヤには気になっていた。

「今中尉にXM3ってCPUとOSのセットって話を聞かされてさ、だからソフトだけじゃなくてハードも向上しているはずさ」
「そうなのか?」
「まあ、乗ってみろ。お楽しみは自分で体験するんだな」
「ローウェル軍曹、これで参加する全機体をモニター出来るはずだ。特に注意してみるのが、可動部分の消耗具合だ」
「はっ」
「それと模擬戦が終わり次第、大変だがD整備を行う事も忘れないでくれ」
「了解です」

唯依と話している姿にいつもの軽い雰囲気は存在していなく、いつになく真面目なヴィンセントはモニターに集中する。
ハンガー内を動き回っている整備兵も終了後の整備に合わせて準備をしているようで、かなり慌ただしい。
そんな状況の中、タリサは我先にと自分用に用意された新しいACTVのコクピットに乗り込むと、アイドリング状態になっていたから
今すぐにでも出そうなぐらい興奮していた。

「よーし、いくぜっ……こちらアルゴス2、発進許可をくれっ」
「アルゴス2、発進を許可する。マナンダル少尉……」
「は、はいっ」
「一日も早くXM3を物にして見せろ、それが任務だ」
「イ、イエッサー」

武に頼まれて座学から引き続いてこの場を仕切っている唯依の言葉にタリサは敬礼をしてからハンガーから出ようとする。
しかし、聞かされていた操縦系の遊びの無さにそのまま扉にぶつかりそうになるが、なんとか転ばず外へ向かい滑走路まで出ると
肩部と背部ウェポンラックにあるスラスターをうならせて上空に舞い上がっていく。

「おーおー、いきなりあれかよ」
「あなたも気を付けなさい、ハンガーの扉に頭ぶつけて壊したりしたら笑って上げるわ」
「冗談、アルゴス3、発進する」
「アルゴス4、続いて発進します」

ステラの突っ込みに手を振って返しヴァレリオはタリサの様子から察してF-15Eを慎重に動かすと、危なげなく表に出て行く。
続いてステラも初めて動かすとは思えないぐらいスムーズに外に出ると、確認しながらゆっくり演習場に向かう。
それを見ていたユウヤの耳にクリスカの声が聞こえてきて、振り返った所でモニター越しに唯依がインカムに手を当てて
感情を出さずに話していた。

「お前達が使用していたSu-37UBと違って戸惑うかも知れないが、XM3の操作と同時に慣れる事だ」
「…………」
「ク、クリスカっ、あ、あの、解りましたっ」
「ビャーチェノワ少尉……そんな気持ちでは何も守れない、それでもいいのか?」
「っ!?」
「何が必要でどうすればいいのか、白銀少佐と戦う中で見つけてみるんだな」

それだけ言って唯依は発進許可を出すと通信を切ってしまいため息をつくが、側で見ていたユウヤに気づくと緩めた表情を引き締める。

「何をやっている、少尉」
「何って別に……」
「今日は見学か、それでも構わないが時間は待ってくれないぞ」
「解ってる」

指摘され少しむっとしながらも自分の機体に向かおうとしたユウヤに、唯依は一言背中に投げかける。

「……ブリッジス少尉、白銀少佐にセオリーは通用しない」
「えっ」
「どれだけ馬鹿になれるかが鍵だ」
「中尉……」

言うだけ言って端末を操作し始める唯依を少しだけ見つめて踵を返すと、ユウヤは自分の機体に乗り込んでいく。
ハッチを閉じてコクピットの中で深呼吸をして前を見据えると、初めて扱うXM3に高揚してくる気持ちを抑えて出力を上げて
一歩踏み出す。

「これはっ……即応性がここまで上がっているのか!?」

座学で聞かされていたから心構えみたいな物はあったユウヤだったが、予想以上に良すぎるレスポンスに面食らうがそれでも
テストパイロットの意地で操作すると滑走路まで出て行った。
そこにはやはり慣れない機体に戸惑っているのか、イーニァとクリスカの不知火・改がぎこちない動きを見せていた。
だからユウヤはつい通信を繋げて話しかけてしまう。

「どうした、無理なら一度戻った方が……」
「なんでもない、すぐに慣れる」
「そうか……」
「あの、大丈夫だから先に……」
「我々の事は気にするな、お前には関係が無い」
「あ、おいっ……」

一方的に返答されて通信を切られてむっとしたユウヤは二人を置いて演習場に向かうが、頭の中では無理に強がっている感じがした
クリスカの事が気になっていた。
おそらく武の事でそうなっているのかと漠然と感じながら、今はXM3の扱いを物にする方に意識を集中させる。
そして演習場の中で好き勝手に動いていると、オープンで繋がっている通信から感嘆の声が聞こえ始めた。

「なんだよこれ、すっげーよ!! あはははっ、動くっ動くぜ、思った通りにACTVが動いてくれるっ!」
「はしゃぐのは良いが調子に乗って墜落するなよ」
「うるせーっ、変な事言うなよっ」
「でも、確かに凄いわ。遊びは少ないけど、慣れれば自分のイメージと動きが一致してくるわ」
「まさかこれほどの物とは思わなかった、作った奴は天才だな」
「発案者の白銀少佐の方が凄いのよ、発想が根本的に私達と違うのね」

アルゴス小隊のタリサはもちろんの事、ヴァレリオもステラも改めてXM3の凄さに驚き、早く慣れるようにいろんな動きをしていく。
特にタリサの上空で見せる高機動は先日の広報撮影と違って、より滑らかに早く鋭さを増して機体が空を舞う。
その中で遅れてきたユウヤも、基本動作から今までのOSとの違いを感じながら機体を操作する。

「これなら少佐の動きに付いていける、本当に同じF-15Eなのか疑いたくなる……」

グルームレイクであれだけ苦労した戦術機動があっさり思い通りになった事はユウヤに衝撃的で、これを思いついた武に対して僅かだが
嫉妬を覚えていた。
本来、テストパイロットの自分がこれをしなければならなかったんじゃないかと、どことなく悔しい思いが心の中にあった。
少しの葛藤を抱えながらもXM3の事を理解していく中、やっと演習場に来たクリスカ達はまだ慣れていなかった。

「くっ……」
「落ち着いてクリスカ」
「大丈夫、すぐにっ……」
「ううん、だめだよクリスカ……それじゃだめだよ」
「イ、イーニァ?」
「こうだよ」
「え……」

イーニァが操縦し始めると、不知火・改はそれまでのぎこちなさが消えて滑らかな動きを見せる。

「ね?」
「ああ……」
「そんなにいらいらしたら、何にも出来ないよ」
「そうね、ごめんね」
「ううん、だからいつものクリスカに戻って……」
「解ったわ」
「あとね……白銀少佐はわたしを何処にも連れて行かないから安心して」
「イ、イーニァっ?」
「あの人は強いけど……本当は凄く優しくてとても弱くて、でも絶対に諦めない人……」
「イーニァ……」
「がんばろうね、クリスカ」
「……そうね」

途中からイーニァが何を言っているのか解らなかったクリスカだが、目を閉じて息を吐くと心を落ち着けて機体を操作し始める。
武に一方的にやられて手も足も出なかった思いを胸に、XM3の挙動を一つ一つ物にしようと真剣に取り組んでいく。
やがてかなりスムーズに動かせるように時間が過ぎた頃、演習場に一機の戦術機がみんなの前に現れた。

「待たせたな、だけどその分まともに動かせるようになったみたいで良かったぜ」

それは昨年まで斯衛軍専用となっていた機体で、武のパーソナルカラーの銀色に塗られた瑞鶴は日の光を浴びて輝いていた。

「それじゃ模擬戦を始めるが、内容は……鬼ごっこだ。オレが鬼になって逃げるからみんなで捕まえる、単純だろ?」

にやりと笑う武に唖然とするみんなだったが、それをモニターしていた唯依から通信が入る。

「たかが鬼ごっこなどと馬鹿にするな、今の貴様らでは触れる事さえ叶わないだろう」

こちらも薄笑いを浮かべて武と合わせて挑発すると、先頭を切ってタリサが武へ迫る。

「絶対に捕まえてやるっ」
「おお、がんばれよ〜」

そう言って迫るタリサへへらへらと返事するが、武の操作する瑞鶴はぎりぎりの所でACTVを回避すると演習場の奥に向かって逃げ
始める。
この軽量化と運動性能を重視した瑞鶴は武の戦闘機動にマッチして、霞の手によって作られカスタムされていたXM3は目を見張る
動きを見せる。

「瑞鶴でもこの動きを見せるんですね、少佐……」

始まった鬼ごっこをモニター越しに見つめながら、唯依は自分がやられた事を思い出して苦笑いを浮かべていた。






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