「おそいっ」
「すみません」
「まあいいわ、それで霞の様子は?」
「命に別状はないそうです、ただ意識が回復しない理由が解らないそうです」
「そう……ひとまず霞の事は横に置いて任務を全うしなさい」
「はい」
「ただ、以前も言った通り遠慮なんて必要ないわ。それこそ思いっ切りやりなさい」
「いいんですか、これ以上勝手にやっても?」
「今のあんたの立場は一衛士で済まされないのよ、思う存分利用して売られた喧嘩は買いまくりなさい」
「過激だなぁ……」
「タ、タケルちゃん」
「純夏……ごめん、オレはまた守れなかった」
「じゃあ止めるの?」
「オレは……」
「違うよね、そんなのタケルちゃんじゃないよね?」
「純夏……ああ、そうだ。オレは白銀武だぞ、諦める訳ねーだろっ」
「じゃあ辛くても悲しくても苦しくても……いつものタケルちゃんでいられるよね」
「ああ、大丈夫だ」
「信じてるよタケルちゃん、だから帰ってくる時はちゃんと霞ちゃんを連れてくるんだよ」
「解った」
「ふん、少しは男の顔に戻ってきたわね。霞の事は月詠中尉に任せて置けば平気でしょ」
「はい、悠陽にありがとうって伝えてください」
「そーゆー事は自分で言いなさいよ」
「そうっすね」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 88 −2000.10 Collision−




2000年 10月2日 8:05 アラスカ州ユーコン陸軍基地

翌朝、月詠に起こされるまで熟睡した武は目覚めるとすぐに霞の病室へ足を運んだ。
頭に巻いてある包帯は痛々しいが、それを覗けばただ寝ているだけにしか見えない穏やかな表情に、武は唇を噛み締める。

「おはよう霞……お前の気持ち、無駄にしないぜ」

それでも無理矢理笑うと唇を重ねた後、霞の頭をそっと撫でて月詠を残して部屋を出て行く。
途中、唯依の部屋に寄って行くと、無理して立ち上がろうとしていたので慌てて近寄り体を支える。

「あのさ、昨日の今日じゃまだ無理だろ?」
「だ、大丈夫です。ただの筋肉痛ですから……」
「満足に立てないのに?」
「うっ……」
「それだけじゃないだろ、アレは精神的にもきつかったはずだ」
「はい……」
「巌谷中佐には夕呼先生を通して連絡してあるから無理はしないでくれ」
「そうします」

苦笑いを浮かべて忠告に従った唯依をソファーに座らせた武は、ポットからお茶をカップに注ぐ。
続いて自分の分を手にすると、向かい合って腰を下ろす。
だけど武はすぐにごくごくと飲み干して何やら言い出そうとしている様子に、唯依は話しかける。

「白銀少佐、何か話があるのですか?」
「うん、実は今ゆっくり休んでくれと言ったんだけど、これからXM3の座学をするに当たってその……オレって聞くのも教える
のも正直苦手でさ……」
「は?」
「その……すまないっ、座学の講師をお願いしまっす」

ぱんと両手を合わせて拝み始める武に一瞬呆れた唯依だが、すぐに笑顔になるとクスクスと笑い出してしまう。

「な、なんですかそれはっ……」
「いやー、月詠さん頼んだら『私は帝国斯衛軍ですから、国連軍の仕事には関与しません』ときっぱり断られちゃってさー」
「そう言う事ですか……」
「ホント無理言って済まないんだけど、オレも手伝うからっ……だめ?」
「解りました、今の私は国連軍に出向の身ですから上官命令と有れば従います」
「いや、極々個人的なお願いなんだけど……」
「貸しと言う事でしょうか?」
「うっ」
「……宜しいです、白銀少佐の『貸し』ならば見返りは大きいと期待しています」
「ぐはっ」

にっこりと微笑む唯依の様子に乾いた笑いを浮かべた武の心の中には、何故か月詠の凄まじい笑顔が浮かんでいた。
反対に唯依は自分の仕事が出来ない分、何かをしたかったので復習の意味も含めてXM3の講師を引き受けていた。

「じゃあさっそくなんだけど、まだ歩けないんだよなぁ……」
「はい、ですから車イスを借りて……」
「解った、緊急事態だから仕方がない」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってくださいっ、きゃあっ!?」
「もう時間だからごめんっ」
「お、降ろしてくださいっ」

立ち上がった武は唯依の側で腰をかがめると、ひょいと肩と膝の裏に腕を回して抱き上げると早足で部屋を出て行く。
最早武と女の子の定番となった姿その一、お姫さま抱っこである。
そして唯依の抗議を気にせず目的地に到着すると、そのまま足で扉を開けると部屋の中に入る。

「すまない、ちょっと彼女を迎えに行ってたんで遅れたっ」

そこにいたのはソビエト軍のカレリア中隊とアルゴス試験小隊にイーニァとクリスカ達で、武が女の子を抱き抱えて来たものだから
何事かと呆然となる。
そして唯依も周りの状況を理解してしまい、みんなの視線が集まると顔を赤くして固まってしまう。
だが、そんな事はお構い無いし武はみんなに話を始める。

「いやー、自分で言い出して何だけど、座学のたぐいは聞くのも教えるのも苦手で、そこで篁中尉にお願いしに……」
「白銀少佐っ、説明は良いですからその前に降ろしてくださいっ」
「ああ、ごめんごめん。軽いから気づかなかったよ」
「そ、そんなのはいいですから早くしてくださいっ」

話の途中で我に返った唯依の涙目にやりすぎたかなと側にあったイスへそっと座らせると、改めてみんなにむき直す。

「と、言う訳で座学はXM3に関しては知識も十分に持っている篁中尉に担当して貰う事になった。後の実技とシミュレーターに
関してはオレがばっちり受け持つからよろしく」

等と一通りの説明が終わると同時に、XM3の事じゃない話題で部屋の中からはひそひそ声で言葉が交わされる。

「なるほど、噂通り女に手が早いと……」
「もしかして出会った側から見境無しとか?」
「あのビデオ、ノンフィクションだったのかよ」
「ドキュメンタリーの間違いじゃない?」
「あはははっ、テロップ通りロマンを実践してるよ〜」
「もしかしてわたしも狙われちゃうのかなぁ、きゃー」
「リディア大尉、気を付けてくださいね」
「みんな止めなさい、日本はもう法律が変わったのだから変な事じゃないのよ」

部下に言われてリディアも困った笑顔なので、内心みんなの意見とどっこいなのかも知れない。
座学初っぱなから散々な言われようであるが、こんな事ぐらいで挫けるほど武の精神は弱くない。
横浜基地で毎日散々、しかも新しい女の子が現れる度に言われ続けてきた日々は、そんな事で武の心を打たれ強くしていた。
しかし唯依の方は全く逆で、この貸しは絶対に返して貰うと武の横顔をジト目で睨んでいた。

「ごほん、雑談は後にしてくれ。それと始める前に一つだけ言っておく事がある」

咳払いをした後、真面目な表情になって何かを言おうとする武の様子に室内は静まりかえりその言葉を待つ。

「これはまだ決定じゃないが、みんなのXM3の練度を見ていけると思ったらH26……エヴェンスク・ハイヴ攻略戦を提案する
つもりだ」
「え、白銀少佐っ!?」

その発言に思わず唯依は立ち上がり掛けてしまうが、痛みですぐに腰を下ろしてしまうけどその目は武の顔から離れない。
また、静まりかえっていた部屋の中もざわめきが止まらず、特に実戦経験の無いユウヤの表情は固まってしまう。

「聞いたかユウヤ、ハイヴ攻略戦って……」
「あ、ああ……」

次世代戦術機開発しか考えていなかったユウヤは、武を見つめたままヴィンセントの問い掛けにも答えるだけで精一杯だった。

「エヴェンスク・ハイヴって言えば、こっから一番近い所の奴だろ?」
「そうだな、米国としては一番近いハイヴだ。しかし本当にやる気か?」
「少なくても白銀少佐の言葉は本気のようね」

アルゴス小隊のメンバーもユウヤと同じように試験部隊とはかなり趣旨が違うんじゃないかと思いながら、BETAに攻勢に転じる
事が出来るかもしれないと思うと心が熱くなるのを押さえられない。

「……ばかな事を」
「ううん、あの人は本気だよ、クリスカ……」
「イーニァ……」

先日の出来事以来、まともに武の顔を見られなかったクリスカさえその言葉で直視してしまい、口から零れた言葉にイーニァが呟く。
有り得ない事をさらっと言った武の表情は真面目で、冗談を言ってるんじゃないと誰もが思い始める。

「白銀少佐、それはどの立場での考えでしょうか?」

唯依の後を次いでみんなの気持ちを代弁するように立ち上がったリディアは、武の言葉に含まれている真意を問いただす。

「どの立場も何も、オレはオレですよリディア大尉。使える力は何でも使うさ」
「それで宜しいのですか?」
「ああ、それに日本もそうだがリディア大尉達もこれ以上自分達の国で奴らにでかい顔させるのはウンザリだろ?」
「それはそうですが……」
「本音はそれなんだけど、建前では米国に貸しを作る事が一つ、篁中尉が持ち込んできたレールガンの実践テストが一つ、おまけ
で米軍に実戦経験を踏ませる事、そんな所かなぁ……」

あっさり本音から語った武の話を聞いていた者達は、もしハイヴ攻略が出来たとすれば人類が滅びない事を実感出来ると感じていた。
その中でユウヤはテストパイロットとして仕事をしながら実戦経験を得られる機会に複雑な感情が表情に出ていた。

「まあ今はその事は頭の片隅にでも追いやってくれ、先にすることはXM3の事を理解して熟知して欲しい」
「了解しました、ですがその先にハイヴ攻略戦が待っているとなれば、私達の意気込みは限りなく強くなります」
「頼もしい限りだなぁ……じゃあ早速始めるとするか。篁中尉、後はよろしく」
「え、あっ、はい」
「……詳しい話は後でするから、今は座学を頼みます」
「了解です」

小声で話しかけられて肯く唯依はひとまず今の話を横に置き、武に代わって椅子に座ったままだが座学を始める。
それを聞いている中でもリディア達ソビエト軍のパイロットは真剣な表情で、一言一句聞き逃さないように集中する。
BETAに追いやられ祖国を後にした彼らにすれば、XM3の力があれば武の話通り初めて攻勢に出られる……そんな確信がそれぞれ
の中に生まれ始めていた。
しかし、ユウヤと同じように複雑な表情を見せていたクリスカは内心そんな事が出来るはずが無いと考えていたが、話していた
武の様子から冗談ではないと感じられて何も言えなくなっていた。

「……クリスカ」
「な、なに、イーニァ?」
「終わったら、一緒にあの娘のお見舞い行こうね」
「あ、ああ……」

唐突に話を振られて戸惑ったクリスカだが、なんとか返事をするとそれに満足したのかイーニァは唯依の話を聞き入る。
その横顔を気にしながら何故急に霞の事を持ちだしたのか疑問に思っていたら、武が自分を見ているのに気づいた。
殺気は無い物のその目は強い意志の光を放っていて、クリスカは息を飲んで動けなくなる。
だけどすぐに武の方から視線を外され、強張っていた体から力が抜けると静かに息を吐いて目を閉じる。

「くっ……」

歯が鳴る程の恐怖を味わされたクリスカは無意識に武への畏怖を表してしまい、それが悔しくて奥歯を噛み締める。
このままではイーニァを守る事などできない、そう判断してクリスカは意識を唯依の方へ向ける。
好き嫌いはともかく、武の力を見せつけられたクリスカはイーニァを守る事を最優先に考えて、座学を真剣な表情で聞き入る。
一通り話が済むとパイロット達から積極的に質問が上がり、唯依が答える度に発案者の武が意見を補足して理解を早めていく。
それぞれが異なる思惑を含みつつ、午前中の座学はかなり熱の籠もった物になった。

「それはなによりです」
「ああ、まるで純夏達と同じ様に真剣なんでこっちとしても嬉しいけどな」

昼食時間、霞の所へやって来た武を出迎えた月詠は、座学の話を聞いて肯いていた。

「特にリディア大尉達ソビエト軍は思いも強いんだろうなぁ……」
「ソビエト連邦も我が国と同じ状況ならば、武様の力に迫れる機会を無駄にはしないでしょう」
「ああ」
「それとハイヴ攻略の話ですが、香月副司令は存じているのでしょうか?」
「もちろん、それに米国に貸しを作れって注文もされているからさ……一応、国連軍の11軍と3軍は参加する手はずになっている。
米国には話を通しているが積極的には参加要請はしない」
「帝国軍はどうしますか?」
「……今回は動かさない、佐渡島と朝鮮の時の為にも力を蓄えて貰う。特に佐渡島では悠陽にハイヴを落とさせたいからな」
「それを持って名実共に殿下への復権をさせて、先にクーデターを押さえたいと言う事ですね」
「ああ、それに純夏や冥夜達に人へ向けて銃を撃たせたくない」
「全くです、なにより同じ日本人同士で争うなんて馬鹿げています」
「それに沙霧達の強さはきっと悠陽の力になる、思いの方向さえ間違えなければさ……」
「はい」

武の記憶の中ではクーデターを犯した沙霧達がまるっきり悪いとは思えなかったが、自分達の予定としては事を起こされて困るから、
先手を打って自主的に止めるように穏便に済ませようと考えていた。
まだそれを防げる可能性はゼロじゃないと、遠く日本を離れたこの場所で出来る限りの事をしている武だった。
それから食事を終えた後、それまでしていた真剣な表情を崩して少し上目遣いで月詠を見つめる武は、おそるおそる話しかける。

「所で午後の……」
「お断りします」
「つ、月詠さ〜んっ」
「私の任務は霞の護衛です、お忘れですか?」
「それは充分解っている、でもさ……」
「篁中尉と仲睦まじく楽しんでいるようで、宜しいではないですか」
「げっ!?」
「グリンベルグ大尉も名前で呼ぶ程に親しいようで……悠陽殿下に報告する事が出来て嬉しく思います」
「も、もしかしてそれが本当の任務なのかっ!?」
「ふっ」

何で知ってんだと思うより月詠の微笑みに冷や汗が止まらず、武の心臓はバクバク言い出してしまう。
しかも護衛と言うのは建前で自分の監視が本命なのかと、暖かい部屋の中で体が震える武だった。

「あ、あの月詠さん」
「なんでしょうか?」
「え、えーっと、妥協案は無いのかなぁ……」
「ご自分でお考えください」
「うへぇ」

とりつく島もない月詠の態度に思わずベッドで寝ている霞を見つめるが、いつもの突っ込みがないので寂しさを覚える武だった。
がっくりと頭を垂れる武を月詠は笑顔で見つめながら、純夏との会話でいつも通りに振る舞う武に無言でエールを送る。
結局、午後のシミュレーターも武が基本動作を教えるが、月詠の姿は確認出来なかったようである。
そして同じ頃、横浜基地の地下深くにある夕呼の執務室で、スーツ姿の男がいつものポーズを崩さず夕呼に報告をしていた。

「消えた?」
「ええ、せっかく釣り上げたのですが、忽然と……いやはや、逃した魚は大きすぎましたな」
「それで引きの具合はどうだったの?」
「竿が折れる程でした、実に残念です」
「何処へ逃げたと思う?」
「おそらくはハワイ辺りでしょうな、あそこは季候も良いし海も綺麗です」
「強制的に介入するつもりなのは間違いないか、ちっ……」
「すべては香月博士の予想通り、と言う事でしょうか?」
「嫌な方にだけどね、まあいいわ……後は白銀の方で騒ぎを起こして貰うわ」
「ああ、その事で小耳に挟んだのですが、なにやら多くの女性に囲まれて楽しそうに会話をしていたとか……」
「なんですって?」
「それに斯衛軍の篁中尉を抱き抱えて座学をしているとか? さすが殿下まで手を出した男ですな、実に羨ましい……と、失敬」
「余計な事は言わなくて良いのよ、それじゃ別の事をしてもらいましょうか」
「次はどちらへ?」
「佐渡島の向こうへ行って頂戴」

低い声で行き先を告げた夕呼の目が危険な輝きを含んでいた事に気づいた鎧衣は、帽子に手をやり無言で肯くだけだった。






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