「ったくぅ、いつになったら連絡してくるつもりよ、アイツは〜」
「全くですわ、霞さんの事を心配しているのはわたくしたちも同じ、なのにこの仕打ちとはあんまりです」
「夕呼も殿下も今は待ちましょう、それに報告してこないのは理由があるんじゃないかしら?」
「なによまりもったら〜、ずいぶんと理解しているじゃない」
「まりもさん、それは武様のお気に入りだと言う余裕なのでしょうか?」
「夕呼っ、それに殿下まで……わたしは別にそう言うつもりは……」
「言ってるのよ」
「言ってますわ」
「あ、あのね……」
「まりも、ほんとーに白銀とやってないのね?」
「はあっ!?」
「純夏さんからは聞き出し……こほん、聞かせて頂けましたが、その辺りの真相を是非お聞かせください」
「で、殿下、わたしはまだキ、キスまでしかしていませんっ」
「うーん、嘘は付いていないようだけど……」
「そうすると今の所は純夏さんだけになりますか……」
「くっ、やっぱり若い方が良いって言うのっ」
「もう……何焦っているのよ、夕呼?」
「白銀量産計画が始まらないと、恋愛原子核の研究が進まないのよっ!」
「夕呼、あんた素直に家族計画って言えないの?」
「あんただって人事じゃないでしょ、まりもっ」
「わたしの仕事が教官だって忘れてるんじゃないの?」
「別にお腹が大きく立って出来るでしょっ」
「無茶苦茶言わないの」
「なによ、せっかくまりもが勝てるチャンスだって言うのにさー」
「なんでも勝負事にもっていかないでよ、はぁ……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 87 −2000.10 Education−




2000年 10月1日 17:10 アラスカ州ユーコン陸軍基地

ハンガー前でユウヤ達と別れた武と月詠は、解った事を教える為に医療施設がある区画まで戻ってきていた。

「はい?」
「ちょっといいか?」
「白銀少佐っ!?」

ノックをして病室のドアを開けて入ってきた武に驚いて起き上がろうとした唯依だったが、痛さに体を揺らしただけで顔が歪んで
しまう。
それを見た武はそのままでいいからと手で制して無理に動かない様にさせる。

「いいって、そのままでいいからさ」
「はい……」

武に続いて霞のバッグを手にした月詠が入ってきてドアを閉めると、暫く沈黙が続いた後に武は唯依へ頭を下げた。

「迷惑掛けたな、ごめん」
「え、あ、いいえっ、わたしの方こそ上官に対して暴言を……」
「気にしてない、それに篁中尉の気持ちも理解している」
「ありがとうございます」
「それと霞の事、ありがとう」
「いえ、わたしはただ付き添っていただけですから……」
「霞はさ、そう言う事には敏感だから目が覚めたらきっと感謝されると思うぜ」
「そうですか……」

そこで一端会話を止めると、武は背後に控えていた月詠からバッグを受け取ると、再び口を開く。

「篁中尉が使ったプログラム……機体の方は処置しておいた」
「ありがとうございます」
「確かにアレは危険すぎるだろう、細かい事は霞のラップトップに説明があった」
「言い方が悪くて気分を害されるかも知れませんが、アレは使う人間の事を全く考えていません」
「今の中尉の状態を見ればそうだろう、じゃあどうして霞はこんな物を作ったと思う?」
「わたしには解りかねます」
「そうか……まあオレにも内緒にしてたぐらいだし、でも霞は冗談でこんな物を作ったりはしない」
「つまり作った理由があると?」
「ああ」
「なんにせよ、武様に対して害を及ぼす目的では無いと思います」
「わたしも同意です」

月詠の言葉に唯依も同意して肯くと、それを見ていた武も同じ気持ちだと肯いてみせる。
本当のところは霞しか解らないが、武を大事に思う気持ちが必ずあると信じているから不快に思ったりはしない。
だからまだ目覚めない霞の事を思うと会話が途切れてしまうが、月詠に聞いた事を確かめる様に唯依が口を開く。

「あの、白銀少佐の事情は月詠中尉から伺ったのですが……」
「あー、あれかぁ……まあ、今は軍の上層部しか知らないから、今まで通りにしてくれると助かる」
「いずれここのみんなにも知られると思いますが?」
「その時はその時さ、だからってオレの態度は変わらないぜ」
「それは月詠中尉から良く聞いています」
「篁中尉っ」
「うーん、何を言ったのかなんとなく解る気がするけど、後で二人きりになったらじっくり聞かせてもらおうっと」
「た、武様っ」

微妙に頬を赤く染めて抗議する月詠に武と唯依の表情が和らいで、重くなっていた雰囲気も少し軽くなった。
それからハルトウィックと話した今後の事を、武が説明を始める。

「篁中尉が回復するまでの間、オレが壊滅させたソビエト軍とドーゥル中尉の指揮下にあるアルゴス試験小隊へのXM3教習を
優先させて行う。復帰次第、アルゴス試験小隊はそちらの仕事を優先させる事になったがそれでいいかな?」
「了解です、その方がこちらも都合が良いと思います」
「じゃあ今は十分に体を休めてくれ」
「はい」

そして病室から出て行くと武は宛われた部屋には戻らず外へ出て行こうとするので、後ろから月詠が声を掛ける。

「武様、どちらに?」
「まだやる事が残っているからな」

それだけ口にして後は無言で外に出ると、近くに止めてあったジープの前で足を止めて振り返る。

「ねえ月詠さん」
「はい」
「ここは公道じゃないからオレが運転しても大丈夫だよね?」
「……ダメです」
「なんで?」
「武様は助手席に乗ってください」
「ちぇー」

ワザと戯けてみせる武だが目が笑ってないと気づいていた月詠は、そのまま運転席に乗り込むとエンジンをかける。
渋々と言った感じで助手席に腰を下ろした武に向かって口元だけ笑うと、どこに向かうのか行き先を聞く。

「ソビエト軍管轄地へ、話は通っているはずだ」
「解りました」

それから標識に従い月詠がゆっくり走らせる間、武はただ無言で前を見据えて目的地に着くのを待っていた。
やがて管轄地へ入るゲートの手前で車を止めると、詰め所から出てきた警備兵と武が言葉を交わしてから中に入っていく。
教えられた兵舎に着くまで運転しながら月詠は、まだ片付けが終わらず管轄地内に転がる戦術機の残骸を横目に、ハンガーで確認
した事を思い霞に感謝していた。
程なく兵舎に到着してジープから降りると、ソビエト兵じゃない警備兵が出迎えて武と月詠を建物の中を案内していく。

「こちらの部屋です」
「ありがとう、それとこれ以降は警備の必要は無いとハルトウィック大佐に伝えてくれ」
「はっ」

敬礼して回れ右をした警備兵から月詠に視線を移すと、ノックをしてドアを開けると中に入っていく。
そこにいたのは武に倒されたSu-27に乗っていたパイロット達で、殆どの者が月詠を従えて来た武が誰なのか解っていないような
表情で黙っていた。
しかし、誰かが武の名前を口にしてから自分達を倒したのが目の前にいる少年だと気づき始める。

「オレは国連横浜基地所属の白銀少佐、こっちは日本帝国斯衛軍の月詠中尉だ」

簡潔に武が自己紹介を済ませると一同の視線が集中するが、どれも好意的な物じゃないと月詠も感じていた。
当然と言えばそれまでだが、臆することなく武は話を続ける。

「いろいろ言いたい事が有ると思うが、まずはオレから話をさせて貰う……本当なら今頃ここには誰もいなかったはずだ。つまり
あの戦いでオレは手加減なんて一切し無かった。ただ怒りに任せて攻撃していたんだから、気持ちに余裕なんて無かった。簡単に
言えば皆殺しにしたつもりだった……だけどそれをオレにさせない様にした女の子がいたんだ」

本音で話し始めた武の言葉に怒りを浮かべていた者がいたが、それでも最後の言葉で表情が戸惑いに変わった。
それを気にしていないのか、武は淡々と話を続ける。

「その娘は新OS【XM3】を作り良く熟知しているからこそ細工できたんだが、IFFを出している機体に対しては致命傷避ける
指示がOSにしてあった。特にコクピットと動力部を避ける様に強力にな……つまりみんなが死ななかったのは偶然じゃなくてその娘の
お陰なんだ。だがオレに対して怒りや恨みをぶつけるのは構わない、本当に済まなかった」

深々と頭を下げた武に文句を言おうとしてた者は、その姿に振り上げた拳を何処に降ろして良いのか解らなくなり部屋の中は
静まりかえる。
その中で一人、大尉の階級章を付けて長い黒髪をポニーテールに纏めた小柄な女性が立ち上がる。

「リディア・グリンベルグ大尉です、あなたに撃破されたカレリア中隊の隊長を努めています」
「そうか、じゃあ言いたい事があるなら遠慮無く言ってくれ」
「その前に……私を始め隊の者達は今回の出来事についてなんら事情を知らされていません。まずはその辺りを説明して頂けますか?」
「ああ、解った」

リディアに問われて今回の輸送機への誤射から始まった一連の流れを説明し終わる頃には、武に対しての憤りを露わにする者は誰一人
いなくなり静まりかえった。
なにしろ武側には落ち度が無く、通信拒否をして敵対行動を取った実験評価部隊に非が在り、それを追撃してきたのを邪魔した結果が
自分達が撃破された事になったと理解したのである。
しかも、武の話した少女が自分の恋人であり、意識不明のまま目覚めないのであれば是非もない。

「そう言う事でしたか……」
「私情に走って軍人らしくないって言われればそれまでだけど、オレには許せない事だった」
「心情は理解出来ます、目の前で大事な人が傷つけられれば冷静ではいられないでしょう。しかも相手は同じ人間なのですから……」
「と、言う事だ。さあ遠慮無く文句でもなんでも言ってくれ、別に殴ってくれても構わないぜ」
「いえ、そもそもの原因を作ったのが我がソビエト軍に籍を置く者達ですし、非はこちらにあるでしょう。しかもその者達を捉え
ようとしたのを邪魔した形になれば、誤解されても致し方有りません」
「だけどオレは本気で……」
「結果として人的被害は軽微です、寧ろそちらの方が深刻でしょう。現にこうして私達は生きています、それで宜しいのではありま
せんか」

リディアの声に合わせて異論を唱えるどころか、逆に迷惑掛けたとか霞の見舞いに行きたいとか口にする者はいたが、敵意を見せる
者は誰一人いなかった。
その声を聞きながら武は心の中でまだ目覚めぬ霞に感謝しきれない思いで一杯だった。
霞の選択した行為が明るい未来を作り出した事は紛れもない現実で、それを側で感じていた月詠も優しい目で武を見つめていた。

「みんなの寛大な心に感謝する。それで一応お詫びって事を含めてソビエト軍に対して優先的に新OS【XM3】の教習と、新しい
機動概念への転換をオレ自身で行う事になった」
「つまりあの動きが我々にも実現可能になると言う事ですね?」
「そうなるな、もしかしたら相性が良い奴がいればオレ以上に強くなれると思う」
「喜ばしい事です、我が祖国も日本と同じくハイヴとBETAに犯されて見る影も無くなっています。少佐が見せてくれた力を得られ
れば奪還する希望が現実味を帯びてきます」
「異論がなければ明日からこちらの施設でシミュレーターと戦術機を使用して行うけど、何か質問が有ればその時言ってくれ」
「了解しました」
「ああ、そうだ……あまりメシを食べない方がいいかもしれないな」
「忠告ありがとうごいます、それでは明日楽しみにしています」

最後にみんな立ち上がり、リディアに習い最敬礼で見送られた武と月詠はソビエト軍管轄地を後にした。
それからやっと自分の部屋まで帰ってきた武がベッドに腰を下ろすと、飲み物を用意しに月詠が簡易キッチンに行く。

「はぁ……」

ため息を吐き武の姿に先程までの覇気は無くなっていて、俯いた顔に手を当ててぼんやりしていた。
あれから一睡もしていない武は思考が鈍くなるのを感じていたが、それでも眠さだけは来なくてあくびの代わりにため息しかでない。

「武様、どうぞ」
「ん、ありがとう月詠さん」

差し出されたお茶は合成品では無く本物のお茶で、口にした武は驚いて月詠の顔を見つめる。

「殿下からです」
「そっか、美味いなぁ……」
「武様、それを飲みましたら少しお休みになってください」
「大丈夫だよ」
「その様な顔には見えません」
「眠れないんだ、体はそうしようとしてるけどさ。また何かが起きた時に手遅れになったらと思うと、オレはっ……」
「武様……」
「手を伸ばせば届く所にいたんだ、純夏と同じように目の前にいたのに……また守れなかった」

手にしていたカップが床に落ちたが気にせず苦悩する武は年相応に見えて、月詠の心はその苦しみを救いたい気持ちになる。
再び悪夢を見せつけたのはBETAではなくて同じ人間なのだから、純夏の時よりも質が悪いと言えた。
流石にこれを見た月詠は殴る事も出来ず、膝を突いて自分の両手で武の手を包み込むと優しく語りかける。

「安心してください、話した通り私がここにいるのですから……」
「解ってる、でもっ」
「武様」
「あっ……」

包み込んだ武の手を引き寄せ自分の胸に添えながら、月詠は真っ直ぐな瞳で見つめる。

「私はここにいます、武様は一人じゃありません」
「月詠さん」
「私を信じてください」
「真那……」
「さあ……」

諭す様に優しく語りかける口調に武の瞼は静かに閉じて、前のめりに倒れていく体を月詠が抱き締めて支える。
聞こえてくる吐息と感じる鼓動に不謹慎だと思いながら幸せを噛み締めた月詠は、武の体をベッドの上に横たわらせると毛布を掛けて
から部屋の電気を消すと外へ出て行く。
一人廊下を歩く月詠の表情は凛として、さっきまで武に見せていた柔和な優しさはもう存在していない。
そして歩き続けた先は霞の病室で、警備兵の横を通り中に入ると部屋の隅で目を閉じると気配を消して様子を窺っていた。
やがて夜も更け静まりかえった時に音も無く扉が開いて、看護婦が中に足音も立てずに入ってきた。
手に持っていたトレイを霞が眠るベッドの脇にあるテーブルに置くと、小さな注射器を手に取り霞へ針先を向けようとした時、いき
なり部屋の灯りが点いた。

「っ!?」
「昨日の今日で来るとはな、それほど社少尉の存在が邪魔か……」

言うや否や月詠は看護婦の腕を掴み、そのまま捻り上げると膝裏を蹴り付け床に組み伏せると、注射器を取り上げる。
それをテーブルの上に置き素早く布きれを口の中にねじ込むと、月詠は彼女の耳元に口を寄せると低く冷たい声で囁く。

「私は白銀と違って女に優しくはない、簡単に自害出来ると思わぬ事だ」

奥歯を噛もうとした仕草を見逃さなかった月詠の判断は正しく、悔しそうに睨み返す看護婦の首筋を叩いて気絶させる。
それから手足を縛り逃げられない様にしていると、白い斯衛軍の制服を着た三人が中に入ってきた。

「警備兵の様子はどうだ?」
「眠らされているだけです」
「そうか、ではこの者を連れて行け。念入りに身体検査をして自害させるな」
「はっ」
「武様に気取られるな、いけっ」
「「「はっ」」」

その三人……横浜基地にいるはずの神代、巴、戎は、注射器と看護婦を抱えると静かに病室から出て行く。
一人残った月詠は表情を緩ませると、優しい顔つきになって霞の顔を見つめる。

「安心して眠りなさい、誰にも手出しはさせないから……」

妹の様に思う霞の頬をそっと撫でて見守る月詠は、椅子に腰掛けると武の代わりに小さな手を優しく包み込んだ。






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