「状況はどうなっていますか?」
「まだ、白銀本人から連絡はありませんが、ユーコン陸軍基地と太平洋第3方面軍からは報告書が上がっていますわ」
「そうですか、やはり……」
「霞の事でしょう、命の危機は脱したようですが、意識は回復していないそうです」
「武様はさぞ辛かったでしょうね」
「目の前ですからね……殿下」
「なんでしょう?」
「悲しんでいるばかりではいかない現実があります、どうやら霞に釣られて動きがあったようです」
「鎧衣からですか?」
「はい」
「ならば今度は大丈夫です、その為に月詠を武様の元へ向かわせたのです」
「ええ……」
「香月副司令は何か含む所があるようですが?」
「これはあたしの推測ですが、霞は在る程度襲撃の予測してそれを踏まえた上で何かをしていた感じがあるんです」
「自分がこうなった場合の事を?」
「ええ、まず白銀が怒りに任せて戦ったのに死人が出なかった事、それと白銀を止めた篁中尉の力も普通じゃありません」
「霞さんが何かしたと言う事でしょうか……」
「おそらく、今は報告待ちですが、まず間違いないでしょう」
「そこまで霞さんは……」
「白銀の為にがんばったんでしょうけど、知ったら本人はそんなのちっとも嬉しくないでしょうね」
「同感です、帰ってきたら武様直伝のお仕置きをして差し上げますわ」
「ふふっ、ぜひあたしも参加させて貰います」
「それよりも先に白銀にお仕置きしたいわ、全然報告してこないのは愛が足りない所為だと思いませんか?」
「激しく同意致しますわ、帰国の際には是非お願いを聞き届けて貰います」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 86 −2000.10 Lack Purpose−




2000年 10月1日 9:40 アラスカ州ユーコン陸軍基地

朝早くから手が空いていた兵士たちが滑走路の手前に落ちたミグラント1の残骸を片付けていた。
搭載されていた武御雷・零の大型シールドは形を留めていたが、レールガンは無惨にも半ばから折れ曲がって使い物にならない。
それよりも友軍機を墜落に追い込んだ事で一歩間違えれば基地全部がソビエト軍管轄地と同様になったのかもしれない事に、作業
していた兵士達は言葉少なく残骸をトラックに積み込んでいく。
また武達の機体が格納されているハンガー周辺は、ハルトウィックの命で警備兵が配置されていて物々しい雰囲気が漂っていた。
そこにやってきたのは月詠で、唯依の話から急いだ方が良いと判断して真っ直ぐここにやって来た。
警備兵が敬礼する横を通り過ぎハンガーの中に入ると、武と自分の機体と並んで一番奥に唯依の武御雷があった。

「篁中尉の機体はあれか」

見上げた黄の武御雷のコクピットへ乗り込んだ月詠は、そこに漂う血の匂いに眉を歪める。
その元を探すとシート下の僅かな隙間に放り込んであったバッグを引きずり出して見た瞬間、その目には怒りの色が浮かぶ。

「この血、霞が命がけで守ったのか……なら意味はあるな」

それを膝の上に置きシートに腰を下ろした月詠は、端末操作用のキーボードを取り出してシステムを立ち上げると、サブモニター
の画面上で点滅を繰り返す物に気づいた。

「これか……消去終了、システム再起動……よし、これで良いはずだ」

唯依の言葉通りに機体側に残っていたプログラムは消したが、それを含めて月詠が手にしているバッグが答えに導くと信じて
その場を後にした。
とにかくバッグの中を確かめようと武を探していたら、ブリーフィングルームから少女を従えて出てきた。
何処に行くのか気になり後を付けていくが、途中でどこに向かっているのか解ると月詠は少しだけ気を緩める。
そして予想通り霞の病室に入るのを見届けてから、廊下の壁に背中を預けて暫く待つ事にしたらしい。

「あ……」

程なく出てきたイーニァの声に閉じていた瞼を開くと、月詠は彼女を見るがその容姿が誰かに似ているなと感じた。
月詠は壁から背を浮かせて歩き出し、目が合い怯えた様子を見せるイーニァの横を通り過ぎる時に低い声で呟く。

「背筋を伸ばして、周りをよく見ろ」
「えっ」

その言葉に戸惑うイーニァの視線を無視して、月詠は病室の中に入っていく。
霞の手を握り見つめている武の姿は穏やかな様子で、昨日の様に落ち込んでいる雰囲気は無かったから近づいて話しかける。

「武様、少し宜しいですか?」
「ん、ああ」

振り返った武は自分を見つめる月詠の表情に立ち上がると、名残惜しそうに霞の手をそっと放すと二人で外に出て行く。
少し歩き誰もいない部屋を探してその中に入りテーブルの上に血まみれのバッグを置いた。

「それはっ……」
「霞が最後まで離さなかったバッグです、ここに何か有ると思います」
「確かにな、篁中尉のアレも気になっていた所だ」
「先程、篁中尉に頼まれて戦闘の際に使用したプログラムを消してきました。中尉の言葉では誰にも知られない事を望んでいました」
「そうか……」

月詠の言葉を聞いて何か有ると確信した武は、慎重にバッグを開けると中から霞がいつも使っているラップトップが出てきた。
一見では壊れていない様だったので、そのまま起動させると画面にパスワードを求める表示が出た。

「パスワード?」
「システム管理者なら当然ですが、これでは解りませんね……」
「うーん……唸っていてもしょうがないから、思いつく言葉を打ってみよう」
「はい」

キーを叩きながら思いつく言葉を打ち込むが空しくエラーが続いてしまい、段々と考え込む時間が増えてくる。
もし自分が霞ならどんな言葉を使うか……暫く黙り込んでいると武の脳裏に一つの映像が浮かんだ。
だけどあまりにも不自然で明確すぎるそれに、武は霞の病室の方に振り返った。

「武様?」
「いや、まさかな……でもっ」

武の脳裏に浮かんだ映像、それは受け継いだ記憶にあった横浜基地で純夏を交えて三人であやとりしている様子だった。
今すぐ霞の所へ行きたい気持ちを抑えてパスワードを打ち込むと、通常画面が映りそこには一行のメッセージが表示されていた。

【泣かないでください】

これを見て武は歯を食いしばる、出なければ涙が零れてしまいそうだったから……。
ぎりっと聞こえた音に月詠が武の顔を覗き込むと、絞り出す様な声が呟かれた。

「解っていたんだ、霞はこうなる事を予測していたんだっ。くそっ」
「どうして予測が?」
「そっか、月詠さん知らなかったよな。今回の出来事はオルタネイティヴ5推進派が中心かと思ったけど、それだけじゃないんだ。
ソビエト軍機が発砲した事実からすれば、おそらく霞の過去が関わっているんだ」
「霞の?」
「ああ、霞が横浜基地から殆ど外に出ない理由がそこに在る。詳しい事は省くけど、霞の生まれはロシアなんだ」
「それでは今回の狙いは武様より霞という事でしょうか」
「さあな、でも一つ違っていたのはオレが戦術機に乗ったままこちらに向かった事だ。もし持ってきたのが武御雷・零じゃ無かったら、
今頃キャビンにいたオレも霞と同じ状態だったろう。そう言った意味で言えば第5計画推進派の思惑は失敗になるがな、ダメージと
してはこっちの方が大きかった」

月詠と話ながら操作してファイルを調べると、武の名前が付いたテキストがありそれを開くと、霞の言葉が書かれていた。

『これを見ているのが武さんだと信じて書いています。おそらく今回のアラスカに向かう間に、直接襲撃が有るかもしれません。
わたしが調べた情報の中に第5計画推進派とは別の組織が予想以上に活発に動いていると解りました。これは間違いなくわたしの
出生に関係している事だったから、武さんに気を使わせたく無くて知らせませんでした。ただ、これでわたしに何か有ったら武さん
が泣いてしまうのが辛いです。だから泣かないでください、例えわたしがいなくなっても純夏さんを始め沢山の人が武さんの側にいて
支えてくれるはずです。自分勝手な事ばかり言ってますね……でもわたしは武さんには生き延びて欲しいんです。本当にごめんなさい、
そしてずっとずっと大好きです。霞』

がんと武の拳がテーブルを叩くと、隣で見ていた月詠は武の横顔を見て声を出せなくなる。
懸命に霞の言葉を守ろうとしている武の目には今にもこぼれ落ちそうな涙があり、それを強引に袖で拭うと体を震わせる。

「霞っ……オレの事を泣き虫だなんて勝手に決めつけるなっ」
「武様」

それから霞のラップトップの中にあったいくつかのプログラムとファイルを調べた結果、月詠を驚かせるぐらいの開発された物が
そこに存在していた。
まず一つは唯依が使ったプログラム『VSMP』だが、これは今までの武の動きを全てデータ化し行動予測を行い、それに合わせて
パイロット側に指示を出すのだが、扱う人間に対して一切の配慮が欠如していた。
指示や機体制御等、あまりの早さに搭乗者がそれを扱いきれない……故に唯依自身も体験し危険すぎると判断したのだ。
武と同等の能力を機械的に補佐して表現しようとした物だが、如何せん普通の人間は機械になれない。
それから深夜に基地の格納庫で武と一緒になって作り出した物の試作版を完成させていた。

「武様、これは?」
「本当は夕呼先生が設計している機体に積もうと考えていた物なんだ、手数で劣る人類が勝つ為の奥の手って奴さ」
「奥の手ですか……」
「ああ、だからここにある試作品を使えるのは今の所オレだけだ。いや、今の月詠さんならいけるかもしれないなぁ……」
「そんなに複雑なのでしょうか?」
「複雑、と言うよりはっきり言えば才能頼りってところかな。横浜基地で一騎打ちした時の力を月詠さんが出せれば使えるかもね」
「ならば試してみましょう、使えるに超した事はありません」
「うん、解った」
「ところでこれの名前は?」
「ああ、『FLASH SYSTEM』って言うんだ」
「これはどのような物でしょうか?」
「簡単に言うと無人機をこちらで任意に操作するんです。この試作版ではまだオレだけしかダメだけどね」
「そんな事が可能なんですかっ!?」
「もちろん、ここに来る前にちょっとだけヴァルキリーズ相手試してみたけどね。統括思考制御と自立AIを利用して任意に無人機を操る……
『FLASH SYSTEM』と呼ばれる物で、完成版では特殊な力が無くても最大で4機の無人戦術機を操れるはずです」
「衛士の数は急には増やせないですが、これならば短時間で戦力増強が可能になります」
「ただ今のOSだと完全制御しきれないから、霞は次のOSを考えていたんだ」
「もう次ですか?」
「ああ、だがそれはこの中には無いな……」

それ以上は特に気になる物は無く、バッグの中にあった戦術機動パターンのライブラリーディスク類も損傷が無かったので、霞の
命がけで守った物が無事だったのが武の気持ちを少しだけ救っていた。
それから今後の事をどうするか武が話しかけようとした時、月詠が考え込んでいるのに気が付いた。

「どうしたの、月詠さん?」
「一つ気になる事が……武様はソビエト軍管轄地で戦っている時、ただの一機もコクピットや動力部を狙わなかったのですか?」
「えっ……」
「怒りに任せて戦っていたと篁中尉から聞いていますが、それでも人を殺さない様に気を使っていたのでしょうか?」
「いや、それはない。あの時のオレはそんな事まで気を使う余裕なんて無かった……まさかっ!?」

今、武の思いついた事が自分の考えと同じだと、目を伏せる月詠はそのまま言葉を続ける。

「これだけ武様の事を思っていた霞です、もし武様が感情的にでも人を殺めたら苦しむ事を理解しています。ならばきっと……」
「武御雷・零に何かをしたと言う事かっ!」
「はい、それを確かめる為にも格納庫に行きましょう」
「解った」

唯依と話をした月詠の指摘に武は、武御雷・零に何かあると気が付いて頷き合うと二人で向かう事にした。
歩きながら武はそんな些細な違和感に気が付かない程に呆けていたのかと自分の顔を叩いて気合いを入れ直す。
そして再びハンガーまで戻ってきた月詠と霞のバッグを手にした武の前で、警備兵相手に何かを揉めている二人組がいた。

「やっぱりダメかぁ……」
「当然だろ、昨日の今日で触れるもんかよ」
「でも、日本のType-00なんて映像でもなかなかお目に掛かれないんだぜ?」
「諦めろって」
「しかしなぁ、あっ……」

そこでヴィンセントは歩いてきた武と月詠に気が付いて敬礼をすると、振り返ったユウヤも形式的だけど敬礼をする。
目を細める月詠は二人から視線を外さずに警備兵に問いかける。

「どうした?」
「はっ、この二人が中にある機体を見学したいと言ってきましたが、許可が無い者を入れるなと厳命されていましたので……」
「そうか、武御雷をな……」

見立てではヴィンセントもユウヤも裏がある感じは無かったが、今は悠長に見せている時間は無いと月詠ははっきり言おうとした。
しかし、月詠がそう言おうと思ったら、何故か武が二人と話し始めていた。

「オレは白銀武って……」
「広報ビデオを見ているんで良く知っています、ヴィンセント・ローウェル軍曹です。こっちは……」
「ユウヤ・ブリッジス少尉です」
「篁中尉と一緒に来てたよな、二人ともよろしく。ところで武御雷に興味があるのか?」
「もちろですっ、メカニックとしては是非拝見したい機体です」
「メカニックか…じゃあ見るか?」
「いいんすかっ!?」
「武様っ! それは迂闊すぎますっ」
「まあまあ、心配なら月詠さんが監視してくださいって。じゃあ行こう」
「た、武様っ……」

月詠の止める声を背中で聞き流しながら歩いている武と喜んで付いていくヴィンセント、その後ろから武をじっと見つめるユウヤの
四人はハンガーの中に入っていく。
中には照明に照らされて鈍く光る武御雷・零と赤と黄の武御雷が外観の無言の圧力を発していたが、子供の様に目をキラキラさせて
ヴィンセントは歓声を上げる。

「うおー、やっぱりすげーよ。見ろよユウヤ、この銀色の機体なんて仕様からすればスペシャルだぜ」
「ああ、これはオレの専用機だからな」
「専用機って事はかなりのカスタマイズですね?」
「そうなるな。悪いが見てもいいのはオレの機体だけだ、赤と黄の機体に近づいたら月詠さんに真っ二つされると思ってくれ」
「了解ですっ、うーん、しかしこの外観と良い背中のバックパックは……」

大げさに喜びながら武御雷・零の周りを歩いて眺めるヴィンセントに苦笑いを浮かべる武に、怒っていると言う表情を見せている
月詠が側に寄ると耳元で囁く。

「武様、何故許可したのですか?」
「ごめん月詠さん、二人きりだったのに……」
「はい……って違いますっ。そうではなくてっ」
「軍曹の目はウチの整備兵と同じだったから大丈夫だよ」
「ですがっ……」
「それに、専門家の目で確かめて欲しいのさ。オレと月詠さんは門外だからね」
「はぁ……」
「ちょっといいか、ローウェル軍曹……」
「はい、なんすか?」

至福の表情を浮かべたヴィンセントを呼びつけると、一緒にリフトへ乗り上がるとコクピットの中で武がやってもらいたい事を
指示する。
それを心配そうに見上げる月詠から少し離れた場所にいたユウヤも同じように見上げながら呟く。

「近接戦主体の機体か……」
「そうか、少尉は間近で見たのだったな」
「あんな戦い方……いや、あんな動きが戦術機に出来るなんて思わなかった」
「仕方在るまい、それの考えに至る者がいなかったのだからな」
「確かにいなかった、じゃあ白銀少佐はどうして考えついたんだ」
「ブリッジス少尉、聞きたいのはそんな事ではないのだろう?」

その言葉に内心驚きながらユウヤは顔を月詠の方に向けると、同じように自分に向いていた視線とぶつかる。
確かにユウヤが聞きたかったのはそんな事じゃなかった、それは武が躊躇無くソビエト軍管轄地で暴れた事だった。

「あんな事をして自分がどうなるか考えていなかった、くそくらえだと言っていた……」
「ああ、そんな事か」
「そんな事って……」
「人が戦う理由はそれぞれだ、それを納得出来ないのは貴様が未熟なだけだ」
「なんだとっ」
「質問に答えただけなのに怒るのは図星と言う事だ」
「くっ」

ニヤリと口の端を上げて笑いそれきり視線を外すと武の方を見上げる月詠に、ユウヤは何も言えなくなった。
認めたくなくても月詠の言葉が正しいと、ユウヤは言葉の意味を解ってしまったから睨み返す事しかできない。
それから暫くしてコクピットから降りてきた武が月詠の側に戻り、確かめた事を肯いて教えると了承したと目を閉じた。






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