「どうやらなんとかなったようね……」
「はい、こちらも無事に月詠が到着したと連絡がありました」
「これでオルタネイティヴ第5計画推進派の勢いもかなり削いだけど、油断は禁物か……」
「ええ、その為に鎧衣にも動いて貰っています」
「夕呼先生……」
「起きて大丈夫なの、鑑?」
「はい、それよりもタケルちゃんと霞ちゃんは……」
「白銀は問題ないわ、寧ろ問題は霞ね。手術は終わったけど、まだ目が覚めないらしいわ」
「そんなっ……」
「とりあえず命には別状ないわ、ただ場合に寄っては鑑に行って貰う事になるかもしれない」
「行きますっ、霞ちゃんを助けるんならなんだってしますっ!」
「でも、もう少し様子を見ましょう」
「夕呼先生っ」
「焦らないで、ここで鑑に万一が有ったら白銀が悲しむわよ」
「はい……」
「しかし、良くアラスカまで届いたわねぇ……やっぱり愛の成せる技かしら?」
「あうっ!?」
「純夏さん、なにやらお顔が赤いですが?」
「ななななんでもないですっ! ほんとだよっ! 嘘じゃないよっ!」
「(キュピーン)鑑ぃ、白銀とやったわね」
「まあ、すでに武様と契りを交わしたと?」
「そ、そそそんなっ、タ、タケルちゃんとなんてやってないよっ!!」
「ばればれよ、鑑ぃ……さてと、じっくり話して貰いましょうか。包み隠さず全てね」
「わたくしも是非にお聞きしたいですわ、今後の為にも……うふふっ」
「た、たすけてぇ〜、タケルちゃーんっ!!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 85 −2000.10 Everything−




2000年 10月1日 08:40 アラスカ州ユーコン陸軍基地

唯依が目を覚ました時、見慣れない天井が見えてここが何処なのか解らなかったが、気を失う前の記憶が蘇ってくると起き上がろうと
して体中に痛みが走り表情が歪んだ。

「くっ……」
「無理をするな」
「えっ、月詠中尉っ!?」
「寝ていて良い、今は体を休めろ」
「は、はい……」

ベッドの側で椅子に座っていた月詠は、やんわりと唯依の体を押さえると寝かせる。
唯依は軽くため息を付いて改めて此処にいる疑問を聞こうと、月詠の方に顔を向けた。

「月詠中尉、どうしてここに?」
「悠陽殿下より勅命でな、白銀少佐の護衛に着任した」
「白銀少佐の護衛……あっ、あれからどうなったんでしょうか?」
「問題ない、全ては篁中尉のお陰だ、礼を言うぞ」
「月詠中尉っ!?」

深々と頭を下げて感謝する月詠に驚いて起き上がり掛けるが、体の痛さに肩を横に向けるだけで動けなくなる。
同じ中尉でも自分と違い赤を身に纏う人からここまでされるとは無いと思っていただけに、その衝撃は大きかった。
ゆっくりと頭を上げた月詠は、穏やかな表情を浮かべて話を続ける。

「殿下からも感謝しているとお言葉を頂いている、よく頑張ってくれた」
「ありがとうございます、でも私は自分の為にしただけですから……」
「それでよい」
「あ、あの、社少尉は?」
「手術は無事に終わって、今は病室で白銀少佐が付き添っている」
「そうですか……しかしソビエト軍相手にあそこまでして、少佐はただで済まされないと思うのですが?」
「その事なのだが、順を追って説明しよう」

悠陽の言葉で武の立場が公に世界に対して明確化された事、それによりソビエト軍に対して行った行為は不問になった事、その為に
護衛を任を悠陽から直接賜った月詠がここに来たという事を聞いて唯依は開いた口が塞がらなくなった。

「つ、つまり白銀少佐の立場は殿下と同じと言う事ですかっ!?」
「そう言う事になるな、だが今の所上層部までしか伝わっていないし、無理に接し方を変える必要はないぞ」
「そう言われても……」
「大体あの者は品格が無いからな、殿下のようにはなれん」
「いいんですか、そこまで言っても?」
「所詮白銀だからな、良いも悪いも無い」
「えっと、もしかして惚気られていますか?」
「ばっ、何を言っているっ」

自分の言葉に月詠の凛とした雰囲気もどこかに行って、頬を赤く染めて照れる仕草に唯依は武の話で緊張が解けていく。
それで落ち着いた唯依は、表情を引き締めると声を潜める。

「あの、私の機体はどうなっていますか?」
「そなたが帰還した直後からハルトウィック大佐の指示で監視させてあるようだから誰も近づいていない」
「そうですか……ならばお願いがあります。私の機体から社少尉のプログラムを消去してください」
「霞のプログラム?」
「はい、詳しい事は後で話しますが、誰の目にも触れさせないでください」
「すぐに行ってこよう」
「お願いします、それとコクピット内に血まみれのバッグがあるのでそれも回収してください」
「解った」

すぐに立ち上がるとそのまま病室を出て行く月詠を見送った後、唯依は天井を見つめながら霞の作り上げた物を考えていた。

「あれは普通の人間には危険すぎるわ、社少尉……」

どんな思いであれ程の物を作ったのか、霞の思いの強さに感心しながらも唯依はその力に驚異を感じていた。
そして何故あれをわざわざフライト中の機内で渡さなければならなかったのか、疑問は残ったがその答えを知る本人は意識が戻って
いない。
ただ、武の為を思い用意させただけは理解出来た唯依だった。
同じ頃、別室でドーゥル中尉が仁王立ちで睨みを効かせていた前には、今回の当事者の一人であるタリサが怯えて縮こまっていた。

「貴様は何をしたのか解っているのか?」
「は、はいっ」
「貴様らの愚かな行為で輸送機を撃墜して、わざわざ招いたゲストに瀕死の重傷を負わせた事も理解していると言う事だな?」
「あ、あのっ」
「そして聞こえているはずのHQからの緊急通信を無視し、その馬鹿な結果が貴重な機体を撃破されたと言うんだな?」
「機体の事はっ……」
「貴様が白銀少佐の通信を無視した事はすでに知れている。だから輸送機を襲ってきた敵と判断した少佐は貴様を迅速に排除した
に過ぎない」
「うっ……」

額に血管を浮かび上がらせドーゥルが上げている事柄で、自分の立場がかなり危険な事になっているタリサはもうダメだと思っていた。

「さて、今までの事を理解している上で聞くが、貴様の今後がどうなるか解るか?」
「あ、あの、あのっ……」

クリスカ達と諍いならまた怒られるだけで済んだかも知れないが、すべての緊急通信を無視した上に墜落させてしまった事実は確かで
ある。
タリサが救助されドーゥルの元へ出頭した直後、MPに連行され空き部屋に軟禁状態になっている間、どうなってしまうのかと考えて
いた予想通りの展開に言葉が上手く出ない。
そんなタリサを睨みながら、怒りと言える声と表情でドーゥルは告げるべき言葉を口にする。

「本来ならば極刑は免れないだろう、しかし現在の所は保留だ」
「へっ?」
「重傷を負った社少尉が意識不明のままだから、その後の経過を待って処分を決める」
「そ、それって……」
「いいかマナンダル少尉っ、次に命令違反を犯すようで有れば、即座に銃殺が待っていると思えっ!」
「は、はいっ!」
「それとこの後は、ブリーフィングルームで待機していろ。白銀少佐が直々に貴様に聞きたい事があるそうだ」
「了解しましたっ!」

指示を受けて駆け足で出て行ったタリサの後ろ姿を見送りながら、ドーゥルはやれやれと頭を押さえた。
そしてタリサがブリーフィングルームのドアを開けて中に入ると、先に来ていたのクリスカとイーニァが視線を向ける。
一瞬言葉に詰まるがここで騒ぎを起こして怒られるのはもう沢山だと思い、そのまま近くの椅子に座ると二人に背を向けて着いた。
そんなタリサが気になるのかイーニァはちらちらと視線を向けるが、クリスカはこれから会う武に対してどう対処していいか解らず
考え込んでいた。
あの時、向かい合っていた時は歯が鳴る程の恐怖を味わった相手がどんな話があるのか……最悪な場合でもイーニァだけは逃がさ
なければならないと思っていた。
三者三様に違う考えで待っていると、ドアを開けて国連軍の制服を着た武が中に入ってくると、三人が座っている真ん中辺りの
椅子の背を掴むと自分の方に向けて腰を下ろす。

「一応自己紹介をする、オレは白銀武で階級は少佐、国連横浜基地からここに来た。そっちも自己紹介をしてくれ」

そう言って睨まれた三人は立ち上がると、その視線を黄にしながら自己紹介を始める。

「タ、タリサ・マナンダル少尉ですっ」
「イーニァ・シェスチナ少尉です……」
「クリスカ・ビャーチェノワ少尉」
「そうか……座っていいぞ」

座った三人を口を開かず見つめていた武は、数分を過ぎた頃に語気を強く話し出す。

「お前ら何をやったか解っているのか?」
「うっ」
「ひっ……」
「……あれは事故だ。わたし達も実弾が装填されているとは気づかなかった」
「クリスカっ!?」
「事故か……ユーコンHQと輸送機とオレからの聞こえていたはずの通信に応えなかったのも事故か?」
「それはっ……」
「輸送機が墜落しても模擬戦みたいなじゃれ合いを続けたのも事故か?」
「あ、あのっ……」
「何もかも都合良く事故か……てめぇら巫山戯るなよっ!!」
「ひぃ」

立ち上がった武は座っていた椅子を掴むとそのまま壁に向かって叩き付け、怒気を漲らせて三人を睨んだ。
その行為にイーニァは短い悲鳴を上げ、クリスカは何も言えなくなり、タリサは顔が強張って表情が固まった。

「何でそんなくだらねぇ事で霞が怪我しなけりゃならねぇんだよっ! ああっ?」

余りの迫力に反論なんて出来ずに三人の体は自分の意志とは無関係に震えていたが、怒りを露わに武の話は続いた。

「お前らの任務ってのは味方を撃つ事なのかよっ!」
「ご、ごめんなさいっ」
「イーニァっ」
「あ、あなたの大切な人、傷つけてご、ごめんなさいっ……」

震える足で武の前に立つと涙目で見つめ謝り続けるイーニァを止めようとするクリスカだったが、頑なに拒んで頭を下げる姿に
タリサも習うように頭を下げる。

「あ、あたしもごめんっ、悪い事したと思ってる……」
「ごめんなさいっごめんなさいっ……」
「……ビャーチェノワ少尉は何も感じてないのか?」
「…………」
「そうか、ならお前に教えてやるよっ」
「きゃっ」
「イ、イーニァっ!?」

そう言って武は目の前にいたイーニァの手を掴むと自分の方に抱き寄せ、クリスカから遠ざける。
目の前で引き離されて焦ったクリスカに、武は睨んだまま口を開く。

「オレが帰る時にシェスチナ少尉も横浜基地に連れて行く、お前はここで一人で戦術機に乗って勝手にくたばれ」
「貴様、イーニァから離れろっ」
「ふんっ」
「がっ……」

掴みかかってきたクリスカの腕を弾くと、そのまま首を掴んで足を払って床に引きずり倒した。
唖然とするタリサはその場で動かなかったが、慌てたようにイーニァが近づこうとすると手で来るなと制しながら、クリスカに
顔を近づけると武は言い放つ。

「お前は選んだんだよ、こうなる未来をな……」
「な、なにっ……」
「撃つのを止める事も出来た、通信に応える事も出来た、なのにお前が選択した結果がこれだ」
「わたしはっ……」
「自分で選んだんだ、大人しく受け入れろ。そして最後の瞬間まで一人足掻いていろっ」
「ぐうぅ……」
「それと霞にした事を許したつもりはねえぞ、もしこのまま目覚めなかったなんて事になったら……必ず殺すっ!」
「あ、お、お願いっ、もうそれ以上はっ……」
「ふんっ」
「かはっ、ごほっ……」

イーニァが武の手を握って許して欲しいと懇願する中、クリスカの首から手を放して立ち上がった武は吐き捨てるように言う。

「話は終わりだ、お前らは戻れ。シェスチナ少尉はオレと来て貰う」
「はいっ」
「……イ、イーニァ」
「ごめんね、クリスカ……」

呼びかけるクリスカに振り返って謝った後、出て行く武を追ってブリーフィングルームからいなくなり、残された二人は暫くの間
黙り込んだままその場を動く事が出来なかった。
そして廊下を歩く武の後ろを付いていくイーニァは、その心から溢れている怒りの影に大きな悲しみを感じたから、黙って従って
いたのである。
また、武が本気でクリスカと自分を引き離すつもりが無い事も何となくだが感じていたが、それを言い出して良いのか解らず黙って
後に付いていく。
エレベーターに乗り地下に降りて医療施設がある区画に入ると、警備兵がいる病室の前で立ち止まり一言話してから手招きをされた
イーニァはその部屋に入っていく。

「あ……」

ベッドの上に横たわるのは頭に包帯を巻いた霞で、それを自分達に向けた目と違って優しい表情で見つめる武にイーニァは静かに
近づく。
まるで寝ているような表情で目を閉じているその姿にイーニァはあっと口を開いて驚く。
どこか自分と似ている容姿に戸惑っていると、武は霞の手を取りそっと握りしめながら話し始める。

「やっと笑うようになったんだ、楽しい事や嬉しい事を素直に感じて笑顔を見せてくれるようになったんだ……」
「あ……」
「それを奪ったのが何故同じ人間なんだよ、敵はBETAだけで沢山だろ……」
「ごめんなさい……」
「オレに謝ってもしょうがない、霞に言うんだな」
「……あ、あのっ」
「なんだ?」
「さっき、言った事……わたしとクリスカの……」
「あれか……お前は解ったみたいだけど、向こうは全然解ってねぇよ」
「わたし謝るからっ……クリスカの分もいっぱいっぱい謝るから、だからっ……」

そこで武はため息を付くと、顔をイーニァの方に向けて応える。

「もういい、アイツの所へ戻れ」
「えっ……」
「お前から霞の様子を教えてやれ、それでアイツがどうするか……お前達の未来は、その時の選択次第だ」
「あ……はいっ」

それっきり黙り込んだ武は霞を見つづけるのでイーニァは出て行こうとするが、ドアを開ける前に振り返ると小さな声で呟く。

「あのっ、お見舞い……来ても良いですか?」
「好きにしろ」
「あ、ありがとう」

ぺこりと頭を下げてイーニァは部屋から出て行くが、武は霞を見つめたまま動かない。
そしてクリスカの元へ向かう間、廊下に出た直後に出会った月詠の言葉が頭から離れなかった。
なぜならば、それは夢で見た未来を現実にするにはどうしたらいいのか、考えるヒントを貰った気がしていたのである。






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