「……たけ……る……さん」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 83 −2000.9 Desire−




2000年 9月29日 12:55 米国合衆国アラスカ州ユーコン陸軍基地 ハンガー前

目の前で走り回っている整備兵を見ながらどこからこんなに集まってきたのだろうと、あまりの人の多さに唯依は状況を忘れて
可笑しさで笑いそうになるのを我慢していた。
つまり今までこの場所がどれほど安全で、普段からどのような気持ちで任務に接していたかよく解る光景だったからかもしれない。
目と鼻の先にハイヴがある日本は常にBETAの驚異に晒されていて、実際数ヶ月前には侵攻を受けた事が在りそこに住む人達は
緊張しない日の方が少ない。
だからこそ自分達の身に降りかかってきた出来事が誰かの意志で画策された事だと、唯依は改めて認識するだけだった。

「中尉、準備が出来ましたっ」
「解った」

必死の形相で自分を呼ぶ整備兵に唯依は答えてから自分の機体に向かって歩き出すと、用意されたリフトに乗ってコクピットへ
上がっていく。
唯依の手には霞が持っていた血に汚れたバックがあり、乗り込んでシートに腰を下ろすと膝の上にそれを置き急いで機体を起動させる。
それと同時にデータリンクを接続して流れてきた情報を整理しながら、状況はかなり悪い所まで進んでいる事を理解した。

「今の所死亡者は出ていないけど、すでにソビエト軍の戦術機は三個小隊が撃破されたか……本当に時間の問題ね」

元々ここは戦術機技術開発の為に各国が集まっているだけで、多くの戦力が常駐している事なはい。
それに目の前で武の力を見ているのだからさっさと降伏した方が被害も少なくて済むと思うが、少なくても指揮をしている者はその
考えが無いらしい。

「とにかく行くしかない、自分の為にも……そして社少尉の為にも……篁より各機、滑走路まで来い」

周りにいた整備兵たちに離れるように合図を送り、唯依は機体を動かすと滑走路近くまで移動させてユウヤ達が来るのを待つ。
すると程なくして三機のF-15Eが制圧支援装備で近づいて来て集まると、唯依は素早くブリーフィングを始める。

「臨時の編成だがコールサインを決める、私がウェッジ1、ジアコーザ少尉がウェッジ2、ブレーメル少尉がウェッジ3、そして
ブリッジス少尉がウェッジ4だ、いいな?」
「「「はっ」」」
「データリンクで見れば状況はかなり悪い、すでに白銀少佐によってソビエト軍の戦術機三個小隊が撃破されている。もっとも
すぐに一個中隊になるだろう」
「そんな、単機でっ?」
「ブリッジス少尉、見た事があるかどうか知らないが、少佐の広報用ビデオが作り物だと思わない方が良いぞ」
「いや、見ましたが……」

自分の話に戸惑っているユウヤを見つめると焦ったような顔になり、唯依はその様子に口元だけ笑うと話を続ける。

「とにかく、私の命令を徹底してくれればいい。無理なら撤退しても構わないし処罰もしない。それでは行くぞ」
「「「了解っ」」」

唯依の武御雷が匍匐飛行に入ると、続いて三人の操るF-15Eもその後に付いていく。
途中、タリサの乗っていたACTVの残骸に突き刺さっていた高周波刀を引き抜いて手にすると、ユウヤから話しかけられる。

「なんでわざわざそれを?」
「ただの近接戦闘長刀ではあの高周波刀を受けられない、せめて同じ武器ぐらいは必要だ」

簡潔に答える唯依にその武器が見た目通りただの大きな刀じゃないと解り、そしてあんな戦い方をする武と渡り合えるのかよと
心の中で呟いていた。
それから四人がソビエト軍管轄地に入り戦闘が行われている場所にたどり着くと、その光景にそれぞれ感じた事が口から出てしまう。

「おいおい、牽制する必要があるのか?」
「ソビエト軍で立っているのはあの機体だけね、周辺には反応無し」
「嘘だろ……」

唯依の予想通り戦闘は進んでいたらしくて、武に倒されていたソビエト軍のSu-27の数は一個中隊になっていた。
その残骸が散らばる中心にいてゆっくり迫る武御雷・零から、クリスカとイーニァが乗っているSu-37が後ずさりして逃げようと
していた。
そして自分達に背中を見せている武からはまだ殺気が溢れているのを感じて、唯依は操縦桿を握り直すと三人指示をだす。

「ウェッジ1より各機へ、指示に変更はない。予定通り行動しろ」
「「「了解っ……」」」

改めて指示を受けたユウヤ達は全周警戒をしながら、唯依がどんな対処をするのか気になっていた。
その唯依は穏やかな表情を浮かべたまま武に近づいていくと、一定の距離を取って立ち止まると回線をオープンチャンネルして
普段話の様に話しかける。

「もう充分でしょう、白銀少佐。刀を収めてください」
「……何が充分なんだ?」
「彼ら……いえ、彼女たちも十分過ぎる恐怖を感じています」
「女だから許せとでも言いたいのか?」
「いいえ」
「なら邪魔をするな」
「いいえ、なぜならこれ以上少佐の行動を許せば、私の夢が消えてしまうからです」

唯依はそこで初めて手にしていた高周波刀を武に向かって八双に構えると、決意を込めてXM3のリミッターを解除する。

「私が夢の為にここまで来た事を少佐は知っているはずです、だけどこのままではそれどころは無くなってしまいます。だから自分の
為に少佐を止めに来ました、そこにいる彼女たちの為でもなければソビエト軍の為でもありません」
「オレを止められると思うのか?」
「止めてみせます」

はっきり宣言した唯依の瞳は強い意志で輝き、それを睨み返した武は無造作に高周波刀を横一線に振るうと、Su-37の両足を叩き斬り
その場から動けないようにする。

「お前らはそこにいろ、逃げようとしたら……殺す」

コクピットの中で恐怖に震えているイーニァとクリスカにそう言い放つと、武は機体を唯依の方に向ける。
その僅かの間で唯依は自分の考えが正しかったと思って、まずは一つ上手く行ったと内心ほっとしていた。
それは武が今すぐ二人を殺すつもりが無いと言う意志の確認であり、それが唯依に取ってどうしても必要な事だった。
ならば次にする事はと唯依はコンソールパネルを操作すると、網膜に投影されているスクリーンの中で待機状態だったプログラムを
スタートさせる。

「まさかこの事も予想の範囲内だったの、社少尉……」

今も手術を受けている霞に一瞬だけ意識を向けるが、すぐに目の前で対峙している武へ意識を集中させる。
そんな唯依の思いに気づかない武は高周波刀を青眼に構えると、殺意は無いが怒りを抑えた声で呟く。

「オレを止めるには勝つしかないぞ」
「負けません」

その言葉を合図に同時に動いた二人の間で、高周波刀が火花を散らして耳障りな大きな音を辺りに響かせた。
一合、二合と斬り合う度に武の武御雷・零に遅れを取らない動きで唯依の武御雷は刃を交えていく。
これに驚いたのは周囲を窺いながらも二人の戦いを気にしていたユウヤ達三人だった。

「はえぇ……」
「凄いわ、こんな格闘戦は初めて見たわ」
「これが日本人の戦い方かよ……」

ユウヤは当初、BETA相手に接近戦で刀を使って斬りつける行為を馬鹿な事だと考えていた。
それは米国や他の国はあくまでも砲撃で殲滅する事が戦い方の基本であり、装備されている短刀は使う事は無いと考えていた。
だが、今まで馬鹿にしていた日本人の戦い方をこうして目にしたら、そんな考えは吹っ飛ばされる程の衝撃を受けた。
お互い早い動きと切り返しで避け合い斬り合いの繰り返しで、動きが止まらずダンスをしている様な剣捌きに他の二人も見とれて
しまった。

「なんて早さだよ、白銀少佐も凄いが合わせている篁中尉も半端じゃねえぞ」
「ええ、しかも動きに無駄が無く洗練されているわ。二人の技術も高いけど新OSの性能は話だけじゃないようね」
「XM3か……」
「それだそれ、そのXM3が使えるようになれば、このF-15Eでもかなり違うだろうなぁ……」
「そうね、特にACTVなんてかなり変わるんじゃないかしら?」
「ああ……くっ」

思わず奥歯を噛み締めてしまうユウヤは、武と唯依の戦いを見て腕の差を見せつけられた事に悔しさと羨望が混ざっていた。
もし唯依では無く自分が武の相手をしていたら、そこら中に転がっているSu-27と同じ目に合うと考えるまでもなかった。
しかし驚いているのはユウヤ達だけでなく、必死に戦っている唯依もまた違った意味で驚いていた。

「社少尉っ……貴方って人はこんなことまでっ……で、でもっ、これじゃ私がもたないっ……」

唯依の呟きの間も続いている武の攻撃に手加減はない、その実力からすればこんなに打ち合えるはずがない。
なのに現実は違った……唯依の武御雷は武の武御雷・零を相手に対等に戦っていた。
剣技は月詠レベルに達し、回避能力も武の動きに負けない早さで動き続けるが、唯依の表情は加速している様に悪くなっていく。
そして武本人も戦っている内にその違和感を気づき始めていた。

「どう言う事だ……オレの動きを予測している?」

武の攻撃モーションに合わせる様に唯依の方もそれを受けるモーションに入る、もしくは剣先を捌いて反撃してくる。
零の領域に意識レベルがある武はもしかして唯依も同じ力を使っているのかと錯覚したが、モニターの中で浮かべている表情は
苦悶の為に歪んでいてかなり苦しそうである。
それで唯依が何か無理をしている事が解った武は、かなり危険な事だと判断してつい声に出してしまう。

「何をしている、篁中尉っ!?」
「き、決まってますっ、少佐に負けない……為ですっ」
「何をしているのか聞いているんだっ」
「少佐のお株を奪っただけです……私は今、社少尉と一緒に戦っているんですっ」
「なにっ!?」

その言葉に動揺した隙を見逃さず額から流れる汗も気にしないで、唯依は途切れそうになる意識を繋ぎ止め叫びながら受け流す
事から攻勢に転じた。
武と戦う為に手にした力は自分の体力と精神力の引き替えの物、もう時間がないと唯依は残る力を振り絞って最後の意地を見せる。

「少佐はっ……今のあなたは私の夢を壊そうとする、BETAと同じですっ!!」

明らかに自分の動きを越える早さで振るわれる刃を受けながら、武の頭の中では唯依の言葉が途切れることなく響いていた。

「何故だ霞……オレはあんな事をした奴らを許せなくて、なのに何でお前が邪魔をするんだよっ……」

唯依の操る武御雷に霞の泣いている姿が重なって見えた気がした武の怒りは急速に収まっていき、唯依の攻撃に対して防戦一方の
緩慢な動きになっていく。

「オレが間違っているって……そう言いたいのか、霞?」

目に映る幻に問いかけても返事はないが、それで零の領域から戻った意識と共に落ち着いてきた武の心に合わせたのか、唯依の
攻撃は大降りの一撃を外して地面に高周波刀を突き刺して動きが止まった。

「篁中尉?」
「…………」
「気絶しているのか……」

そのまま崩れ落ちそうな唯依の武御雷を抱きとめながら呼びかける武だが、モニターに映る唯依は気を失っておりシートにもたれ
かかっていた。
唯依の状態に何が起こったのか一瞬呆けてしまう武に、この時を待っていたと聞こえるはずのない声が耳を通り抜けた。

『タケルちゃんっ!!』
「す、すみか……」

そして声の後に頭の中に送り込まれたのは怒っている純夏のイメージで、しかもドリルミルキィパンチを撃つ瞬間だった事に武は
思わず吹き出して笑い出してしまう。

「くっ、あ、あはははっ……なんだよそりゃあ……えっ、ああ、解ったよ、純夏……」

続いて送られてきたイメージは夕呼やまりもや月詠に悠陽まで一緒になっていたので、武は高周波刀を収める事で戦闘を続ける意志が
無くなった事を周りに示した。
それは嘘でも勘違いでもない、理由は解らないが遠く離れた純夏の声と思いが明確に届いた事で武の心は冷静さを取り戻していく。
決して怒りが無くなった訳でもないし霞にした事を許したつもりもない、だがそんな事よりも一番大変な霞を一人にするなと純夏の
気持ちが伝わってきたからに過ぎない。
なにより送られてきたイメージに有った純夏の怒った顔は、その瞳は涙を我慢している潤み方をしていたので今頃泣いているだろうと
武は大きく息を吐いた。

「ふぅ、泣かしちまったなぁ……ごめん、純夏」

もの凄い格闘戦を見せていた戦術機二機が抱き合う形で静かになっている状況に、撃破されていたソビエト軍の戦術機から降りて
きた衛士たちは皆その光景に誰も口を開こうとせず、ただ自分達が相手にしていたのはなんだったのかと単純な疑問だけが浮かんでいた。
また、唯依に従って来ていたヴァレリオとステラも黙っていたが、このままではどうにもならないとユウヤが話しかけようと口を
開きかけたらその前に武から通信が入る。

「お……」
「こちら白銀少佐だ、篁中尉が気絶したので運んでくれ」
「な、何で?」
「話は後だ、オレはもう戦闘する意志はない。すぐに出頭するとハルトウィック大佐にそう伝えてくれ」
「あ、ああ……」

そう言われてユウヤは銃を背中に装着して近づくと、唯依の乗る武御雷を受け取り抱きかかえると武と向かい合う。

「頼むぞ、オレはまだやる事がある」
「し、白銀少佐っ」
「なんだ?」
「どうしてこんな事をしたんですか?」
「大事な女の子を殺され掛けて黙っていられる程オレは大人じゃない」
「でも、いきなりこんな事をすれば軍法会議になるっ……」
「そんなのクソ食らえだ、そんな事より早く篁中尉を運んでくれ」

もう話す事は無いと武に背を向けられたユウヤは何か言おうとするが、先に唯依を運ぶ方が先だと判断してヴァレリオとステラの
元に移動すると話しかける。

「とにかくもどろう、篁中尉の手当が先だ」
「ああ、中尉のバイタルも少し不安定だしな」
「それにしても中尉は一体何をしたのかしら、気になるわ……」

疑問を口に出したが一端止めたヴァレリオとユウヤに両脇から抱えられた武御雷は、気絶した唯依を乗せたまま所属するテスト
サイト18へ運ばれていった。
それを横目に見送りながら目下に仰向けで倒れていたSu-37を見つめていると、コクピットのハッチが開いて中からイーニァが
出てきて涙に濡れた顔で見上げた視線が武と交差する。
更に中からクリスカが現れると、先に出たイーニァを庇うように抱き締めて武から守ろうと背を向ける。
しかし、まだ恐怖が消えないのか震えているクリスカの背中を優しく撫でるイーニァは落ち着かせようと耳元で囁いて上げる。

「だいじょうぶだよ、クリスカ……もう、だいじょうぶ」
「で、でもっ……」
「あの人、怒っているけど、もうだいじょうぶ」
「イーニァ……」
「わたしたち、行かないといけないの」
「どこに?」
「連れてってくれるよ、あの人が……」

イーニァの言葉に応えるように武御雷・零が腰を下ろすと、夢で見た時のように手を伸ばして二人の前で手の平を上にして動きを
止める。
その誘いにイーニァが歩き出そうとするが押し止めようとするクリスカの背中をぽんぽんと叩いて見つめると、その手を取って
握りしめると一緒に乗ると落とさないように両腕で抱えるように二人を支える。

「イーニァ……イーニァ、どこへ行くの?」
「あの人の、大切な人……」
「大切な人?」
「わたしたちが、傷つけたから……」

イーニァの言葉にクリスカは黙り込んで同じよう武御雷・零を見上げると、少し前まであった殺気も怖さも感じられず違った印象を
受けていた。
それに気づいたイーニァはクリスカの肩に頭を寄せると静かに囁く。

「変わるよクリスカ、きっと……」
「イーニァ?」
「だから、行くの」
「なにが?」
「すべてだよ、クリスカ……」

クリスカにはその意味が解らなかったが、もう泣いていないイーニァの姿に落ち着いてきた心でまた武御雷・零を見つめた。
二人を抱えて落とさないようにゆっくりと動きだした武御雷・零は、霞がいる場所に向かって歩き出すが、その間イーニァはずっと
機体を見上げたままその視線は揺らぐ事がなかった。
それから武が戻ってきた知らせを受けたハルトウィックは最悪の事態を回避出来た事に安堵したが、その武の処遇についてこれから
話し合わなければいけない事で眉間に深い皺が出来ていた。
なぜならば、国連本部からもたらされた情報で、白銀武がただの一国連軍兵士の立場にいないことが問題になるからであった。






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