「夕呼先生っ」
「ごめんなさい鑑、今はこれ以上詳しい事は解らないのよ」
「どうしてっ、どうして霞ちゃんが怪我しなくちゃならないんですかっ!」
「落ち着きなさい、鑑……」
「霞ちゃん、何にも悪い事してないよ。みんなが笑っている世界が好きだって言ってただけなのに……」
「とにかくっ、今は白銀の方が気になるのよ」
「あっ、タ、タケルちゃんは無事なんですかっ!?」
「無事よ、それとおそらく霞に怪我をさせた奴らを攻撃しているわ」
「えっ」
「アイツは……白銀はBETAではなく、明確な意志を持って人に牙を向けたのよ」
「タケルちゃんが、そんな……」
「そこまでさせた悲しみと怒りをあたしには抑える事は出来ないわ。だから鑑……」
「ゆ、夕呼先生?」
「鑑なら……遠く離れていても世界を越えて白銀と思いを通い合わせた鑑なら、届くかもしれないわ」
「わたしもお願いするわ、鑑」
「神宮司先生……」
「鑑……今、白銀を救えるのはそなただけかもしれない」
「月詠さん」
「さあ、純夏さんと武様の絆がなによりも強いと信じましょう」
「悠陽さん」
「アタシの」
「わたしの」
「私の」
「わたくし達の思いと共に……純夏さん」
「うん、うんっ……タケルちゃんっ!!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 81 −2000.9 Ignited−




2000年 9月30日 19:35 国連横浜基地 HQ

武と霞が篁中尉と共に旅立って少し静かな基地内だったが、HQ内ではアラスカからの緊急通信で大騒ぎになっていた。
ピアティフに呼び出された夕呼は早足でHQまで来た時、モニターの中で狼狽した様子を隠せず状況説明をする国連軍の大佐を怒り
を抑えて睨み付けていた。

「お断りだわ、なんだったら今すぐG弾でも撃ち込んで上げましょうか?」
『香月博士、それはっ……』
「だってそうでしょう、白銀が敵だと判断したならアタシにとってもBETAと同じ敵でしかないわ」
『そ、それでは説得して頂けないという事ですか?』
「何を説得するの? そもそも喧嘩を売ってきたのはそっちでしょう、姑息な手で先制攻撃してきたくせに手痛い反撃喰らった
からって今更泣き言なんて情けないわね」
『ですからっ、先程も事情を説明した通りあれは事故でっ……』
「何でも事故って言えば通じると思っているのならお目出度すぎるわよっ!」
『しかしっ……』

次の瞬間、夕呼は両手を叩き付けるようにコンソールを叩くと通信を打ち切って両腕を組んで、今後の事を考え始める。
特に純夏に対してどう話せばいいのか悩むが、どう考えても良い言葉なんて浮かばなかった。
このアラスカのユーコン陸軍基地HQから知らされた通信内容を夕呼に伝えたピアティフは、その耳で最初に聞いた時からまだ
信じられなかった。
通信内容は事故により霞が意識不明の重体、そして武がソビエト軍施設で暴れ回っているという事実を心が認めていなかった。
それが横浜基地内にこの話が広まるまで時間は少しさかのぼる事になる……9月29日11:10、米国合衆国アラスカ州ユーコン陸軍
基地手前3km地点でそれは起きた。

「ユーコンHQ、こちら国連横浜基地所属のミグラント1、現在予定コース付近にいる戦術機の情報を求む」
『こちらユーコンHQ、確認の該当機はユーコンテストサイト18の実験評価部隊所属の二機で、現在広報撮影中である』
「了解、ニアミスは遠慮したいので警告だけはしておいてくれ」
『了解した、無事の到着を待つ』

通信を終えた機長はこれで危険は防げる思った、なにしろ相手はBETAでもなければ敵でもない。
機長は予定通り二機編隊でユーコン陸軍基地まで順調に武達を届けられると思い、見えてきた目的地の姿に安心して着陸コースに
機首を向けた。
そして間もなく到着すると言う事で、武御雷・零に乗っている武と通信で会話をしていた霞は話を終わらせようとしていた。

『それじゃ降りたら寝るんだぞ、時差があるからな』
「……武さん、一緒に寝てくれますか?」
『霞のお願いじゃ断れないなぁ、基地司令と話をしたらすぐに戻ってくるから待っててくれ』
「……はい、楽しみです」

そんな横浜基地で繰り返されていた会話をする武と霞を見て唯依は笑っていたが、輸送機のエンジン音とは明らかに違うノイズに
立ち上がると窓から外を覗いた。

「あれは……ACTVとSu-37か? しかし近すぎるっ……」

手を伸ばせば届きそうなぐらい接近している二機の戦術機は、高機動戦を展開しながら輸送機の近くを我が物顔で動き回り、唯依の
目には模擬戦をしているようにしか見えなかった。
明らかにおかしいと感じた唯依は霞に動かないようにと伝えると、自分はコクピットに向かって移動するとドアを開けて中に
入り込んだ。

「機長、状況は?」
「わからん、奴らこっちの呼びかけに応えるどころか、この機を利用してやがるっ」
「なんて事をっ、ユーコンHQは何をしているのっ!?」
「向こうでも停止するように呼びかけているみたいだが、聞いていないみたいだ。何が広報撮影だ、聞いて呆れるぜ」
「くっ……白銀少佐、聞こえますかっ?」

急いで通信機のインカムを手に取り武御雷・零にいる武と連絡を取ると、その声は唯依と同じく怒りが含まれていた。

『こちらでも確認した、あいつら緊急チャンネルの呼びかけまで無視だ。巫山戯やがって……』
「そうですか、とにかくこのままでは危険と判断しますので指示をお願いします」
『解った、オレが止めるからその間に……っ!?』
「な、なにっ!?」

……ここまでだった、望む未来の為に行動してここまで来た武と霞を待っていたのは残酷な事だった。
武の言葉を遮るように輸送機の機体は大きな振動を受けた直後、揺れが大きくなり立っていられなくなった唯依は近くのシートに
腰を下ろしてしがみついた。

「エマージェンシー、こちらミグラント1っ、機体に損傷を受けたっ! 繰り返す、こちらミグラント1、機体に損傷を受けたっ……」
「そんな馬鹿なっ!?」

唯依がメインパネルに目を向けるとコクピット内に響き渡るワーニングランプとコール音は鳴りやまず、機体を揺らす振動が収まら
ないまま操縦が不安定になっていた。

「まずいっ、油圧が下がり始めた……操縦桿もラダーの反応も鈍いぞ、このままじゃ……」
「くっ、少佐っ」
『あいつらなんで実弾を装備してるんだよっ……はっ、霞は無事か?』
「み、見てきますっ」

機体が揺れる中、コクピットからキャビンに通じるドアを開けて唯依が目にしたのは、崩れ落ちた機体の破片に埋もれた霞の姿だった。
さっきまで楽しそうに話していた暖かい雰囲気は消え去り、穴が空いた機内はエンジン音で耳が痛くなる程だった。

「そんな……社少尉っ!?」

唯依は慌てて近づいて声を掛けるが反応は無く、重い破片を取り除いた下には頭から血を流した霞が目を閉じたまま荷物を抱き締めて
静かに横たわっていた。
膝を付いて慎重に霞の状態を確認してから立ち上がると、唯依はコクピットまでファーストエイドキットを取りに戻った時に、武へ
見てきた様子を伝える。

「被弾した機体の破片が社少尉の上に落下したようで、頭部から出血して意識がありません」
『なっ……なんで霞がっ!?』
「とにかく応急手当はしますが、負傷した場所が気になるので一刻も早く適切な治療をしないと……少佐?」
『霞が何をした……まだこれからなんだぞ。なのに何やってんだよあいつらはぁ……』

何かを殴りつける音と声しか聞こえない事から怒りの為に我を忘れていると感じた唯依は、あえて強い口調で武の名を呼んだ。

「白銀少佐っ! 指示をお願いしますっ」
『……あ、ああっ、すまんっ。機長、機体の方はどうだ?』
「かなり拙い、こうして飛ばしているだけで精一杯だ。まともに着陸するなんて不可能に近いぞっ」
『解った、篁中尉は霞の手当をしたら出来るだけ静かに二人でコクピットまで移動してくれ』
「了解っ」

武の指示に従ってキャビンへ戻って行く唯依がいなくなるが、コクピット内では次の指示がされていた。

『オレの機体のロックはそっちで解除出来るか?』
「……っ、ダメだっ、解除出来ないっ」
『それじゃ自力でなんとかする、後は出来るだけ高度を稼げ。それと二人がコクピットに移ったら教えてくれ』
「了解っ」

一応指示は出したが霞の様子を見られない苛立ちが武の心を苛つかせて、表情も険しくなりながらも見える範囲で輸送機の損傷度を
確認していた。
36mmの弾痕は機体上部のキャビンから下部のまで数発分あり、後方を見ると燃料とオイルらしきものが流れていくのが見えた。

「後少しだったのに……故意か偶然か解らなねぇが倍返しで済むと思うなよ」

ぎりっと奥歯を噛み締めると沸き上がる怒りを抑えて、残された時間を使って今はみんなを助ける事を優先してやれる事を決めていく。
まずは機体を固定しているワイヤーを短刀で切ると、続いて胴体と足を固定していた急造のフックを破壊していつもで飛び立てる様に
した頃、通信機から唯依の声が聞こえた。

『白銀少佐、社少尉をコクピットまで運びました』
「怪我の状態は?」
『意識は戻りません、それと頭部に裂傷が有って一応止血しましたがかなりの血が流れてます』
「解った、みんなシートベルトを着けて体を固定しろっ。今からそこだけ切り離すっ」
『え、少佐っ!? 』
「議論している時間はない。それと済まないな機長、人命優先だ」
『気にしないでくれっ、命あっての物種だ』

機体を救わないと言う事はカーゴルームに積載されていた武御雷・零のレールガンとシールドも捨てる事になるが、惜しんでいる時間は
残って無いと武は霞達の命だけを最優先にした。

「いくぞっ」

何時引火するか解らない不安と積んである弾薬が爆発しよう物なら大惨事は確実だと、武は主機の出力を上げて救助と脱出の為の行動に
移った。

「何で味方の機体を試し切りに使わなくちゃならないんだよっ!」

怒りが愚痴になって口から零れるが出来るだけ輸送機に力を掛けないように速度を上げながら上昇すると、一端離れて腰の位置に装備
されている00式大型高周波刀を抜き放ち真横から接近すると両腕に持った刃で正確にコクピット部分だけを切り離した。

「なんて無茶をっ……」

武の行動に対して一言言いたくなった唯依だが、そのやり方は正しかったし自分達が助かるにはこれしかない事も事実だった。
そして武御雷・零に抱えられたコクピットだけの部分は、ゆっくり降下していく所で霞を心配する思いが伝わってきて、傍らにいる
霞の様子を武の代わりに見つめていた。
それから間もなくして、ミグラント1は墜落し。地面に激突して大きな爆発を起こして黒煙を上げた。
この事態に騒然となったユーコン陸軍基地HQでは、ハルトウィック大佐がドーゥル中尉を呼び出して理由を問いただしていた。

「これはどう言う事だ中尉っ、何故広報撮影を行っている機体が実弾装備をしている?」
「解りません、少なくてもマナンダル少尉の機体には模擬弾しか装弾しておりません。後はソビエト軍ですが、現在解答待ちです」
「しかも輸送機の一機は墜落してしまったぞ。幸い乗員はなんとか助け出されたようだが、負傷者がいると聞いている」
「はっ、すでに滑走路脇には救護班を待機させています」
「大佐、白銀少佐より通信が入っています」
「モニターに映せ」

大きな正面モニターに映し出された武の顔に、ハルトウィックは言葉を出せずドーゥルはその目を見て背中に嫌な汗が流れた。
だが、武には二人の様子などどうでもよく、低い声のまま話し始める。

『責任者は誰だ?』
「私、ハルトウィック大佐だ。白銀少佐、今回の事は誠に遺憾……」
『巫山戯るなよ、てめぇ……状況を解って言ってるのか?』
「そ、それはっ……」
『一方的に攻撃されて大事な仲間が生死の境を彷徨ってるのに、良くもそんな口が叩けるなっ』
「現在、事の経緯を調査中で詳しい事は解らない。だが、早急に……」
『そう言う問題じゃねーって言ってんだろっ!!』

武の叫びがHQ内に響き渡るとオペレーターの誰一人言葉を出さず静まりかえり、無機質な機械の音だけしか聞こえなくなる。
モニターの向こう側なのに、動けば自分の命が無くなる恐怖感に誰も動けず、武の言葉を待つ事しかできない。

『お前達の考えはよく解った……こんな事になっているにも拘わらず、まだ続けている馬鹿野郎どもから先に片づける。お前達は
その後だ、最後の時間で懺悔でもしているんだな』
「白銀少佐っ!」
「……通信、切れました」
「なんてことだ……」

吐き捨てるように言い放って通信を切った武が言った言葉をハルトウィックは、自分達が武の敵に認識された事実が重くのしかかり
険しい顔になりながら通信担当のオペレーターに横浜基地へ繋げるように指示を出した。
それを気づかって背後に近づくドーゥルにハルトウィックはうめくように呟くしかできない。

「申し訳ありません、大佐」
「最早我々の言葉は聞き届けて貰えまい、しかし香月副司令の言葉ならなんとかなるかもしれない。今はそれに頼るしかない……」

しかしそれは無駄に終わるどころか、武と同じ怒りの表情が浮かんでいた夕呼にまで敵と認識されてしまっただけである。
もう彼らには力を持って押さえる事しか無かったが、武の映像資料を見ているハルトウィックには結果がどうなるか理解しているから
自滅に等しい命令は下せなかった。
後はもう奇跡を信じて、ただ武の怒りが収まるのを祈るしかなかった。
その頃、通信を切った武は待機していた救護班の近くに輸送機のコクピット部分を静かに置くと、唯依達が降りるのを手助けして
地面に降ろす。
唯依に抱かれて力無く揺れる霞の手足を見て、先程話していたハルトウィックとの会話が後押しして、武は何かが切れる音が頭の
中で聞こえていた。
そしてコクピットのハッチを開くとストレッチャーに乗せられて運ばれていく霞の姿を見つめた後、血で汚れた服装のまま見上げて
くる唯依に向かって叫ぶ。

「霞の事を頼むっ」
「白銀少佐、どこへっ……」

それに応える事もなくハッチを閉じるとコクピットの中で武の意識は零の領域に入り、心は怒りと悲しみで支配される。
噛み締めた唇からは血が流れ、睨む目はレーダーから離れず、主機の出力を上げると武御雷・零は怒りの化身と変わった。
武の思いを受け取り動き出した武御雷・零は風を巻き起こし翼を振るわせて空高く舞い上がり、倒すべき敵と認識した二機の戦術機
に向かって加速していく。
荒れ狂う風に髪の毛を押さえながら消えゆく武御雷・零の姿を目で追う唯依は、これからどうなってしまうのだろうと漠然と考えて
いたが、武の言葉を思い出し霞の側へ行く為に踵を返した。
そして当事者達はこれから自分の身に降りかかる恐怖と絶望を感じるまでの僅かな時間を、愚かな行為止めず没頭していた。

「てめぇ、輸送機落っことしたくせにまだ続ける気かよっ? 上等だぜっ!」

さすがにタリサはやばいと思っていたが、実弾が装填されていると知ってはロックオンされたままでは何時撃たれるか解らないと、
Su-37から目を離さずに動き続けるだけだった。
しかし、その相手はタリサの機体を補足しながら発砲した弾が実弾だと気が付いたのは、からかってきた仕返しにロックオンして
脅しのつもりで引金いて発砲した結果、避けられた背後の斜線上にいた輸送機に穴を開けた瞬間だった。
撮影の為に突撃砲を装備していたけど装弾されていたのは模擬弾だとしか聞かされていないクリスカは疑問に思っていたが、タリサ
が止めようとしないのでそれに付き合っているだけなのである。
だがすぐに止めるべきだと気が付いたのはもう一人の少女が、迫り来る驚異を感じて自分の体を抱き締めて震えだ時だった。

「くる……くるの……ああっ」
「イーニァ? どうしたの、イーニァ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……」
「落ち着いてイーニァ、私が守るから安心して」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさっ……!?」

国連軍のシグナルを出して近づいてくる機体に原因はこれかとレーダーを睨み付けるクリスカだったが、見た事もない速度で近づい
てくると自分達の機体を追い越して前にいたACTVに警告も無しに斬りつけていくのを目の前で見ることになった。
反撃しようとするタリサの動きをあっという間に封じて四肢を切り刻み、バーニアまで破壊されてはどうする事も出来ず地面に落下
したACTVに向かって、最後は無造作に手にしていた高周波刀を投げつけて頭部を破壊した。
そして次の相手はお前だと言うように自分達に背を向けて制止していた機体がゆっくりと振り返った時、クリスカは己に向けられて
いる強烈な殺意を感じて操縦桿を握る手が無意識震え始めていた。

「な、なんだこいつは?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「イーニァ?」
「いやいやいやあああぁぁぁあぁああーーーーーっ!!」

目を見開き涙を流して許しを請う幼い少女を気にしながら、クリスカは目の前の戦術機が誤射した輸送機に搭載されていた機体と
似ている事を思い出した。
そしてイーニァの頭に入り込んでくるイメージは、武御雷・零のコクピットにいる武から発せられている激しい怒りと殺意で埋め
尽くされていた。
イーニァは心が張り裂けそうで震えて叫ぶしかできなかった……何故ならそれはいつか夢で見た戦術機、優しい微笑みを浮かべた
少女と共に自分達を救いに来てくれるはずが、今は強烈な殺意を身に纏い目の前に存在していたからだった。

「お前ら……逃げられると思うなよ……」

武の言葉と共に武御雷・零はゆっくりと居合い抜きの構えを取り、神速で抜き放たれた高周波刀の攻撃が二人に襲いかかった。






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