「白銀」
「なんですか、夕呼先生?」
「無事に帰ってきなさいよ、まだまだこれからなんだからね」
「解ってます、でもどの程度まで無茶していいんですか?」
「もちろん徹底的によ、アラスカの連中を敵に回しても構わないわ。それこそ他の国に対しても遠慮はいらないわ」
「はぁ、やっぱり夕呼先生を怒らせると怖いなぁ……」
「当たり前でしょう、アタシ達の邪魔をするんだから、それなりの覚悟が無いなんて言わせないわ」
「了解です、それと鎧衣課長から何か有りましたか?」
「XG−70の再起動が本格化したそうよ、流した情報に踊らされているんだから予想通りだけど……」
「でも00ユニットは存在してないんですよね?」
「当然よ、彼らに量子電導脳の理論なんて確立出来てないから、おそらくは粗末な自律制御AIで動かすしかないでしょう」
「どっちにしろ今の俺達にははた迷惑な存在だなぁ……」
「まあ、アレが無くてもそれなりの兵器も開発させているから佐渡島ハイヴ戦には間に合わせてみせるわ」
「何作ってるんですか?」
「もう少し強力な支援装備って所よ、完成までのお楽しみね」
「じゃあ楽しみにしてますよ」
「そうして頂戴、ところで……ふふふっ」
「なんすか、急に変な声出して?」
「男の顔になったわねぇ〜」
「なっ!?」
「白銀」
「な、なんですか?」
「行ってきなさい、鑑の為にもね」
「夕呼先生……はいっ」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 80 −2000.9 風花舞う空−
2000年 9月30日 5:10 国連横浜基地
目を覚ました武は傍らに感じる温もりに昨夜の事を思い出して、まだ眠る純夏の寝顔を見て愛しさが込み上げてくる。
「純夏……」
「……ん……ぁ」
「おはよう純夏」
「……お、おはよう」
恥ずかしくて赤い顔で答える純夏は武の胸に顔を押し当てて隠そうとするが、抱き締められると慌てて離れようとしてしまう。
「どうした?」
「ううっ、恥ずかしいんだよ〜」
「可愛いな純夏は……」
「タ、タケルちゃんの意地悪っ」
「誉めたのにそれか?」
「そうじゃなくてっ……んんっ……ん……」
いきなりのキスに更に顔を赤くする純夏だがすぐに目を閉じて受け入れてしまうと静かになり、唇が離れると惚けた表情になり武の
顔を見つめ返す。
「おはようのキスが欲しかったならちゃんと言えよ」
「ち、違うけどぉ、でもぉ……うー」
「そろそろ起きないといけないから、先に起きるぞ」
「う、うん、あ、あの、タケルちゃんっ」
「なんだ純夏?」
起き上がってシャワーを浴びようとする武に純夏はうんと肯いてから、顔は赤いままだけど嬉しそうに微笑んで見つめて言った。
「わたし、すごく幸せだよ」
「オレもだ、純夏」
それから武はシャワーを浴びて身なりを整えると、いってらっしゃいの言葉と共に純夏に見送られて部屋を出て行く。
通路に靴音を響かせながら歩き外に出て見上げた空は薄紫色に染まっていて、少し肌寒い気温が心地いいなと武は立ちつくす。
明日からはここにはいない、この世界で自分の家である横浜基地から離れてしまう……そう思うと感傷的になるのもしょうがないなと
滑走路の側にある駐機スポットに待機している輸送機を見つめる。
「……おはようございます」
「おはよう霞、よく眠れたか?」
「……はい」
背後に近づいてきた気配が言葉を口にすると、武は振り返って微笑んでいる霞に返事をした。
夕呼の貰った白いジャケットに身を包んだ霞はそのまま歩いて武の横に立つと、これから自分が乗る輸送機を見つめながら呟く。
「……わたし、久しぶりにここから外に出ます」
「そうだったな、任務だけど時間を作っていろいろ見てみるか」
「……はい、とても楽しみです」
「出来れば暖かい南の方が良かったけどな」
「……それは次にとっておきます」
「ああ、その時はみんなで行こう」
「……はい」
嬉しそうに答えた霞が握ってきた手を武もしっかりと握りかえして、伝わり合う温もりに二人は暫くそのまま夜が明けるのを見つめていた。
それからPXへ向かい早めの食事を取りお茶を飲んでいると、珍しくカウンターの向こうから京塚のおばちゃんが手に包みを持って
武達の所までやって来た。
「ほいよ、これ弁当だから途中で食べなよ」
「ありがとうおばちゃん」
「……ありがとうございます」
「二人とも、ちゃんとここに帰ってくるんだよ」
「もちろん、こんなに上手いメシは他じゃ食べられませんからね」
「……わたしもここのご飯、好きです」
「もう、霞ちゃんは良い娘過ぎるよ〜」
感激した京塚のおばちゃんに抱き締められて苦しそうな霞だけど、顔は笑っていたので武は邪魔せず見ているだけにした。
こうしていると夕呼よりも親子らしく見えたので、少しでもそれを感じているんじゃないかとの思いもあった武だった。
その後、食器をかたして京塚のおばちゃんを始め職員一同に見送られてPXを後にすると、部屋に戻って手荷物を取りに行った時には
純夏の姿はシーツと共に無くなっていた。
昨夜の事を霞は『良かったですね』としか言わなくて、逆に遠回しな言葉に余計に意識してしまった武の顔は赤かったらしい。
「……用意できました」
「よし、じゃあ行こう」
「……はい」
ドアを開けて部屋から出てそして部屋の中を少しだけ見つめて、霞も手を添えて一緒にドアを押して閉じる。
すぐには動かず名残惜しそうにドアを見つめる霞だったが、武に頭を撫でられると小さく肯いてからその手を引いて歩き始めた。
そして外に出て輸送機に向かう二人を出迎えたのは、朝早いのと言うのに多くの人が集まっていて霞はビックリしてしまう程、かなり
派手な見送りになっていた。
人混みの中に出来た道は輸送機のタラップまで続いていて、その先には夕呼とまりもに唯依とヴァルキリーズのみんなに冥夜達まで
来ていた。
「何でこんなに集まってるんですか?」
「暇だから、なんて冗談は止めておくわ。それだけ大事に思われているって事でしょ……霞がね」
「冗談よりひでぇなぁ、まあそれはそれでいいけどさ」
「でもね、みんな心配しているのは確かよ」
「解ってます」
夕呼の笑顔に武も笑って返すが、その目に含まれている意味は深い所でお互いの真意を理解している。
これから行く所は物見遊山でもなければ頼りに出来る味方はいない、敵地と言い切れる場所で邪魔者をあぶり出さなければならない
危険を伴っていた。
だからこそ笑い合う二人の心内を知っている物はほんの一握りで、同じ光を携えた瞳で夕呼と武の軽口の言い合いを見つめていたが、
伝えたい思いを込めてそれぞれに話しかけていく。
「しっかりね、白銀」
「まりもちゃんも純夏達の事、お願いします」
「任せて、きっちり一人前に仕上げておくわ」
「頼りにしてます」
「武様、無事のお帰りお待ちしています」
「オレたちの帰る場所はここですから後を頼みます、月詠さん」
「はい」
「白銀少佐……」
「イリーナ中尉、夕呼先生のフォローお願いします。いろいろと誤解される人ですから」
「ふふっ、了解しました」
と、ここまではまあ普通と言えば普通だったかもしれない、だが突如大きな歓声が聞こえてみんなの視線を追うとタラップの最上部に
立つ人物を確認して武は頭を押さえてしまう。
ゆっくりと降りて来るその仕草は優雅で最後の一歩まで変えずに武の側に立ち止まると、爽やかな微笑みを浮かべて話し出した。
「おはようございます、武様」
「……いつから忍び込んでいたんだよ、悠陽?」
「はい、帝都城から抜け出すのに苦労しました」
「都合の悪い質問を誤魔化すな、まあ見送りに来てくれた事は嬉しいけど」
「ではこれを、武様と霞さん、それに篁中尉の無事をお祈りしています」
悠陽の手で差し出された物は御守袋で武と霞が受け取ると、後ろに控えていた唯依にも差し出され慌てて頭を下げて両手で受け取る。
「そなたの任務も過酷な物だと聞き及んでいますが、無事に達成する事を祈っていましょう」
「恐縮です殿下、ご期待に添えるよう任務を果たしてきます」
貰った御守りを仕舞ながら唯依が最敬礼をして後ろに下がると、もう一度武の前に立つ悠陽は何故か目を閉じて胸元で両手を組んで
頬を赤く染めている。
「……なにやってんだ悠陽?」
「こう言う別れの時はその、接吻をするのが習わしだと聞いた物ですから……」
「そうか、じゃあいくぞ」
「は、はい……」
武の言葉にどよめき立つ周りだが、霞だけは武が何をするのか解っていたようで、やれやれとため息を零していたのに気づいたのは
夕呼だけで、遂に公衆の面前で日本の一番偉い人のキスシーンが拝めるのかと注目する中、武は手を動かすと悠陽の鼻を摘んだ。
「きゃっ!?」
「ごめん、つい……」
「ついではありませんっ、武様は意地悪ですわ」
「ホント悪かった、でもそれは戻ってきた時にした方が感動物かもしれないぞ?」
「その様な言葉は信じませぬ、もう知りませんっ」
期待していた感触とまるっきり違って驚いた悠陽は、あんまりだと目の前で笑っている武の胸をぽかぽか叩いて抗議する。
それを見ていた者達から武にブーイングが浴びせられるが聞こえないなぁと知らんぷりして、からかったお詫びに悠陽と戻ってきた時に
絶対だと約束をする事でなんとか宥めていた。
後はもうヴァルキリーズからも207隊からも色々言われるが、最後に武の前に立った冥夜は口を開く前に握っていた物を差し出した。
「冥夜、これはっ……」
「今の私は充分過ぎる程に加護を受けている、これは姉上の御守りと同じだと思ってくれ」
「いいのか?」
「よい」
それは冥夜の一部とも言える名刀『皆琉神威』で、これを預ける意味を解らない武ではなく、しっかりと受け取ると大きく肯いた。
「タケル、私もそなたのいる場所まで辿り着いてみせるぞ」
「ああ、だけど何時までも同じ場所にいるとは限らないぜ?」
「抜かしたな、そなたに参ったと言わせてみせるぞ」
「楽しみにしてるぜ、がんばれよ冥夜」
「うむ」
まだ純夏程強い思いは無いがそれは自分が対等の位置にいないからだと自覚している冥夜は、今はこれで十分だと満足した表情を
浮かべて武を見つめた。
そしてそろそろ出発時間になったのでみんなが機体の側から離れ始めた時、すっかり忘れ去られていた誰かさんが微妙な歩き方をして
こちらに向かってくるのに武が気が付いた。
「待って〜、タケルちゃ〜ん、うわーんっ」
「純夏、なにやってんだアイツ?」
タラップの上から霞が見つめている中、武までたどり着いて荒い息して大きく深呼吸を繰り返して息を落ち着かせると、純夏は猛然と
抗議を始めた。
「なんだよタケルちゃん、わたしが見送りに来てないのにどうして行っちゃうんだよーっ!」
「すまん、すっかり忘れてた」
「忘れるなあーっ!」
「悪かったって、でも何やってたんだよお前?」
「あうっ……その、シーツを……洗濯してたのっ」
「お、おうっ」
問いただされて純夏は真っ赤な顔になり、顔を寄せると小さな声で呟いたら、武も顔を赤くして狼狽えてしまった。
二人にとっては思い出のシーツを洗濯していた意味が何を差すのか、お互い見つめ合って言葉が無くなる。
このまま見つめ合っている訳にもいかないから、武は純夏の顔に手を当てると純夏は自分の手を重ねる。
「行ってくる、純夏」
「行ってらっしゃい、タケルちゃん」
そのまま顔を引き寄せて唇を重ねると、純夏は腕を伸ばして武に抱きついて深いキスを求めて離れない。
これには悠陽の事で不完全燃焼だった野次馬達は、こぞって口笛や冷やかしの言葉を二人に掛けていくが、その間も武と純夏のキスは
終わる素振りを見せないで続いていた。
二人の様子に女性の殆どは赤く頬を染めていたが、夕呼と霞だけはその意味を誰よりも理解していたので、見つめる顔には素直に祝福
している笑顔が浮かんでいた。
いつまでもそうして上げたかったが時間は待ってくれないので、無粋と思いつつ夕呼はわざと大きな声で話しかけた。
「いつまでやってるの白銀、もう時間よっ」
「……っ、やべぇ」
「んっ……あっ」
そこでやっと状況を思い出した武と純夏だけど、離れる前にもう一度お互いをぎゅっと抱きしめ合うと、タラップではなく輸送機の上部
にある自分の機体に乗る為にリフトに飛び乗り操作して上がっていく。
武御雷・零のコクピットに乗り込むの武の姿を見つめてからタラップの上に駆け上がった純夏は、勢いのまま両手を広げて霞に抱きつく。
「霞ちゃん、気を付けてね」
「……はい」
「それとっ……ありがとう」
「……純夏さんが幸せなら、わたしも幸せです」
「うん……いってらっしゃい、霞ちゃん」
「……行ってきます、純夏さん」
輸送機がタキシングしながら離れていくのを見つめながら、純夏は頬に当たった冷たい物にふと空を見上げた。
晴れているのに花びらの様な白い物が舞いながら落ちてきて手の平に落ちてすぐに消えていった。
「雪?」
「風花ですね」
「悠陽さん?」
「珍しいですわ、冬にはまだ早いですが……」
「風花……」
側に来た悠陽に説明されて純夏が気をとられている内に、武達を乗せた郵送機は大きな巨体を加速させて上昇していく。
その事に気が付いて飛んでいく輸送機に視線を戻した純夏は何故か胸騒ぎを覚えたが、それが何を示しているのかこの時はまだ解らな
かった。
しかし数時間後、アラスカからもたらされた通信は横浜基地の全員を震撼させ、純夏の感じた事を肯定するような大きな出来事だった。
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