「どりるみるきぃぱーんちっ!!」
「イェーガーっ!!」
「いきなり激しい愛の挨拶ねぇ」
「そうですね、お二人の愛情表現は激しいです」
「それはちょっと違うと思います、殿下……」
「武様っ、大丈夫ですか?」
「ふーっ、ふーっ……」
「い、いきなりなんだってんだよ、純夏?」
「自分の胸に聞けーっ!」
「何の事だからさっぱりわからん」
「霞ちゃんに何をしたの?」
「何にもしてねーよ」
「嘘だね、だったらなんで霞ちゃんが怒ってるのさっ?」
「えっ……」
「そう言えばここにはいらっしゃいませんが……」
「訓練中だって話しかけても黙ったままだったし、一回も笑わなかったんだよ」
「いや、マジに覚えがないんだけど……」
「じゃあ思い出せーっ」
「うーん、そう言われても……あっ」
「どうしたの白銀、何か思い当たる事でもあったの?」
「あ、タケルちゃんにげるなーっ!」
「逃げてねーっ」
「ばっかねぇ、霞に隠し事出来る訳無いでしょ。鑑にも解るでしょ?」
「ああっ、そうすれば良かったのにすっかり忘れてたよ〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 78 −2000.9 Fly me to the moon−




2000年 9月28日 7:35 国連横浜基地 第一滑走路

定刻より五分遅れで到着したアントノフAn-225ムリヤの二機は、早朝の静けさをエンジン音でかき消しながら降りてきた。
一機は通常通り機体上部に戦術機運搬用に再突入殻を装着した物が降りてきたがもう一つは何も付いておらず、ハンガー前まで
移動すると整備兵達が作業を始めるように集まってくる。
機体が制止してエンジンが止まるのを確認してから整備班長が大きな声で叫ぶ。

「よーし、予定通り作業開始だ。二番機の方は通常積載だから任せるぞ。俺は一番機の方で取り付け作業に入るが、全員怪我には
注意しろよっ」
『はいっ』

号令一括、自分の役割を果たしていく整備兵たちの動きは相変わらず洗練されていて無駄が無く、ハンガーから運ばれてきた唯依の
武御雷と不知火・改復座型二号機の積み込み作業が行われていく。
それに付随して支援装備と消耗部品等が積み込まれていく中、整備班長が掛かりきりの一番機の機体上部には装甲連絡艇の
シルエットに似た物をクレーンで吊り上げながら装着し始めていた。

「いいかっ、しっかりと固定しろよ。他のと違って機体が剥き出しになるからな、外れて落っこちてもアイツなら平気だけど、
整備ミスなんてのは恥だからなっ」
『はいっ』
「そりゃねえだろっ、班長〜」
「なんだ、来てたのか?」

班長の言葉に大きな声で突っ込みを入れたのは積み込み作業を見に来ていた武で、機体を固定する際には自分で操縦して載せなけ
ればならないから来ていたのである。
その場の作業を部下に任せて降りてくると側までやって来るが全然悪びれていないので、武は苦笑いを浮かべる。

「ホントの事だろ、空を飛べるし問題ない」
「そりゃあそうだけどさ、落ちる事前提は止めてくれよ」
「夕呼嬢ちゃんから聞いているが、アラスカまでキャビンの方じゃなくて機体に乗っていくんだろ?」
「スルーかよ……まあ、そうだけど」
「俺が言ってるのは外れなくなった方が困るだろうって事だ、何しろ急増だから不具合が出ないとも言えないな」
「それは解っていますよ。まあ何にもなければ良いんだけどさ、ちょっとね……」

本来の装甲連絡艇の機体上部を取っ払って武の機体を載せられるようにしただけの代物なので、正規の取り付け方じゃないのが
整備班長としても口に出してしまうのは仕方がないようだった。
もっとも、夕呼本人に言わせれば売られた喧嘩を買ったんだら不意打ちぐらいしてくるかもしれないしと、あっさり不安になる事を
言うから武はアラスカに着くまでコクピットに乗り込む羽目になったのである。

「霞嬢ちゃんを泣かせなきゃいいさ、俺にとっては娘みたいなもんだからなぁ」
「そう言う事は直接言って上げれば喜びますよ」
「ばっかだなぁ、それで俺が親父になっちまったらお前に娘はやらんって事になるぞ。 それに整備兵の殆どが自称お兄ちゃん
なんだぞ?」
「そんな事になってるんすか……うっ!?」

班長の言葉を聞いた直後、周りにいる整備兵の視線が自分に集中して、中には殺気まで混じった物まで有って武は冷や汗が流れる。
おそらく霞は無闇にリーディングをしないからみんなの気持ちを把握してないんだろうけど、出来れば言葉で伝えて欲しいと思う
武は班長にお願いする事にした。

「やっぱりそれ、行く前にみんなで霞に言って上げてください。きっと喜びますから……」
「断る奴はいないから安心しろ、それよりも覚悟して置けよ?」
「へっ?」
「言っただろう、可愛い娘や妹を奪おうって言う奴を黙って見逃すと思ってるのか?」
「わ、解りましたよ。とほほ〜」

ばしばしと班長に肩を叩かれる痛みより、この先に待っている自称親父と自称お兄ちゃん達との戦いを考えると起きる頭痛の方が、
今の武にはかなり痛かった。
今暫く時間が掛かると言う事で武はハンガー内に向かうと、自分の機体の側にあるリフトにコクピットまで上がりシートに腰を
降ろすと癖になっているのかシステムチェックを行う。
そうしながら今朝から気になっている事を思い出して、武はまた頭が痛くなるのを感じる。

「はぁ、迂闊だった……あれは怒っているんだろうなぁ〜」

朝起きた時から霞は武と一言も口を聞かず、先に朝食を食べてしまうとどこかへ姿を消してしまっていた。
純夏にも問い詰められて思い当たる節は何かなと考えていた武は、仲直りをする時に唯依に言った言葉ぐらいしか思い浮かばなかった。
霞がどんな気持ちでそれを受け止めたから解らないし、もし誤解しているのならアラスカ行く前にきちんと解いておきたかった
武だったが、姿を隠してしまったので見つけられないでいた。

「別に蔑ろにした訳じゃないんだよなぁ、でも霞にしてみたら子供扱いと言うか勝手に決めつけられて嫌なんだろうなぁ……」

朝からため息が止まらない武はどうしたらいいのか一人コクピットの中で唸っていたが、やらなければいけない事もあったので
答えが出ない以上先に済ませようと最終チェックを黙々と行うのだった。
そして霞がその頃何処にいたのかと言うと、意外な事にもう一人の当事者になる月詠の部屋だった。
朝からいきなり押しかけられて部屋に入るなり椅子に座ってじっと見つめられている月詠は、霞が何を言いたいのか皆目検討も
付かなかった。
ただ、雰囲気からして怒っているのが伝わってくるので、いつまでもこうしていても進展はないと月詠から動いた。

「社少尉、言いたい事が有るならば聞こう」
「…………」
「その様に無言でいても何も解決はしない、そうは思わないか?」
「…………」
「私に非が有るならば詫びよう、だから話してはくれぬか?」
「……わたしは、子供じゃありません。皆さんと同じ武さんを支えていく仲間だと思っていました。なのにわたしが知らない所で
勝手にわたしの事を決められるのは嫌です」
「何の事か……」
「……先日、ハンガーで篁中尉に言った言葉です」
「何故それをっ……!?」

その瞬間、月詠の頭の中にその時のシーンが次々映し出されて目眩がしたが、それが消えると目の前で霞がじっと見つめていたので、
今の原因が誰かなんて考えるまでもなかった。

「今のは……社少尉なのか?」
「……はい」
「その力はいったい……」
「……今のはプロジェクションと言います。自分の思考を『イメージ』として他者の思考に投影するESP能力です。そして対と
なるのが他人の思考を『イメージ』として読み取るリーディングと言う力があります」
「ESP能力……」
「……オルタネイティヴ第3計画で、言語を介さずBETAとの意思疎通をする為だけに作られた第6世代のESP発現体、それが
わたしです」

淡々と自分の過去を話す霞にを見つめながら、月詠はその力を恐れるよりも女性としての直感でその孤独を理解した。
人道的なんて思いで軽々しく慰めるなんて出来ない、生き残る為にはそこまでしなければならない事を霞に背負わせたのは、無力な
我々に他ならないと月詠は唇の端を噛み締める。
そんな月詠の心情を気にしていないのか、霞の独白は続く。

「……でも誤解しないでください、他人の思考を読めるからと言って、それが幸福だなんて事はありません」
「ああ……」
「……後、今更ですが武さんや月詠中尉の思考を読んだ訳ではありません、わたしが読んだのは篁中尉でした」
「何故、篁中尉を?」
「……あの人はここに来た時から武さんを見ている目が違いました。敵とは思いたくはありませんでしたけど、少しでも武さんに
不安を与える人は側にいて欲しくありませんでした」
「なるほど、スパイとまではいかないが、それに近いかもしれないと思ったのだな」
「……はい」
「だが、読んだ結果で一番気になったのが私と白銀の言葉だったか」
「……はい」

そこで霞の側まで行くとびくっと緊張する霞に対して、月詠は姿勢を正して頭を下げる。
突然の行為に驚いて霞は言葉を失うが、ゆっくりと頭を上げた月詠は真剣な顔で見つ口を開いた。

「失礼な事をした、社少尉。そなたを傷つけた事を許して欲しい」
「……月詠中尉」
「一人の人間として恥じるばかりだ、済まなかった」
「……いえ、いいんです。それにこれはきっと罰なんです、力を使って勝手に人の心を覗いた……」
「社少尉」
「……あっ」

月詠は優しく霞を抱き寄せるとそれ以上言わせないように自分の胸に顔を埋めさせて、ゆっくり繰り返し髪を撫でて上げる。
確かに力を使って心を読みとった霞に非が有ったが、それも武を思うが故の行動だしなにより望む結果と違った事を知ってしまい
充分に後悔と反省をしているのが解ったから月詠には責める気持ちは無い。
だから言葉で言うよりこうした方が伝わると思ったのか、そのまま霞の耳元まで口を近づけると月詠は謝罪とは違う言葉を囁く。
それは霞に取って予想外の事だったが、自分を解ってくれていると教えてくれた。

「私には辛辣な従姉妹しかいなかったからな、社……霞みたいな妹がいたら嬉しいと思っている」
「……月詠中尉……」
「誰しも生まれは選べない、だからせめて後悔しない生き方を選んだ方がよい」
「……はい」
「それは望んだ力ではないにしろ、結局は力は力に過ぎない。それをどう使うかは自分の判断しかないが、私と白銀が篁中尉に
言ったように選ぶのは自分自身だ」
「……はい」
「最後にこちらも今更だが、私も白銀も決して霞を蔑ろにした気持ちはない。心配だからこそ危険から遠ざけたかった想いだけは
知っていて欲しい」
「……はい、解っています」

霞は月詠の温もりを感じながら、自分の力を知っても避けたりしない事に感謝していた。
自分自身を語り、なじられるとか畏怖の目で見られるんじゃないかと言う恐怖心もあった霞だったが、真っ直ぐに見つめ返して
くる月詠の視線は微塵もそんな事を感じさせずきちんと受け止めてくれた事が嬉しかった。
また、力を抜いて体を委ねてきた事で月詠も腕の中で霞が落ち着いたと解り、小さく息を吐くが同時に武の迂闊さに腹が立ってくる。

「まったく、白銀の迂闊さにも呆れるな。霞の力を知っているのにそんな事を言えば解ってしまうのを忘れているのか?」
「……武さんですから仕方有りません。それにいつまでも子供扱いされたのが、悔しかったんです」
「これからは私も気を付けよう、だがその……妹扱いはしても良いか?」
「……はい、名前で呼ばれるのは、凄く嬉しいです」
「そうか、ならばそうしよう。それともう少し我らは話す機会を増やした方が良いな。明らかに意思疎通が疎かすぎた」
「……わたしもそう思います。だからもっとみなさんとお話ししたいです」
「うむ、アラスカから戻ってきた時には存分に語り明かそう」
「……はい」

落ち着いた様子で話せるようになったからもう大丈夫だろうと判断した月詠は、涙で濡れていた濡れていた霞の頬を取り出した
ハンカチでそっと拭って上げた。
月詠が笑いかけると霞もぎこちなく笑って和解の完了を確認出来た二人は、その後お互いの事より問題の武についていろいろと
聞き得た情報で月詠は顔を赤くして悶えていたらしい。
その頃、武はと言うと整備班長に呼ばれて機体をハンガーから動かしアントノフAn-225の側に近づくと、機体上部固定された急造の
積載ベースにクレーンを使用してゆっくりと載せるのを待ってから、整備兵たちが集まって固定作業を進めていく。
やがて全ての作業が終わるのを見届けたからコクピットから出てきた武は、カーゴベイに専用装備の積み込みを見守っている整備
班長の近くまで行くと同じように見つめる。

「で、いつまでのんびりしてやがるんだ?」
「えっ……」
「悩んでますって面しやがって、どうせ女の事だろ」
「うっ」
「図星ならこんな所で油売ってないでさっさと行けって、それのお前さんの代わりも来た事だし、彼女に任せればいいさ」
「えっ、あ、篁中尉……」

整備班長の視線を追って振り返ると、武達の側まで駆け寄ってきた唯依が、息を整えながら二人に話しかけてきた。

「す、すみません。搭載作業の時間まで来られなくてご迷惑をお掛けしましたっ」
「白銀がいたから大丈夫だ、それよりもこいつは用事があるから、交代してくれるか?」
「はい。白銀少佐、後は任せてください」
「と言う訳だ、ぼやぼやしてないでとっとと行ってこい」
「んじゃ、後よろしく」

追い払うように整備班長に手を振られて武はハンガー前からいなくなると、後に残っていた唯依はその姿を目で追っていた。
そして武は霞の姿を探して基地内を方々歩き回りやっぱり見つけられず、日も暮れて困り果てている時に現れたのは戦場でいる時の
顔をした月詠だった。

「何をしている?」
「その、霞を探しているんですけど……」
「屋上にいます、そう言えば解ると聞いている」
「え、霞がそう言ったんですか?」
「いいから行け」
「あ、あの〜、もしかして月詠さんは怒ってます?」
「私の事などどうでも良い、そう見えるのは自分の事だから気にするな」
「そうですか」

戸惑いながらも月詠に頭を下げると、武は霞が待っている建物の屋上を目指して走り去っていく。
その後ろ姿を見つめる視線に含まれるのは唯依と違い暖かい物だったが、月詠が笑みを浮かべていた事を武が知る事はない。
月詠の言葉を信じて階段を駆け上がりドアを開けてたどり着いた屋上には、一人月を見上げている霞の後ろ姿が武の目に入った。
自分が来たのは解っているはずなのに振り返らないので、武は霞の真後ろまで行くと黙って同じように月を見上げる。

「霞、ごめん……」
「…………」
「子供扱いしたつもりはなかった、でもそれで傷つくなんて思わなかった」
「…………」
「ごめんな……」
「……もう怒っていません、武さんがわたしを思ってくれて言った事だから許します」
「霞……」

そう呟いて体を預けてくる霞を倒れないように後ろから武が支えて抱き締めると、その腕に手を重ねて霞はまた呟く。

「……武さん、いつかあそこへ連れて行ってください」
「あそこって?」
「……月です」
「月かぁ……すぐには無理だなぁ……でもなんで月なんだ?」
「……わたし、うさぎですから」
「そっか、そうだな……」
「……はい」

武の腕の中でうさみみを揺らしてから霞は歌い始める……それは懐かしくも色あせないラヴソングだった。
月明かりの下、武を独り占めしながら月を見上げる霞の顔はとても穏やかで、何時までも温もりに包まれて甘えていた。
後に武はこの事を思い出すのだが、霞がどんな気持ちでそんな事を言ったのかこの時はその真意に気づかなかった。






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