「えっと、これが書類で……うん、全部有るな」
「白銀、アンタまたピアティフに書いて貰ったんだって〜」
「いや、前回と違って今回は違うんですよ。最初は自分でやってたんだけど、それを見たイリーナ中尉が……」
「ふーん……もしかして今までアンタの提出した書類、書き直ししていたのピアティフなのね」
「えっ?」
「だってー、白銀が用意した割には明確で分かり易く書いてあったから」
「うぐっ」
「大体アンタ、論理的に会話出来ないでしょう? それなのに上手い文章だと思ってたんだけど謎が解けて良かったわ」
「くっ、正論なだけに言い返せない」
「夕呼せんせ〜、そんなの今更だよ? だってタケルちゃんなんだよ」
「それもそうねぇ……」
「うっせーよ純夏、いきなり出てきて変な事言うなっ」
「いいじゃん、どうせ暫く会えないんだしさー」
「そっか、やっと静かになるから我慢するか」
「なにおーっ、まさかタケルちゃんってば監視の目が無いのを良い事にあーんあことやこーんなことまでしてくる気かーっ」
「純夏よぉ……お前馬鹿だな、超馬鹿だな」
「馬鹿って言ったなーっ、馬鹿って言った方が馬鹿なんだよっ」
「……霞、純夏の奴はお前も一緒に行くって忘れているみたいだぞ?」
「あっ、そ、そんな事無いよ、霞ちゃんっ」
「……平気です、だって純夏さんですから」
「え、えっとぉ〜、何となく納得出来ない言葉なんだけど……」
「……お土産、何が良いですか?」
「んっとねー、あれがいいっ、熊の置物っ! こうやって鮭をくわえているアレっ」
「そんな物がアラスカにあるかっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 77 −2000.9 唯依の考察−




2000年 9月27日 8:45 国連横浜基地 唯依自室

間もなくアラスカへ向かう事になる唯依は朝食後、帝国陸軍技術廠に出す書類を作成していた。
もちろんそれはXM3の教習に当たって自分なりに感じた事や機動概念の変更に伴う意見を纏めた物で、これを巌谷に送るのが
日本に置ける最後の仕事になっていた。
やはり発案者でもある武から操作を教わり組み上げた霞から直に聞いた上で、自分の意見を出し話し合う事でこれからXM3を使って
行く衛士達の手助けになると実感していた。

「ふぅ、流石にOSを発案した人と組んだ人に直接話を聞けるのは凄い……中佐も思いつかなかったのが肯けるわ」

一息ついてお茶を口に含むと、画面の中に打ち込んだ内容を確認しながら思考をそこから切り離す。
これは確かに一番重要な任務であるが、唯依にはもう一つ任務ではないがやるべき事があった。

「白銀武十六歳、階級は少佐で出身は横浜市柊町……この辺りなのか。城内省のデータベースでは予備役扱いのままBETAの
侵攻に巻き込まれる。後に香月副司令直属の衛士となって明星作戦に置いて多大な功績を挙げる。この時からXM3を搭載した
機体での活躍が始まるが、国連軍に置ける経歴は特秘事項扱いで閲覧は不可、香月副司令の許可が必要と……」

記録に残せないので自分の頭の中で整理しながら、唯依は少しずつ奇妙な感じを受けてゆっくりと思考し始める。

「自分が聞いた周りの人たちの反応や、本人と交わした会話や戦術機の操縦技術から推測しても、ただの予備役だったのも疑わしく
思える。ただし、その行動理念は私達以上にこの世界を守ろうとする強い意志が伺えるので、その点については信用出来る。尚、
追記事項として幼なじみである鑑純夏訓練兵との再会を果たすが、彼女の経歴は病気で療養となっているが確認は取れない」

純夏の名を口にした時、はっきりとその奇妙な感じの正体を理解した唯依は、凛とした表情が僅かに歪んだ。
それは小さな事かもしれないが唯依には自分の考えが間違っていない確信めいた物が在った。

「白銀武、鑑純夏……BETAの襲撃を受けて生き残り数年後には偶然の再会、だけどそれぞれの経歴は一部が隠蔽されている。
これが普通だなんて思う方に無理があるわ。そして同じように経歴が極秘事項扱いの社霞と二人の結び付きが強いのもそれを
証明しているのかもしれない」

こうして正式なレポートではなく、自分の知り得た情報を羅列して気づいた部分をピックアップしながら、唯依は巌谷が観察を
しろと言った意味を朧気に理解していた。

「白銀少佐の実力は本物でありOSや戦術機の改修計画を提供した現状を考えると、味方としては大変心強いと言える。しかし、
敵にしたとなれば米国以上の驚異となり得る。ならば現状を維持した方が日本にも帝国軍にも有益で有ると判断出来る……か」

またお茶を一口飲んで虚空を見つめながら、アクシデントで気まずかった状態を修正する為にハンガーまで月詠と共に来た武との
会話を思い出す。
謝罪の言葉は普通だったが、その後の会話が重要なヒントが隠されているのかもしれないと、唯依の思考は集中していく。

『ホントすまなかった、女の子にあんな事するなんて銃で撃たれても文句は言えないよなぁ……』
『いえ、きちんと謝罪をしてくれましたし、私もその……思い切り殴ってしまいましたからっ……』
『いやいや、当然だろ? 逆の立場だったら俺だって同じ事したと思うぜ』
『とにかく少佐の気持ちは理解しましたので、もう大丈夫です』
『そう言って貰えると気が楽になったよ、じゃあ改めてよろしく』
『はい』
『それとアラスカでは俺と篁中尉では立場が違うから、こちらの行動に感化されずあくまでも自分の立場を貫いて欲しい』
『どう言う意味でしょうか?』
『そっちは先進戦術機技術開発計画のメンバーとしてだけど、俺の場合は言ってみれば反対だからな。最悪な状況も考えられる
からさ……もし危険な事になったら自分の身を一番に考えてくれれば良いって事だ。ただもしも俺に何か在ったら霞だけは保護して
くれると助かるんで、それだけお願いしたい』
『聞かせて貰えるなら、少佐が考えている最悪な状況はとはどんな事でしょうか?』
『……知らない方がいいよ。まあ想像するのは止めないけど』
『白銀少佐……』
『篁中尉の志に水を差したくはないけど、世界が滅ぼうとしているこんな状況でも一つになれない人類が、一つの目標に対して
協力して同じ事が出来るかどうか俺には信用出来ないんだ。現にこっちのする事に非協力的だったのに、有用性を示したら手の平
を返して欲しがる上にこちらの計画を邪魔をしてこそこそ覗きに来る……そんな事をされて信じろって方が無理だよ』
『だから最悪な状況になると?』
『ああ、でも期待してない訳じゃないんだぜ? 現にここの連中は国や人種を問わず仲が良いしな……でも、ちょっかいを出して
くる現実を見せられたら簡単に信用は出来ない』

武の様子に巫山戯ている様子は全く感じられず、その喋り方からしても本音に近い事を話していると唯依は理解出来た。
この初対面の印象とかなり違って見える武の姿に、今なら巌谷の言葉を素直に受け取れる気がした。
自分より若い筈なのに険しい表情や考えがらしくない違和感、自分が知っている同年代の男とはっきりとそれを感じられた。

『それならば、私……いえ、我々帝国軍は信用に価すると理解していいのでしょうか?』
『……紅蓮大将を初めとした斯衛軍と斉御司少佐に月詠中尉、エンジェルズのみんなに巌谷中佐に篁中尉は信じているさ』
『全部は信用していない、そう聞こえますが……』
『その認識は正しい、だけど信じてみたいから技術提供をした……裏切られるかもしれないけど』
『えっ?』
『何も最初から諦めている訳じゃない、諦めるなんて出来ない……だから俺はここにいるんだ』
『白銀少佐、さっきの言葉はどう言う意味が……』
『篁中尉』
『はい?』

そこで唯依の前から去ろうとしながら最後に武は首だけ振り向いて真那と似た様な言葉を口にした。

『選べるのは自分なんだ、それを忘れないで欲しい……進む道はいろいろ有るけど、決める時は自分の心に従った方がいい』

その顔は笑っていたけど泣いているようにしか見えない事に、今の言葉に含まれている意味を忘れずに考えるようになった。
何を伝えようとしたのか、そして何かを背負っているのは間違いなく、正に武の言葉通りに唯依は選択を迫られていたのかも
しれないと思った。
過去の回想を止めて温くなったお茶を飲み干すと立ち上がり、新しいお茶をポットから注ぎ入れながら改めて気づいた事を
言葉にする。

「裏切られる……信じていると言った斯衛軍以外を差すならば帝国軍がそうすると……はっ、まさかそんなっ!?」

思いついた事に唯依は入れたばかりのお茶を湯飲みごと床に落としてしまうが、思考がそれに固定されていて拾う事ができない。
同じ軍で敵味方に別れる状況は一つしかない、明確に言わなかったが武はそう伝えたかったのかもしれない。

「クーデターか……でも、その情報はどこから……待って、白銀少佐が知っていると言う事は、彼の親しい人は知っていると
言う事になる。それじゃ殿下も紅蓮閣下も月詠中尉も香月副司令すらその事を知っている……そんなっ!?」

自分で口にした言葉だけど武の人間関係を考えれば裏付けが取れた気がした唯依は、よろめきながら椅子に腰を下ろす。
そのまま深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせると、そこで思考を止めないで先へ進ませようとする。

「仮にクーデターが起こると知っていて何もせず、それ所か状況を悪くするかもしれないのに技術提供をした理由はなんなの?」

普通なら止める、もし首謀者が解っているとしたら今の内捕まえて未然に防いでしまえばいい。
なのに彼らがしている事はちぐはぐとしか言いようのない対応で、何を考えているのか解らない。

「矛盾している、殿下も紅蓮閣下も知っているのに何もしない。それはつまり事が起こるまで時が有ると言う事? それとも
他に理由が有るとでも言うの? あっ……」

何かを思いついた唯依は自分の口元を隠すように片手で覆い隠すと、一人しかいない部屋で聞かれないように口の中で呟く。

「クーデターが起きる事を知っている……つまり未来を知っているから余計な事をしない? そんな馬鹿な事っ……」

実に荒唐無稽な考えで人に聞かせれば頭が変になったと思われるだろう、だけど唯依の思考の中ではそれがかちりと武の存在に
重なった。
そこから唯依の思考は解答方法見つけた数式のように早くなる。

「今の時に有り得ない事でもこの先に有り得る事だとしたら辻褄が合う……戦術機の強化もXM3の開発も今は無くても未来に
存在していたとしたら? でもどうやってそれを持ってきたっ……!!」

この横浜基地に来て唯依が知っている事で思い当たるのはただ一人だった、常にみんなの中心に存在している武しかいなかった。

「白銀少佐か……でもそんな馬鹿なこと有り得ない、有るはずがないのにそれだと私は思いたいの?」

未来の事を知っている、だから出来る事もあるし手を出さない事もある……そう思うのが一番納得する自分を唯依は明確に否定
が出来ない。
そこで武と初めて会った時に聞かされた巌谷の言葉が後押しをしてくる。

「中佐が言った自分と同じ年齢だと言うのもそれなら解るけど、もしそうだとして信じられないような事をどうやって納得させた
の?」

例えば自分が未来から来ましたなんて空想科学の話をする人をまともに取り合う人なんていやしない、だけど証明出来るとすれば
どうすればいいか……閃きの如く唯依の脳裏に一人の少女の姿が浮かんだ。

「そうよ、XM3を組んだのは白銀少佐じゃない。彼の考えを理解しその上で組んだのは……社少尉っ!」

だが物的証拠は何も無いし自分の想像や憶測に過ぎない部分が殆どだった、でも繋がった気がして唯依は複雑な気持ちになる。
普通に考えればこんな馬鹿な事を言っても信じる人はいないだろう、現に自分がそう思っているのだからと唯依は目を閉じると
緊張していた体から力を抜いて思考を止めた。

「何を考えているの私は、こんなのは情報省がすることよ。はぁ……これも全部おじ様が悪いのよ」

観察と言う言葉でそれとなく注意を向けさせた巌谷に、文句の一つも言いたい唯依の口から愚痴が零れてしまうが仕方がない。
しかも自分の役割と殆ど無関係な事に時間を取られて報告書を作る気力も失せてしまったらしい。

「そもそもその所為であんな事になったのかもしれない……そうよ、あんな恥ずかしい目に遭ったのも全部おじ様の所為よっ」

段々言ってる事が軍人らしさがなくなり、親代わりの巌谷に対する愚痴一辺倒になってきた事に本人は気づいていない。

「あの日だって一緒に来て殿下と紅蓮閣下にまで余計な事を話すし、白銀少佐が否定してくれなければ今頃どうなっていたか……
あーもうっ、思い出すだけでも腹が立つっ」

年頃の女の子らしい表情で怒り出す唯依は可愛いのだが、残念な事に自室で一人なのでその姿を誰にも見られる事はない。
憮然とした表情でふと床に落とした湯飲みを思い出して拾い上げると、水で洗ってから新しいお茶を入れ直す。

「あつっ……んもうっ……はぁ……おじ様のばかっ……」

そんな気持ちだったから冷まさないままの熱いお茶を口に含んでしまい、顔を顰めてしまった唯依は提出する書類を作成するのを
諦めてラップトップを閉じて立ち上がり部屋から出て行った。
気分転換の為に散歩をしようとした外に出た唯依は、訓練校のグラウンドで訓練兵に混じって走っている霞の姿を見つけた。
真剣な顔で前を見つめて走る霞はみんなから遅れているが、その足取りはしっかりとした物で唯依は感心していた。
やがて休憩の後、格闘訓練に入りまりもと話した霞が向かって歩いてくるその目が自分を見ていると気づいた。

「こんにちは社少尉、がんばるのね」
「……こんにちは篁中尉、お散歩ですか?」
「そうね、ちょっと気分転換かしら」
「……そうですか、あの今からお時間ありますか?」
「ええ、構わないけど……」
「……それでは、少しお付き合いください」

それだけ言って唯依は手を握られると、そのまま手を引いた霞に連れて行かれるままに歩いていった。
着いた場所は軍事基地としては珍しく男女別に別れている大浴場で、地下の原子炉を利用した24時間給湯なのでいつもで入浴
可能なのが横浜基地の自慢だったりする。
いきなり連れてこられた上に脱衣所で服を脱ぎ始める霞に慌てた唯依は、戸惑いながら話しかける。

「あの、社少尉っ……」
「……篁中尉は脱がないんですか?」
「えっ?」
「……服を着たまま入浴するなんて変わっていますね」
「そ、そんな事しないわ」
「……そうですか、先に入っています」
「あっ……」

すたすたと浴室へ行ってしまった霞に置いて行かれた唯依は、ため息一つ付いて上着のボタンに指を掛けると服を脱ぎ始める。
中にはいるとシャワーを浴びて体を洗っている霞を見つけてその隣に行くと、唯依も少し熱めのお湯を浴びる。
毎日好きな時に風呂に入れるなんて贅沢と思ったが、今の自分もその恩恵を受けているので野暮な事は言わない。
さっと体を洗って今度は唯依が先に大きな湯船に体を静めると、髪の毛を洗い終えてから霞は静かにお湯に浸かる。
不謹慎かもしれないけど、みんなが働いている時間にお風呂に入っているのは気持ちが良いと唯依は思った。

「ふぅ……」
「……篁中尉は……」
「はい?」
「……篁中尉が望んでいる事はなんですか?」
「望みかぁ……もちろんBETAを倒す事もあるけど、その為に新しい戦術機を自分達の手で作り上げたい事ね。日本独自で作り
たいと思っていたけど、現実はそれを許してはくれなかったし……」
「……そうですか、その思いは強いんですね」
「ええ、だけど命令である以上、その中で自分の出来る事をするだけ。それが今の私には一番の望みかもしれないわ……」
「……ありがとうございます」
「お礼を言う必要は無いわ」

そう言って唯依は隣にいる霞に笑いかけようとして顔を向けるが、そこに有った真面目な表情に言葉を失う。
真っ直ぐに何もかも見透かしたようなその瞳に見つめられて、唯依の胸の中で大きく鼓動が鳴った。

「……武さんと月詠中尉の言葉は気にしないでください、わたしはどこまでも武さんと共に進みます」
「社少尉、何でその事を?」
「……篁中尉の望みと同じように、わたしにも叶えたい願いがあります。例え自分を犠牲にしても譲れない物があります。だから
この先にわたし達に何が起こったとしても、篁中尉は気にせず自分の道を進んでください」
「待って」
「……お願いします」
「社少尉っ」

唯依の問い掛けに返事をしないで、ただ最後に微笑むと霞は一人で先に浴室を後にしてしまい、残された唯依は呆然としてしまう。
謎かけのような話に唯依は自室で考えていた事が浮かんできて、やはりあの考えは合っているのかもしれないと感じていた。
一体アラスカで武達に何が待ち受けているのか……そう思うと唯依はお湯に浸かっているのに背筋が寒くなる感覚を味わった。






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