「武様の今日は突然のお呼び立て、とうとう決心なされましたのでしょうか?」
「ちょっと待って白銀、心の準備が欲しいんだけどっ……」
「武様、まさかアラスカへ行く前に式を……そ、そんな困りますっ」
「ふーん、みんな集めて何言う気かしら?」
「どうしようか霞ちゃん……」
「……夢見るぐらいは良いと思います」
「ごほん、最近オレの立場がどうも変にねじ曲がっているみたいなので、確認したい為に来て貰いました」
「どこも曲がっている様に見えませぬが?」
「どうしたのよ白銀、疲れてるのなら伊隅が飲んでるドリンク飲みなさい」
「武様?」
「まあ、はっきりしないのが捻れているって事かしら?」
「うーん、今回ははっきり言うつもりみたいだね、タケルちゃん」
「……限界と言うか流されるままだったですから」
「そこっ、静かにっ……純夏と霞に手を出したのはオレです、だからそれに関しては言い訳しません。だけど、他の人は全て
事が終わるまで保留にしてください。マジでお願いしますっ」
「うわー、土下座してるよ。しかも泣いてるし……」
「……武さん、辛かったんですね」
「致し方有りませんか、急いては事をし損じるとありますし」
「そ、そうね、今は現を抜かしている場合じゃ無かったわね」
「お気持ち解りました、武様の望むように……」
「って、やっぱり土下座が似合うじゃない」
「誰の所為ですか誰のっ、オレは真面目にBETAをやっつけたいんですよーっ!」
「またまた〜、白銀ったら照れちゃって〜」
「うがーっ!!」





マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 76 −2000.9 GET ME POWER−




2000年 9月25日 14:15 アメリカ合衆国ネバダ州 グルームレイク基地

「おいユウヤ、聞いてんのかっ! くそっ……」

無線機で呼びかけても返事をしないで戦術機を動かし続けるユウヤに、ヴィンセントは切れてインカムを地面に叩き付けると
どかっと椅子に座って腕を組んで黙り込む。
朝から禄にメシも食わないで補給してはストライク・イーグルを動かし続ける事を繰り返す相棒に、やっぱり見せたのは間違い
だったかなとラップトップの中で動いている広報映像を見てため息を付いた。
先日世界各国に配信されたヴァルキリーズのプロモーションビデオの中身は霞が言った通り武の物で、実際の戦闘機動をしている
記録映像をそのまま使っていて、それをユウヤが見入ってしまったがそもそも始まりだった。
メカニックの立場から言っても武の操る不知火・改の動きは凄まじく、既存の概念なんて一蹴する言葉がこれほど似合う事は
お目に掛かった事がないので興奮してしまっていた。
特に機体の限界性能を引き出して戦う力にユウヤが惹き付けられて、直後に自分の機体に乗り込むと同じように動こうとしていたが
満足な結果は得られずテストパイロットとしてのプライドも傷つけられていた。

「ったく、今のOSじゃ無理だって。あの機動を生み出すには根本的に違いがあるんだよ、ユウヤ……」

土煙を上げて無様に地面を転がるストライク・イーグルを遠目に眺めながら、ヴィンセントは後の整備が大変だなと呟くしかやる
事がなかった。
結局日が暮れるまでユウヤが機体から降りてくる事はなく、やれやれと言いながらハンガーに収められた泥だらけのストライク・
イーグルを整備し始めるヴィンセントだった。
その頃、シャワールームで汗を流していたユウヤは、無言のままお湯を浴び続けていたが突然拳を壁に叩き付ける。

「何処が違うんだよ、同じ人間だろ……くそっ」

嫌悪している日本人だけど同じに人間なのに、武が出来て自分が出来ないのは単に腕の差だと言われているようで、テストパイロット
としての自信が揺らいでいた。
ここグルームレイクと言えば米国では戦術機を扱う仲間には尊敬の目で見られるTOPGUNが存在していて、そこに所属している
ユウヤもそれなりに腕前を自負していたが、以前見た映像にくわえて今回の映像で自分の力を思い知らされた気がしていた。
武以外のヴァルキリーズの戦闘も見たが、あれぐらいやってみせると戦術機に乗り込んだまでは良かったその分だけ堪えていた。
もちろん不知火・改とストライク・イーグルの差なのかと考えもしていたが、決してそれを言い訳にはしたくないユウヤの目は
諦めない強い意志が隠っていた。
その日は夜遅くまで部屋の中で武の広報用ビデオを見直しイメージトレーニングを重ねて行くユウヤの心は、ここ数日のアラスカ
行きの不満を考える時間を忘れさせる。
翌朝、軽めの食事を取りハンガーへ行くと泥だらけだった機体は洗浄されていて、その足下には徹夜をしたのかヴィンセントが
片手を上げてユウヤを出迎えた。

「よう、少しは頭冷えたか?」
「すまない、悪かった……」
「一晩経ったら解ったみたいな顔になってるが、そこんとこどうなんだ?」
「お前の意見を聞かせてくれ、あの白銀少佐の動きは何が違うんだ……」

よっと立ち上がりラップトップや書類の置いてあるテーブルまで移動すると、ポットの中からコーヒーを入れてユウヤに渡し、
自分のカップを口に付けて咽を潤してから話し始める。

「パイロットとしての技術は向こうの方が上なのは理解してるよな?」
「ああ……」
「機体に関しては第二世代と第三世代の違いはあるが、それは大きくはない。寧ろ機体制御OSの差が大きいだろう」
「OSか……確かXM3だったな?」
「そうだ、俺たちがアラスカで触れる事になると思うが、問題はOSその物じゃない」
「どう言う事だ?」
「白銀少佐の機動概念、それが根本的に発想が違うんだよ。俺はパイロットじゃ無いから客観的に見てるんだが、あれは今までの
積み重ねで作られた既存の物とは別物なんだ」
「別物……」
「いいか、例え同じ機体で同じOSだったとしても、その違いに気づかなければ結果は同じだ。それを理解して操作しなければ
追い付くどころか足下にも及ばないぜ」

ヴィンセントの意見は的を射ており、ユウヤもイメージトレーニングをしている中で感じた違和感の答えがそれだと同意する。
日本人ならの発想かと考えもしたがそうではなく、同じ部隊のヴァルキリーズの操縦は既存の概念が有った上で武と同じ事を
している所も伺えたからそれで納得出来た。

「ならどうすればいいと思う?」
「自分で機動概念を作り上げる気持ちでやらなければダメだって事だ」
「今のOSで可能か?」
「うーん、白銀少佐に近い感じの物は出来なくはないだろうが、ただ酷く苦労するぜ」
「それぐらい出来なければテストパイロットなんてやってられないさ」
「その意気だ、それじゃ俺の考えも言うけど、馬鹿馬鹿しいなんて言うなよ?」
「どんな馬鹿な事でも真面目に聞いてやるさ」
「最初っからそれかよ、まあいいか。つまりだな……」

それからヴィンセントと話し合いながら、今までそう言った事まで考えていなかったユウヤは、自分の考えが酷く固まっている事に
気づかされて、心の中で普段は口数が多い相棒にだったが今は感謝していた。
アラスカへ出向まで僅かな時間しかなかったがこの努力がそれなりに実を結ぶのだが、それが報われる事になる前に大きな問題が
持ち上がってしまうがそれを知る由もなかった。
武達の思惑を知らないユウヤにはそれは解らないし、またそれを知った時初めて自分を取り巻く世界がどうなっているのか、今の
様に深く考えるようになっていく。
そして武の映像を見たユウヤ達以外でも、思う所が有る者が何人か存在していた。
一人は勇猛で知られる民族の少女で、小さな体とは裏腹にその力は仲間達からも一目置かれていた。

「あっはっはっは〜っ、なんだよコイツ、ただのスケベじゃん」

げらげらと笑って床を転がるタリサは涙を流す程可笑しかったらしく、その姿に同僚達は遠目に何やってんだと言う視線を送って
いたが気にしていないのか笑いが止まらなかったらしい。
それでもすぐに立ち上がると、モニターの中で武がBETAを倒すシーンまで戻して食い入るように睨んで口元を挑戦的に歪ませて
笑う。

「でも、すげえぜ……早く新OSを試してみたいぜ」

今でも自分の腕には自信を持っているタリサだが、武の動きを見てXM3があれば今以上に戦術機を操れると、戦士として
の直感でその力を認めていた。
しかも武の動きの奇妙さは自分の得意な高機動近接格闘戦に通じる物があり、実際に戦ってみたい気持ちも強かった。

「まあ、勝つのはアタシだけどなっ」

驚異と感じるより勝ってみせると思う気持ちが強い勝ち気な瞳は、それでも武の映像から離れなかった。
本能では認める武の力だが、それ以上に強い奴と戦ってみたいと思っているタリサは高揚した気分でご機嫌だった。

「しっかしコイツ、戦っているシーンがなけりゃただの女ったらしだよなぁ。なーにが『夢は男の浪漫を実践する事です』だよ。
女なら誰でも良いって見境無しかもしれないからこっちがヤバイかもな……ま、そん時はただじゃおかないけどさ」

一応性別で言えば自分も女である事から、武が自分の国のお姫さままで手を出したなんて事も情報として耳に入ってきているので、
タリサは画面の武を睨み付けながらそっちで迫ってきたなら返り討ちだぜと鼻息荒くしていた。
まあ、武としては別に女の子と接する機会があったとしても、その娘を物にしたいとかと言う気持ちはなく殆どが誤解なのだが、
その心内を知っているのはウサミミ少女と幼なじみな女の子だけだった。
そしたまた別の場所では、厳しい訓練の僅かな休憩の合間に二人の少女はそれを見つめていた。

「…………」
「くすくすっ」

一番早くアラスカで任務が始まるのを待っていた姉妹のような二人は、モニターの中で流れている映像を見ながら片方は呆然として
片方は笑っていた。
一人は武の動かす戦術機の機動に注目して、もう一人は武と女の子達のカットに注目していたのでその表情は違ったらしい。
それが気にはなったが、久しぶりに見る優しい表情を邪魔したくなかったクリスカは、黙って画面を見ていたらイーニァの方から
話しかけてきた。

「…………」
「楽しい人、ねえクリスカ、そう思わない?」
「ん、ああ、そうかもね……」
「もうじき会えるよ、この人に……」
「興味はないわ」
「うそ、クリスカ嘘付いてる」

イーニァはその大きな目に楽しさの光を浮かべて横にいたクリスカの顔を覗き込むと、じーっと見つめ続ける。
普段はあまり笑ったりしない彼女が声を出して笑っていたので、クリスカは少し前の出来事を思い出す。
あれは何時だったかと、深夜にイーニァが何かを言って笑っていたなと……。

「イーニァはこの男に興味があるの?」
「……うん、だけど違う」
「違う?」
「この人もそう、でもあの娘はきっと……」
「イーニァ?」

そこまで言って表情が普段の寡黙な感じに戻り、またモニターの中で流れる映像を見つめる。
声を掛けるが反応が無いので、仕方なくクリスカも同じように映像を見るが、イーニァが見ている物には気づかなかった。
それは武では無く自分達と似ている少女で、間違いなく夢で会った少女だと解ったからである。

「きっと……変われる……ね?」

口の中で呟いた言葉はクリスカには聞こえない、だけどイーニァには大事な言葉だった。
任務以外何もない自分達を、人とは違う自分達を導いてくれる切っ掛けを教えてくれる、そう信じようとしている自分が夢で
見た少女と会える事を心待ちにしていた。
しかしその出会いは望んだ結果とはほど遠く、希望を打ち砕くような恐怖を与えられる事になるとイーニァにはまだ解らなかった。
ただ、淡い期待を胸にイーニァは再び始まる訓練まで、じっと画面を見つめ続けた。
そして舞台となる米国アラスカ州国連太平洋方面第3軍、ユーコン陸軍基地テストサイ18にある一室で二人の男が武達の映像を
見終わり暫くしてから一人が口を開く。

「どう見た、奇譚の無い意見を聞かせてくれ」
「異常……いえ、異端と言った方が正しいでしょう」
「異端か……」
「確かに香月博士は天才と名高いしそれも認めますが、はっきり言って発想自体が有り得ないです」
「有り得ない、それが異端と言った理由か?」
「人類がBETAと遭遇して三十年を過ぎました、戦術や戦略は様々な物が用意され有効と判断された物だけが今の人類に置ける
基本になっています。なのにいきなり自分の研究分野とは沿っていない戦術機の新OSの運用と難航していたTYPE94の改修以上の
強化と支援装備一式を作り上げた。これは技術革新とは違います、まるで……」
「うん、どうした?」
「いえ……技術者として口にして良い言葉なのか解りませんが、どこからか持ってきたと言うのが一番理に叶っています」
「持ってきたか、仮に持ってくるとしたらどこからか予想が付くか?」
「解りません、ですがもしその答えを知っているとすれば……」

フランク・ハイネマン――日米共同の先進戦術機技術開発計画「XFJ計画」の技術顧問は、もう一度モニターの中で繰り返し流れて
いる映像を一人の人物のカットで停止させる。
それは砂糖に群がる蟻のように迫るBETAを、圧倒的な力で撃破していく不知火・改を操る一人の少年だった。

「おそらく彼でしょう、1999年の明星作戦時に置いて、当時イスミ・ヴァルキリーズが担当していた戦線に現れ、その時から
驚異的な力を発揮させていました。なのにそれ以前の軍歴が特秘事項扱いになっているのが、理由の一つに上げられます」
「特秘事項にする理由がそれなのかもしれない、と言う事か……」
「はい、しかもヴァルキリーズと違い香月博士直属兵としての扱いが裏付けていると思われますが確信はありません」
「ふむ……」
「なにより、XM3の発案と機動概念の構築をしたのは、他ならぬ彼です」
「一衛士が出来る事では無いな……」
「ですから、今回の来訪で対処を間違えると取り返しが付かない事態になる可能性もあります」
「それは我々の敵になると言うのか?」

クラウス・ハルトウィック大佐――ここで行われる先進戦術機技術開発計画「プロミネンス計画」の最高責任者は、厳しい表情で
自分の出した問いをハイネマンに対して答えを求める。

「敵と認識されれば彼はそうなるでしょう。それだけの覚悟を持っているのはこれを見て貰えれば解ると思います」

そう言ってハイネマンは自分自身のラップトップを動かしてそれをハルトウィック大佐の前に差し出すと、そこに映し出された映像
が答えになっていた。

「この映像の出所は言えませんが、帝国斯衛軍とヴァルキリーズを相手に戦闘をしている黒いTYPE00のパイロット……それが彼、
白銀少佐になります」
「これはっ……」
「全て実弾使用です、無論演習などではありません。斯衛軍もヴァルキリーズも本気で白銀少佐を撃破しようとしていたそうです」

広報用ビデオも凄かったが今見ている映像の方が遙かに衝撃的で、ハルトウィック大佐は握りしめた拳が汗で湿るのを感じていた。
ハイネマンが異端と言ったのもこれを見れば納得も出来る程、武の戦い方は有り得ないと思うしかない。
そして武の機体が撃破されてコクピットから運ばれる様子まで映した所で映像は切れた。
何も映さなくなった画面を食い入るように見ていたハルトウィック大佐は椅子に深く腰掛けると背もたれに寄りかかる。
大きく息を吐いた後、側に立っていたハイネマンを見上げると、何かを言う前に先に口を開いた。

「補足ですが、この戦闘で白銀少佐は一ヶ月の入院を余儀なくされたそうです。原因は内臓へのダメージが大きいと言う事でした」
「内臓?」
「これを持ってきた者の話では撃破されたのは偶然で、機体とパイロット双方が限界を越えた為に急速に鈍くなった所を撃たれた
そうです。XM3には機体の能力を一時的に高める『FLASH MODE』と言う物が内蔵されていて、白銀少佐はこれに
制限を掛けないで使用した為に機体と同時に自分の体にもダメージを負ったそうです」
「その機能については送られてきた書類に記載していなかったが、危険性があったから省いたのかそれとも……」
「現時点では何とも言えません」
「どっちにしろ全ては白銀少佐が来てからか……」
「そうなります、ですがもし味方と認識されれば白銀少佐は強力な味方になり得るでしょう。現に国連横浜基地の部隊だけでは
なく、帝国軍と斯衛軍にはXM3を国連軍より先に供給しています。これはそれの証明だと言えるのではないでしょうか?」
「自軍より他の国へか、ならばこちらの対応も極力不審を頂かせないようにしなければならないな」

全てを始める前に二人の思惑はその様に固まっていたのだが、各国間で意志の疎通が不十分だった事が災いとなり、最悪の予想に
近い感じで実現する事になる。
だが、その結果が武の力をこの基地にいる全ての者達が目にして、忘れるなんて出来ない事実として心に刻む事になる。






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