「ありがとう白銀、良いデータが取れたわ」
「何のデータですか……」
「白銀恋愛原子核論における、フラグ立ての方法って所かしら」
「夕呼先生、向こうの世界の夕呼先生に似てきてますけど?」
「だってこんな余計な事に頭使う時間なかったしぃ、白銀をからかうとすっごく気分良いのよ」
「オレは良くないっ、全くもう……」
「……少しは多目に見て上げましょう」
「霞、大目に見ると言っても限度は有ると思うんだ」
「……武さんが言うと、説得力が無いのは何故でしょう?」
「えっ」
「……次々と無自覚に女の子を撃墜していく武さんの限度はどの辺でしょうか?」
「うぐっ」
「ねーききたーい、わたしもそれききたいよタケルちゃんっ」
「そ、そんな事言われてもオレから誘っている訳じゃないし、ごく普通に……」
「……本当に無自覚ですね……純夏さん、覚悟しておきましょう」
「う、うん、しょうがないよね。それに悠陽さんがあんな事しちゃうから法律でも止められないし」
「それもきっと恋愛原子核のお陰よ♪」
「なんでもかんでもこじつけるなあ〜っ」
「わたし思うんだけど、白銀って往生際が悪いと思うのよ」
「そうだな、私の見立てでも真耶も篁中尉もかなり怪しいが……」
「はぁ……アラスカ行ってる間だけでも平和で過ごしたいなぁ……」
「……無理です、きっと」
「そうだった、喧嘩を買ったんだよな、忘れそうだった」
「……はい、がんばってください。わたしが側で応援しています……いろいろと」
「最後の言葉がすっげー不安だーっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 75 −2000.9 旅立つ天使−




2000年 9月23日 9:00 国連横浜基地 HQ

昨日は純夏と約束を守り痛む腹を押さえながら一日中訓練に付き合っていた武は、まだ疲れが残っている感じだったが仕事の
為に朝から動いていた。
今日はエンジェルズへのXM3教習及び概念転換の終了、それに伴い新しく供給された機体と共に帝国軍への復帰する日であり、
直接指導の立場から必要な書類を全く用意していなかったのでピアティフにお願いして作成していたのである。
だからつい武への苦言を口にしてしまうピアティフを止める人はここにはいなかった。

「白銀少佐、言いたくは有りませんがどうして当日の朝になって気が付くのですか?」
「うっ、誠に申し訳ありません。その、訓練とか機体の慣熟とかいろいろと忙しくて……」
「女の子と遊んでいるの間違いでは?」
「い、いやいやっ、それは誤解だってっ」
「聞いていますよ……篁中尉をPXで押し倒して胸を触ったとか?」
「あれは事故で倒れちゃって、起き上がろうとした時偶々この手が……うっ」
「…………」

そこまで話して持ち上げた手をピアティフが細くなった目で睨んでいたので慌てて後ろに隠すと、暫く沈黙した後に頭を下げる
武の姿に、周りでそれを見ているオペレーターの女の子から尻に敷かれていると納得されていた。
それでも手を動かして武の為に書類を作る辺りピアティフの愛が溢れているので、余り殺伐とした空気はなくてそれを待っている
葵達の為に作り上げていく二人は予定より一時間遅れで完成させた。

「ありがとうイリーナ中尉、本当に助かりましたっ」
「次からはもう少し早く言ってください」
「了解しました、それじゃっ……」

喜んで書類を受け取って足早に出て行く武の後ろ姿を見つめていたピアティフに、待ってたとばかりに同僚のオペレーターが
取り囲んでいろいろ言い始める。

「文句言いつつも彼の為に尽くすなんて健気よねぇ〜」
「うんうん、愛が溢れてるよね〜」
「それでやっぱりアラスカに行く前に式上げるの?」
「違うわよ、そのまま一緒に婚前旅行なんでしょ?」
「な、何言ってるのよ。それに今は仕事中よ、持ち場に戻りなさい」

しかしピアティフの言葉を誰も聞いていないし、きゃあきゃあと女子校のノリで話が止まらない彼女たちに、同じ事を言って
取り合わない様にしている彼女は顔の赤さは隠せなかった。
HQで自分が去った後そう言う事になっているなんて気づいていない武は、フリーフィングルームで待っているエンジェルズ
たちに殆ど全速力で廊下を走っていく。
しかし、これが恋愛原子核に取ってはまたとないチャンスと判断されたのかどうか解らないが、出会い頭でぶつかって恋が
芽生える事もある様なシチュエーションを生み出す事になったのかもしれない。

「やべえやべえ、かなり待たせちゃったよなぁ……とにかく今は行くだけだっ……えっ?」
「あっ……」

武がそのままの速度で曲がり角を曲がって直線だけとなった瞬間、そこにいたのは床に落ちていた書類らしき物を手にして立ち
上がり掛けた唯依で、気づいて避けようとした武に合わせるように唯依も慌てて下がろうとしたが結果は推して知るべしである。

「うあわあぁっ!!」
「きゃああぁっ!?」

静かな廊下に男女の悲鳴が響き渡れば当然それを確かめ様とする者がいるだろう。
それもすぐ近くならば尚更で、自分が良く知っている声だとしたら気にしない方がおかしい。
奇しくもここは武の向かっていたブリーフィングルームのちょっと手前で、悲鳴を聞きつけたエンジェルズたちがドアを開けて
覗いていた。

「一体何が……えっ?」
「うわー、だいたーん♪」
「えっと、皆さん見てないで助けた方が……」
「な、ななな何しているんですか白銀少佐ーっ!!」

意見はそれぞれだが兄のように慕っていた凛にしてみたら、目の前で起きている状況は見て見ぬふりを出来る訳がないと、
肩を怒らせて近づいていくと足下で唯依に絡まっている武を見下ろして叫んでしまっていた。
しかし、言われている方は目の前が真っ暗で自分がどうなっているのか解らないので、顔や手を動かして藻掻いてしまう事で
状況は更に悪化していく。

「うおっ、真っ暗で何も見えないぞ。どうなっているんだ?」
「う、動かないください白銀少佐っ」
「……うん? 何かすべすべして柔らかい……ってあれ、も、もしかしてこれは……」
「あ、あうっ、そのっ、手を動かさないで……あとっ、喋らないでっ……」
「もしかしてオレが触っているのはお尻で、目の前にあるのは篁中尉の……」
「いやあああああぁぁぁぁーっ!!」
「むぐあっ!?」

実に素晴らしい肘打ちを後頭部に喰らった武は、唯依の柔らかいお尻に手を回し頭をスカートの最深部まで突っ込んだまま
気を失ってしまうが、引きづられて明るい場所にでた顔が微妙に笑顔に見えた気がしたのが許せなかったのか、介抱する前に
凛が思いっきり顔面を踏みつけていたのはブラコンに似た感情からくる勢いだったらしい。
また、生真面目で凛々しい所も有るはずの唯依だが、今度はお尻触られ上に秘めたる場所に男の顔が押しつけられてはもうお嫁に
行けないのかもしれないと本気で泣きそうな顔がかなり可愛い感じに葵達には見えたらしい。
そこに武と同じようにエンジェルズのXM3教習終了に立ち会う為に現れた夕呼が三者三様の有様に野次馬の様子を見た結果、
きらーんと目を光らせると実に楽しそう笑うのだった。

「さすが恋愛原子核ね、恋愛事に関するフラグ立ては本人の意志に関係なく発揮されその効果は絶大と……うん、なるほど」
「なるほどじゃないっすよ……」
「でもね、一番面白かったのはあんたの土下座よ? あたしの言った通り見せてくれたわね、ありがとう白銀」
「くっ、でもあの場合はあれしか思い浮かばなかったんですよっ」
「あたしが思うに、きっとあんたは世界で一番土下座が似合う男になるわ」
「そんな事を断言しないでくださいよっ」
「はいはい、それよりもあっちの方を片づけた方が良くない?」
「解ってますっ」

夕呼と話ながら事態の打開を模索していた武だったが、時間も押しているしどうにもこうにもならないと悟るだけだった。
ちなみに土下座と言うのは目が覚めた武の目の前で今にもこぼれ落ちそうな涙目の唯依を見て、ごめんなさいの言葉と共に
素早い動作でした事で、夕呼はやっとそれを見られたのでご満悦のようだった。
一応その場を取りなしたがこれを済ませたらもう一度きちんと謝ろうと決めて、武は意識を切り替えたかったがそうはいかない。
なにしろ唯依とのアクシデントで、武の前に並んで見ているエンジェルズ四人の表情は様々だったからである。
葵は大人らしく何もなかったように、照子はお腹を押さえてまだ笑っているし、翠子は落ち着きが無く視線を彷徨わせ、凛に
至ってはすけべと呟きながら武を睨み続けていた。
それでも武は咳払いをするとみんなも姿勢を正したので、XM3の教習終了の区切りとして彼女たちに向かって最後の言葉を贈る。

「えーっと、本日まで皆さんよく頑張ってくれました。オレの目から見てもヴァルキリーズと遜色がない程の所まで来ていると
思っています。この後も怠ることなく努力をしてこの先肩を並べて戦う時が有ったならオレを驚かせてください」
「あんたにしてはまともねぇ……」
「ぐっ……それと部隊の概要と立場に付いて悠陽殿下から言われた事を印してあるので目を通して欲しい」
「はい」

武の手から書類を受け取った葵はさっと目を通して、副官の立場である照子に渡すと翠子も凛も書いてある事を目で追っていく。
それを読んで声を上げるのは口が達者な照子で書いてある事を口にすると、翠子も凛も続いて読み上げてしまう。

「これって優遇されすぎじゃない? それと命令系統が殿下だけって……」
「帝国軍の各施設を自由に使用可能、有事の際は駐屯部隊の指揮権を発動可能、命令出来るのは殿下のみでそれ以外は自由行動
だなんて普通には考えられません」
「それとここ国連横浜基地の支援も受けられるって……」
「独立部隊と言うのは名前だけじゃないって事よ。その分、責任は重くなった事をみんな忘れないで」
『はいっ』

帝国軍第12師団の生き残りである彼女たち四人に与えられたのは、力と技と共に重い責任だと感じて緊張を隠せない。
裏を読みとれば悠陽が個人的に信用の置ける人物だと公言しているような物で、斯衛軍以外で対応が必要とされる日の為かも
しれないその可能性も考えていたのは隊長でもある葵だけだった。
その葵の考えを肯定するように、みんなを見てから武は真剣な顔で最後の言葉を贈る。

「人類の目標はBETAから地球を取り戻す事だ、だけどそれを目指す道は一つじゃない。その結果ぶつかり合う事になった時、
よく考えて自分達の信じた行動して欲しい」
「白銀少佐、それはどう言う意味……」
「凛」
「は、はい?」

武に問いかけようとした凛に葵は目で黙るように示唆すると、その表情を見て黙り込むしかできなくなる。
そしてもう一度武を見るとしっかりと頷き、葵も応えるように目を伏せると他の三人も表情を引き締めて姿勢を正す。
今ここで話している言葉はそれほど重要なんだと、エンジェルズは全員理解して武を見つめると敬礼をした。

「皆さんご苦労様でした、また会いましょう」
『ありがとうございました』

最後に笑顔を浮かべてみんなに敬礼をすると、自分の中で一つの事をやり遂げたと自信が武の心には確かな感触として残った。
後は機体搬出の為に迎えのトレーラがー来るまで時間の空きがあったので、武と話をしようと思っていた凛は今までのお礼を
伝えたかったが、唯依に会いに行こうとしてもう部屋からで出る所だったから慌てて呼び止める。

「白銀少佐っ」
「なんだ、凛?」
「いろいろありがとうございました。わたし、これからもがんばります」
「自信を持てよ、オレが直接教えた中で一番飲み込みが早かったんだからな」
「はいっ」
「じゃあなっ」
「あ……」

出て行く前に凛の頭をくしゃくしゃとちょっと乱暴に撫でると武は行ってしまい、そのあっさりとした別れに拍子抜けもしたが
武らしいなと見送る顔には笑顔が浮かんでいた。

「人の話を理解してないのが解るわ、またフラグ立ててるし……」
「香月副司令?」
「何でもないわ、それよりも白銀の言った言葉を忘れないでいて上げて」
「はい、理解しているつもりです」
「そう……」

葵と話ながら凛の様子を伺っていた夕呼は薄く微笑むと、書類に書いていなかった当面の配置先を口頭で伝える。
それが武の上司として夕呼の最後の仕事になり、敬礼をしようとした葵に手を振って止めさせると静かに立ち去っていく。
近い未来に敵となるか味方となるかまだ解らないが、武の信じた彼女たちならば大丈夫だろうと夕呼は歩きながら思っていた。
そしてフリーフィングルームを飛び出した武は基地中を走りながら唯依を探していたが、なかなか見つけられず気まずさだけが
大きくなって焦りの為か嫌な汗が止まらないでいた。
それもその筈である、唯依が何処にいたのかと言うと自分の武御雷のコクピットで大きくため息を付いていた。

「はぁ、何しているんだろう……しかもか弱い女性の様に悲鳴を上げたり涙ぐんだりするなんて恥ずかしい……」

自問自答を繰り返していたがさっきの場面が克明に浮かんでは消えるの繰り返しで、赤面しては俯いてため息しか出てこない。
思わずスカートの裾を押さえてしまうのは仕方がないし、こんな自分を知らない唯依はいつもの自分に戻れないでいた。
確かにここ数日、武と戦術機の事でよく話しているし意見のぶつかり合いや、自分には無い発想を聞かされたり充実していた
のは事実だったけど、その間は異性としての意識はしていなかったのは理解していた。
しかし、あんなアクシデントが立て続けに起これば、自分が女であり武が男であると意識しない方に無理があった。

「このままだとおじ様の言ってる事が現実に……ううん、そんな事有る訳がない。でも、ううっ……」

そんな風に答えが出ないまま悩み続けていると、突然コクピットのハッチが開いてそこに立っている人物を見つめてしまう。

「月詠中尉……」
「少し良いか?」
「あっ、はい」
「邪魔をするぞ」

斯衛の中でもその実力は五本の指に入ると言われ、赤い武御雷を駆る真那は女性衛士の中でも憧れを抱く者は多い。
しかし女性らしい微笑みを浮かべている真那の姿は、唯依が以前会った時より綺麗に見えていた。

「多くは言わない……ただ、目の前の事から逃げるな」
「えっ……」
「選択肢は自分にある、それを忘れるな……道は己で決めろ」
「月詠中尉……えっ?」

そこまでは笑顔だった真那は、表情を引き締めると唯依に顔を近づけて静かな声で呟く。

「それと、これは個人的な頼みだが、アラスカでは白銀の行動に気を付けろ」
「それはどう言う意味でしょうか?」
「知っていると思うが、白銀は歓迎されて行く訳ではない。最悪な状況はいくらでも予想出来る」
「まさかっ……」
「だが、白銀の事は放っておけ、そう簡単にくたばる奴じゃない。問題は社少尉の方だ、何か有ったら彼女だけでも護ってほしい」
「解りました、出来る限りの事はします」
「頼むぞ」

そう言って再び笑う真那だが、今度のは意地悪そうな感じで唯依は背筋がぞくっとした。
真那は無言のまま外に向かって手を振ると、リフトが上がってくるとそこにはばつの悪そうな顔をした武が乗っていた。

「後は二人でよく話し合え、我らは仲間なのだから憂いを残すな」

武の腕を引いてコクピットに引きずり込むと反対に真那は自分がリフトに乗り込んで降りてしまい、逃げ場を封じられてしまい
お互い上手く声が出なくて何も話せない時間が過ぎたが、エンジェルズが出発する時には普通に話している二人の姿を見られ、
真那はずいぶんとお節介で優しくなった自分に苦笑いを浮かべていた。
そして秋の爽やかな空気とは別に真那は肌に触れる風に少し寒さを感じながら、基地内に戻って行く武の後ろ姿を見つめていた。






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