「で、どうなのどうなの〜?」
「なにがですか?」
「篁中尉の事に決まってるじゃな〜い」
「彼女は生真面目なんですよ、暇つぶしに世界征服なんてアホな事考えるどこかの誰かと違って」
「誰がアホなのよっ」
「自覚があってほっとしました」
「むうぅぅ〜っ、なによ白銀ったら……こんなにも愛しているのに酷いわっ、ううっ……」
「あれ、マジに泣いているんですか?」
「わ、悪かったわねぇ〜、白銀の馬鹿〜っ……」
「ちょっと白銀、言い過ぎたんじゃない?」
「そ、そうかなぁ、そう思いますかまりもちゃん?」
「うん、結構本気で泣いているみたいよ」
「うあっ」
「もういいわよ、あんたなんかに相談しないで好き勝手にやって文句なんて言わせないんだから〜」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、オレも言い過ぎました」
「ふーんだ、今更遅いわよっ」
「夕呼先生、とにかく落ち着いてください。本当にごめんなさい、悪気はなかったんです」
「あんたの為にいろいろ作ったり手を尽くしたりしてるのに、それがこの仕打ちだなんてやってられないわ」
「うーん、機嫌直してくださいよ、夕呼先生〜」
「そんな上辺だけの言葉なんていらないわ。それより邪魔しないでよ、これからあんたの機体にドリル付けるんだから」
「うわーっ、待ってください。解りました、夕呼先生のお願いを一つ聞きましょう。これならどうですか?」
「……ふんっ、なんでもいいの?」
「えっと、子作りとか無茶言わなければ……」
「……いいわ、アラスカから帰ってきた時に実行させて貰うから逃げたら承知しないわよ」
「りょ、了解です……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 74 −2000.9 アンサンブルU−




2000年 9月20日 17:20 国連横浜基地 第一格納庫

模擬戦が終了して次々と機体がハンガーに格納されると、入れ替わりに整備兵たちが近寄っていき作業を開始する。
その中で武と一緒に降りてきた唯依は、肩を抱かれて支えながらリフトに乗ると、床に足を付いた瞬間に座りこんでしまった。

「大丈夫ですか、篁中尉?」
「だ、大丈夫ですっ」
「全然そう見えないんだけど……ふぅ、仕方がないなぁ〜」
「えっ……きゃあっ!?」

最早定番となっているのか、整備兵のまたかよと嫉妬の隠った視線を気にせず、武は唯依をお姫さま抱っこで抱き上げると
霞のいるテーブルの側まで運ぶと椅子に座らせて上げる。

「強がりも良いけど、現実は動けないんだから、回復するまでそこに座っていてください」
「は、はい……」

何しろ補給のみ休憩しかしなくて、連続で戦術機に乗り続けてXM3の手解きを受けていた唯依の足腰はかなり強張っていて
まともに立てないだろうと武は知っていたので躊躇なくその体を抱き上げて運ぶ事にしたらしい。

「霞、どうだった?」
「……はい、タイムラグは殆どありません。後は回線の切断された場合においての、AIへの切り替えでしょうか」
「う〜ん、有線にするわけにもいかないしなぁ……まあ、テスト出来ただけで良しとしよう」
「……そうですね。でもソフト側では問題は無いので、後はハードの方を改良しないと向上は望めません」
「時間がいるかぁ……」

そんな会話を間近で聞いている唯依は、模擬戦中に武が行った事を思い出して考えていた。
ただのハッキングなんかじゃないのは解っていた、アレはもっと違う物で実現出来たとしたら物量で押されている人類の劣勢を
カバー出来る可能性はかなり高いと感じていた。
それよりも武がこんな事を考えつく方にも驚いていて、ついまじまじと見つめていたら急に振り返り問いかけてくる。

「篁中尉はどう思う?」
「え、えっと、何が……」
「模擬戦中にオレがした事さ、ソフトを組んだのは霞なんだけど、涼宮中尉と同じで大体予想は付いたと思うんだけど?」
「私が思うには実現すれば驚異的な力となりますが、こんな複雑な事を出来るのは普通の人には無理だと思います」
「現状で使えるとすればオレ、次に涼宮中尉って所だろう。彼女の場合はCPとしての能力が高いからなぁ……」
「白銀少佐、率直に聞いても宜しいでしょうか?」
「うん?」
「今日、少佐の操縦をトレースする事で気が付いたのですが、どうしてこんな発想が出来るのですか? 私の知っている衛士で
戦術機にこんな動きをさせようだなんて考えついた人はいません」
「うーん、そうだなぁ……みんな捕らわれすぎているんじゃないかなぁ? 例えば制空権なんかそうだけど、敵にレーザー種が
いると言うだけで空はダメだなんておかしくないか?」
「それは……」
「ここまでしか飛んじゃダメなんて枠を決めつけるからそこで考えが止まってしまう、別にそれ以上飛んだっていいし、時と
場合に寄って使い分けろって事なんだとオレは思うんだ」

武の言葉は言い得て妙だった、確かにレーザー種のお陰で航空機もヘリぐらいしか使いようがないと考えていた。
しかし、それは考え方を酷く狭くしていた事に気づかされて唯依は納得してまた武をまじまじと見つめてしまう。
だからつい口から思いついた事を言ってしまう。

「だからあの武御雷・零を用意させたのですか?」
「うーん、あれも似たような発想なんだけど、注文出したのは夕呼先生だからなぁ……」
「似たような?」
「つまり……いや、口で言うより実際に乗った方が解って貰えると思う」
「えっ……」
「明日、自分で乗って確かめてみた方が分かり易いよ」

武の言葉に肯いて武御雷・零に乗る事を承諾した唯依だったが、これも武らしい一面だとここに来て知った事だった。
言葉じゃなくて感覚、説明よりも体感とまずは自ら行動することを唯依にさせていた。
下手な先入観を与えず素直に感じさせようとする教え方に引き込まれながら、武の考えを理解し始めている唯依はだんだんと
慣れていくが、同時に武が何者なのか興味が強くなっていく事も感じていた。
翌日、帝国軍の強化服を身につけて武御雷・零に乗り込んだ唯依は、これが武御雷なのかと疑いたくなる程の運動性能を見せられ、
多少振り回されながらも動かし続けその仕様に呆れるしかなかった。

「うーん、テストパイロットをしているだけの腕は確かだなぁ、結構上手く乗りこなせているみたいだし」
「いえ、ただ乗っているだけだし全然振り回されています。ですが少佐の言った言葉の意味も理解しました。それにこの
コクピットに組み込まれている慣性制御システムは未完成ながらも効果は大きいです」
「なんでそれが組み込まれているか解る?」
「おそらく通常時よりもFLASH MODE時に置ける衛士を保護する意味でしょうか? これだけの動きをすればどこかで
慣性を消さないと衛士もただでは済まないかと思います」
「流石に巌谷中佐が自慢するだけあって優秀だなぁ……以前、普通の武御雷でFLASH MODEのリミッターを解除して
やったら一ヶ月は寝たきりだったよ」
「えっ、そんな事したのですかっ!?」
「一応、斯衛軍でも箝口令が敷かれていたから知らなかったのかもしれないけど、ちょっとね……」

苦笑いをする武の横で霞がジト目で睨んでいるのを見て、何が有ったのか聞かなくてもなんとなく解って唯依はため息をつく。

「まあ今日は暫くそれに乗ってて良いですよ。夕呼先生からも許可を得ているので遠慮なくどうぞ」
「はい」
「次いでとは言ったら失礼だけど、テストパイロットとしての意見が欲しいのでよろしく」
「了解しました」

これには唯依の心も少しだけ楽しさが生まれる、なにしろ最新鋭機を使ったテストヘッド機となれば、その力を知りたい思いが
強くなってしまうのは当たり前なのかもしれない。
その後、唯依は食事の時間を惜しむように武御雷・零を操縦し続けて、最後に降りてきた時には気を失ってしまうがその顔は
満足そうに微笑んでいた。
もちろん、武が抱き上げて医務室まで運ぶのは決まっているのか誰もそうしないので、お約束通りお姫さま抱っこして運ぶが唯依の
顔が微笑んでいたので、本人が知らない内に武のお手つきと誤解されまくっていたのに気づくのは目が覚めてからの話だった。
だけど、そんな事を気にしていないのか武と真面目にXM3の事や操縦概念について話している姿に、冷やかしを言う人は
いなくなり唯依の人気は月詠やまりもに攻める勢いで上昇していった。
そんな話題の二人は食事と休憩を取りにPXまで来ていた。

「だからセオリーは重要だけど、オレがやってるのは敢えてそれに従わない事で……」
「ですが少佐の使い方ではブーストに負担が掛かりすぎます。だからこの時はこうして……」
「ああ、なるほど。でもここはこうの方が扱いやすくて……」
「ならこうしてみたら良いと思います、予備動作の前に入力を先に……」
「おおっ、さすが篁中尉だ。分かり易くて助かるよ〜」
「そんなことないですよ」
「案外、学校の先生なんていいかもしれないなぁ……」
「や、やめてください、私は自分の出来る事しているだけですから……」

今、食事の後にこうやって真面目に話し合っている姿は、学生と新米教師みたいで恋愛要素をまるで感じられないのが京塚の
おばちゃんも解っていたので、邪魔をしたりせず黙って見守っている。
まるで同じ夢を追っているパートナーが意見をぶつけ合って清々しい様子みたいで、二人の表情も活き活きしていた。
でも、そんな空気を読めないのもほったらかしにされたのでヤキモチしている純夏には仕方がないのである。
冥夜達と夕食に来ていたのに、武の姿を見つけるとトレイを置いた後まっすぐ走り寄っていく。

「ターケールーちゃんっ」
「よお、お疲れ純夏、なんか用か?」
「用が無くちゃ話しかけちゃダメなのっ?」
「いや、良いけどさ。ああ、すみません、話の途中で……」
「い、いえ……」
「ねえねえタケルちゃん、明日は訓練に付き合ってくれるよね?」
「うーん……」
「約束したじゃん、アラスカ行くまでは付き合ってくれるって」

ちょっと考え込む武の腕を掴んで揺すりながら駄々っ子の様にお願いする純夏に、しょうがないなぁと空いている手で頭を撫で
返しながら答える。

「解った解った、じゃあ明日は純夏たちに付き合うよ」
「ホントだね? 嘘付いたら成層圏突破だからねっ」
「約束だ」
「やったー、じゃあご飯食べてくるねー」

と、去っていく後ろ姿に尻尾が揺れている幻が見えた気がした武はやれやれと苦笑いを浮かべているが、その目は凄く暖かく
優しくて、側で見ていた唯依は二人の関係がただの知り合いじゃないと感じ取れた。

「すいません、喧しい奴で……」
「元気があって良いと思います、ところであの娘は?」
「ああ、紹介し忘れてた。あいつは訓練兵の鑑純夏で俺の幼なじみなんです」
「幼なじみですか……」
「……武さん、言葉が足りません」
「霞?」

今日は純夏たちと訓練していたので一緒に夕食を食べに来たらしいが、着替えに時間が掛かったのか遅れて来てたらしい。
それでみんなの所へ行く前に武の所に来たけれど、最近プロジェクションとリーディングを使って純夏と内緒話をしている
ので、さっきの会話も筒抜けだったらしい。

「……きちんと言って上げないとダメです。武さんはまだまだ乙女心が解っていません」
「うっ、精進します」
「……はい」

にっこり笑ってから行ってしまう霞を目で追うと何かを期待している様な純夏と目が合ってしまい、はいはいと肯いてから
言わなかった言葉を唯依に話す。

「えっと、ただの幼なじみじゃなくって、その……恋人です」
「は、はぁ……」
「あれ、余り驚かない?」
「いえ、その……」
「なに?」
「巌谷中佐から聞いていたのですが、白銀少佐の周りにいる女性はすべて……恋人だと」
「はあ?」

聞き捨てならない言葉に武は唯依の両肩を掴んで顔を近づけると赤くなってしまう唯依を気にせず問いただす。

「巌谷中佐、なんて言ってた? 詳しく教えてっ」
「え、えっと、おじ様の話では、横浜基地の独身女性の殆どが白銀少佐の……」
「あんのおっさんはぁ〜って、じゃあもしかしてもしかするとヴァルキリーズなんてのは?」
「はい、全員そうだと……」
「じょっ、冗談じゃない。いくらなんでも速瀬中尉みたいな我の強すぎるのなんてっ……」
「あたしがなんですってぇ〜」
「ぬあっ!?」

ドスの効いた声と肩に食い込む痛みで背後に誰がいるか解った武は、嫌だけどゆっくり後ろに振り返る。
そこにいたのはヴァルキリーズの女性陣で、みちるを始めみんないい顔で武に笑いかけていた。
特に水月の腕の力は次第に強まっていき、肩の骨が砕けるんじゃないかと思う痛みに、武は脂汗を流しながら耐える。
どうなるのかと事の成り行きを見守っていた唯依に、水月は視線だけ向けて話しかける。

「さあ〜ってと、愛の囁きタイムを邪魔して悪いんだけど、白銀を借りていきたいんだけどいいかしら?」
「え、わ、私ですかっ!?」
「あなた以外誰がいるの? そもそも白銀の婚約者だってネタは上がってるんだからね」
「こ、婚約者って、私違いますっ」
「そうです、それはそもそも誤解でこの間白紙に……」
「どーでもいいのよそんなことはっ、とにかく連れて行くからいいわねっ!」
「私に聞かれてもどう答えて良いのか……」

おろおろとする唯依に意識が向いている時に、なんとかこの場を切り抜けようとこのチャンスを待っていた武は、いきなり大声
を出して逃走するための切っ掛けを作ろうとする。

「あーっ、孝之さんが涼宮中尉の妹を口説いている〜っ」
「なんですってーっ!?」
「今だっ」
「あっ……」

一瞬の隙を逃さず自分の肩を掴んでいる手の力が抜けたので走り出そうとしたが、嘘だと気づいた水月が掴もうと腕を伸ばしたが
掴むより背中を押す事になって、その結果武は予想通りに唯依を巻き込んで床に倒れ込んでしまった。
とっさに唯依が頭をぶつけないように手で庇うように抱え込んで抱き締めたので大きな怪我が無くてほっとしたのも束の間、
PXにいた人たちには大勢の前で唯依を押し倒した武としか見えなかった。
当然、食事をしていながら気になって見ていた純夏はそのまま理解して駆け寄ってくると、足下で転がっている武に向かって
大声で騒ぎ出す。

「タケルちゃんっ、こんな所で押し倒すなんて節操なさ過ぎだよっ!」
「いや待て誤解するな……ってお前解ってるだろっ」
「そんでも知らないよっ、タケルちゃんエッチーっ!」
「純夏、お前なぁ〜」
「んあっ」
「へっ?」
「ああーっ!!」

起きあがろうとした武は聞こえてきた声が体の下からだと解って見下ろすと、床に着くはずの手がしっかりと胸を鷲づかみして
いて見上げている唯依と目が合ってしまう。
そして見上げる唯依の瞳にじわじわと涙が溜まってくるのを確信した直後、もの凄い殺気と共に純夏の叫び声が響く。

「タ〜ケ〜ル〜ちゃーんっ……どこさわってんのさーっ!!」
「キャリオーンっ!!」

武の体は純夏の地を這うようなボディーブローをまともに喰らって、そのまま十メートル以上飛ばされて落下して二三回床を転がる
と体を痙攣させて動かなくなるが、これは純夏なりに手加減したらしい。
その後、初めて男にしかも公衆の面前で胸を揉まれた唯依は静かに泣き出してしまい、気が付いた武は京塚のおばちゃんから
お説教を聞かされる羽目になり、それは深夜遅くまで延々と続いたらしい。
しかもこの出来事が脚色されおばちゃんから夕呼に伝わり、さらに巌谷まで行った時には武が唯依を手込めにしたともの凄い
話になって伝わり、とうとう唯依は大人になったのかと涙を流したらしい。
以後、唯依と話している間は微妙な感じの空間が出来て、おまけに胸を隠すような仕草をされ武は凹んだらしい。
それでもがんばれ俺と心の中で叫んでいるのを霞と純夏だけは知っていた。






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