「あ、あの、武様……」
「悠陽、今回はマジで怒ってるんだぞ」
「は、はい」
「紅蓮のおっさもん無関係を決め込もうとするな」
「ごほんっ」
「……はぁ、どうしてみんな真面目にやってくんないかなぁ〜」
「あら、あたしは何時だって真面目よ」
「夕呼先生、あんたが一番巫山戯てんでしょうーがっ!」
「何処が巫山戯てるのよ?」
「白銀武量産計画のどこが真面目なんだよぉ……」
「誤解がないように言っておくけど、非人道的な計画じゃないのよ。まだ研究の途中なんだけど子供には愛が有ってこそ
恋愛原子核が受け継がれるみたいなのよ〜」
「なんだかなぁ……」
「そしてあんたの子供達が世界中に行って恋愛原子核の力を使えば、まさにラヴ&ピースな世界征服ができるのよ」
「それが本音かーっ!」
「ありがとう白銀、暇つぶしに考えた世界征服がもっとも理想な形で実現出来そうだわ」
「なんと素晴らしいお考えでしょう香月博士、世界が一つの家族になるなんて夢のようですわ」
「あ、頭いてぇ……」
「……大丈夫ですか、武さん」
「なあ霞、オレがんばるからさ……BETA倒したらさ、世界平和の為に夕呼先生をやっつけような」
「……はい、悲しいですけど香月博士なら解ってくれます」
「ちょっとぉ〜」
「いろいろ有ったけど、根は良い人だった……と思う」
「……思い出、沢山作れました」
「あんたたちねぇ〜、勝手に過去の人にしないでよ」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 73 −2000.9 アンサンブル−
2000年 9月20日 6:00 国連横浜基地
斯衛の服ではなく国連軍の制服を身に着けた唯依は鏡で身だしなみを確認した後、アラスカへ行くまでの間与えられた部屋を
後にする。
ここに来て三日を過ぎたが、唯依に取っては面食らう事が多かった。
自分より先にフレンドリーに挨拶するのはゲートの警備兵から食堂のおばちゃんまでと、極東最前線基地とは思えないお気楽で
緊張している事が無駄に思えてしまった。
だから唯依が慣れるのも時間が掛からず、PXに行きカウンターに向かうと京塚のおばちゃんが声を掛けてくる。
「おはよう唯依ちゃん、少しはここに慣れたかい?」
「は、はい、お陰様で……」
「そうかいそうかい、じゃああんたも立派な仲間さね」
「仲間ですか?」
「そう、国も人種も関係ない、こうしてここにるって事がそう言う事なのさ。はい、がっつり食べて今日もがんばりな」
「あ、ありがとうございます」
ご飯が山盛りになっていたのもここでは当たり前で、しかも合成食材で作られているのにかなり美味しいのにも驚いた。
ちょっと多目だけど京塚のおばちゃんの人としての気持ちよさに、唯依は感謝して箸を付ける。
そこに霞を伴ってあくびをしながら武が現れると、カウンターで京塚のおばちゃんと楽しそうに話して朝食を受け取り、そのまま
唯依の所までやってくる。
「ふぁ〜、おはよう篁中尉」
「……おはようございます」
「おはようございます」
最初の頃は敬礼をしようとしていた唯依も武が嫌がるので今では言葉だけになっていて、どかっと向かいに座る武の横に霞も
座るといただきますと言って食べ始める。
豪快に大盛り鯖味噌定食を食べる武と少しずつ食べる霞に、唯依は食べながらその様子を見ていると自然に微笑んでいた。
「何か楽しい事でもあったんですか?」
「えっ、どうしてですか?」
「笑ってるから」
「ええっ!?」
「……ふふっ」
霞にまで笑われてはそうだったんだろうと俯いてしまい、なかなか顔を上げられなかったので武が話しかける。
「ごめん、からかうつもりはなかったんだけど、まあ気にしないで」
「は、はい……」
「それで今日の予定なんだけど、ヴァルキリーズと模擬戦でもしてみようと思ってるんだ」
「模擬戦ですか?」
「ああ、実際XM3を実戦で使用した部隊と戦うのは良い経験にもなるし、それと今回アラスカに持っていく復座型の二号機の
チェックも合わせてやろうと考えたんだけどどうかな?」
「構いません、XM3に関しては白銀少佐に任せると巌谷中佐も言っていましたから」
「そっか、じゃあ食事の後は少し休んだ後で強化服に着替えてハンガーまで来てくれ」
「了解しました」
几帳面な唯依の為に霞を座学の講師にしてXM3の事を最初から復習していて、先日もシミュレーターまでしか扱っていなかったが、
今回は復座型で実機演習となれば願ってもいない事だった。
しかも、武の操作を間近で見られるチャンスならば尚更で、唯依は早くXM3を熟知したいとやる気を出していた。
だけどこんな真面目な会話も離れた場所から見ていた純夏に取っては、また武が女の子を引っかけてきたと勘違いしても仕方が
なかった。
「またタケルちゃんは〜、この間帝都でお見合いしてきたってあの人だったんだね〜」
「鑑、そんな感じには見えぬが……」
「甘いよ冥夜、そんなことじゃタケルちゃんがアラスカから帰ってきた時に女の子が増えているんだからね」
「そ、そうなのか……」
「ほんとーにタケルちゃんはすけべなんだから〜っ」
こっちを向いていない武にあっかんべーと舌を出すと、豪快に朝食を食べ始める純夏の横で冥夜は困ったように笑うが、そんなに
武を思える気持ちが羨ましいと感じていた。
今まで恋をするとは考えた事も無かった冥夜は、短期間とは言え武がこの基地からいなくなると知ってから、訳が解らない思いが
胸に生まれて持て余していた。
確かに武は気になる存在だが、これが好きと言う気持ちなのかどうか解りかねる冥夜は、休憩の合間も意識的に思うようになり
親友となった純夏に相談する事になる。
そんな悩みの種でもある武は朝食の後、唯依より先に霞を連れてハンガーまで来ていて整備班長と話をしていた。
「ずいぶん早いな武、どうした?」
「ちょっと試したい事があって」
「ふーん、ヴァルキリーズに内緒でか?」
「ええ、まあ……ちょっとした事なんですけど、今回模擬戦なのでアラスカ行く前にアレを試しておこうと霞と話して……」
「アレか……解った、一応パーツは換装しておくが、程々にしておけよ」
「はははっ、速瀬中尉にまた噛み付かれそうですけどね」
「霞嬢ちゃんも苦労するな」
「……いつものことですから」
「ちがいねえな、あはははっ」
「ううっ、ひでぇよ」
最後は締まらない会話で霞に慰められている間に、復座型二号機のコクピットに乗り込んだ整備班長は何かを付け替えていて、その
作業は唯依がやってくる前には終了していた。
その唯依は国連軍の強化装備を身に着けていて、武達を見つけると早足で近づいてきた。
「遅くなってすみません」
「いや、オレの方が早かっただけだし、時間通りだから気にしないで」
「そうですか……」
「でもせっかく早く来たんだし、先に出て動かしてみるかなぁ……それでいい?」
「はい、私はいつでも」
「よしっ、じゃあ霞はデータのバックアップよろしく」
「……はい」
唯依と二人でリフトに乗ると見送る霞に手を振りながら上がり、唯依に続いてコクピットに乗り込むとハッチを閉める。
すぐに主機が起動してシステムが立ち上がり、発進前のチェックをしている唯依に武は呟く。
「この演習で俺と交互に操作して貰うけど、理論的じゃなくて感覚で動かす感じでやって欲しい」
「感覚ですか?」
「ああ、篁中尉は戦術機の事は俺以上に熟知しているから技術的な事は問題無いと思うんだ。だから教本にあるような操縦ではなく
オレの操作を真似るように動かせたらXM3の本質的な使い方を理解出来ると思う」
「解りました、努力してみます」
「失敗して転んでも良いし撃墜されても良いからさ」
「了解しました」
「あー、あと……オレの方が年下だから呼び捨てでいいっすよ、ここじゃ馴れ馴れしいのが流儀だから」
「それは、その……努力します」
「でも、凛としているのが篁中尉らしくて良いけどね」
「えっ」
なにげにぽろっと呟いた武の言葉に唯依は戸惑うが、モニターの中で見せる真剣な表情に自分も気を引き締める。
前回は対戦した相手の操作を自分でも再現可能ならば、それは即ち武と同等に戦術機を操れると言う事で、これを今後の衛士育成
に役立てる事が出来るかもしれないと考える唯依だった。
武自身の能力はともかく、概念実証を自分の手で出来る事はテストパイロットとしても嬉しく、唯依は武の動きから目を離さない
ように見つめ続けていた。
そして模擬戦が始まればいつもの如く、チーム分けも関係なく水月は武に狙いを絞る。
「こんの〜、今日は人質とるなんてセコイわよ、あんた〜っ」
「速瀬中尉はアホですか……」
「ぬわんですって〜っ」
「オレは今、篁中尉に実戦に近い感じでのXM3の教習をしているんですよ」
「訓練中に女の子といちゃつく余裕を見せるなんてバカにして〜っ、この墜ちろーっ!」
「人の話を聞かない所が速瀬中尉の自慢でしたね、はぁ……」
「うっさい」
こんな馬鹿な会話をしている間も武は水月の攻撃を鮮やかに避けて、ついでにお返しと遠慮無く弾を当てていく。
始まったばかりの頃は呆れそうになった唯依だが、武の操作を見ているといくつか気づいてきた事もあった。
まず一番自分達と違うと感じたのは先行入力の仕方であった。
武は転ぼうが飛ぼうがその僅かな時間も無駄にしないで次の動作を考え入力していき、変更する場合も即座に反応する。
それと攻撃の時も早く、特に接近戦に置ける操作は異常と感じ取れる程、自分達との違いを見せつけられて感嘆したが、こうして
間近で見られる上にそれを即座に真似するのだから飲み込みがスムーズになっていった。
「感覚でと言った意味か……こう言う事ですか……」
次第に武の操作を飲み込んで物にしていく唯依の様子に武は大丈夫だそうだと判断して、暫く唯依に操作を任せて自分は試そうと
した事の準備をしていく。
その間に唯依は水月から話しかけられて困惑していた。
「あ〜あ、篁中尉も白銀色に染められちゃったかぁ〜」
「ど、どう言う意味ですかそれは?」
「だってぇ〜、機体の動かし方や戦い方が白銀にそっくりになっちゃったし〜、もう身も心も彼の物って感じぃ?」
「なっ……」
更に水月に続いてヴァルキリーズのメンバーからも容赦ない突っ込みが入る。
「それはご愁傷様だな、篁中尉」
「少佐が二人いるみたいだね〜」
「確かに初めの頃に比べたら似てきているけど……」
「白銀に調教されてしまったか……」
「美冴さん、言い過ぎですよ?」
「で、でもっ、無駄にはなっていないと思うけど……」
「まあ強くなったのは良いんじゃないか、なあ孝之」
「そ、そうですね」
いろいろと言われているが一つ共通している事は、みんなの目に哀れみの気持ちが表れていて、唯依は複雑な気分になった。
しかし、それでも武の考えを少しでも理解している事実も確かなので、文句を言っても仕方がないしなにより望んだのは自分ならば
甘んじて言われた言葉を飲み込むしかないと考えていた。
そんなヴァルキリーズに対して今まで黙っていた武は、いきなり事を起こそうと唯依に小声で話しかける。
「篁中尉、今から有る事を試すので機体制御に集中して欲しい」
「は、はいっ」
「いくぜっ……」
武の言葉共に網膜投影された画面の中で何かのプログラムが走っていると理解した唯依は、次の瞬間驚くべき事が始まった。
突然、みちる達ヴァルキリーズの機体が停止して動かなくなり、そして武が後席から操作系を切り離し独立させると同時に、
いきなり仲間同士で攻撃し始めてしまった。
「な、なんだこれはっ!?」
「ちょっと、何勝手に動いてるのよっ!?」
「なんだ、操作を受け付けない?」
「システムが反応しない、ならウィルスでも仕掛けられたのかしら?」
「うわうわっ、まりかちゃんどいて〜」
「あきらこそ避けなさいよっ」
「孝之っ」
「だめですっ、こっちの入力を受け付けませんっ」
慌てふためくヴァルキリーズの様子を見ていた唯依は、前席にいる武が操縦桿を動かして何かしているの見て、今の状況を作り出した
のは武だと気が付いた。
そして同じく自分の機体は何ともない事で冷静に調べて判断した遙は、即座に思いついた事をみんなに伝える。
「みんな落ち着いて、データリンクを遮断して緊急用通信回線を開いてっ」
そうしたら勝手に動いていた機体は停止して、みんなも落ち着きを取り戻す中、遙は武に向かって話しかける。
「白銀少佐、今のは少佐の仕業ですね?」
「正解、それにしても対処はまずまずだったよ」
「どういう事だ、白銀?」
「その前にデータリンクを復活させて良いですよ」
みちるの問い掛けに武がそう答えると、それぞれデータリンクを復活させるが皆の視線は事の張本人に集中する。
「白銀ぇ〜、一体何をやったのか教えなさいよっ」
「まあまあ速瀬中尉そう睨まないでください。涼宮中尉、たぶん考えは間違ってないので説明して上げてください」
「解りました、それじゃ説明するけど今の現象は白銀少佐がデータリンクの回線を使ってOSに強制介入して一時的に操縦系統を
奪ったの」
「なんだと?」
「でも、これは前もって知っている各機のデータが必要で、それ用に何か仕様を変えてると思うんです。出なければいきなりなんて
無理です。そうですよね、白銀少佐?」
「うん、悪いがちょっと試させて貰ったんだ。もちろん巫山戯ていた訳じゃないし、これはまだ実験段階だけど将来的にみんなの
機体にも実装しようと思っているんだ」
「確かに凄いけど、これが何の役に立つのよ〜」
「まだ内緒です、涼宮中尉も言っちゃダメですよ?」
「は、はい」
「え〜、教えてよ遙〜」
「ふふっ、命令だからダメです」
今の事についてそれぞれが意見を出し始めて模擬戦を一時中断してしまう中、遙以外に気が付いていたと思われる唯依に向かって
武はニヤリと笑うと、今の事が実現した場合の事を考えて唯依は体が震えていた。
「白銀少佐……あなたはこんな事まで考えているんですか……」
武と霞が考えている事がこの先現実になる時、ヴァルキリーズは新しい力を手に入れるのだが、同時にそれ以上の使い方をする
人物が現れるとは誰にも予測は出来なかった。
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