「これでこっちの用意は概ね終わりよ、後はアンタがアラスカで暴れてちょーだい」
「どこまでやっていいんですか?」
「好きなだけどーぞ」
「ええっ?」
「国連上層部は、と言うより米国はあと十年余りで人類が滅ぶって知ってるのよ。なのに先進戦術機技術開発計画ぅ? はんっ、
ちゃんちゃら可笑しいわよ」
「まあ、事情を知っているなら矛盾してますよね」
「確かに計画自体は本当に行っているけど、今はもうオルタネイティヴ5の為よ」
「量産が間に合わなくてもそのままデータだけ持ってトンズラですか……」
「その辺を教えても良いんだけど、みんながみんな柔軟な考えを持ってるとは限らないし、クーデターなんて起こそうとしている
人たちには返って逆効果よ」
「そうですね……」
「そんな事だから買った以上、この喧嘩は思いっきり利用させて貰うわ」
「……仮に他の国や国連軍全部と敵対する事になっても?」
「構わないわ、寧ろそれぐらいやってくれないと、楽しくないでしょ。あんな所で各国で集まってんのに、まだ自国だけの利益を
望んでいる国連軍なんて名前だけよ」
「はぁ、また悪役ですかぁ……」
「一回したんだからいいでしょ、もっとも今では世界中の男たちの悪役だけどねぇ〜」
「誰の所為ですかっ、それに悪役の意味が違うっ!」
「白銀」
「はい?」
「アラスカ行く前に子作りでもする?」
「真面目な顔してアホな事言わないでください」
「何がアホよ、もの凄く真剣なんだけど……ちゃんと計画書だって作ったのよ」
「……これです」
「霞か……って白銀武量産計画ってなんだーっ!?」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 72 −2000.9 集う者達へ−




2000年 9月17日 11:00 国連横浜基地 第一格納庫

ここに来るまで基地通路内では出会う人が皆悠陽に対して敬礼はするが、微妙に馴れ馴れしい態度に真耶の額に漫画チックな怒りの
マークが見えていたのかもしれない。
真耶は知らないがちょくちょくお忍びで遊びに来る悠陽なので、いい加減なれてしまう物である。
特に陽気な兵士等は気軽に写真取ったりして、それを知った時の真耶の顔は信じられないと嘆いていた。
それでも悠陽の手前、短慮に走ってみっともない姿を晒すのも良しとせず、今は耐える事だと屈強な精神力で自制心を強くしていた。
やがて入り口の前で先に来ていた葵達と合流すると、皆略式で悠陽に挨拶を済ませるのを待ってから中に入っていく。

「これはっ……」
「うわー、もしかしなくても私達用なの?」
「綺麗……」
「白銀少佐、これは?」
「気に入って貰えたようだな」

目の前に格納されている真新しい機体を見て驚く葵達の中で、七瀬が武に問いかけるがその答えは別の所から聞こえた。
そこには妙に笑顔な巌谷が、武達の側へ歩いてきた。

「巌谷中佐、来ていたんですか?」
「無論だ、昔風に言えば今日は唯依ちゃんのお輿入れ、父親代わりの私としては来なければ唯依ちゃんが恥ずかしい思いを……」
「おじ様っ、馬鹿な事言うのは止めてくださいってあれ程……で、殿下っ!?」

巌谷への言葉を止めて敬礼をする唯依だったが、悠陽は今は忍び故畏まらないようにとウインクされてどうして良いか困ってしまった。
更にその後ろから現れた紅蓮と一真と真那を見て、何が起こっているのか混乱してしまう唯依だった。
この隙に武はまともな話をしようと巌谷に話しかける。

「はぁ……冗談はともかく中佐、今は彼女たちに機体の説明をして上げてください」
「そうか、残念だが用件を先に済ませよう。この不知火・改は初の量産型として帝国軍用に製造された物で、ヴァルキリーズが
使用している機体と遜色がない程の完成度を誇っている。だからエンジェルズの皆には存分に使って欲しい」
「はっ、ありがとうございます」

エンジェルズの代表として葵が敬礼をすると、慌てて照子も翠子も凛も敬礼をして巌谷に感謝を表した。
カラーリングもヴァルキリーズに似ていて、白地に青いラインで構成されていて肩にはエンジェルズのマークが標されていた。
初めての専用機体に葵達はさっそく機体に近寄っていき、見上げて触ったり喜んでいた。
それを見ながら武は巌谷の横に動くと、小声で呟く。

「……わざと似せましたね、巌谷中佐?」
「目立って貰わねば意味がない、ヴァルキリーズに負けず劣らずの活躍を期待している」
「そうですか……」
「それと白銀少佐がアラスカ行く前になんとか実用に耐える結果が出たので、アレの運用データを取って欲しい」
「アレって統合兵装装備の事ですか?」
「ああ、君なら使いこなせるだろう。アラスカの連中の度肝を抜いてくれ」
「なんだかなぁ……夕呼先生といい、そんなに俺を悪役にしたいんですか?」
「はっはっはっ、少なくても若くて元気の良い独身男の敵だろう」
「とほほ〜」

そんな事を言われて項垂れていると少し強めに背中を叩かれていたが、遅れていた武御雷・零用の正式装備も搬入された事は武に
は嬉しい事だった。
まあ、今の武と似たような気持ちで理解してくれるとしたら、悠陽の前で堅くなっている唯依だった。

「異国の地で過酷な任務と聞き及んでいますが、武様が側にいれば不安など消し去ってくれるでしょう」
「は、はいっ」
「それと武様の寵愛を望むのなら霞さんにお伝えください、後は万事つつがなく済むように手配済みです」
「そ、その件に関しましてはっ……」
「ああ、篁中尉が羨ましいです、わたくしもご一緒したいと申したら紅蓮に止められてしまいましたわ」
「はぁ……」

何をどう答えても悠陽には自分の真意は通じないし言える筈もないが、悠陽に応援する様な事を言われた上に断ったとなれば
斯衛軍としての立場がないと唯依の心は激しい葛藤で泣きたくなっていた。
そこでふとこの問題を持ちかけてきた巌谷を見たら握った拳に親指を立てて何かに肯いていたので、視線の先を追ったら同じように
紅蓮も親指を立てていて、二人がグルなのを理解してお前もかと言いたくなったのをぐっと噛み締めていた。
悠陽と紅蓮、同じ様な親的立場のこの二人に頭痛を感じながら、唯依は必ずお灸を据えてやると心に誓うのだった。
ただみんなは気づいていなかった……ここに悠陽がいるのに真那がいない事を認識しているのは霞だけだった。

「真那様っ」

武達が格納庫にいる時間に人気のない基地の外れ、演習地に近い場所で真那は神代、巴、戎の三人と共に、崩れかけたビルの中で
話していた。
その三人が連れてきた人物も床に転がされて、真那の足下には数人の男達がいた。

「こうも引っかかってくれるとはな……殿下の動きが筒抜けと言う事か」
「はっ、おそらくは……」
「斯衛の中に内通者はいないと思いたいが、希望的観測は失態を招きかねん」
「はい」
「極力、我らで対応していくしかない」
「はっ、それではこの者達の処分はどうしますか?」
「香月副司令には話が通っている、深夜になったら滑走路にある地下搬入路から90番格納庫に連れて閉じこめておけ」
「それで宜しいのですか?」
「戻って来なければこちらの考えが甘くないと解るだろう、それに我らが動いた事を悟られたくはない」
「「「はっ」」」

短い会話の後、時間まで三人に侵入者の監視を任せて外に出ると、瓦礫の町中を見ながら真那は呟く。

「やはり武様の話通り、クーデターは避けられぬのか……」

実は悠陽が横浜基地にお忍びで来るようになってから、紅蓮から密命を受けていた真那達は密かに基地に進入してくる人物たちを
警備部と連携して捜索していた。
その捉えた人物はほとんどが日本人で帝国情報省や帝国軍人だったので残念に思っていたが、真那が調べた中には横浜基地の職員には
内通者はいない事だけが救いだった。

「同じ目標を目指している筈なのに、選んだ道が違うとこうなってしまうのは悲しいものだ……」

だけど悲観しているのは一瞬で、真那の瞳は強く輝くとその表情は微笑んでいた。

「我らに出来る事は少ないが、武様が心配しなくて済むように努める事はしてみせよう」

武への思いを胸に、真那は瓦礫の街で一人心に誓う。
その思い人の武は一真と真耶が帰るので、霞と共に見送りで基地のメインゲートまで来ていた。

「短い間だったが多くの物を得られて良かった、ありがとう武」
「一真さんならすぐに俺よりも強くなれますよ」
「期待に応えられるように努力しよう」

一真の言葉に力が隠っているなと感じた武は、嬉しくて笑顔になるがすぐに戸惑いの表情に変わる。

「それで真耶の事は良いのか?」
「一真様っ」
「勘弁してくださいよ、一真さん……」
「解った、花嫁修業させてから寄越せと言う事だな」
「誰もそんな事言ってませんよっ」
「私にとって真耶は大事な妹のようなものだ、その辺を解ってはくれぬか?」
「ごきげんよう一真さん、さようなら」
「殿下の言う通りつれないな、武……」
「参りましょう一真様、では失礼するっ」

半ば真耶に引き面れて車に放り込まれるように押し込められた一真を乗せて、車は走り去っていく。
それを見送って悠陽の元へ戻りながら歩く武に、霞は何か言おうとして口を開き掛けるがそれを遮るように武の手が霞の
頭を撫でる。

「何も言わなくていい」
「……武さん」
「オレはオレの、月詠さんは月詠さん、ただ出来る事をするだけだ、そうだろ?」
「……はい」
「と、言う訳で逃げちゃダメかなぁ……」
「……ダメです」
「へにゅう」

今頃、格納庫では唯依が孤軍奮闘しているのを見捨てるのは忍びないし、責任の一端は少しは自分にあるんだろうなと思い
向かう足取りはこの上なく重く遅かった。
だけど武を出迎えたのは悠陽でも巌谷でも唯依でもなく、ヴァルキリーズの突撃前衛長の怒り顔だった。

「なによあれっ、どーしてアンタだけ次から次へ新兵器がまわってくるのよっ」
「そんな事言われても、首閉めな……ぐええぇぇぇ〜」
「むっきーっ、あの装備をこっちにも用意しなさいよっ」
「ぐ、ぐるじいぃ……」
「み、水月、白銀くんが死んじゃうよぉ……」

格納庫に戻ったら整備兵から武の機体の方にみんなが移動したと聞いたので、行ってみればそこにヴァルキリーズのみんなもいて
武の姿を見つけた水月に襟首締め上げながら突き上げられていた。
巌谷の話通り、武御雷・零の背中にあったフライトユニットは夕呼が設計した本来の形になっており、肩上に試製00式200mm滑空砲
が二門と腰の位置には試製00式大型高周波刀が二振り、それと左腕に大型の対レーザーシールドも装備された状態になったのだが
水月はそれが気にくわなかったらしい。

「そ、そもそもこれが本当の武御雷・零の完成した姿なんですよ〜」
「なんですってぇーっ!!」
「……本当です、速瀬中尉」
「くっ、まあいいわ。今回だけは見逃して上げる」
「言いがかりしてそれですか……」

襟元を緩めて咳き込みながら涙目で睨むとふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる水月に、この人はやっぱり大人げなかったと思う
武だった。
それを楽しそうに黙って見守っていた巌谷は、場が落ち着いた所で武の側までやってくる。

「いやはや、賑やかで実に楽しそう場所だな」
「何を基準に判断したのか聞きたいけど、それよりも……」
「ああ、唯依ちゃんの事だな、それはもう殿下から励ましの言葉にかなり感激したのか、涙を流していたよ。やはりこう言う話は
女性同士の方が上手く行くと痛感していた所だ」
「それは単に悠陽を使ってハメているだけじゃ……」
「殿下に対して失敬な言葉はいかんな、白銀少佐」
「篁中尉が哀れだ……」

そう言いながら悠陽の方を見ると唯依の手を握って逃がさないように話をしていてたし、こっちを向いた唯依の潤んでいた瞳で
見つめられてなんか可愛いかもと一瞬でも思った武の気持ちを知った霞は、こっそり悠陽にピースサインでそれを知らせていた。
もちろん武は気づいていないので、ごめんと唇を動かして唯依に謝罪してから巌谷と話をする。

「でも、今日は篁中尉が来る予定では無かったと思うんですけど?」
「ついでとは言ってなんだが、少々鍛えて欲しいと思ったのだよ。特にXM3のレクチャーをな……」
「ああ、一真さんと同じって事か……」
「少佐には解っているのだろう? 我々と君とでは発想が違いすぎるのだよ、だからそれを理解し使いこなすのはテストパイロット
として戦術機を開発する上でも必要な事と思う」
「解りました、面倒見ましょう」
「そうかっ……お〜い唯依ちゃん、白銀少佐が君を貰ってくれるそうだ。良かったなぁ、本当に……あいつに良い報告が出来る」
「はあっ!?」
「し、失礼します殿下っ……おじ様ーっ、白銀少佐に何を言ったんですかーっ!!」
「白銀唯依……うむ、良い名だ」
「アンタは人の話を曲解するなーっ!!」

叫ぶ武の前に走り寄ってきた唯依が割り込むように入ると、周りの事も気にせず巌谷に食って掛かる。

「おじ様、私は何回も言ったはずですよね? それなのにどうしてそう勝手に人のけ、結婚を勧めるんですかっ!」
「いや、先程話していたのだが紅蓮閣下が仲人を引き受けてくるそうだ」
「っ、はめましたね、おじ様っ!?」
「いやいや、偶然とは面白いなぁ……でも、良かったじゃないか。殿下も応援してくれるような事を仰っていたし、これで私も
初孫の顔が見られそうだし、名前を考えたり老後の楽しみが増えて嬉しいよ」
「お、お、おじ様のばかーっ!!」

しかし空しいかな、唯依の抗議を柳に風と受け流して巌谷は悠陽の前に行ってしまうと、頭を下げて何かを伝えると満面の笑みを
浮かべて唯依の事を見つめていた。
とにかくもう哀れすぎてなんて言って良いのか後ろで困った顔をしていた武だったが、少しでも気持ちを和らげようと思って
肩を振るわせて俯いている唯依に声を掛けた。

「あの篁中尉、ああ言うのは相手にするだけ無駄だから無視した方が……えっ」
「ううっ」

くるりと振り返った唯依はそのまま武の胸に縋り付くと、声を抑えて涙を流して泣き始める。
こんな風に泣かれた女性をどうして良いのか解らない武は、最初はオロオロしたが両肩にそっと手を添えると上を向いて
ため息を付く。
この後、唯依が落ち着くのを待ってから悠陽と紅蓮の前に行くと、これ以上変な事を画策すると絶対に悠陽と結婚しないと言い
切って話を白紙に戻させて、最後に巌谷にも親代わりなら娘を泣かすなと言い含めさせる事で安心させて上げた。
そこでやっと唯依はありがとうとお礼を言うのだが、涙を指先で拭いながらの微笑みに武が目を奪われた事を霞は見抜いていた。
余談ではあるけれど、この時の映像が武のプロモーションビデオ第二弾に使用される事になるのは先の話である。






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