「ねーねー白銀、もうやっちゃった?」
「いきなりなに言ってんすかっ!?」
「だって鑑と一緒にお風呂入ったんでしょ? 何も無かったなんて言い訳は通用しないわ」
「何も無かったですよ」
「白銀〜っ」
「上せた純夏をどうしろって言うんですかっ」
「そこでがばーっといきなさいよ」
「霞も上せてたんですよ、二人の看護で手一杯でした」
「もしかして、あんた不能なの?」
「言うに事欠いてそれかいっ」
「当たり前でしょ、大事な事なのよ? はっきり言いなさいよ」
「ゆ、夕呼せんせっ」
「なによ鑑?」
「タ、タケルちゃんのはすっごく立派でしたっ!」
「純夏っ!? お、お前何言ってやがるっ!」
「……はい、凄かったです(ぽっ)」
「霞まで……頼むから黒くならないでくれ〜」
「そ、そうよ、夕呼。白銀が嫌がってるじゃない」
「香月副司令、その辺で……」
「なによあんたたち、ほんとーは興味津々の癖に良い子ちゃんぶっちゃってさ〜」
「霞さん、どのぐらい凄かったのでしょうか?」
「悠陽、またお前は最後に出てきて変な事聞くなーっ!」
「武様、これは夫婦の営みにとって大切な事です」
「だれが夫婦なんだよっ」
「ではこの書類に署名捺印をして頂ければなんの問題なく……」
「そのネタは夕呼先生がもうやったーっ!!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 71 −2000.9 噂をすれば影−




2000年 9月17日 8:00 国連横浜基地 訓練校グラウンド

今日も朝から元気よく走り込んでいる第207衛士訓練部隊の彼女たちは、純夏の事が気になって仕方がなかった。
真っ赤な顔したまま現れて話しかけられても上の空で、偶にきゃーと叫んで一人で身もだえている姿は、かなり怪しい空気を
辺りに振りまいていた。

「純夏」
「…………」
「純夏っ」
「ひゃうっ!? な、なに、冥夜?」
「どうしたのだ、朝から赤い顔で現れて、風邪ならば医務室に行った方が良いぞ」
「だ、だだだいじょーぶだよっ、元気元気〜」
「ならば良いが……」

しかし冥夜に応えた後にもすぐにぼーっとしてしまうので、心配になり教官のまりもに休ませようと進言しに行った。

「教官っ」
「どうした御剣?」
「鑑訓練兵の様子がおかしいので、医務室に連れて行きたいのですが?」
「その必要はない」
「は? し、しかしっ……」
「鑑はすこぶる健康だ、気にせず訓練に励め」
「は、はぁ……」

まりもも何か変だとふと見つめた表情がかなり不機嫌ものに見えて、よく見ると体もわなわな震えていて指が白くなる程強く拳が
握られていた。
その内、目を閉じてぶつぶつ呟き始める。

「なんで三人とも裸で寝てるのよ……おまけにもの凄く疲れた顔して出てくるし……何か在ったと思われてしょうがないじゃない」
「教官?」
「な、なんでもないっ、訓練に戻れっ」
「はっ」
「もしかして……若い方が好みなのかしら……それだと……って今は仕事中なのに何考えてるよっ」

冥夜が去った後もぶつぶつ独り言を呟くまりもはこの日一日中機嫌が悪くて、特に純夏に対する指示は過分に私情が混じっていた
と後で反省したらしい。
そしてもう一人不機嫌なのが、朝食も食べずに練武場で三バカ相手に激しい訓練を行っている真那だった。

「もう勘弁してくださ〜い」
「限界です〜」
「朝からこれじゃ持たない〜」
「だらしがないぞ、それでも斯衛の精鋭かっ! さあ、早く立てっ!!」
「「「ひえ〜っ」」」
「白銀め……幼女趣味どころか二人同時だとっ……ふ、二人同時……い、いや〜ん! そんなのだめぇーっ!!」
「「「…………(ガクガクブルブル)」」」

怒ったかと思えば今のように顔を赤くして体をくねらせる真那に、三バカたちは抱き合いながら恐怖に震えるしかできなかった。
こんな真那に誰がしたのか……まりもと一緒に武の部屋の前でばったり会ったのがいけなかったのか、純夏と霞に先を越された
のが悔しいと思いこんでしまったのが悪かったのか、はたまたそんな精神状態の真那の前に現れた三バカたちが哀れなのか、
それを説明してくれる暇な人は誰もいない。
こうしてとうとう武が女の子に手を出し始めた噂が素早く基地内に広まっていくに従って、内容はどんどんエスカレートしていく
のはもうお約束なのだった。
そしてまだ噂を聞いていない武は、会議室で霞と共に一真と真耶と話していた。

「これが今までのヴァルキリーズで得られた戦闘機動データ、及び各戦術機用に拡張パターンを整理してライブラリー化したもの
です。斯衛軍と帝国軍で使用している戦術機をほぼカバーしています。おまけでF−22Aの物も入れておきました」

一真は差し出されたディスクの内容を霞が側でラップトップで見せ、補足説明をしているのを聞きながら丁寧に受け取る。
ここまで提供されるとは思っていなかった真耶は、真那から聞いた言葉を思い出してやっぱり武は変だと思っていた。

「いや、十分すぎる手土産だ。しかし良いのか? これは機密レベルで言えばかなりの高さがあると思うのだが?」
「もちろん漏れる事も想定していますが、対策もしてあるので大丈夫です」
「そうか……うむ、これからの訓練にも気合いが入るな」
「現時点でXM3を使用しているのは、国連軍ではここ横浜基地だけです。後は斯衛軍と帝国軍だけになります」
「何故、他の国連軍に普及させないのだ?」
「うーん、建前としてはXM3自体は夕呼先生の研究から派生した物なので、おいそれとは使わせられないんです」
「そうか……」
「あと、知っているかもしれませんが、現在帝国陸軍技術廠で開発している試製99型電磁投射砲は夕呼先生の仕込みですよ」
「なんとっ、そうだったのか……」
「はい、だからオレの機体には装備されているんです。これは内緒ですが、夕呼先生が試作型見て『何時までかかってんのよ』って
文句付けて改良型を再設計しちゃったぐらいですからねぇ……」
「気持ちは解らないでもないが……」
「すいません、本当ならオレの機体にも乗せたかったんですが夕呼先生が許可しなくて……」
「気にする事はない、このデータだけでもう十分だ。それに模擬戦にも参加出来たので文句など在ろう筈がない」
「そうですか、まあ来月からアラスカなので、各国の出方次第でXM3が正式採用されるかどうかです」

今の会話の中から一真はいくつかの情報を知る事が出来、武が意図的に話しているのを理解して素直に聞いていた。
また、真耶も口を挟まずに武の一言一句を聞き逃さないように集中していたので、こちらもそれに気づいたが邪魔をせずに
聞いているだけに徹していた。
真那の言葉が発端となっていたが、確かに見た目とは裏腹に武をよく見ているとただの若者と違うと感じ取れていた。
一体、武には何が隠されているのか……あの真那さえ別人と思わせる程変えてしまう秘密を知りたかったが、その結果があれなら
従姉妹の様になりたくないと否定する部分が二の足を踏ませていた。
だから聞くだけにしていたのだが、無自覚な真耶の強い視線にさすがの武でも気づかないのに無理があった。

「えーっと、月詠中尉、そんなに見つめられると照れちゃうんですが……」
「なっ、馬鹿な事言うなっ、誰が見つめていたっ!」
「私にもそう見えたのだが照れる事はないぞ、真耶」
「一真様までお止めくださいっ」
「いやいや、私も気になっていたのだよ。真耶がここまで男性に興味を示すのは初めてだったからな」
「そう言う意味はありません、その様な誤解は困ります」
「遠慮しなくても良いぞ、このままここに残りたいのならば私が手配するが……」
「か、一真様っ、その様な気遣いはなされなくても宜しいですっ!」
「真那と一緒なら楽しいだろう」
「ああもうっ、そんな事は一言も申しておりませんっ!」

顔を赤くして大きな声で抗議する真耶だったが、笑顔で取り合わない一真にどう言えばきちんと伝わるのか、言うだけ泥沼な
展開に霞の言葉が楽しそうな声で追い打ちを掛ける。

「……これも仕方在りません、武さんは恋愛原子核ですから」
「社少尉、その恋愛原子核とは?」
「……はい、香月博士が目下最重要視している研究で、武さんの異性を惹き付ける力をそう呼んでいます。この理論を解明し
応用出来れば世の中争う人がいなくなります」
「それは凄いな……どうした、武?」

霞の説明に武は体の力が抜けて項垂れてソファーに寄りかかっていた、口から怪しい物が抜け出ていたような雰囲気も伺えた。
ゆらりと起きあがると、武は力無く乾いた笑いを浮かべながら呟く。

「そんなどーでも良い事に力注いでどうするんだよ、頼むから真面目に世界を救う方に向いてくれよぉ……」
「しかし、良い事だと思うぞ。争いが無くなれば世界の人々が一つになる日も近いかもしれぬ」
「その前にオレは世界中の男達の敵になりそうですよ」
「……もうなっていますよ」
「へっ?」
「……以前撮った広報映像は世界中に配信しましたから」
「アレを配信って……マジかよっ!?」
「……はい、大好評だそうです。特に女性には大受けだそうですが、一部の男性からは抗議が殺到したそうです」
「は、はははっ……」

泣きたかった、ただどこか一人で思いっきり泣きたかったけど、この場では笑うしかできない。
もし、これが白銀武が世界を救う為に今までの記憶を受け継いだ事による等価交換だとしたら、武はそんな設定をした神様に
お前はラブコメの神様かと問いただしたかったがそんなのは無理だよなと心の中で泣くしかなかった。
そこで大きなため息を付いて再び真面目な顔で復活したっぽい武は気を取り直して話を再開しようとするが、一真が笑いを
我慢して肩を振るわせているのを見て力が抜ける。

「一真さん、頼みますよぉ……」
「す、すまんっ……くくっ、本当に武は退屈させないなと痛感していたのだ。もう腹筋が痙攣を起こすぐらい痛いぞ」
「ではわたくしが収めて進ぜましょう」
「えっ?」

その声と共に武は背後から伸びてきたしなやかに腕に肩越しに抱き締められて、重ねられた頬の柔らかさに一瞬硬直してしまうが
ゆっくりと視線を横に向けると嬉しそうに微笑む悠陽がそこにいた。

「「殿下っ!?」」

真耶は慌てて立ち上がり敬礼をするが悠陽は気にしなくても良いと小声で窘めるけど、はいそうですかと肯ける訳もなくなかなか
座る事が出来なかった。
でも、悠陽の言葉通りに笑いはぴたりと止まったのでそれは正しかったが、抱きつかれた武は頭痛がしていた。

「なあ悠陽、なにしてんだよ……」
「はい、今夜こそ武様の腕枕で良い夢を見たいと思いまして参りました」
「帰れ」
「そんなご無体な事を仰らないでください、これでも忙しい合間を縫っての逢瀬なのですから」
「紅蓮大将っ、隠れてないで出てきてくださいよっ」
「むうっ、若い者の邪魔をしたくはなかったので控えていたのだが、息災かな白銀少佐」
「「紅蓮閣下っ!?」」

悠陽に続いて斯衛軍を纏める紅蓮まで現れて、真耶も直立不動が崩せずただ事の成り行きを見守るしかできない。
その二人に城内では滅多に見せない笑顔で忍びゆえ楽にして良いと伝えると、ほっとしかたのか強張っていた表情も落ち着いていた。
しかし、真耶の心内はますます状況がこんがらがって、整理しようにも思考が止まってしまっていた。
自分たちに取っては最高に敬意を持って接しなければならない悠陽を、ただの女の子と変わらないように扱う武に殺意を持つが、
真那の話通りに悠陽もまた武の事を知っているのだと証明している態度や仕草に恐れと興味が強まっていた。
だからつい、言葉に出てしまった。

「白銀武……お前は何者なのだ……」

そんな呟きに応えたのは真っ先に悠陽なのだが、その内容は答えになっていない。

「まあ武様、真耶にまで手を出す素早さ、驚嘆しましたわ」
「誰が手を出したっ!」
「……武さん、ばっちぐーです」
「ばっちぐーじゃねーっ!」
「これが若さという物だな、さすがは白銀少佐だ」
「物分かりの良いおっさんの振りするなっ!」
「すまんな真耶、私が武に会いに行こうと言わなければこんな事には……くくっ」
「一真さんも悪乗りするなーっ!」

目の前の異常な状況に真耶の心はますます訳が解らなくなり、ただ呆然と成り行きを見ている事しかできなくなる。
真耶がこの意味を本当に理解する事が出来るようになるのはかなり先の話で、その時の自分が立っている場所で似ている光景を
見た時に懐かしそうにこの事を思い出し笑う事になる。
それはともかく武の周りでは騒ぎが止まらず真面目な話はどっかに消えて、自分はいつまでこうしていればいいのかと考えていたら、
ドアを開けて夕呼が現れた。

「何楽しそうに遊ばれているのよ、白銀ぇ?」
「そう思うなら止めてくださいよっ」
「やーよー面倒くさい」
「くっ、みんなしてオレで遊びやがって……オレはおもちゃかっ!」
「……えっ?」
「霞、なんでそこで不思議そうな顔するかなぁ〜」
「……深い意味はありません」

武は立ち上がり夕呼の側まで行くと、ここまで来た理由を聞いてみる。

「もういい……それで夕呼先生は何しに?」
「あ、そうそう、例の機体と合わせて帝国陸軍技術廠から彼女の機体も搬入されたから、霞と一緒に第一格納庫に行って頂戴」
「じゃあ、エンジェルズを連れて行った方がいいか、霞、手配頼む」
「……はい」

振り返った武が霞に指示を出した所で、一真は今の内容を問いかけてきた。

「例の機体とは?」
「んー、実際見てみますか? 構いませんよね、夕呼先生?」
「いいわよー、殿下だって見たいでしょうし……」
「是非、拝見したいと思います」
「じゃあ、帰る前に見ていってください」
「うむ」

最後の最後まで楽しませてくれる武に一真の興味は尽きないが、更に胡散臭さが増大した感じに真耶は考えるのを止めてため息を
付くしかできない。
それでも一真に付き従い武達と共に向かう先に真耶を待っていたのは、話に出てきた機体だけではなかった。






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