「う〜ん、やっぱり今のままだとあれで限界かぁ〜」
「……はい、でもこれは武さんの問題じゃなくて、技術レベルの……」
「時間が必要だって事か……」
「……はい」
「まあしょうがないか、焦っても結果がでるってもんじゃないしな」
「……そうですね、わたしも時間が欲しいです」
「解った、それじゃじっくりやろうな」
「……はい」
「ねえねえタケルちゃん、霞ちゃんとなに話していたの?」
「うん? それは内緒だ」
「えー、じゃあ霞ちゃんに聞いちゃうもん。ねー、霞ちゃん?」
「……秘密です」
「ええーっ、霞ちゃんまで意地悪しないで教えてよ〜」
「大したことじゃねーから気にすんな」
「う〜、教えて教えて〜」
「……解りました、でも誰にも内緒ですよ」
「うんうん、それでそれでっ」
「……(ぴー)の仕方で(ぴー)でした時、(ぴー)の方がいいのかそれとも(ぴー)を(ぴー)して……」
「うわわわわあああ〜っ、女の子がそんなこと言っちゃダメぇーっ!!」
「か、霞っ、お前何をっ……」
「白銀ぇ〜、あんた霞に何教えてんのよ〜」
「白銀、いくらなんでも霞相手にそんな事させてるのっ!?」
「白銀っ、そこに直れっ!!」
「ご、誤解だーっ、冤罪だーっ、事実無根だーっ!!」
「……くすっ、冗談です」
「霞さん、先程のお話ですがもう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「悠陽も最後に出てきて変な事言い出すんじゃないっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 70 −2000.9 真耶の心境−




2000年 9月16日 18:35 国連横浜基地 医務室

真耶が目を覚ました時、最初に目にしたのは椅子に座って本を読んでいる従姉妹の真那だった。
ゆっくりと体を起こすと真耶は暫く無言のまましていたが、ぽつりと呟く。

「情けない、この様な醜態を晒すとは……」
「なんだ、そんな事か」
「なにっ」

真那の言葉に顔を上げた真耶はきつい視線で睨むが、気にしてないのか少し微笑んでいた。
読んでいた本を閉じると、そのままの表情で真耶に話しかける。

「白銀の後ろで何を感じた?」
「あれはなんなのだ、私が知っていた事と全く違う。あの様な動きも戦い方も何もかも違いすぎる」
「理解出来ぬか、BETAの様に?」
「なっ、まさかアイツはっ……」
「勘違いするな、白銀は我々と何もかわらん。一人の人間だ……少し変だがな」
「あれが少しなものかっ」
「そうだな……訂正しよう、白銀は変態だ」
「ふんっ」

想い人の武に対してあっさり辛辣な事を言う真那に驚く真耶だったが、微笑みが変わってないので惚気られただけかと
ため息を付いた。
それでも今の会話で真那の顔色も良くなり少しは元気が出たようなので、真那は話を続ける。

「そもそも白銀と我々では根本的な発想が違い過ぎるのだ、それを知り理解しようと思わなければ触れる事さえ叶わん」
「認めたくはないが、昨日聞いた真那の言葉通りなのだろう」
「大分堪えたようだな……しかし、今回は不知火・改だったからあの程度で済んだが、武御雷だったら手に負えないぞ」
「そうなのか?」
「ああ、実際に戦ったから言うのだが、今の私でも機体に傷を付けるので精一杯だった」
「そこまで差があるのかっ!?」
「なにしろもの凄い変態だからな」

言葉とは裏腹に楽しそうに笑う真那を見つめて、真耶は不思議に思っていた。
この従姉妹はここまで笑っていた事が有ったのだろうかと、実に楽しそうに笑う真那が別人じゃないかと思ったぐらいだった。

「真那、お前は白銀少佐の何を知ったのだ?」
「私の口からは言えぬな、ただ見た目に騙されるな……それと個人的に言わせて貰えれば、白銀の事を知れば取り返しの付かない
事になるかもしれないぞ」
「どう言う意味だ、真那?」
「従姉妹じゃなくて姉妹になるかもしれないという事だ、それでも知る気はあるか?」
「なっ!?」
「ああ、その前に名字が変わるがな」
「真那っ!」
「ふふんっ……」

最初はからかわれていると感じた真耶だったが、真那が口にした言葉の裏を探るように思考を走らせる。
武には秘密が在ると言う事を認めているし、それを知るのも構わないと言っている、だがそれと引き替えに己の人生を変えなければ
ならない程の重大な事だと示していた。
その選択を決めるのは自分だと言われている気がして真耶は暫く無言になるが、そこでふと気づいた。

「まさか殿下が公式会見であの様な事をしたのはそう言う事なのか?」
「厳密に言えば少し違うが、概ね同じだ。それとこれだけは言っておこう……白銀は強くはない、世界一の臆病者だぞ」
「あれのどこが臆病者だ」
「失う事に耐えられない、己の命と引き替えにしても大事な者を護ろうとするだろう。仮に私が死ぬような事が在れば、白銀は狂う
かもしれないぞ」
「ふんっ、それは自惚れではないのか?」
「だったら良いがな……今の世の中失いたくなければ強く在らねばならない。本当ならば自分の大切な人たちを戦わせたくない、
でもBETAに撃ち勝つには共に戦わなければならない。自分だけが強くなっても勝てない現実は厳しくそれを選ばなければならない、
白銀の心の内では割り切れない思いの葛藤が常に在るのだ」
「…………」
「だからこそあいつは私に言うのだ……『俺を倒せるのは月詠さんだけだ』とな」
「真那……」

この世界はBETAに寄って滅ぼされようとしている、だから元々この世界の武にもそれなりの覚悟があった。
だが、受け継いだ記憶は『BETAのいない世界』で楽しく学生生活を過ごしている自分や仲間であり、そんな世界が在ると知って
しまったらこの世界もそうしたいとより強く思うようになったのは仕方がないのかもしれない。
『記憶に引きずられないで』、そう言った霞の言葉は真那の言葉を裏付けていて、以前シミュレーターで武が暴走した時の事がその
証拠だった。
良い記憶も悪い記憶も全てを受け継いだデメリット、それは心の強さも弱さも等しく大きくした事なのかもしれない。
しかし、それを知らない真耶は難しい顔をして考えてみたが解るはずもない。

「ますます解らないと言った顔だな、ならもっと考えさせてやろうか?」
「何?」
「白銀の強さ……あれはイカサマだ」
「なんだとっ!?」
「ふふん、ますます解らなくなった顔になったな」
「待て真那っ、イカサマとはどう言う意味だ?」
「そこまでは教えてやらん、精々悩む事だ」
「真那っ!」

そこまで言って真耶に背を向けると、真那は医務室を後にした。
そして歩き出した真那は可笑しさを堪えていたが、誰もいなかったので顔には笑みが浮かんでいた。

「これは、止められないな……くくっ」

真耶をからかい楽しめたのか、夕呼の様にいたずらが成功した様な瞳をして、真那は遅めの夕食を食べにPXへ向かうのだった。
その頃、話題の武は何をしていたのかと言うと一真に頼まれてシミュレーターでXM3のレクチャーをしていた。
これは武が斯衛軍に出向した時に九州防衛線にいた為に教習を受けられなかった一真に使いこなせていない部分を補足していたので
ある。

「なるほどなぁ、即応性だけではないのだな?」
「そう言う事です、従来のOSでは不可能だった先行入力のお陰で連続動作をスムーズにしている点も特徴の一つで、より流れる
ように機体を操る事が出来るんです」
「やはり武の発想が違うな、この様な事を思いついたのは世界でも初めてではないかな……」
「はははっ、よく夕呼先生に言われてます」
「だが、これのお陰で帝国軍も斯衛軍も強くなれる、殿下を始め国民や国を護る事が出来る」
「一真さん」
「なんだ?」

そこで急に武の表情が引き締まり強い光を携えていたことに、一真も気を引き締める。

「遅くても来年の春には、今の真那ぐらいの強さになってくれると思っています」
「それはどう言う意味かな?」
「来年、オレたちは佐渡島を奴らの手から取り戻します。その時に先陣を国連軍ではなく斯衛軍……いや、悠陽に執らせます」
「なんだとっ!?」
「同時に将軍の復権を正式に国内外に示します」
「その作戦は国連軍が主体になって行うのではないのか?」
「計画の表向きはそうですがどうしても必要なんです。この先後、顧の憂い無く戦う為には……足場が崩れるような事があったら
オレたちは戦えない」
「後顧の憂い……足場が崩れる……武、それはっ」
「確定ではないけど、頭の片隅にでも覚えておいてください」
「備えあれば憂いなしと言う事だな、忘れないでおこう」
「お願いします、出来れば人に銃は向けたくありませんから……」
「うむ、私も同じだ」

武が言った言葉から裏を感じて会話の中で確認をした一真は、そんな事を言う武にますます興味が尽きない。
またそれが楽しくて、生まれてここまで楽しい事を経験した事がない一真は、笑い出してしまう。

「こんな会話をして不謹慎だが、実に楽しいぞ武」
「笑う門には福来たるって事なら良いんですけどねぇ〜」
「うむ、そうしようではないか。何事も意志を強く持って当たれば奇跡だって起こせるだろう」
「っ! そうですね、ははっ」

一真の言った言葉が武の知っていた言葉に重なって、それを言った夕呼の顔を思い浮かべて笑ってしまう。
何事にも意志を強く持ってあたりなさい……この世界に戻る『白銀武』に送られた言葉は、今の自分の背中を押しているように
感じられた。
その意志を心の中で確認している武の横顔に、一真は深い思いが込められていると思えた。

「それはさておき、武……」
「なんですか?」
「うむ、少し気になったのだが、どのくらいの女性を手に入れたら満足するのだ?」
「へっ?」
「私の見立てでは両手の指で足りないように思えるのだが……」
「オレはそんな事全然考えてなかったんですよっ! それなのに気が付い時には悠陽が暴走しているし、ううっ……」
「た、武? 何も泣かなくても良いと思うのだが……」
「じゃあ代わってくれますかっ?」
「いや、遠慮する」
「はうあうあ〜」

心底嫌がっている訳でもないが喜んで率先してる訳でもない男泣きの武に、一真は掛ける言葉を失う。
ただ、相手の女性が如何に勢いが在るのかを感じさせる武の背中に、思わず目頭を押さえてしまい肩を叩きながら一真は呟く。

「はっはっはっ、武……枯れて死ぬなよ」
「笑いながら縁起でもない事言わないでくださいよっ」
「いやいや、実に愉快だ、はっはっはっ〜」
「笑い事じゃねーって、ホント……」

そんな一真の笑い声が響いているシミュレータールームに、純夏の手を引いた霞が現れて武たちの側にやってきた。

「おう、二人ともおつかれさん……って、どうしたんだ純夏、顔赤いぞ?」
「うう〜っ」
「いきなり唸られてもなぁ〜」
「……照れているんですよ」
「なんで?」
「……今夜は一緒にお風呂入るって約束したんです」
「それでどうして照れるんだ?」
「タ、タケルちゃん、素で呆けないでよっ!」
「なんだよそれは……」
「……ですから、わたしと純夏さんと武さんで一緒にお風呂……」
「霞、何でオレまで……って、何処行くんですか一真さんっ!」

足音も立てずに静かにこの場を去ろうと部屋の入り口まで移動していた一真だったが、武の言葉に振り返ると全て解っていると
言う意味の笑顔で爽やかに言う。

「案外、先程の言葉は嘘ではないかもしれんな」
「ぐはっ」

それだけ言って一真は霞に手を捕まれて項垂れる武を背後に感じで、シミュレータールームを後にした。
医務室に真耶の様子を見に行こうと歩きながら、こちもらも真那の様に笑いが込み上げている。

「本当に楽しいな此処は、その原因が武だと言うのは納得する。だが、あの歴戦の衛士の目はどう言う物なのかわからんな……」

いくら巫山戯ようが女の子に言い寄られてあたふたしようが、隠せない物は確かにあった。
巌谷と同じく会話しながら観察する事もしていた一真は、武の目にある鈍い輝きを見る度にその疑問にぶつかっていた。

「だが、武の思いは間違いなく本物だ。それだけ解れば今は良いな……」

静かな廊下を歩きながらそろそろ目を覚ましている真耶に、武との会話をどこまで話すか考えながら一真の顔には笑顔が戻っていた。
一真も真耶もお互いに得る物は予想以上に多く、この後更に自分に磨きを掛ける事に努力を惜しまなくなった。
で、結局武達はどうなったかと言うと……。

「…………」
「…………」
「……二人とも、何で無言なんですか?」
「「うっ」」
「……楽しく入りましょう、家族なんですから」
「そ、そうだなっ」
「う、うんうんっ」
「……えいっ」
「「うわっ!?」」

かなり狭い湯船の中で武と純夏の間にいた霞は、くるりと体の向きを変えると二人の体を抱き寄せるように両手を伸ばして抱きつく。
だから、二人の肩や腕や腰がぴたりとくっついて、お互い顔を真っ赤にしてしまう。
でも、霞の嬉しそうな笑顔に開き直ったのか武はくっついていた腕を持ち上げると、純夏の肩に回して自らの意志で抱き寄せる。
その行動に純夏も驚いたが、体の力を抜いて身を委ねるように頭を武の肩に乗せると、霞は再び背を向けて二人に体を預ける。
やっと望んでいた家族らしい事の一つが叶い霞は大いに満足したが、なかなか出ようとしなかったので最後には純夏と一緒に上せて
しまい、二人して武に運ばれたベッドの上で唸っていたがその顔から笑顔は消えていなかった。






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