「ちょっとぉ〜、なんで勝手に変更してんのよ」
「俺に言われても困りますよ」
「……月詠さん、やる気満々でした」
「ふーん、何となく解るけど」
「まりもちゃん?」
「同じ斯衛軍でしかも従姉妹、思考が似てる所もあるんでしょう。となれば過去の自分を見ている気がするって
所かしら……」
「あー、なるほど……」
「自分は変わったけれどそれは良い方向に変われた、ならそうして上げたいじゃない」
「……優しいんですね、月詠さんは」
「そうね、今の二人は同じ月でも自分自身の見え方が違うのよ」
「どう言う意味ですか?」
「月は三日月だったり半月だったり満月といろんな形に見えるでしょう、でも月自体は何も変わってないという事ね」
「おおー、さすがまりもちゃん。夕呼先生より分かり易いなぁ」
「悪かったわね、小難しい解説しか出来なくて」
「まあ、いつもの事だし気にしてませんよ」
「ふんっ」
「……香月博士、安心してください」
「なによ、霞?」
「……武さんはそう言う大人っぽい部分が結構好きですから」
「なっ!!」
「……そして今みたいに狼狽える所も好きです」
「か、霞っ、からかわないでよっ」
「ふーん、夕呼が満更でもないって顔してるわ」
「まりもっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 67 −2000.9 月、満ちる時−




2000年 9月15日 16:30 国連横浜基地 シミュレータールーム

霞に案内され一真と強化服に着替えてやって来た真耶が部屋に入ると、真那以外にヴァルキリーズのみんなが椅子に座ったりして
見学気分で始まるのを待っていた。
もちろん一真を見て敬礼しようとするが、一真自身がそれを手で制して月詠達の邪魔をしないように静かに壁際に佇む。

「むっ、これは……」
「気にするな真耶、彼女たちは今まで訓練していたから休憩をしている所だそうだ」
「そうか」
「別に我らの戦いに邪魔をしたりはしない……もっとも戦いになればの話だが」
「真那っ」

同じ赤い強化服を身に纏い向き合う二人は無言で睨み合っていたが、霞が間に入って真耶の顔を見て話を進める。

「……それではどの状況を望みますか?」
「状況だと?」
「……はい、ドッグファイトかスコアーアタックかと言う事です」
「なんだそれはっ」
「……相手と一対一で戦うのがドッグファイト、同じ目標に向かってどれだけ作戦を達成出来たか競うのがスコアー
アタックです」
「ならばドッグファイトしかあるまい」
「……月詠さんもそれで宜しいですか?」
「それでよい」
「……では、シミュレーターに搭乗してください」

流石に霞にまで食って掛かる程大人げなくはないらしく、そのまま指定された筐体に乗り込むと霞がコンソールの前に移動して
プログラムをスタートさせる。
この時、先に2台の筐体が稼働している事に気が付いて、乗っているのが武と水月だと解り小さな声でご苦労様ですと武を
労っていた。
もちろん、それぞれのステージは別々に設定してあるので乱入とかはあり得ないようにチェックも万全にした。
全てが終わり、振り返った霞は一真に声を掛ける。

「……斉御司少佐、二人の戦いをそちらのモニターに表示します」
「解った」

そして始まった二人の月詠の戦いに、休憩を取っていたヴァルキリーズもモニターの近くに移動した。
映し出された画面の中で対峙するのは二機の赤い武御雷は、互いに長刀を抜き放つと先に真耶の方が斬撃を繰り出す。
しかし、いくら斬りかかろうが最小限の動きで避ける真那の武御雷に傷の一つも付ける事が出来ない

「こんなばかなっ!?」
「どうした、まだ始まったばかりだぞ」

真耶はモニターの中で不敵に微笑む真那を睨み付けながら、操縦桿を握り潰さんばかりに力を入れる。
一真と共に九州の防衛線に行く前は拮抗していた力が、今ではここまで開いている事に血が上った頭では納得できず、
当たらない攻撃を繰り返させる。

「真耶、そんな乱れた心では当たる物もあたらんぞ」
「ぬかせっ」
「そうか……では、いくぞ」
「なにっ!?」

ここで初めて真那は長刀を振るうが、真耶の振るわれた長刀を受け流すように裁き、悠然と間合いを詰めていく姿にモニターを
見ていた中でまっさきにあきらが感嘆の声を上げる。

「見て見てみちるちゃんっ、月詠中尉凄いねー」
「解ってるから落ち着けあきら、斉御司少佐の前だぞ」
「あ、ごめんなさい」
「いやかまわん、奇譚の無い言葉で語ってくれた方が良い。実際この目で見るまで解らなかったが、ここまでとはな……正直、
驚いていた所だ」
「白銀少佐と単機で互角に戦えるのは、横浜基地においては月詠中尉だけになります」
「ふむ、つまり白銀少佐は月詠以上との話は誠であったか……うん、そちらのモニターに映っているのは白銀少佐と……」
「……ヴァルキリーズの突撃前衛長を努めている、速瀬中尉です」

霞の説明を聞いて視線の先にある別のモニターで先ほどハンガーで見た銀色の武御雷・零と不知火・改が派手な高機動戦を展開
しているのを、一真は月詠達の戦い以上に目を引かれてしまった。
データでは知っていたがシミュレーターであるが実際に見た戦闘機動は鮮やかで、水月の撃つ突撃砲を面白いように避けて
真那と同じように掠らせもしない。

「これが白銀少佐の力か……相手の方も突撃前衛なのだから腕前もかなりの物だと解るが、むう……」

一真の本当の目的は夕呼に話を聞くより武と一手交えようと思ってここまで来ていたのだが、今見ている戦いで感じたのは悔しいが
画面の中で良いようにあしらわれている水月と同じ目に合うと自分の実力を認識しいていた。
その点では真耶より冷静な部分見せる一真に、ヴァルキリーズのみんなもさすがと内心で肯いていた。
再び、月詠達の方に注目すると真耶の攻撃は未だ真那を捉える事は出来ず、その表情も心情を表しているように対照的だった。
酷く顔を歪ませる真耶に対して、穏やか表情で相手を見つめる真那、これだけでも勝敗は決まっていると言うのは過言でもなかった。

「なぜだ……何故こうも見切られるっ!」
「…………」
「何が違う、どうしてこれだけの差が付いたっ!」
「……解らないのか、真耶?」
「なにっ!?」
「ふっ」

そう呟いた真那は、今まで合わせていただけの剣撃を一気に攻勢に出て畳み掛けると、逆に真耶は防御一辺倒に立場を変えさせられる。
必死に弾き致命傷を避けようとする真耶だったが、振るわれる長刀が自分の機体を傷つけていくのを感じて嫌な汗が流れる。
真那の技は速度も重さも何もかも違い、その攻撃は次第に鋭さを増して防御すら追い付かなくなっていく。
正にそれは剣舞であり、武にはない技を持つ真那だからこそ見られる艶と輝きは、みちる達から感嘆のため息が零れていた。

「真那っ……お前はっ……」
「言ったであろう、知るべき物を知ろうとしないのは愚かだと……その結果がこれだ」
「くうっ……」
「真耶、九州に行ってからお前は何をしていた? 何を見ていた? 過ごし時間はただ流れていただけか?」
「なにっ」
「私は知った……いや、知るべき事が出来た。それが傍目から見れば男に現を抜かしたと言われれば否定もしない。だが、それだけ
ではないのはお前に見せたとおりのこの力だ」
「そんな事でっ……」
「私は触れたのだ、運命に弄ばれようと諦めない、人の心にある思いの弱さと強さに……それを知った時、私は限りない力を得る事
が出来たのだ」
「がっ……」

真那が振るった長刀が、真耶の武御雷が持っていた長刀を腕ごと切り飛ばすと、その眼前に切っ先を突き出して動きを押さえる。
瞬きすら許されぬ気迫を見せながら、真那は静かに話の続きを語る。

「今のお前はただの欠けている月、だが私は満月のように満ち足りているのだ。だから、出直してこいっ……」

最後に見せた真那の技は先日武との戦いで見せた居合い抜きで、モニター画像がぶれる程の速度で抜き放たれた長刀は真耶の
武御雷を胴体を上下に真っ二つに切り裂いた。
これにより、二人の月詠の戦いは幕を閉じたが、もう一方の方は意外な展開を見せる事になっていた。

「なんで当たんないのよ、あんたは〜っ!」
「だから、なんでわざわざ当たらないといけないのか解らないっすよ」
「五月蠅いわね、大人しく逝けっ!」
「まったくもう……それが年上の言う事ですかっ」
「誰がおばさんだーっ!」
「そんなこと言ってねーっ」
「白銀、絶対に墜とすっ!」
「ああもうっ、少しは涼宮中尉みたいにお淑やかになってくださいっ」
「大きなお世話よっ、そこもらったーっ!」
「うひゃあっ」
「ちっ、時間ぎりぎりまで逃げようったってそうはいかないわよっ」
「くっそう、速瀬中尉がいるならくるんじゃなかった……」

実のところもう何回も武に倒されているのだが、毎回毎回勝負を挑まれる武もいい加減疲れたので、最近では一回の勝負は時間
制限を設けて受ける事になっていた。
だからこそ水月の気が済むまで付き合わされるのだが、これも訓練だよなと諦め気味な武だった。
そんな音声をONにして戦いを見ていたが、この会話では緊張感も何もないからみちるたちがいつもの事だと笑うのは解るが、
一緒に見ていた一真も肩を振るわせていた。

「なんだこれは……月詠たちの後にこれを見られるのはよいが、戦闘中になんて会話をしているんだ。くくっ、はははっ……」

笑いが止まらないのか次第に声も抑えられなくなり、一真は豪快に笑い始めてしまう姿にみちるたちはぽかんとしてしまうが、
ハンガーでの事を知っている霞は口元だけ笑っていた。
それを降りてきた筐体の側で見つめている真那の横に、意気消沈な感じで少し俯き加減の真耶が静かに並び少ししてから呟く。

「……真那、あの強さはなんなのだ」
「言っておくが、あれでも私は白銀少佐に勝てなかったぞ」
「そんなっ……」
「見てみろ」

真那の言葉に促されてモニターを見ると、一真が笑っているのも気になったが、それよりも画面の中で動く武御雷・零と不知火・改
の戦いは先ほどの自分たちと重なって見えた。
巫山戯た会話をしながら戦っている武御雷・零は見た事がない戦闘機動を見せ相手を翻弄していくが、真那と違って
優雅さの欠片も無いが的確な判断と操作によって戦術機を兵器として正しい運用を行ってみせる。

「何も知らなければあれはただ巫山戯合ってるようにしか見えないだろう。でも、本当のところは違う」
「……何が違う?」
「今、もう一度私と戦ったらお前は勝てるか?」
「無理に決まってるだろう、差が有りすぎる」
「自分の事は解ったようだな、でもそれじゃ何も得られないし守れもしない」
「何?」
「相手をBETAに置き換えても同じと言う事だ、力押しで攻めてくる数の暴力に今のお前はあっさり屈している」
「くっ」
「だが相手をしている速瀬中尉は、白銀少佐と言う強大な相手に一歩も怯まず足掻きそれを倒そうと突き進んでいる。無論、
彼女だけではないぞ、この基地にいる末端の人員まで同じ事が言える」

その言葉に思い当たるのは防衛訓練で見たHQの出来事で、それが事実だと悔しいが認めるしか出来ない真耶の様子を横目に
見ていた真那は、顔に掛けていた眼鏡をあっさり奪い取る。

「な、何をする、真那っ!」
「落ち込むのも良いが隙だらけだな、でもそう言うのは一真様の前で見せた方が良いぞ」
「何をっ……」
「私が言うのもなんだが、乙女には乙女にしかできない事もあるって事だ」
「な、あ、ばっ……」

真っ赤になっている真耶に意地の悪い笑みを浮かべると、奪った眼鏡をその手に返すと肩を叩いてから話をしている間に決着が
ついた武を出迎える為に筐体に近づいていく。
出てきた水月が地団駄を踏み武に再戦を叫ぶ様子をみちるたちがやれやれと呆れ、出てきた武を労う真那と霞に混じって笑い
ながら話しかける一真の様子を、その場から漠然と見ながら真耶は一人何かを思うのだった。
その後、夕食時にシミュレーターの一件が夕呼にばれて、仲間はずれだの楽しみを奪われたのと拗ねられてご機嫌を取るのに
一苦労した武は、深夜になりやっと開放されてハンガーまで来ると自分の機体の側で話している霞と整備班長が気づいた。

「よお、遅かったなぁ、武」
「すんません、夕呼先生の機嫌が直らなくて苦労しました」
「そりゃあ自業自得だな」
「……用意は出来ています」
「OK、じゃあ着替えてくるから、そうしたら始めるか」
「……はい」

そう言って武は隅にあるコンテナの一つに入るとすぐに強化服姿で現れると、霞と一緒にリフトで武御雷のコクピットまで
上がりそのまま乗り込む。
武の膝の上に霞が座りハッチが閉まると、外にいる整備班長が機体に繋いだパワーラインをONにする。
コクピットの中では起動シーケンスを終了して、霞が膝に乗せたラップトップのキーボードを操作しながら、統合仮想情報演習
システム(JIVES)を立ち上げる。

「……細かい部分をバージョンアップしたので、前回より操作しやすいと思います」
「そうか、でもXM3じゃそろそろ無理があるだろ?」
「……はい、そっちは今なんとかしています」
「がんばるのは良いけど、ちゃんと寝るんだぞ」
「……おやすみのキスはしたいですから」
「よし、じゃあやるかっ」
「……はい」

深夜のハンガーで整備班長が見守る中、武と霞は密かに明日を掴む為の努力を積み重ねていく。
それは武が見せる足掻きだけど、誰よりも側で見られるの嬉しく思う霞は、自分の力で支えていく幸せを噛み締めていた。

「馬鹿二人だな、まったく……いや、俺もか」

睡眠時間が減り多少寝不足気味だけど、コーヒーを飲むその顔は楽しそうに笑っている。
目の前で静かに唸りを上げている武御雷を見上げながら、整備班長は二人が取り組んでいる事を黙って見守るだけだった。






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