「白銀〜、ちょっと面白い事になりそうよ」
「これ以上の騒ぎは勘弁して欲しいんですけど……」
「あ、そうそう、白銀だけじゃなくって月詠中尉も面白そうなのよ」
「香月副司令、それはどう言う意味でしょうか?」
「んー、大雑把に言えばライバル登場、みたいなー」
「「ライバル?」」
「うんそう、でも細かく言えば白銀には恋の、月詠中尉には好敵手って言葉が付くけど」
「ま、待ってください先生、それってどこから聞いた話ですが?」
「殿下からだけど」
「うげぇ、ま、まさかそっちのかよっ」
「はっ、まさか斉御司一真殿か……」
「知ってんの、月詠さん?」
「はい、その正式にではありませんでしたが、殿下の婿候補と名が上がっておりました」
「マジかよ……って、俺の方は解ったけど月詠さんの方は?」
「いえ、その……」
「口籠もるなんて珍しいけど、言いにくい相手とか?」
「は、はぁ……」
「ふふん、それはまあ会ってからお楽しみで良いじゃない」
「夕呼先生……」
「言っておくけど今回の事はあたしはまったく関知してないからねー」
「これはどう考えても悠陽がこっちに押しつけたんだよなぁ、はぁ……」
「……大丈夫です、武さん」
「霞、その根拠は?」
「……武さんは主役ですから、イベント盛りだくさんです」
「夕呼先生ーっ」
「な、なんでもあたしの所為のしないでよっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 65 −2000.9 斉御司少佐、参る−




2000年 9月15日 13:40 国連横浜基地 正面ゲート

昼食を食べてまったりしていた警備兵たちは、乗り付けた車から降りてきた青と赤の斯衛軍の制服を着た二人が
夕呼宛に面会を求めてきたので、今までののんびりムードが吹き飛んでいた。
内一人の警備兵が慌てて連絡を取る間、赤い斯衛の制服を着た女性は、その様子を冷めた目で見て呟く。

「腐抜けているな、これが極東最前線にある基地の兵士とは……」
「月詠」
「はっ、申し訳ありません」
「よい、言いたい事は解るが今は目的が違う」
「はっ」

失言だと解っていたが帝都城の警備と見比べたら昼食後の事実を差し引いてもだらけているように見えてしまったので、
つい口に出してしまったが少々迂闊だったと頭を下げながら自分を戒めていた。
それから暫くして出迎えに来たのが年端もいかない少女で少々驚きはした物、静かにその後に続いて基地の中へ案内されていた。
目の前の少女の背中を見ながら歩いている二人は、目配せしながら基地の様子を探ってみたがここもゲートの時と同じで
緊張感という物が欠けている事に女性の方は眼鏡の奥にある目が細くなっていた。
だが、先に口を開いたのは女性の心を読んだのか前を歩く男の方だった。

「なるほどな……」
「一真様?」
「いや、なんでもない」
「…………」

声の感じから後ろにいて表情は見えないがおそらく笑っているのかもしれないと、女性は顔には出さなかったが内心戸惑いを
感じていた。
一体何を見てそんな風な言葉を口にしたのか、女性には理解が出来なかった。
しかし、その疑問を頭の隅に追いやる前に、事態は急変してその答えを目の当たりにする。

『コード991発生、繰り返すコード991発生、各員は速やかに行動せよ』
「なにっ!?」
「まさかっ!?」

突然鳴り響く警報と緊急事態を知らせる放送に表情を強張らせ辺りを窺うと、さっきまで漂っていたのんびりムードは一新して、
持ち場に着くように走る兵士の表情は引き締まっていた。

「……お二人とも、こちらへどうぞ」

そう言った少女はかなり早足で後に続いて歩き出した二人と共にエレベーターに乗り込むと、地下フロアへと降りていく。
程なく到着して廊下を歩いた先に案内された場所は、横浜基地のHQであった。
中では状況確認をする声がそれぞれの部署に伝えられるその動きは淀みなく、どのオペレーターの表情に焦りも見えない。

「HQより第1、第2機甲大隊各機へ、両部隊はメインゲートに前に展開し封鎖扉が閉塞するまでの時間を稼げ。閉塞後、
各大隊リーダーの判断でBETAへの攻撃をせよ」
『第1機甲大隊、了解』
『第2機甲大隊、了解』
「HQより全支援攻撃部隊に告ぐ、現在BETAは第一演習場の地下より出現中、データリンクの情報を元に攻撃範囲を選択して
攻撃せよ。尚、HQより直接指示が有るのみそちらを優先せよ」
『航空支援、了解』
『砲撃支援、了解』
「HQより第3、第4大隊各機へ、第一滑走路の各ゲート前に展開せよ」
『第3機甲大隊、了解』
『第4機甲大隊、了解』
「HQより第5、第6大隊各機へ、第二滑走路の各ゲート前に展開せよ」
『第5機甲大隊、了解』
『第6機甲大隊、了解』

司令や副司令が不在でも各員は与えられた情報から次々と的確に指示を飛ばしていく様子に、斯衛軍の二人は今度は戸惑いを
隠さず表情に出していた。
そしてこれが本当の姿だと……最前線基地で命を懸けてそれぞれの職務を全うしている姿だと理解せずにいられない。

「第7、第8機甲大隊、接敵」
「HQより機械化歩兵部隊は、小型種の進入に備えよ。状況はデータリンクにより確認して、各隊の判断で敵を撃破せよ」
『歩兵部隊、了解』

戦況が刻々と変化していく状況の中、その様子に見入っていた斯衛軍の二人に、背後から声を掛ける人物がいた。

「ようこそ横浜基地へ、斉御司少佐、月詠中尉、歓迎いたしますわ」
「香月副司令……」
「殿下からお話は伺っていますわ、まずはお茶でも用意……」
「何を馬鹿な事を、この状況でそんな戯けた事をっ……」

確かにBETAが襲撃してきている状況でお茶とか言ってる場合では無いはずなのに、目の前で余裕の微笑みを浮かべている夕呼に
月詠は声を荒げてしまう。
しかし、夕呼は更に挑発するように微笑んで、からかうように月詠に問いかける。

「巫山戯ていませんわ、お解りになりませんか?」
「なにっ」
「司令やあたしの指示が無くても迷い無く機能しているHQですることなんて、何もありませんわ」
「なっ……」

夕呼の言うとおり、変化していく状況にあって、いちいち伺いを立ててくる人は誰もいない。
ここで口を挟めばただの邪魔者であり、そんな馬鹿な事をする気は更々無い夕呼は声を抑えながら笑ってしまう。
それが逆鱗に触れたのか、月詠は夕呼に一歩詰め寄るが一真が先に言葉で制する。

「月詠、香月副司令に乗せられているぞ」
「うっ……」
「ふーん、誰かさんにそっくりだわ、もっとも今は全然違うけどねぇ〜」
「男にうつつを抜かした者と一緒にするなっ」
「あらら、言われてるわよ。月詠中尉?」

その言葉に自分が呼ばれていないと知って振り返ると、もう一人の月詠がそこに立っていた。

「からかうのはその辺にしておいた方がよろしいでしょう、香月副司令」
「真那……」
「お久しぶりです、一真様、そして真耶、息災でなによりだ」
「なに、九州とは言えBETAの襲撃は無く、図らずも鋭気を養ってしまったがな」
「左様ですか……」
「真那っ、この状況で何を悠長に……やはり腑抜けたかっ」
「さあ……」
「くっ」

浮かべた微笑みが気に障ったのか二人の間に一色触発の空気が流れ始めた時、今まで黙っていた霞が口を挟むようにしゃべり出した。

「……香月博士、時間です」
「あらそう、それじゃピアティフ、防衛基準体勢を解除してちょーだい」
「了解、HQより各員へ告げる、現時刻を以て防衛訓練を終了します。各部隊は速やかに撤収して通常勤務に移行せよ」

夕呼の言葉を受けてピアティフが伝え終わると、HQの中にも緊張感が和らぎ何があったのか一真も真耶も知る事になった。

「やはりそうだったか」
「斉御司少佐の思ったとおりですわ、月に一度ですがこうして抜き打ちの訓練を実施している訳です」
「訓練……」
「そう言う事だ、真耶」
「一真様っ」
「どうした真耶? 顔が赤いぞ」
「真那っ」

一真の言葉に自分が一杯食わされたと知って真耶の顔は羞恥と怒りで赤く染まっていた。
対照的に真那はくくっと咽の奥を鳴らしてその様子を楽しげに見ていた。
そんな二人の月詠を見て掴みはOKかしらと横目に、夕呼は一真と話を続ける。

「それでは今度こそお茶を用意させますわ」
「ふむ、馳走になろう」
「一真様、ここは信用なりません」
「真耶、話があるから来たのであろう?」
「真那っ」
「はいはい、ここは邪魔になるから騒ぐなら移動しましょう」

後の事はピアティフに任せて、夕呼は霞と共に一真と真耶をわざわざPXへと案内していくが、それに気づいた月詠はその思惑に
気づいて小さくため息を付いて笑っていた。
PXは食後と訓練と続いた為に人影はほとんど無く、京塚のおばちゃんからお茶と羊羹を受け取った霞が、それぞれの前に差し出して
夕呼の隣に座る。
もちろん、二人の月詠は座らずに背後に控えるように立っていた。

「まずは礼を言おう、香月副司令」
「あら、そんな覚えは無いのですが?」
「極東最前線基地としての本質、わざわざ見せてくれたのは伊達や酔狂では無いはず」
「ふふっ、そう言う事にしておきましょう」
「それに帝国軍及び斯衛軍の方にも尽力頂いたようで、重ねて礼を申し上げる」
「お気になさらずに、すべてこちらの都合ですから感謝する必要はありませんわ」
「ふむ、でも私個人としては礼を述べたかったのでな」
「そうですか、ですがそんな事より少佐は目的が有って窺ったと殿下から聞いていますが?」
「そうであったな……では率直に言おう、白銀少佐と面会したいのだが宜しいかな」

一真の真っ直ぐな言葉に夕呼はニヤリと笑うと、口から出てきた言葉は勿体付けるような感じだった。

「うーん、白銀もいろいろと忙しくて、急な話となるとどうでしょう……」
「こちらが勇み足だったのは否定しないが、後回しにする程のんびりしている性分では無いのでな」
「少佐が気にする程の人物では無いと思いますが?」
「何を言う、そんな事はあるまい。殿下のお心を射止めただけでは無く、数多の女性を虜にしていると聞き及んでいる。それだけ
でも興味を持つには十分であろう」
「そっちで評価ですか、いちおう新型OSの発案者と新しい機動概念の構築も彼の功績なので、これも評価に入れておいて欲しい
ですわ」
「そうであったな、すまぬ」

なにやら楽しそうに会話しているなと月詠は思っていたが、一真の後ろで控えている月詠……真耶の方はそろそろ限界らしい。
小刻みに震えている肩と握りしめられた拳からその怒りは表面化していて、それに気づいている夕呼はわざわざ一真ではなく真耶に
笑顔を向けると楽しそうに話す。

「香月副司令、戯れもその辺にっ……」
「あらー、気づか無かったとしたらごめんなさい」
「なんの事だっ」
「白銀なんだけど、ここ……PXにいますわ」
「なにっ!?」

一歩踏み出してテーブル越しに夕呼へ詰め寄ろうとした真耶だったが、自分を見ていた視線が違う所に向いていると気づいて、
見ていたの方に振り返るとそこには皿洗いをしている国連軍の制服を着て上からエプロンをした若い男がそこにいた。
なにやら京塚のおばちゃんに言われてこちらを向いた時に、夕呼が大きな声で呼ぶ。

「白銀〜、アンタにお客さん来てるわよ〜」
「はいはーい、今行きますよー」
「あ、ついでにコーヒーにケーキも持ってきてー」
「ケーキなんてあるわけないでしょっ」
「なによ、ケチねぇ〜」

この様子に一真も真耶も唖然としてしまった、仮にも士官が食堂で皿洗いなどしているとは想像も出来なかったからである。
手を拭きエプロンを外して、自分の分のお茶と小皿を手にして歩いてくると、その皿を夕呼の前に置いてから霞の横に腰を下ろした。

「なによこれ?」
「おはぎですよ、しかも合成じゃないです」
「そう、じゃあ頂くわ」
「おばちゃんに感謝してくださいよ……で、紹介して貰えますか、月詠さん」
「斯衛の斉御司一真少佐と月詠真耶中尉です」
「月詠って言うと……」
「はい、同い年の従姉妹になります」
「うーん、メガネっ子かぁ……」
「……武さん」
「いや、なんでもないぞ霞っ」

霞の冷めた視線と言葉で武が良からぬ事を考えていたなと、月詠はすっと後ろに近づくと無言のプレッシャーをかけ始める。
当然、背後の恐怖に武は背筋を伸ばすと、冷や汗を流しながらも強張った笑顔で正面に座っている一真へ手を出した。

「初めまして、白銀武です」

そう挨拶する姿に一真は面白いと言った感じで手を握り返し、真耶の方は胡散臭そうに武を見据えていた。






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