「はぁー」
「白銀、何か気分いいみたいだけど、まりもを食べちゃったから?」
「食べてませんって、昨夜は安眠出来たので寝起きが良かったんです」
「……武さん、胸枕で寝てました」
「か、霞っ」
「胸枕ねぇ……それは熟睡出来たでしょうねぇ〜」
「ぐ、偶然ですっ」
「……まりもさんが抜け出そうとしても離れなかったです」
「霞、まるで見ていたような……」
「……見てました、もしかしたら勉強になる事をしてくれると思ったので」
「べ、勉強って霞にはまだ早いって」
「いいえっ、そんな事はございませんわ」
「うおっ、急に大きな声を出して現れるなよ、悠陽」
「武様、古来日本では霞さんの年齢で嫁ぐ事は当たり前でしたわ」
「……古きを知り、新しきを知るでしょうか?」
「そうですわ、それにその頃は多数の妻を娶っていた事も見逃せませんわ」
「……つまり、武さんのハーレム作りは正しいと言う事ですね」
「はい」
「はいじゃねーよっ、霞も騙されるんじゃないっ!」
「騙すなどと人聞きの悪い事を、武様は誤解なさっていますわ」
「あのなぁ……」
「はい、ストップ。今更何を言っても手遅れなのよ〜」
「アンタが言うなっ!」
「な、なによぉ、もう白銀ったらあたしや悠陽殿下に優しく無さ過ぎるわよ」
「全くですわ、これだけ尽くしているのに何故でございましょう」
「なあ霞……この人達に普通を求めるオレが間違っているのか?」
「……わたし少女ですから解りません」
「ぬあっ……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 64 −2000.9 五摂家と悠陽−




2000年 9月15日 9:00 帝都城 

この日、朝から悠陽はかなり不機嫌だった。
せっかく武の元へ遊びに行こうとお忍びで抜け出そうとしていたのに、元枢府を構成する五摂家の方々から折り入って話があると
侍従長に寝起きに知らされた為に愛しい人との逢瀬が邪魔された結果である。
その証拠に今も座っていながらぷくーっと頬を膨らませて政威大将軍殿下の威厳は欠片も見えず、ただの拗ねている少女にしか見えない。

「……ふぅ、今日こそは武様と熱い契りを交わそうと思っていましたのに……」

口から零れる内容は結構危険っぽいが、武の心が大分こちらの思惑に傾いてきた事を知っているので、今がチャンスと畳み掛けたい悠陽
の思惑を邪魔する様に揃っている五摂家の当主衆に恨みがましい目を向けても仕方がないのである。

「それで折り入って話とはどのような事でしょう?」
「殿下、それは私からお話しします」

煌武院家以外の斑鳩、斉御司、九條、崇宰の当主のなかで、一人の男が悠陽の問いに口を開いた。

「斉御司?」
「恐れながら殿下、この様な事を言うのは心苦しいのですが、先の公の会見に置いて発表なされた事に対して、些か申し上げたい
事がございます」
「それは我が伴侶の事でしょうか?」
「はい」
「今となってその事を持ち出すという事は、何か問題でも在りましたでしょうか?」
「実は……」
「父上、そこから先は私が直に申し上げたいと思います」
「一真殿……」

現当主の言葉を代わるように話し始めた男の名は斉御司一真、斉御司家次期当主であり22才という若さで斯衛軍の少佐を務めるのは
家柄だけではない。
また、帰還するまで九州戦線で帝国の防衛を担っていた人物であり、歳も悠陽に近い事から婚約とまでの話も出ていた。
しかし自分が不在の間に法律の改正を自ら述べた公式会見上で降って沸いた悠陽の伴侶を聞かされた一真としては、武に『鳶に油揚げをさら
われる』事をされたので一言あるのは当然かもしれないと悠陽は納得して言葉の続きを促した。

「幼少の頃から殿下の事は良く存じておりますが、白銀武と言う名前は今の一度も窺った記憶がありません。殿下、是非その者の事を詳しく
お聞かせ願えないでしょうか?」
「確かにそうですね……ですが、現時点に置いてわたくしは武殿について詳しく語る資格を持ち合わせていないのです」
「それはどう言う意味でしょうか、仮にも自らの伴侶として名を上げた者の事を語れないとは……この日の本に在って殿下が物事を語る時に
資格が必要などとは納得出来ません」
「あるのです、それは紛れもなく確かに……そして今それを語れるのは国連横浜基地の香月副司令ただお一人だけなのです」
「国連……彼の者も国連軍でしたな?」
「そうですね」
「ならば尚の事、殿下が語れないので有れば直接問いただす為にも横浜基地への詰問をお許しを頂きたいとお願いします」

それを聞いて武の事を説明出来ないので内心心苦しく思う悠陽だったが、ならば敢えて語るまいと全ては武と夕呼に任せるしかないと判断して
一真の言葉に応える。

「解りました、一真殿のご自由になさってください。そして一真殿と武殿の身にどのような事が起ころうとわたくしは何も申しません」
「どのような事でもですか?」
「二言はありません、ただしそれ相応の覚悟がなければそなたの望みは叶わぬと考えた方がよいでしょう」
「重々承知、では失礼します」

出て行ってしまった一真を見送った悠陽と五摂家の当主は、みな軽いため息を付いて大事にならない事を祈るしかできなかった。
ただしその中で悠陽だけは笑顔を浮かべており、武がどう対処するか密かに楽しんでいた。
そして部屋の外へ出た一真が廊下を歩いていくその後を、一人の赤い斯衛軍の制服を着た女性が後に続いていた。

「……一真様、どちらへ?」
「横浜基地へ参るぞ、月詠」
「はっ」

そう答えた月詠と呼ばれた女性の顔には、眼鏡が廊下の灯りに照らされて鈍く光っていた。
朝から帝都城でそんな事が起きていようとはまったく予想していない当の武は何をしていたかと言うと、訓練校のグラウンドで前回より多い人に
追い掛けられていた。

「なんでこんなことになるんだーっ!」

純夏たち訓練兵はともかく、どこかで『白銀武一日自由券』の話を聞きつけたのかヴァルキリーズの何人かが混じっていて、更にそれを大勢の
外野が楽しそうにはやし立てていた。
ただ、あまりにも武が懇願したので、霞がポイントを付けてMVPにその券を上げる事で落ち着いていた。
その中でも躍起になっているのが、身体能力に自信があり演習やシミュレーションで負けっ放しの水月なのは言うまでもない。

「白銀〜っ、いい加減に観念しなさいよーっ!」
「いやだあっ、冗談じゃない。あんたがそんな物を手に入れたら、間違いなく人生が終わるっ!」
「なんですって〜、絶対に捕まえてやるわっ!」
「た、孝之さんもそこで見てないで速瀬中尉を止めてくれ〜」
「すまん、暴走した水月とBETAは止まらないって言われるぐらいだから……」
「ちょっと孝之、BETAと一緒にするんじゃないわよっ!」
「そうですよ、悪意があるだけ質が悪いわっ」
「言うに事欠いて……絶対にやってやるっ!」
「うぎゃあーっ、速瀬中尉に襲われる〜」
「こんの白銀ぇーっ!」

無論、正樹と孝之は面倒だからと野次馬と同じ見学組で追い掛けているのは女性だけでなのはお約束っぽいが、理由は水月のように様々らしい。
要は武を一日自由に出来る事が重要なので、その内容が恋愛に結びつくとは限らないのである。
しかしこれは怪我の功名と言うか、本来あり得ない訓練兵とヴァルキリーズの合同訓練の様な感じが、それぞれに連帯感みたいな物が
産まれ始めていた。

「茜っ、白銀の足を止めなさいっ」
「そんな、無理ですよぅ」
「根性が足りないわね〜、それじゃ御剣っ」
「そうしたいのは山々なのですが、もう時間がありません」
「ちぃ、じゃあ彩峰っ」
「ちょっとかなりたぶんムリ」
「まったくもう、そんなんじゃヴァルキリーズで強襲前衛を任せられないわよっ」
「はいはーい、わたし行きますっ」

そこで名乗りを上げたのが武の事を知り尽くしている純夏で、水月の横に並ぶと走りながらガッツポーズを決める。

「さすが鑑、幼なじみは伊達じゃないって事ね」
「もちろんです、タケルちゃんなんてヘタレ、すぐに捕まえますよ」
「よーし、いけ鑑っ」
「はいっ」

そう言って水月の前に走り出した純夏はぐんぐん武の背中に追い付くと、大きな声で名前を叫んだ。

「タケルちゃーんっ」
「純夏か、そう簡単に捕まっ……」
「タケルちゃん、大好きーっ!」
「ば、バカっ、いきなり何言ってんだっ!?」
「今だっ」
「しまっ……ぐへぇ」

その戸惑いが一瞬の隙を産んで、狙っていた純夏は思いっきりその背中に飛びついて武を地面に引きずり倒した。
ちょうどそこで時間となりまりもが笛を吹いたので追い駆けっこは終了となったが、純夏は抱きついたまま離れようとしない。

「えへへ〜、捕まえたよ♪」
「おい、いつまで背中に乗ってんだよ、重いぞ」
「あー、わたし重くないもん」
「重いったら重いんだ、いいからどけっ」
「タケルちゃんのバカーっ」
「人の背中で暴れるなーっ」
「訂正しろーっ、わたし重くないもんっ」
「重いっ」
「重くないっ」

すでに訓練時間が終わっていると言うのに、周りに全然気を使わない二人の言い合いはどこまで続くんだろうと207隊とヴァルキリーズは
呆れ返って見ていたが、とことこと歩いてきた霞が二人に向かって話しかける。

「……武さん、純夏さん、いちゃいちゃするのはお部屋でしてください」
「「霞(ちゃん)っ」」
「……と言う訳で今回は純夏さんだったので、勝者無しになりました」
『ええ〜っ』
「……香月博士ルールですから」

それでほとんどの人は納得したけど、一番力が入っていた水月は素直にその意見には従えず声を上げる。

「ちょっと待ってよ、ここまでして何もないなんて納得出来ないわ」
「……どうしてもこの券が欲しいんですか、速瀬中尉は?」
「あったり前よ、こんなチャンス見逃せる訳無いでしょう。鑑に命令出したのはわたしなんだからその権利は有るはずよ」
「……解りました、速瀬中尉の言い分にも一理有ります」
「わ〜お、話せるじゃない〜」
「ま、待て霞っ、それはっ……」

霞の言葉に焦る武だったが、にこっと笑いかけるとポケットから別の紙片を取り出して水月に手渡した。

「なにこれ……ってええーっ!?」
「……いらないのなら返し……」
「ううん、これでいいわ。ところでこれって……」
「……はい、香月博士の命令と同じ効力を発揮します」
「ふふん♪」

それを手にした水月はニヤリとした笑顔を浮かべて、観戦していた孝之と遙に近づくと手にした紙片を見せた瞬間、そこで言い合いが始まって
しまった。
呆気にとられた武だったが、気を取り直して霞に問いかける。

「霞、速瀬中尉に何を渡したんだ?」
「……『鳴海孝之一日自由券』です」
「なんだそりゃあ……」
「……ちなみもう一つあって、こっちは『前島正樹一日自由券』です」
「か、霞っ!」
「……(びくっ)」

大きな叫び声にウサ耳が動いて驚いた霞の両肩を、ヴァルキリーズの隊長であるみちるががっちりとホールドして顔を近づけていた。
少し離れていたのにその事が聞こえたからかかなり頬が顔が赤いみちるはそれも気にしてないのか霞に問いかける。

「そ、それはいつから有効なのかしら?」
「……前島大尉が参加直後です」
「解ったわ、今日の午後から参加させるわ」
「……がんばってください」
「これがあれば正樹も逃げられないでしょう。肝心な時にいつも逃げているけどこれなら……」
「これがあれば正樹ちゃんを自由に出来るんだー」
「これがあれば正樹をねぇ……」
「「「ふふふっ……」」」

なにやらぞくっと身の危険を感じたのか、みちるたちが自分の方に向かってきたら一目散に逃げてしまい、新しい追い駆けっこが始まっていた。
当事者達以外にはどうでもいい事なのだが、ヴァルキリーズの男三人はキスまでしか経験が無くて、全員チェリーボーイなのは秘密なのである。
目の前で武と純夏に混じって冥夜達が、少し離れた場所で水月と遙と孝之が、そしてみちるとまりかとあきらに追い掛けられている様子に満足した
のか霞は肯いてから呟いた。

「……みっしょんこんぷりーと」
「霞、それってみんな夕呼の発案でしょ?」
「……はい」
「なにやってんだか……」
「……徹夜続きでかなり変な目の色していましたから」
「はぁ〜」

自分の考えていた通りかとため息を付いたまりもは、霞と一緒になって教え子達の騒ぎを呆れるように見ていたが、その表情は呆れていたが
微笑んでいた。






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