「見事な気迫でした、月詠」
「ありがとうございます、殿下」
「無我の境地とはさすが月詠中尉ね、正直驚いたわ」
「いや〜、もう一呼吸遅かったら、ばっさり斬られてましたよ」
「そ、そんな……武様こそご謙遜をっ」
「……でも、良いデータが取れました。お二人ともお疲れ様でした」
「あ、そうそう、どうだったアレ?」
「夕呼先生、あれは単純に空中戦だけを視野に入れてませんよね?」
「そうよ、地上のBETAを排除したら、あとは宇宙になっちゃうからね」
「香月博士、それでは?」
「地上のBETAの次は月、そして足場を固めた後に月を中心に防衛線を作り上げます」
「なるほど、すでにそこまでお考えが纏まっているのですね」
「殿下、リーディングの結果からすれば人類に逃げ場なんて無いんです。実質オルタネイティヴ5は実現不可能とすれば、
我々はここで抗うしかありません」
「移民先にBETAがいないなんて保証はもうありませんから、私達は地球を守り戦うという事ですね」
「はい、ですがまだ人類の意思統一は見られません。それどころか足の引っ張り合いです……」
「悲しいことです、ですが希望はここにあります……ね、武様」
「悠陽、それは嬉しい言葉だけどさオレだけじゃ無理だ、みんなが力を合わせるからこそがんばれるんだからな」
「ならば武様の協力も不可欠な今宵の夜伽は、是非逃げずに立ち向かってくださると?」
「ばっ、何が夜伽だっ!? そもそも添い寝だけだろっ」
「もう武様、相変わらずいけずですわ……」
「って言うより、基地に泊まる訳にはいかないだろう、悠陽の場合は?」
「大丈夫です、こうして外泊届けを頂いておりますから」
「殿下が外泊届けってなんだよっ!? しかもサインが紅蓮大将かよっ!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 60 −2000.9 それぞれの道−




2000年 9月12日 14:30  横浜基地 ハンガー

月詠との劇的なシチュエーションで幕切れとなったシェイクダウンを終えて、武の武御雷はハンガーに固定されて早速修理と整備に
と人が動き回って慌ただしくなった。
その近くに備え付けられたテーブルで得られたデータの整理とライブラリー化をしている霞の横で、武は傷だらけになった機体
見上げながらぼーっとしていた。

「正直、月詠さんの攻撃は冷や汗の連続だったぜ」
「……でも、良いデータが取れました」
「そっか」
「それに武さんの反応について行っています、いい機体ですね」
「ああ、良い相棒だな」

斯衛軍には無い、武だけの為に用意されたその色はパーソナルカラーの銀色で、また装甲はさっきの戦いで多数の傷が付いて
いるが威厳は変わらず自分の力を誇示する様な存在感を示していた。
それから霞と二人で整備員たちの動きを見ながら、細かい意見や気づいた所を出してデータの修正やXM3のカスタマイズを
話していると、少し真剣な表情でまりもが近づいてきた。

「白銀……」
「まりもちゃん、こんな所までどうしたの?」
「ちょっといいかしら?」
「えっ」
「……行ってください、武さん」
「霞?」
「……こちらはもう大丈夫です、ですからまりもさんに付き合って上げてください」
「解った、後はよろしくな」
「……はい」

まりもの思い詰めた様な表情に一歩踏み出したんだと、霞は心の中でがんばれと応援していた。
それとは別に、まりもが加わると確信したのか武の添い寝の順番をどうしよかと真剣に考えてもいたりした。
で、結局落ち着いて話がしたいという事で、まりもの部屋に二人は向かい合って座っていた。

「それで話って?」
「……わたし、白銀の事を何も知らない。でも、今日の月詠中尉を見て解った事があるわ」
「へ?」
「夕呼も霞も、そして月詠中尉はおそらく、いえちゃんと白銀の事を知っているんだと感じたわ」
「ま、まりもちゃん?」
「わたし、夕呼にあなたを紹介されてからそんな基本的な事を解ってなかったって思ったの、だから今日は思い切って聞いて
みる事にしたのよ」
「う〜ん、それってスリーサイズですか? まりもちゃんのなら興味有るけど、オレのなんて」
「巫山戯ないで、そんな事が知りたいんじゃないわ」
「うっ」
「わたしが知りたいのは、あなたの本当の姿よ……卓越した戦術機の操縦や新OSの発案とかそう言う事じゃなくて、
白銀武って一人の男性の事を教えて欲しい」
「まりもちゃん……」

真剣な表情で、一切の嘘はいらないと語っている目に、武は言葉を失ってしまう。
そんな武の様子に、まりもは言葉を続ける。

「その『まりもちゃん』って呼び方、白銀には当たり前の呼び方だったんでしょう?」
「な、なんでそんなことを……」
「最初は馴れ馴れしいって思ったんだけど、何回も聞いている内に響きが違うって気づいたわ。そしてわたしを見る目が懐かし
そうにしているし、それは鑑たちを見ている時と同じ目をしていたわ」
「……よく見てますね」
「ヴァルキリーズや207隊のみんなにも同じような目で話しかけていた、でもどこか白銀って一歩引いているって感じがあった」
「そんなことないですよ」
「ううん、あなたに言い寄る女の子は多いけど、自分から迫った事は一度もないでしょ? 霞が本命なのかと思ったけど、
恋人って雰囲気じゃないし、鑑にしても幼なじみの範囲から出ていないわ」
「ははっ、まいったなぁ……ホント、よく見てたんですね」

正直、まりもが指摘した事を武は内心自分でも驚いていた。
みんなを守りたいと言う気持ちには嘘偽りは無いと思っているが、そんな行動を取っていると指摘されて自分でも解っていない
武にまりもは気づきながら話を続ける。

「それの答えを確信する為にも、白銀の事を知りたいのよ」
「オレが嫌だと言ったら?」
「無理矢理にでも聞き出そうかしら、夕呼や霞からいろんな話を聞いているし……ね?」
「うっ、降参です。夕呼先生どころか霞までまりもちゃんの味方なら、最初っからオレに勝ち目は無いじゃないですか」
「その通りね、だから聞かせて頂戴」
「はい」

そこで武は俯き加減でぽつりぽつりと自分の事を大まかに話し始める。
白銀武は何回も同じような事を体験し繰り替えている事、そしてBETAのいない世界から来て何も知らなかった武に生きる術を
教えたのがまりもだという事、そしてそれらのすべてを受け継いだのが今の自分だという事……ついでに平和な世界ではまりもが
夕呼と共に教師となっている事も付け加えた。

「なんてこと……」
「信じられないでしょう? 最初に夕呼先生へ話した時なんて頭の変な奴に見られちゃいましたよ……って、まりもちゃん?」
「どの世界でも夕呼との縁が切れないって事なのね」
「へっ?」
「しかも、念願の教師になった世界でも夕呼の魔の手は健在なのね、はぁ……」
「まりもちゃん、そっちが一番気にしてる事なんですか?」
「え、えっ、ああっ、ごめんなさい。でも、そう言う事だったのね……それで夕呼先生やまりもちゃんなのね」
「まあそう言う事ですけど、こんな話を信じちゃうんですか?」
「これでも人を見る目はあるつもりよ、それにそんな目で言われたら嘘を付いてないって解るわ。話を聞いて納得出来る部分も
あったし、なによりわたし自身が白銀を信頼しているからかもしれないわ」
「まりもちゃん……」

そこでやっとまりもの顔を正面から見て、武はその慈愛に満ちている笑顔に見とれてしまう。
ああ、そうだった……この笑顔に救われてきたんだと思い出して、こみ上げてくる物を押さえながら武は頭を下げる。

「オレ、まりもちゃんには助けられてばかりだった。それなのにきちんとお礼を言ってませんでした、だから今更だけど白銀武は
神宮司まりもに感謝していました……ありがとうございましたっ」
「し、白銀っ!?」
「どうしても言っておきたかったんです、何回も同じ事を経験している癖にこんな当たり前な事を言ってなかったなんて、オレって
本当にダメだなぁ……」
「白銀」
「えっ……」

そう笑う武の顔を見て泣いているようにしか見えなくて、立ち上がったまりもはそっとその頭を抱き寄せる。
されるがままになっている武の頭を優しく包み込みながら、まりもは静かに話し始める。

「まだこの世界のわたしは何もしてないわ、でもあなたが出会った神宮司まりもが白銀の力になれていたのなら嬉しく思うわ」
「まりもちゃん……」
「それに今回は色々変えようと積極的に行動を起こしているんでしょう?」
「はい」
「ならわたしも協力するわ、だからあなたも肝心な所で臆病にならないで」
「でも、オレは……何度も何度も繰り返したのに、みんなやまりもちゃんを守れなかったっ」
「聞きなさい白銀、何故みんなが自分を犠牲にしても助けたかったのか考えるまでもないでしょう。あなたに生きていて欲しかった
からよ、だからその思いを無駄にするようなことを考えたらそれはみんなへの侮辱になるわ」
「……はい」
「一人だけ生き残った辛さはわたしも経験しているから解るわ、ならその結末を変えたいのにそんな後ろ向きな考えは止めなさい」
「後ろ向きですか?」
「ええ、どうせなら夕呼みたいに自信をもって世界征服するわよって言っちゃうぐらいな気持ちになりなさい」
「笑えない冗談ですね、それは……でも、それで良いんですか?」
「それぐらいでちょうど良いのかもしれないわ、すくなくてもこうしてあなたの側には味方がいるのよ?」
「やっぱりまりもちゃんだなぁ、甘えたくなりますよ……」

この時武の脳裏には、受け継いだ記憶でまりもに甘える姿がフラッシュバックしていた。
だからまりもの体に腕を廻して抱き返す武は暫くそのままでいたが、腕の力を抜くとまりもも離れて元の場所に座る。

「これ以上は変な気持ちになるので止めておきます」
「あら、別にわたしは構わないんだけど?」
「ま、まりもちゃんっ」
「冗談よ、それよりももう少し話を聞きたいんだけどいいかしら?」
「どんな話ですか?」
「わたしが教師をしている世界で、夕呼にどんなことされているの?」
「あー、聞かない方がいいかも」
「なによそれは、そんなに酷い事なの?」
「ええっと、なんて言うか事有るごとに夕呼先生に勝負を挑まれて、つい口車に乗って受けてしまうまりもちゃんは、いつも負け
ちゃうんですよ。それでコスプレさせられて恥ずかしい写真を公衆の面前で撮られちゃうと言うか……」
「コスプレ?」
「んーっと、解りやすく言うとまりもちゃんが着せ替え人形にされて、しかも露出部分が多いあられもない衣装に着替えさせ
られて、オレも偶然それを見ちゃって『みないでー』って赤くなってた事もありました」
「な、なによそれはっ!?」
「でも、まりもちゃんってスタイル良いからつい見とれちゃって」
「なんか誉められてる気がしないわ……」
「あはははっ、でも親友なのは変わらないですよ」
「悪友の間違いでしょ、ふふっ」

思わず夕呼の事で笑い合ってしまったが、少し重かった空気も無くなり普段の二人に戻り、これからの事について話し始める。

「とにかくオレがいない間、純夏たちの事を頼みます。それと総合評価演習は形だけですがやるという事で夕呼先生とは
話が付いていますから」
「どうせ南の島でバカンスしたいんでしょ」
「その通りです、前回でも紐みたいな水着で日光浴してましたよ」
「夕呼よねぇ……」
「まあ、一番の問題は初めてのオレと変わらないへタレの純夏ですから、びしびし鍛えてやってください」
「ええ、期待に応えられる様にがんばってみせるわ。それとちゃんとみんなと向き合いなさいよ、これはわたしからの忠告だから
きちんと聞きなさい」
「はい、そうしてみます」

そこまで話して武は立ち上がって部屋を出て行こうとするがまりもが呼び止めたので振り向くと、おもむろに唇を塞がれてしまい
声も出せなくてされるがままになってしまった。
唇を重ねるだけの長くも短くもないキスだったが、まだ体は触れ合ったまま見上げた頬が赤いまりもを見つめたままなんとか言葉を
口に出す。

「な、なんでっ……」
「この間の返事よ」
「へ、返事って?」
「お正月に夕呼に紹介されて、お見合いしたでしょ?」
「ええっ!?」
「考える時間は充分あったし、今の白銀の話を聞いたらなおさら受ける気になったわ」
「まりもちゃんっ」
「それに前に夕呼とはキスしたでしょ? これで公平って事にしましょう」
「なんすかそれは……」
「なにより後ろ向きの考えをしないように、側にいて見守って上げるからがんばりなさい」

そう言って微笑むまりもに見とれる武だったが、その気にさせた結果がハーレム作りを後押しする事になるとは思いつかなかった。
また、この夜にさらなるイベントが二人を待っているのだが、それを知っているのは現時点で霞だけだった。






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