「武様、武様?」
「……どうしましたか、悠陽殿下?」
「霞さん、武様が見あたらないのですが、いずこに?」
「……逃げましたね、きっと」
「なにゆえに?」
「……昨夜、香月博士に襲われそうになったからだと思います」
「まあ、その様な事が……」
「……はい、それでただの添い寝で済まないと感じたようです」
「武様は見かけに寄らず純情ですね、それも致し方有りませんか……」
「……香月博士も後がありませんから、焦ったのかもしれません」
「確かにこの中では一番年上なのは解りますが、まだまだお若いと思いますわ」
「……誰かが言ってました、世界の一年より女の一年の方が遙かに重いと……」
「言い得て妙ですわ、そうなるとやはり神宮司軍曹も近々ここへお呼びした方が宜しいかもしれません」
「……武さんは肝心な所でへタレですから」
「はい、そろそろ男らしく甲斐性を見せて貰う時のようですね」
「お前らなぁ……」
「武様? いつからそこに?」
「今さっきだけど、言いたい放題だな」
「……事実ですから」
「はい、まったく」
「うがっ」
「……と言う事で、早めにまりもさんをゲットしてください」
「ポ○モンじゃないぞ、霞……」
「……本質は同じです」
「あが〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 59 −2000.9 月詠の決意、まりもの決意−




2000年 9月12日 11:40 横浜基地 第二演習場

水月の攻撃を完全に見切りながら、武は空中でデータ取りも含めて激しく機体を動かしていた。

「すげぇなこれ、操作と連動して機体各部に設置されたウエストゲーターから圧縮排気を放出して機動制御させるなんて……」

夕呼が高機動な機体を考える上で、現在の技術力で可能な仕様として考えた一つがこの機構だった。
これにより、足場のない空中でも細かい機動が実現出来、また武の動きが格段と良くなり水月の砲撃を余裕で避け続ける事が
出来ていた。
そしてもう一つ、武が感じていたコクピット内の違和感は、激しい動きの割に体へ掛かるGが軽減されている事だった。
最初に空中に舞い上がった時は作動が遅れた様だが、これはまだ機動データ足りない為に起こったらしく、今は確実に武の体を守る
様に過度の重力を感じさせないでいた。

「慣性制御っていうのかわからねぇけど、やっぱり夕呼先生は天才だな」

そんな呟きに自然と顔が笑顔になっていく武の様子に、モニターの中で闘志剥き出しにしていた水月はがーっと吼える。

「くっ、この女ったらしの癖に、その変態な動きはなんなのよーっ!」
「速瀬中尉、言うに事欠いてそれっすか?」
「五月蠅いっ、一発ぐらい当たりなさいよっ」
「そんなんで当たりたくないっすよ」
「このっこのっこの〜っ!」

舞い踊ると言った動きを見せる武の乗る武御雷は何でもない様に水月の攻撃を掠らせもせず、自由に大空を飛んでいる。
もちろん、強襲前衛長の名に恥じない水月のその砲撃は、この上ないデータとなり蓄積されていく度にその動きは良くなっていく。
その様子を仮設テントの中でモニターしていた夕呼はニヤリと笑って肯いていた。

「思った通りね、これならば白銀の動きをより良く実現可能になったわ」
「……はい、機動データも良い数字が出ています」

その後ろで見ていたヴァルキリーズは水月が哀れになり何も言わないで二人の戦いを見ていたが、その後方で見ていた207隊は
唖然と言った表情が浮かんでいた。

「タケルちゃん……」
「あれが戦術機に可能な動きなのか……」
「わたしも御剣の意見と同じよ、凄いとしか言えないわ」
「……綺麗だね、本当に踊っているみたい」
「すごいよ、すごいよ、タケル〜」
「たけるさん、かっこいー……」
「見事なぐらいに変態だね〜」
「晴子、なんて事言ってるのよ」
「うわー、すごいなぁ〜」

口々に思っている事を言う訓練兵達から夕呼の横へ移動すると、まりもは独り言の様に呟く。

「また、強くなったのね……」
「違うわよまりも、やっと戦術機が追い付いてきたのよ」
「どういう事?」
「つまり、あの機体が白銀の実力を発揮させる為に、必要なスペックに届いたって訳よ」
「それじゃ……」
「でもね、あれもテストヘッド機なの、新型はまだ設計段階だけどもの凄いから」
「そう……」

横目でまりもの様子を見ていた夕呼は、その表情がどこか寂しそうで元気がなかったので話を続ける。

「どうしたの、なに落ち込んでるの?」
「わたし、今の白銀と二機連携を出来る力があるのかしらって……」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、あんた以外誰が白銀と組めると思っているのよ」
「夕呼?」
「言っておくけどね、自分を過小評価するのは止めなさい。アンタの実力は白銀が認めているんだから、もっと自信を持ちなさい」
「でもっ……」
「ああもうっ、白銀の戦い方を理解してサポート出来るだけの経験を持っているのはまりもしかいないんだから、それを忘れないでっ」
「うん……」

しかし、夕呼の言葉にもまだいつものまりもに戻らないから、思わず内緒にしていた事まで言ってしまう。

「これじゃ無駄になっちゃうじゃない、アンタ専用の機体だって用意しているのに」
「えっ」
「白銀に頼まれて作っているのに、当の本人がこれじゃ意味無いでしょう」
「白銀が?」

そこで指をびしっとまりもの顔に突き付けて、夕呼は親友の背中を押す言葉を言う。

「不安なら白銀に直接聞きなさい、どんな事を言われようがアイツはまりもを無下に出来ないんだからね」
「夕呼……」
「まったく、専用機まで作らせるぐらい愛されているって言うのに、何が不満なのよ……ねえ、霞?」
「……はい」
「あ、愛されているって……え、ええっ!?」
「とにかく暫く会えなくなるんだから、アラスカ行っちゃう前にはっきりさせて置きなさいよ」
「きゅ、急に言われてもっ」
「……今なのかもしれません、だから踏み込んでください」
「霞……」

呟き振り向いた霞に真剣な表情で見つめられて、まりもは黙って見つめ返した後に小さくだけどはっきり肯いていた。
その様子にやれやれと言った感じで再びモニターを見た夕呼は、面白い事が起きているとそれから目が離せなくなる。

「こっちはぐたぐただったけど、やっぱり向こうは違うわね」

夕呼は楽しそうに呟くと、白銀の前に現れた赤い武御雷から視線が外せなくなる。
この場にいきなり現れた月詠に、水月が何かを言おうとしたが武がそれを制して先に話しかけた。

「速瀬中尉、オレがいない間それを自由に使って良いですから、下がってくれますか」
「むー、でも悪くない条件だから引いて上げるわ。次こそこてんぱんにして上げるんだから覚悟しておきなさいよっ」
「ははっ、了解です」

むくれながらも弾薬が尽きた事もあり、交換条件も水月的に納得出来たのか、そのまま演習場から離脱すると残された武と月詠は
少しの間見つめ合った。

「白銀、いつぞやの借りを返そうと思うのだが、相手になってくれるか?」
「もちろん、受けて立ちますよ、月詠さん」

そう答えた武に月詠は持ってきていた近接戦用長刀を渡すと、数歩下がって構えた。
模擬刀じゃない様子に、それにをモニターしていたみんなには緊張感が伝わって誰も話せなくなり静まりかえった。

「あれは屈辱だったぞ、白銀っ!」

驚異的な踏み込み速度で間合いを詰めると、月詠は手加減無しに袈裟懸けに長刀を振るったが、それを逆手に長刀で受け止めた武は
鍔迫り合いに持ち込む。

「めちゃめちゃ本気で切り込んできましたね?」
「手加減して勝てる相手ではないだろう、それに白銀に対して全力でぶつからねば失礼だろう」
「そーゆー所が月詠さんらしくて、好きですよ」
「ぬかせっ」

武の軽口に照れもせず、月詠は長刀を弾き返して再び構えると、間髪入れず武人として覚えた技を繰り出していく。
その華麗さは武を極めた者だけが見せる艶と輝きがあり、戦っている最中だというのに見惚れてしまいそうになる武だったが、
気合いを入れ直して自分も長刀を振るう。
しかし生身ではまだまだ叶わない部分もある武にとって、このままだと負けると判断して意識を切り替えて零の領域に入り込む。
途端に武は攻撃を見切り始めるが、それで終わらないのが月詠真那の凄い所でもあった。

「ふっ……」

それはただの一撃で先読みをしていた武には避けられる筈だったが、僅かだけど切っ先が肩を掠めた。
驚いた武は目の前で動いている赤い武御雷から月詠の気配が感じられなくなった瞬間でもあった。

「すげぇぜ、月詠さんっ……」

モニターの中で見た月詠は目を閉じておりそれが信じられなかった武だったが、間違いなく現実に自分を追いつめてくる姿に
背中を嫌な汗が流れた。
まさか漫画やアニメでしか見られない事を、無我の境地なんて事をしてくるとは武は想像もしていなかった。
今まで感じていた気配が無い分、先読みが曖昧になってしまい月詠の技は無垢なる一撃となって武を圧してくる。
また、それを見ていた夕呼やヴァルキリーズや見学していた者達全てが、改めて月詠の実力に感心して見とれていた。
そのまま新品の機体を月詠の振るった長刀が傷を付けていくが、それでも皮一枚で済ませている武の力も大いに感心するに価した。

「やべぇな……まずいっ」

そう呟いた武の目に、何時か見せて貰った居合い抜きの構えをした赤い武御雷に、本能で同じ構えを取った武は振るわれた長刀に
一呼吸遅れて合わせる様に抜刀した。
霞の作ったXM3が月詠の技を忠実に再現する事を可能にした事で、それを知っている武は勝てると思えなかったが諦めたりしない。
その結果、ぶつかり合い激しい音と共にそれぞれの長刀は中程から折れ砕け散った。

「相打ちか……」
「オレの負けですよ、やっぱり月詠さんは強いや」
「本気だったのは認めてやるが、まだ届かなかったか……」
「いいえ、前に言った通り、同じ条件ならオレは月詠さんに勝てませんよ。だから今の所、オレを倒せるとしたら月詠さんだけです」
「そうか……ならば貴様が認めたこの力で私は守って見せよう」
「えっ?」

そこで初めて月詠は武に微笑みかける、斯衛軍でもなく一人の女性としての顔で優しい瞳で見つめている。

「武様がお帰りになるまで、私は貴方の大切なものを守りましょう」
「月詠さん……」
「どうかご安心を、そして無事のお帰りを皆とお待ちしています」
「ありがとう……真那」
「あっ……」

巫山戯た時には聞く事もあったが、真剣な思いで武に名を呼ばれて月詠は感極まって赤く染まった頬を涙が伝った。
二人きりの戦場で交わす確かな約束、ここが演習場でなければそう見えてもおかしくない状況だったが、残念な事に大勢の観客が
いるのを忘れている二人だった。
もちろん今の会話もオープンチャンネルなので、仮設テントだけではなく基地のHQからPXのモニターで見ていた全員が
ラブロマンスをリアルで見ていたのである。

「ねー二人とも、盛り上がっている所悪いんだけど、今日って白銀の機体のシェイクダウンじゃなかったのかしら?」
「「はうあっ!?」」
「……記録ばっちりです、後でディスクにしてお渡ししますね」
「「なあっ!?」」

夕呼の意地悪な笑顔と霞のあっさりした呟きに、武と月詠は真っ赤になって固まったまま動く事が出来なかった。
そして月詠の人気はこれを切っ掛けに鰻登りとなって、武と互角に戦える力を見せた事も合わせて斯衛軍にこの人有りと世界で
噂されるのは遠くない将来だった。






Next Episode 60 −2000.9 それぞれの道−