「……どうしたんですか、武さん?」
「忘れたのか霞っ、夕べの事をっ!?」
「……何かありましたか?」
「くっ、霞は隣のベッドですぐに寝ちゃってたから気が付かなかったんだよな……」
「……夕べは確か香月博士が添い寝でしたね」
「それだよっ!」
「……順番通りでしたし、何か問題でも?」
「寝る時に命の危険を感じたのは初めてだぞ」
「ちょっと、聞き捨てならないわね、そのセリフは?」
「ゆ、夕呼先生っ!?」
「……武さんに何かしたのですか?」
「別に、ただ添い寝しただけよ」
「腕どころか体中すり寄ってきて、しかも服脱がそうとしたのがただの添い寝かよっ!」
「そうよ」
「……いいじゃないですか、それぐらい」
「よくねぇよっ」
「なによぉ、みんなと違って戦場に出る訳じゃないんだから、子作りしてなにか問題があるって言うの?」
「そーゆーのは結婚してからしてくださいよっ!」
「堅いわねぇ……じゃあそうしましょ」
「へ?」
「面倒だけど、ここにアンタの名前書いて……」
「って、婚姻届けじゃないですかっ!」
「ほらはやくっ」
「書くかーっ!!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 58 −2000.9 シェイクダウン−




2000年 9月12日 10:45 横浜基地

ロッカールームで新しい強化服、いつもの国連軍のではなく帝国軍の強化服を着込んで感触を確かめていた武は、着替えを終えると
ハンガーへ向かった。
すでにそこには人だかりが出来ていて、朝からだというのにかなりの賑わいを見せていた。

「なんだこりゃ……」
「おう、来たな」

整備班長が武に気が付き、手を上げると近づいてくる。

「班長、この騒ぎはなんすか?」
「決まってるだろ、お前の新しい機体のお披露目を待ってるんだぞ」
「みんな暇だなぁ〜」
「今日は休息日だからな、時間が空いている奴らも多いだろう」

横浜基地では今年から月に一度の休息日が設定されていて、待機任務以外の人たちには丸一日の自由時間が与えられていた。
これも夕呼が自ら設定した物で、極東最前線の基地で毎日の緊張を解す為に決めたとあっさり施行した事である。
お陰で誰もが精神的にも肉体的にもリラックス出来て、心の余裕を造る事も大切だと改革を進めている夕呼は、思いついた事を
即実行する事にしていた結果だった。
そこに噂の夕呼が顔を出した。

「おはよう白銀、帝国軍の強化服も様になってるわね」
「少し違和感見たいのがありますが、真っ新だからしょうがないかなぁ……」
「蓄積されているデータをコンバートして写せば、そうでもなくなるかもね」
「ええ」
「……武さん、こちらに来てください」
「解った霞、じゃあちょっと行ってきます」

霞の側に行ってしまった武を見送っていた夕呼に、整備班長は話しかける。

「香月先生よ、あのセッティングはかなり過激すぎやしないか?」
「そうね、普通ならやりすぎだと思うけど、あれでもまだ足りないぐらいなのよ」
「あれじゃ白銀は一人でハイヴに突入しかねないぞ?」
「それはないわ」
「何故断言出来るんだ?」
「一人じゃ戦えない臆病者だからよ、アイツはね……」
「そうか」

武の実力を知っている者同士の言葉とは思えない評価だが、立場は違っていても自分たちの出来る事で戦いを支えているからこそ
見えてくる事柄もあったりする。

「あれぐらいでもしないと、いざって言う時にみんなを守れないから、それを出来る様にして上げただけよ」
「みんなを守る為か、あいつらしくてそれもいいか」
「だから、後はよろしくお願いします」
「安心してくれ、整備ミスなんかで何かあったら、アンタが未亡人になっちまうからなぁ……」
「班長っ!」

頬を赤くしてそっぽを向く夕呼を、自分の娘の様に見ている感じで、整備班長は笑っていた。
そしてシェイクダウンの時間が迫る中、見学者がかなり増えてお祭りみたいな感じに騒がしくなっていた。

「そろそろ始めるか、霞」
「……はい、何か不具合が出たら必ず戻ってくださいね」
「ああ、解ってる」

ぎゅっと拳を握りハンガーに格納されている銀色の機体、帝国技術廠が丁寧に作り上げたこれは武専用の戦術機を開発する
為に用意されたテストヘッド機とは思えない存在感を示していた。
リフトからコクピットへ乗り移ると、夕呼によって破かれたビニールの残骸は残って無く、真新しいシートに座ると主機を起動
させてアイドリング状態を保つ。
基本的なレイアウトは武御雷そのままだが、細かい仕様などはその装甲の下に隠れていて知る事は出来ないが、その秘めた性能の
感触みたいな物は武自身が一番感じていた。

「よしっ、白銀よりHQへ。これより予定通りのシェイクダウンを行う」
「こちらHQ、白銀少佐の発進を許可します。気を付けてください」
「ありがとう、イリーナ中尉。白銀武、武御雷、出るぞっ」

ゆっくりとハンガーから動き出し、解放された入口から出ると、太陽の光を浴びて機体が銀色に煌めく。
外見的は仕様は将軍特別機に準じている様だが、最大の違いは背中に装着されている大型のフライトユニットとプロペラントタンクである。
不知火・改から得られたデータを元に用意された物で、長時間の対空能力とそれに加えて翼自体が新開発の近接戦用直刀にもなり、
ハイブ突入の事も考量されて開発された装備の一つである。

「凄い、なにあれ……」
「匍匐飛行じゃなくて完全に空中戦を考えて造られているんじゃないかな」

無論、ヴァルキリーズも見学に来ていたが水月の言葉に遙が率直な意見を口にして、それは正しいと二人は肯いている。

「それにあの銃、新造らしいな」
「ええ、見た事有りませんね」

美冴の言葉に応える梼子の視線は、武御雷が装備している大型な銃に興味が行っていた。

「あれは電磁投射砲、レールガンよ。もっとも小型がされたからオリジナルの試作型より威力が落ちるとは仕様書にあったわ」
『大尉』

みちるの言葉に注目するヴァルキリーズの面々に、正樹は素直な感想を口にする。
試製99型電磁投射砲を見た夕呼が、もう少し手軽に扱えないかと小型化を前提に進めさせて造らせた物だが、主機の問題が解決すれば
これからの主要装備にしたいと考えている物の一つだった。

「すげーなぁ、新兵器の見本市か?」
「正樹の言う通りだけど、本質の凄い所は機体本体らしいわ」
「みちる姉さん、それって何か仕掛けがあるって事?」
「まりかちゃん、それは見てからのお楽しみにしておこうよ」
「そう言う事だ」

いろいろと感心しているヴァルキリーズの側で、インカムを付けていた霞は顔を上げると水月を呼んだ。

「……速瀬中尉」
「なに、霞?」
「……F−22A、乗ってみませんか?」
「ええっ!?」
「……武さんが相手をして欲しいそうですが、どうしますか?」
「乗るっ!」
「もう水月……」
「……ハンガーでは準備が出来ているので、お願いします」
「了解〜♪」

事情はどうあれ、このチャンスを逃す水月様じゃないわよと、全力で強化服へ着替えに向かった様子を呆れる様に見ているヴァルキリーズに、
霞はぼそっと呟く。

「……みなさん、あとで水月さんを慰めて上げてくださいね」
「そう言う事か……鳴海中尉、その役目は任せたぞ」
「はい?」
「伊隅大尉っ、わたしも一緒で良いですか」
「ああ、涼宮も協力してやれ」
「はい」

何の事か解らず首をかしげる孝之の横で、遙は顔を赤くしてしっかりと腕に抱きついて離れず、またそれを見ていた美冴と梼子はこれから起こる
水月の運命がどういったものか想像してしまい笑顔を浮かべていた。
それからかなりの短時間で用意してきた水月がF−22Aに乗り込んで、ハンガーから出てくる様子を苦笑いで見ていた武は、軽く深呼吸をして
空を見上げた。

「それじゃ見せて貰うとするか、お前の力をな……」

気合いを入れる為にパワーをマキシムまで上げて全力噴射で上空へ舞い上がる武御雷は、重力を無視した速度で上昇し始める。

「ぐっ……こ、これはっ!」

シートに押しつけられて息が詰まりそうになったが、気合いを入れてコントロールする事に集中した武は、そのままのパワーで空中を自在に
しかもかなりの高機動を見ている者達に見せつける。

「ちょっと、これってあの時と同じじゃないっ!?」

F−22Aのコクピットの中で、武御雷の動きがあの演習と同じぐらいに見えて自分が瞬殺された事を思い出して水月は声に出してしまう。
しかし、あの時と違うのは武自身がそれを意志の下に置いて使いこなしているという事だ。

「ちょ、ちょっと白銀、平気なのっ!?」
「なんとかね……行けますよ」
「……武さん」
「大丈夫だ霞、あの時のオレじゃない。訓練だってしたしな、それにコクピットに何か仕掛けがしてあるみたいだ」
「……そうですか」
「なら、遠慮はいらないって事ね?」
「速瀬中尉が対武御雷戦のシミュレーションで良い線いってたって涼宮中尉から聞いてますよ」
「上等っ!」

事情を聞いて武が無理をしてないと解って、水月は唇を舐めると好戦的な表情を浮かべてモニターの中で笑う。
それを見ていた武は機体を降下させると、F−22Aから少し離れた場所に着地させてレールガンを腰の後ろにマウントさせる。

「いくわよ、今度は白銀を地面へ這い蹲らせてやるわ」
「速瀬中尉、一度ある事は二度有るって知ってますか?」
「うっさい」
「おわっ、いきなりなんて酷いじゃないですかっ」
「くたばれ」
「ちょっとっ!?」
「ちっ」
「速瀬中尉、今の舌打ちなんっすか!」

いきなり発砲した水月の行動を皮切りに、シェイクダウンの筈が模擬戦メインに変わっていく事をやれやれと言った感じでヴァルキリーズは
眺めていた。
また、その後ろで訓練を切り上げてきた207隊もやって来て、まりもと一緒にちょうど始まった戦いを見ていた。
そして少し離れた場所でみんなと同じようにその様子を見ていた月詠は、何故か強化服を着込んだまま鋭い視線で見つめていた。

「私も強く有らねば、側にいる資格はないな」

その呟きは誰にも聞かれず、歓声の中にかき消されていった。






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