「夕呼先生」
「なーにー?」
「寝転がってだらけているなんて、先生らしくないっすよ?」
「ちょっとねぇ……煮詰まってたから寝不足でねぇ〜、あふっ」
「寝るなら布団で寝てくださいよ」
「じゃあ白銀、運んで頂戴〜」
「それはいいですけど、あの武御雷のスペックはやりすぎじゃないですか?」
「あんたの能力に見合う性能を出すには、アレでもまだ足りないのよ」
「でも、現実的な所で資金とか大丈夫なんですか?」
「XG−70より掛かってないわよ、もっとも量産機では世界最高のスペックは出したつもりよ」
「うーん……」
「もともと白銀の力を発揮させるには、ワンオフの特別機でなければ駄目だって解ってたし〜」
「うっ、すんません」
「謝る必要はないわ、その代わりにアラスカでのデータ取り、よろしくね」
「了解っす」
「ふふふっ、とにかく期待して待ってなさい……ものすんごいの造ってみせるから」
「すっげー不安な気がするけど、有言実行なのが夕呼先生だしなぁ……」
「それよりも、早く運んでくれない?」
「へーい」
「なんだったら一緒に寝る?」
「寝ませんよ」
「霞とは寝てるのにあたしとは寝られないって言うのっ?」
「添い寝する年じゃないでしょう……」
「なんですってーっ!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 56 −2000.9 帝都散策−




2000年 9月8日 16:00 帝国陸軍技術廠

違った意味での疲れた表情を浮かべて話を終えて建物の入り口で、見送りに来てくれた巌谷から突っ込みが入る。

「それでは良い返事を期待しているぞ、白銀少佐」
「いい加減にしてください、おじ様っ」
「あはははっ……行きましょう、月詠さん」
「宜しいのですか、返事がまだですが?」
「月詠さんまで止めてくれ〜」

しれっと他人事のように助言がされるが、そもそもそんな話は寝耳に水な武にとって答えなんて用意出来る訳もない。
なんとなく唯依を見た時、目が合ってお互い心の中は同意見なのか、大きくため息をついてしまう。

「ふむ、つまりはもう二人の問題だから口出し無用ということか」
「誰もそんな事言ってません」
「おじ様、これ以上余計な事を言うと、考えがありますよ」
「うんうん、美人が怒ると迫力があるが、またそれもいいだろう白銀少佐?」
「そりゃあ月詠さんで解ってますから……って何言わせるんですかっ!」
「はっはっはっ、では後日出発の日にまた会おう」
「了解です」

お互いに敬礼をして別れると、武と月詠は車に乗ってこの場所を後にした。
そこに残った唯依に巌谷はぽつりと呟く。

「どうだった、白銀少佐の第一印象は?」
「おじ様、まだ……」
「いや、軍人としてどうだったかだ」
「……正直、計りかねます」
「彼は君より年下だが、私には自分と同じかそれ以上に感じられたよ。実は同じ年齢だと言われても納得出来るな」
「何故ですか?」
「あの目だ、どれだけ過酷な事を見てきたのか、態度で誤魔化しているがあれはそれだけの経験を積んできている者にしか
できない」
「中佐は白銀少佐についてどの程度の事を把握をしているのですか?」
「明星作戦において彼はいきなり現れてその力を見せつける事になるが、それまでは訓練兵ですらなかった。その後の活躍も
君も知っての通りだ。一体、彼は何者なのだろうな……」

すでに見えなくなった武達をまだ見送ったまま、巌谷の横で唯依は考え込む。
人がいきなり強くなるなんて普通はあり得ない、だが巌谷の言葉からすれば想像以上の経験を積んでいるとすれば、その強さも
戦い方も肯けるが素直には納得出来なかった。

「篁中尉、少しは興味が出たか?」
「はい」
「それではアラスカで任務、期待しているぞ」
「はっ」

真面目な顔で自分の方を向いた巌谷に唯依は敬礼すると、二人はその場から技術廠の中に戻っていった。
しかし、巌谷の予想を超えて唯依がアラスカで出会った男に翻弄されるとはこの時思ってもいなかったが、男を手玉に取るまで
成長したんだなと通信で涙ぐまれる事になるのはもう少し先の話になる。
その頃、武と月詠を乗せた車は皇居近くにある日比谷公園の側で止まっていた。
人通りがほとんど無く二人だけしかいない空間に取り残された気分になりそうだったが、月詠にしてみればそれもまたいいのでは
ないだろうかと漠然と感じていた。

「いやー、危なく全部話しそうになっちゃったよ」
「交渉は苦手のようですね」
「そう思うのなら月詠さんに任せれば良かったなぁ……」
「残念ですが私は斯衛軍ですから、国連軍としての交渉はできません」
「だよなぁ〜、まあこれで一つ片づいた」
「でも宜しいのですか?」
「ん、ああ、クーデターの事?」
「はい、こう言ってなんですか、相手に塩以上の物を送りつけた事になります」
「例えそうでも大丈夫ですよ、それに今のオレは狭霧に負ける気はしませんから」
「武様……」
「それにさ、少しは人を信じたいって気持ちも残っていたから、後は狭霧たちがどう考えるかによるさ」

歩きながらそう話す武の横顔を見ていた月詠は、いざという時にはそれなりの覚悟を決めていると理解してそれ以上は
何も言わなかった。
だから、少し重くなった空気を変えようと違う話題を提供した。

「あの、武様が知っているもう一つの世界の話を聞いてもいいですか?」
「ああ、どんな事が知りたい?」
「そうですね、いろいろありますが、私の立場はどうなのでしょう」
「えっと、月詠さんは悠陽と冥夜の侍従長をしていて、部下の三人と一緒にメイド服着て家に居座っているんだ」
「そ、そうなんですかっ?」
「ああ、しかも微妙な偏った知識で冥夜や悠陽を人が寝ている時に布団に潜り込ませるから困ったよ。殿方の喜ばせ方とか
どこで学んだのか聞きたくなったぐらいだったなぁ……」
「はうっ」
「きっと、今もそれで賑やかな毎日を送ってるんじゃないかな? どっちにしろ月詠さんと悠陽や冥夜との縁は世界が違っても
変わらないって事なら、それはそれで良いと思う」
「そうですね……」
「でも、もし行く事が出来たら向こうの月詠さんと会わせてみたいなぁ……なんか面白そうだし」
「武様っ」

笑う武の顔を見ながら月詠はいつもの感じに戻ったと感じられて、それから武が不在の間についての話を始める。
その中で月詠は武の秘密を知る数少ない者として、またいつも側にいる霞や夕呼と変わらない信用を得ている事が嬉しく、
武が冗談を交えた話なんかには笑顔を浮かべていた。
少しのつもりが夕日が差す時間まで長話をしてしまったが、気持ち的には落ち着いたので横浜基地へと戻ってきた武と月詠
は、夕呼へ報告する前にお腹が減ったという武の言葉でそのままPXへ食事を取りに向かった。
そこにはヴァルキリーズや207隊と葵達が勢揃いしていて、その視線が自分たちに注がれて一瞬怯みそうになった二人は、
表面上は何事もなくカウンターへ行くと京塚のおばちゃんがいつものように出迎えてくれた。

「お帰り武、月詠中尉とデートかい?」
「はははっ、まあそんな所です」
「ち、違いますっ、今日は任務で……」
「まあそれは冗談として、どうだったんだいお見合いは?」
「なっ、なんでおばちゃんがそれ知っているんだっ!?」
「夕呼ちゃんが話してくれたけど、程々にしないと何時か刺されるよ」
「ったく、腹黒すぎるのも勘弁してくれよ……」

それを横で聞いていた月詠は事情を知っているので、今回ばかりは武に非がないと怒る事はせずに静観をしていたが、PXにいた
人たちの中ではあちらこちらからいろんな声が聞こえ始める。
無論、その中で率先して武に詰め寄ったのは純夏だった。

「どーゆーことさっ、タケルちゃん!」
「今回はオレは無実だっ」
「う〜、一体何人の女の子に手を出したら満足するんだよーっ!」
「あのな……」
「いくら法律が変わったからって節操なさすぎるよ、それにわたし達のどこに不満があるんだよっ」
「純夏、いいから話を聞けよ……」
「目指せ世界の美女美少女百人なんて考えているのかーっ!」
「せいっ」
「はうあっ!?」

ちょっと興奮気味で怪しい言葉を言い始める純夏に、武は手加減無しで頭にチョップを叩き込んだ。
それでやっと静かになった純夏は頭を押さえて唸っているので、武と月詠はそのまま空いている席に腰を下ろした。

「まったく、メシぐらい落ち着いて食わせろってんだ」
「い、今のはいくらなんでもやりすぎでは?」
「あれぐらいで静かになるのなら、オレは遠慮しない」

がつがつと鯖味噌定食を食べ始める武の横で、まだ床にうずくまっている純夏を気の毒そうに見つめていた月詠だったが、
自業自得かもしれないと自分も料理を食べ始める。
さすがにその純夏の様子に気の毒だと思ったのか、冥夜が武の側まで来ると話しかける。

「タケル、今のはどうかと思うぞ」
「なら、次からは冥夜が代わりに叩いても良いぞ」
「だが、やっと再会できた幼なじみは大事にするべきだと思う……」
「むぅ……そうだったな、すっかり忘れてたぞ」
「はぁ、そなたは優しいのか意地悪なのかわからん」
「どっちもオレだよ、聖人君子じゃ無いのが自慢だ」
「冥夜様、武様は武様です。人には良い所も悪い所もあります」
「月詠さん、それって誉めてないよね?」
「さあ、存じません」
「ぐあっ」
「ですから冥夜様、武様の事をよく知りたいのなら、自ら行動するしか有りません」

武と月詠のやりとりを見ていた冥夜は、二人の仲がかなり良くなった事に驚くが、そこまで武と打ち解けている月詠に
羨ましいという気持ちが心の中にあった。
そして月詠の言葉から自分は踏み込んだという事を証明していると言われた気がしていた冥夜だった。
とは言っても、まだそれ程話した事もないし純夏から聞いた事ぐらいしか武の事を知らないので、月詠の様になるには自分から
踏み込むしかないとまりもと同じ気持ちを持って小さく肯いていた。

「タ〜ケ〜ル〜ちゃ〜ん……」
「よお、純夏」
「何事もなかったように話しかけるなーっ」
「解った解った、ほらっ」
「あっ……」

いきなり立ち上がった武が自分が叩いた所を優しく撫でて上げたので、純夏は戸惑いながらも動く事が出来なくて、されるがまま
に撫でられ続けていた。
やがてえへへと笑い出す純夏を見ていた周りの人たちは、純夏の精神年齢がかなり幼い事も解ったが、このアメとムチが武の
女性を落とす技の一つなのかと感心していたが本人にはそんなつもりは全く無かった。

「もういいか?」
「も、もう少しっ……」
「しょーがねぇなぁ〜」
「えへへっ」

この純夏を撫でている間の武の笑顔に横で見ていた月詠は見惚れていて、ヴァルキリーズや207隊の仲間も滅多に見ない
優しい微笑みに目を奪われていた。
そこにいるのは確かに戦場では無敵と思われる強さを見せる武だけど、この時だけは年相応の笑顔を見せていてそのギャップに
心を動かされる者も少なくはなかった。

「……武さん、ぐっじょぶです」

そしてPXの入り口からカメラ片手にピースサインをしている霞を、京塚のおばちゃんだけが気づいていた。






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